政府予算の政治(A Tweaked Budget and its Political Process)

この3月21日には、政府の予算が発表される。英国では予算の内容は、基本的に予算発表まで明らかにされないことになっているが、それが漏れ伝わってきたり、また、今回のようにその内容の一部を財相が公然と発言したりすることもある。しかし、かつては、その内容を漏らしてしまったために財相や、それ以外の閣僚が辞任したこともある。なお、閣僚は、予算発表当日の午前の閣議で、その内容を細かく知ることとなる。

さて、今回の予算を巡って、連立政権を組む保守党と自民党の対立、さらに保守党の中での対立などがあり、近年になく、「政治的な予算」作成となっている。これは、連立政権の性格を反映してやむをえないことと言えるが、微調整が行き過ぎて、木を見て森を見ずのような状況になっているようだ。財相は戦略家だと言われるが、その名に値するものかどうかは21日に明らかになる。

さて、この予算作成は、英国の政治の政策決定過程の一面を現わす具体的な例だと思われるので、その内容について触れておきたい。主な争点は以下の通り。

保守党

基本的な考え方:減税・企業活力と投資の促進
与えたいイメー: 誰ものことを考えている
所得税:15万ポンド(1950万円)を超える収入にかかる現在の最高税率50%の引き下げ
富裕税:高級住宅税は避けたい
法人税:法人税減税を実施したい

自民党
基本的な考え方:公平重視・富分散
与えたいイメージ: 弱い者の味方
所得税:現在の最高税率を維持し、課税最低限度額を早く引き上げたい
富裕税:高級住宅税の導入
法人税 法人税減税より課税最低限度額引上げ優先

なお、保守党、自民党両党ともに、経済成長を図り、雇用を促進するための政策についてはあまり違いがない。また、政府赤字解消への財政削減を進めることでは合意している。本来は、これらや、医療、教育などの方が重要とは言えるが、ここで問題となっているのは、税とその影響だ。子供手当を40%以上の所得税のかかる給与を得ている人には支給しない方針については、キャメロン首相などから異論があったと言われるが、これは両党間で比較的早く合意しており、財相が微調整を行うことになっている。

所得税に関連した課税最低限度額は、自民党がそのマニフェストで1万ポンド(130万円)までに上げることを約束しており、連立政権合意書でもそれを目指すことを合意している。今年4月からそれを8105ポンド(105万円)まで上げることになっているが、自民党はそれをさらに早めるよう要求している。200万ポンド(2億6千万円)以上の住宅への高級住宅税の導入は、自民党がマニフェストで約束していたが、そのような住宅を持っている人は保守党支持者であることが多いことから保守党内で反対が強く、キャメロン首相が反対したと伝えられる。

これまでところ、保守党と自民党の妥協で、以下のようなことが合意されているようだ。

 課税最低限度額を9千ポンド(117万円)程度まで上げる。
 所得税の最高税率50%を2013年4月から引き下げる。45%?
 高級住宅税は導入しない。
 税逃れ、特に富裕層の税逃れを取り締まる。自分の住む住宅を会社の持ち物として印紙税を免れることやそれ以外の「合法的な節税策」を違法にする、もしくは制限枠を設ける。

所得税の最高税率50%を引き下げることは、所得が実質目減りしている人が多く、給与が凍結されている公務員が多い状況では、そう簡単に実施できることではない。しかし、次の総選挙を2015年に想定していることを考えれば、これは早い目に下げておいた方がよいという政治的な計算が背景にあると思われる。つまり、選挙が近づいてくればくるほど、下げることが難しくなるという判断だ。さらに、直ちに下げるのではなく、ある程度景気が改善してきた頃を見計らってということになる。ただし、これらに自民党が全体として合意しているわけではない。自民党党首のクレッグ副首相らがこの引き下げを容認したが、それを保守党につけ入れられたと見る向きも多い。この予算発表で、保守党がその「嫌な党」イメージを拭い去ることができるか、また、自民党が「弱い者の味方」イメージを回復できるかは見ものだが、いずれも難しいように思える。

陰の財相、エド・ボールズの話(Is the Shadow Chancellor Ed Balls a Tough Guy?)

