予算の聖域は非効率のもと(Budget Cut Exemptions May Increase Waste)

日本の予算の概算要求を見て気にかかったことがある。もちろん全体の要求額が東日本大震災の復興費を入れて100兆円を超し、その約4分の1が国債費という状態を非常に残念に思うが、気にかかったのは、アプローチの仕方である。政府の概算要求基準では、要求額を12年度予算より10%削減するよう求めたというが、重点3分野のエネルギー・環境、医療そして農林漁業では、最大4倍の要求額を認めたという。さらに高齢化による医療費や年金など社会保障費の自然増0.8兆円をそのまま要求してよいことにしたという。

もちろん、これは概算要求の段階であり、これからの査定で結果はかなり異なってくると思われるが、このようなアプローチは、現在の英国の政治行政の事例から見ると、避けるべきものだと思われる。

英国では、現在、サッチャー政権よりも厳しい財政削減が進行中だが、その中で、二つの分野では、予算の増額が認められた。海外援助とNHS(国民保健サービス)である。このうち、国際援助は、保守党の2010年総選挙のマニフェストで、2013年からは国民総所得(GNI)の0.7%を海外開発援助(ODA)に向けると約束したことに始まる。これは、実は、労働党がUN(国際連合)の目標を2010年のマニフェストで約束したので、保守党もそれと同じ約束をしたという経緯がある。「嫌な党」保守党のイメージを変える狙いもあった。この結果、2010年の国際援助額78億ポンド(9800億円)から2015年には115億ポンド(1兆4400億円)にまで50%近いアップとなる見込みだ。

この状態で、担当省の国際開発省(DfID)は、毎年急激に増加する国際援助費をかなり「贅沢」な使い方をしていた。外部のコンサルタントに5億ポンド(630億円)近くも使っていたことなどがわかった(参照:http://www.telegraph.co.uk/news/politics/9547162/Probe-over-millions-spent-on-foreign-aid-consultants.html)。

財政削減のため、社会福祉の予算も大幅に削られているのに、海外援助を大幅に増やすのはおかしい、という強い批判がある。キャメロン政権は方針を変え、増やすのではなく、減らすべきだという見解が、保守党内部、特に右派から出てきている。しかしながら、今のところキャメロン首相は方針を変えるつもりはない。そして、公認会計士でもある前運輸相を国際開発相につけ、無駄や非効率な使い方を削減しようとしている。

ただし、省の管理運営費は、2014年度までに3分の1減らす予定で、人員削減が急速に進んでいる。つまり、管理運営の効率化を図る一方、ODA額は急速に増えているという形だ。ここで注目すべき点は、管理運営費を減らせば、無駄や非効率が減るはずだと考えがちだが、特定の部門の予算を急に増やせば、その使い方がかなり放漫になる可能性があるということだ。

さらにNHSでは、保守党がそのマニフェストで、毎年予算を実増すると約束した。しかし、進む高齢化などへの対応で、根本的な機構改革を図っている。その効果は今後の結果を見る必要があるが、英国では、日本のように、単に自然増を認めるというロジックとはならないと思われる。

党大会シーズン:リーダーたちの課題①(Party Leaders’ Challenges this autumn)

英国では秋の党大会シーズン。先週末には緑の党の党大会が開かれたが、主要3政党の党大会は以下のようなスケジュールである。

① 自民党:ブライトンで9月22日から26日。テーマは「厳しい時により公平な税」
② 労働党:マンチェスターで9月30日から10月4日。テーマは「英国再建」
③ 保守党:バーミンガムで10月7日から10日。テーマは「2015年への道」

党大会は、かつては党の方向を決める重要な場であったが、近年は、すべてがお膳立てされており、本当の議論はなく、しかも、出席者や出店者、広告主などから、さらにディナーパーティなどを開き、お金を集める場に成り果ててしまっているという批判がある。それでも主要3党の党大会はマスメディアで広く報道され、政党の状況や今後の方向性を見るのに役に立つ機会であると言える。

ここでは、以上の3党の課題を一つずつ見ていきたい。今回は①の自民党である。

自民党のニック・クレッグ党首は保守党との連立政権で副首相を務める。連立政権に参画して以来、支持率が低迷。2010年の総選挙時には、全体票の23%を獲得したが、現在の支持率は10%前後である。自民党は、選挙時には、通常の世論調査の支持率よりかなり高い得票率を得る傾向があるが、それを考慮に入れても次期総選挙では、大幅に議席を失うと見られている。

