スコットランド国民投票実施合意(Edinburgh Agreement)

キャメロン英国首相とサモンド・スコットランド第一首相の間で、スコットランドの独立に関する国民投票を実施することが決まったが、スコットランド独立につながる結果が出る可能性は少ないと見られている。内容は以下のようである。

① 2014年年末までに実施
② 質問は、スコットランドが英国を離れるかどうかに関してYesかNoの一つだけで、英国の選挙委員会がその表現の妥当性について検証する
③ 投票できる有権者には16歳と17歳も含む
④ 中央政府が国全体の憲法問題に関する責任を持つ立場から、スコットランド議会にこの投票をする権限を与える。
⑤ どのような結果となろうとも、中央政府とスコットランド議会が協力してスコットランドの人々に最善となるよう努力する。

実施時期については、これまで中央政府は、2014年秋は遅すぎる、不透明な状態を長続きさせないためなるべく早く実施したいと主張してきたが、スコットランド側の主張に折れた形だ。2014年には、夏から秋にかけて、スポーツの英連邦大会がスコットランドであり、また、ゴルフのライダーカップも行われる。その上、かつてスコットランドの独立に大きな役割を果たしたバノックバーンの戦いの700周年にあたる。スコットランドの国民感情を掻き立てる効果を期待していると思われる。

質問の形については、スコットランド側は、質問を二つにして、独立Yes/Noの他に、大幅な分権に関する質問も付け加えることも検討していた。これは、いずれに転んでもスコットランドに有利と言う判断であった。しかし、中央政府側は、Yes/Noの質問だけを要求していた。

また、この国民投票にのみ16歳まで投票権を与えたのは、スコットランド側に若い人たちの方が、独立に賛成する傾向が強いと判断してのことだ。国民投票が2年先であることを考えると、現在の14歳以上が対象となるため、スコットランドの学校ではかなり「スコットランド独立」の機運が盛り上がる可能性がある。しかし、これは、約400万人の有権者に12万3千人を付け加えるだけだと言われ、しかも、これらの人たちが投票するには、有権者登録をしなければならない。若い人の低投票率の傾向を考えると、Yes票がわずか0.2%程度増えるぐらいの影響しかないと見られている。

いずれにしても、これまでの世論調査の結果からYes/Noの質問で、Yes票はせいぜい3分の1程度で、Noのほうがかなり優勢と見られている。

党大会シーズンを終えて(How the Party Conferences Went?)

 

キャメロン首相の保守党大会のスピーチは聞かせるものだった。前日のロンドン市長・ボリス・ジョンソンの演説とは趣を変え、大向こうに受けるようなレトリックを避け、着実に自分の来歴と、自分の目指すもの、これまでの実績、そしてこれから予想される困難な障害を労働党との違いを浮き立たせるように語った。一種の緊張感を最後まで保ち、非常に完成度の高いスピーチだった。さすがという印象があった。あるBBCのジャーナリストは、首相らしい演説だったと評した。

ただし、聞き終わった後、いったい何を話したのだろうかと振り返ってみると、キャメロンのジョークと父親の話、亡くなった長男の話、そして、自分の育った恵まれた境遇を社会に広く広げたいという話であった。キャメロンのジョークは、労働党をダシにしている。労働党は政権担当中も、野党になっても、お金を借りることばかり考えている。One Nation ならぬOne Notionだと揶揄したものだ。これは、保守党大会だからジョークになる。

キャメロンのスピーチは聞かせるものではあったが、話の中で使った統計には疑わしいものがあった。もちろんどこかにそのような統計はあるのであろうが、政治的なスピーチでは、時に統計を非常に巧妙に使っている場合があるので留意しておく必要がある。

それよりも、BBCの政治副部長が、キャメロンは保守党の党首となってから7年もたつのに、自分をあらためて今さら定義しなければならないのは、尋常ではないとコメントした。一方、政治部長は、これまでの批判に対する反論を一つ一つ上げた、防衛的な演説だと評した。

キャメロン首相は、競争のますます厳しくなる国際環境の中で、英国が生き残っていくためには、国の財政を立て直し、福祉制度を見直し、教育を向上させ、公平な社会とし、誰もがよくなろう、よくしようという向上心を持つ国が大切だと訴えた。