今日のタイムズ紙の付録マガジンの表紙を見た途端、思わず笑ってしまった。ボクの笑いを聞いて2階にいた妻が「いったいどうしたの?」と聞いてきた。そこで、その表紙に載っているエド・ボールズの言葉「過去を振り返って、ゴードン・ブラウンが偉大な首相だったと言う人はいないだろう」を読み上げた。

ボールズは、ブラウン前首相の側近中の側近だった。トニー・ブレア元首相の側近だったジョナサン・パウルやアラスター・キャンベルがブレアの批判につながる言葉を慎重に避けるのに対比してボールズのこの言葉は意外だった。ボールズは、ブラウンが財相当時、よく「副大臣」と呼ばれたほど大きな影響力を発揮した人物だ。英国中央銀行のイングランド銀行が政策金利の決定を含めた金融政策を担当することになったのは、実はボールズの発案と言われる。

もちろんボールズにはこういう言葉を吐く背景がある。ブラウン前首相の政権運営そのものに大きな批判があるのに加え、財政運営のかじ取りを誤ったために国が大きな債務を抱え、現政権がその後始末に四苦八苦するという状況を作り出したと考えられているためだ。毎週水曜日恒例の首相のクエスチョンタイムでは、キャメロン首相や、時に代理として答弁する自民党のクレッグ副首相が、政権に就いて2年近くたった今でも「前労働党政権がこの問題を作り出した」と労働党を攻撃する。労働党は既に、政権政党時代に「誤りがあった」と言っているが、ボールズが、現在の労働党は、ブラウン時代の労働党とは違うということを強調するためには、ブラウンからある程度距離をおかなければならないと感じているのだろう。

ただし、本文を読めばわかるが、ボールズはその言葉を言った後、「しかし、2007年から8年にかけてゴードン[ブラウン]とアリスター[ダーリング蔵相]が示したリーダーシップはものすごく重要だ。それは世界中に知られているが、ここ英国ではそうでもない」と信用危機への世界的取り組みを先導したブラウン前首相の果たした役割を強調している。こういうインタヴューでは、言葉が前後の文脈から離れて取りあげられる可能性が高いのでよほど慎重にならざるをえないと言える。

ボールズには、少し、雑な人物と言う印象があるが、このインタヴューでは、本当のことを言い過ぎているような気がする。結局のところそう悪い人間ではないのだろう。例えば、ブラウンが怒って電話を投げつけたのは本当か?という質問に対して「えーと、そこにいたことはないので、えーと、電話を投げつけた時に」と答えている。つまり、電話を投げつけたのは本当だと言っているのである。その上、「私は、ゴードン・ブラウンに自ら進んで立ち向かい、彼が誤っていると言う人間だ。これは、実際のところ、大変重要な公共サービスだった」と言う。ブラウンは人の言うことをあまり聞かなかったようだ。

マガジンの中の写真では、新調したばかりに見える高級そうなスーツを着ている。ボールズは影の蔵相だが、その下院議員としての年俸は、£65.738(850万円)でそう多いものではない。ブラウンのアドバイザーになるまでは、フィナンシャルタイムズ紙の論説記者を務めていた。なお、ボールズの妻のイヴェット・クーパーも労働党下院議員で、影の内相だ。2人ともオックスフォード大学からケネディー奨学金を受けてハーバード大学で学び、その後エコノミクス担当のジャーナリストになった経歴は似ている。2人は前ブラウン内閣で閣僚となり、初めての夫婦での閣僚就任となった。

ボールズは2010年の党首選挙に立候補して敗れたが、その前に、2人のどちらが党首選に立つかで相談したと言う。現在、賭け屋は、クーパーを現在の労働党党首エド・ミリバンドの後に党首となる筆頭候補と見ている。しかし、ボクは、クーパーは頭が良いかもしれないが、政治的なセンスに欠ける面があると思う。かつて住宅担当相だった時に、HIPSと呼ばれる、売り主が家の情報をまとめて提供する義務を推進したことがあるが、これは完全に失敗に終わったからだ。クーパーよりも一世代ジャンプして、次は現在影のビジネス相のチュカ・ウムンナに移行するのではないかと思っている。

ボールズは「過去100年間にわたって、英国の経済政策担当者が犯してきた政治的に大きな失敗は、自分の言うことを信じて、何とかうまくいくと期待してそれに執着することだ、つまり、それが本当だと言うと、それが本当になると信ずることだ」と言う。なぜ日本が莫大な債務を負うようになったかが説明できるような気がした。