その一つの根拠は、世論調査によると、2010年の総選挙で自民党に投票した人たちのかなり多くが、次の総選挙では自民党には投票しないとしていることだ。しかも労働党支持者から連立政権に参加した自民党へ批判が強く、これまで、当てにしていた労働党支持者からのタクティカル・ボーティングが、そう期待できなくなっていることがある。タクティカル・ボーティングとは、例えば、労働党のあまり強くない選挙区では、労働党支持者が当選可能性のない労働党候補に投票せず、自民党候補に投票することである。つまり、考え方の近い自民党の候補者が保守党候補を破って当選する方が望ましいということだが、保守党を政権につけるために自民党が協力したことから、自民党に投票するのは、保守党を裏口から支持することになるという警戒感が出てきている。

これまでのクレッグの戦略は、まずは、政治的に安定した連立政権で、莫大な政府債務を長期的に減らすために国際的な信用を維持し、財政再建に取り組むことであった。次に経済成長を維持し、そしてさらに自民党独自の政策を打ち出すことであった。

自民党の独自の政策としては、貧しい地域や家庭の子供たちの教育を援けるためのPupil Premiumと呼ばれる制度を推進した。これは、英国では、低所得者の家庭の子供には給食を無料で提供する制度があるが、これに該当する子供たちの数に応じて小学校や中学校、または地方自治体の場合もあるが、政府から補助金を支給し、それらを該当の子供たちの学力向上などにそれぞれの学校や地方自治体の独自の判断で使える仕組みである。2011年度から導入された制度の成果がどの程度のものとなるか、今後を待たねばならないが、これまでのところ評価は低い。この9月9日から10日に世論調査会社YouGovが行った世論調査では、この制度に否定的な人が22%、肯定的な人が15%で、違いがないと言う人が48%であった。

また、自民党の力を入れてきた政策で、今回の党大会のテーマにもその成果を強調したいという意思が表れているのが、課税最低限度額のアップである。つまり、最低限度額が上がれば、それだけ支払う税金の額が減り、低所得者の中には、まったく税金を支払わなくてもすむ人が増えることとなる。自民党は、これを保守党との連立合意にも入れ、2015年までにこの最低限度額を1万ポンド(125万円)までとすると述べた。これまでの予算発表でも徐々に上げてきており、今年4月からは8,105ポンドとなった。来年4月からは9,205ポンドになる。かなり大きなインパクトがあるはずだが、これへの有権者の評価も低い。上記の世論調査によると、肯定的な人は23%、否定的な人は21%、そして43%の人は違いがないと言う。

しかも、自民党の連立政権参加の大きな動機となった下院の選挙制度の修正案(AV)の国民投票が大差で否決され、上院をほとんどのメンバーが選挙で選ばれる制度の導入は、保守党の中の反対が大きく、失敗した。政治改革面では、ほとんど訴えられるものがない。

さらに、2011年5月、2012年5月の地方選挙では、自民党は多くの地方議員を失った。これらの結果、クレッグ党首を強く支持してきた自民党の中にも、クレッグの政府の中での役割、党運営のリーダーシップに疑問を呈する声が大きくなっている。労働党は、クレッグの代わりにケーブル・ビジネス相を党首にする動きに火をつけようと画策している。

こういう中で、クレッグは、2015年に予定されている総選挙までの残された時間で、自民党の命運を変えるための手を打って行かねばならない。党大会では、まずは、自分についてきてほしいと訴えることとなる。そして、政府の政策に、自民党の原則をさらに反映させ、それで有権者に自民党の役割を訴えていくこととなるだろう。しかし、連立を組む保守党の中では、キャメロン首相は、自民党に影響力を行使させすぎているという声が強くなっており、自民党の動きには限界があるように思える。

問題は、有権者のクレッグへの評価は極めて低いことだ。YouGovの8月30日から31日に行われた世論調査では、身内ともいえる自民党の支持者の60%はクレッグを党首として支えていくべきだというが、次の選挙でクレッグが党首であった方が良いと言う人は31%しかおらず、47%は他の人が党首の方がよいという。これを変えていくのは容易なことではない。