これはよくわかる話で、多くの人がそれに賛成するだろうが、向上心や、一生懸命働くなどと言っても、このような「スローガン」は、残念ながらすぐに忘れ去られてしまうように思われる。このスピーチは保守党大会参加者にはかなりの満足感を与えたようだが、一般の有権者の判断はどうだろうか。

今年の党大会シーズンのハイライトは、ミリバンド労働党党首のスピーチだろう。10月14日のサンデータイムズのYouGov世論調査では、この党大会シーズンで最も成功したのは誰かという問いに対して、キャメロンとした人が22%、自民党のクレッグとした人が3%だったのに対して、32%がミリバンドと答えた。それまであった、ミリバンドは党首そして将来の首相としてふさわしくないのではないかという大方の見方を変えたものだったからだ。そのスピーチでOne Nation Labourを打ち出したが、これは、保守党のこれまでのOne Nation Toryを変えたものである。One Nation Toryとは「金持ち・特権階級」と「貧しい労働者階級」がかい離した国ではなく、全体で一つにまとまった国にしようとする考え方である。かつてこれを打ち出したのは、かつて保守党首相を務めたベンジャミン・ディズレーリであった。ディズレーリはもともとポルトガルから移ってきたユダヤ人移民の子孫で、ミリバンドは英国に移ってきたポーランド系のユダヤ人の子供である。ディズレーリとミリバンドはこの点で共通点があるといえるだろう。

ミリバンドンの演説は、かなりリラックスしたもので、65分の演説をすべて覚えておいて話したものだった。政策的な内容はほとんどなかったが、政策の方向性を示すもので、これには多くが驚いた。One Nation Toryの上から下を見下ろした発想ではなく、つまり、金持ちにより多くのお金を稼がせながら課税し、それを下に振りまくという発想ではなく、国全体をOne Nationに合致するように変えていくという発想である。ミリバンドは、この演説に相当な自信があったように思われる。それが演説に現れていた。その結果、政治を報道するジャーナリストのかなりの敬意を勝ち取った。これは大きな成果と言えるだろう。今後ミリバンドのことを書く際の視点が異なってくるからだ。これとOne Nation Labourのスローガンは今後長く残るように思われる。

なお、ミリバンドは、今の時点で、詳細な政策を出す必要はない。選挙はまだ2年半先のことで、経済状況はまだまだ変わる。その上、一般に英国では、選挙は「政権政党が失う」ものだと考えられている。経済状況が悪く、保守党には左右の対立があり、政策のUターンやミスが続いている。しかも保守党は、英国のEUからの脱退を求める英国独立党UKIPに大きく票を失う状況だ。自民党の支持率は低いままで、前回の総選挙で、自民党に票を投じた人の多くが労働党に投票する構えである。そういう中、ミリバンド労働党はまったく焦る必要はない。

次に自民党のクレッグを見てみよう。クレッグのスピーチは率直でしっかりしたものだったと評価される。自民党は連立政権の中で重要な役割を果たしているとし、クレッグについてきてほしいと訴えた。クレッグのスピーチで、キャメロン首相らとの間で政権の基本的な財政経済政策については変えないという合意ができていることが明らかであったが、その後のオズボーン財相のスピーチで、具体的な税制などではまだ合意ができていないことが明らかになった。

自民党の中にはクレッグ党首を今の時点で入れ替えようという考えはあまり大きくない。しかし、代替党首の筆頭候補とされるケーブル・ビジネス相のスピーチを聞きに集まった人の方が、クレッグより多かったと言う話を聞くにつけ、クレッグの命運はいずれにしても大きく変わらないと思われる。ただし、今現在党首を交代させるのは時期的に早すぎるだろう。自民党も保守党も今の時点での選挙は避けたいと考えており、次期総選挙は任期満了の2015年5月の見込みである。クレッグもスピーチで述べたように、これからさらに厳しい財政削減に取り組まねばならない状況だからだ。つまり、党首を今変えても、クレッグのように大きく人気を失う可能性がある。

一方、クレッグがどのような将来的な構想を描いているとしても、その時がくれば、かつてメンジー・キャンベルが党首から引きずり落とされたように事態は急に進む可能性がある。

いずれにしても、経済が停滞しており、しかも財政再建も停滞している中で、財政緊縮策を取る政権を担当している政党には厳しい状況だ。その中で、野党の労働党は有利な立場であったと言える。