ブレアのアドバイス(Blair’s Advice to Miliband)

トニー・ブレア元労働党首相がエド・ミリバンド労働党党首へのアドバイスを左よりの雑誌ニュー・ステイツマンに寄稿した。(http://www.newstatesman.com/politics/2013/04/exclusive-blairs-warning-miliband

ブレアは、ミリバンドを名指ししなかったものの、その意図は極めて明らかで、現在の労働党に必要なリーダーシップについて、自分の考えを明らかにしたものである。要は、労働党が安直に左寄りに動くのではなく、政治の考え方で真中の位置を保ちながら、はっきりと政策を打ち出していくべきだと言うのである。具体的な問題として挙げられたのは、緊縮財政策、福祉、移民そして欧州である。

ブレアは、また、マーガレット・サッチャー死去の後のインタヴューで、決断をすれば、賛成する人と反対する人を生み出すと言った(http://www.bbc.co.uk/programmes/p017gnb8)が、ミリバンドにそのような決断を促している。決断をせずに、現キャメロン政権の施策に反対しているだけでは、責任のある政党とはなりえない、と言うのである。

ブレアのアドバイスには、ブレアの側近で、後にブラウン政権でも重要な役割を果たしたピーター・マンデルソン、ブレア内閣で閣僚を務めたピーター・リードとデイビッド・ブランケットもブレアの危惧を反映した発言をしている(http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-22143354)。

ブレアは、1994年に労働党党首になり、1997年、2001年そして2005年の3度の総選挙に勝利した。この経験からのアドバイスにはかなりの重みがある。しかしながら、ミリバンドには一つ極めて根本的な問題があるように思われる。

それは、ミリバンドには、昨年秋の党大会で打ち出した「ワンネイション・レイバー」という基本的な枠組みはあるものの、それ以上の理念がないように思われる点だ。

ブレア自身、同じような問題に面したといえる。ブレアも1997年の総選挙前、自分が何を政権について成し遂げたいか分かっていなかったように思われる。この総選挙で「教育、教育、教育」と訴えたが、ブレアが自分の成し遂げたいことを見つけたのは、首相となってかなり後のことであり、2001年総選挙以降を自分の「1期目」と考えていたと言われる。

それに比べて、理念の面では、ミリバンドはブレアの1997年以前の状況からそう遅れているようには思えない。それは、キャメロン首相も、野党時代同じだった。ブレアは、「第三の道」を訴えた。キャメロンは選挙がかなり近くなって「ビッグ・ソサエティ」という考え方を打ち出した。いずれも、理念として中途半端であった。そして今やミリバンドは「ワンネイション・レイバー」の中身で苦しんでいる。

ただし、ブレアが労働党選挙戦略で取ったのは、焦点を、もともと中流階級の保守党投票者だが生活の質に関心の高い「ウスター女性」と呼ばれる層と、もともと労働者階級の労働党投票者だったが保守党に投票している「モンデオ男性」と呼ばれる層に定めた。そしてそれまでの左派寄りの考え方から政治の考え方の中央に移動させ、それは大きな成功をもたらせた。

ミリバンドはどうか?ミリバンドの戦略は、「35%戦略」と言われる。これは、2010年の総選挙で獲得した29%の得票にさらに自民党から6%を上積みすれば、次期総選挙に勝てると言うのである。つまり、次期総選挙では、自民党の得票率が低下し、その低下した部分のかなりが労働党に回るのは確実で、その結果、労働党が保守党と自民党にわずかな差で敗れた選挙区での勝利が見込まれ、それにプラスの議席獲得ができれば、過半数が獲得できるという計算に基づく。2005年の総選挙で労働党は35%の得票率だったが、それでも政権を余裕を持って維持した。

現在労働党は、世論調査で10ポイント程度保守党を継続的に上回っており、2015年に予定される総選挙では、労働党が勝つ可能性が高まっている。しかしながら、1997年にブレアがそれまでの保守党政権を破った時には、世論調査では、20ポイント以上の差をつけていたことから考えると、10ポイントのリードはそう大きくない。しかも、ブレアは、最後の最後まで気を抜かなかった。

そのブレアの目から見ると、ミリバンドの戦略は極めて弱く映ると思われる。つまり、事実上、現状維持の戦略であるからだ。ただし、1997年の景気が上向いていた時代と現在の経済停滞の状況とでは大きく異なる。ミリバンドが強い確信や理念があるのならいざ知らず、もう少し方向を見極めたいという考えも背景にあるように思われる。

ブレアのアドバイスはかなりプラグマティックなものではあるが、それでも理念抜きには一歩を踏み出しにくい。ブレアのアドバイスに対してミリバンドは、過去の労働党政権の移民問題などの失敗を反省し、これからの方向性を計画していると発言した(http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-22104974)。2010年9月に党首となり、既に2年半党首を務めてきたミリバンドの政治的リーダーシップの苦しみを物語っていると思われるが、同時に、現在の英国の政治的リーダーシップの貧困さを物語る一つの事例であろう。

マニフェストの検証?(Vetting Manifesto?)

2011年12月まで国家公務員のトップである内閣書記官長(Cabinet Secretary)を務めたオードンネル卿が、選挙の前にマニフェストを独立機関が検証をしてはどうかと言いだした(サンデータイムズ紙2013年4月7日)。

オードンネル卿のアイデアでは、選挙マニフェストがどの程度実現可能か、それを公的に検証するべきだというのである。

このアイデアは、実現可能性がないと思われる。

まず、政党がそのようなアイデアに同意する可能性は極めて少ないだろうと思われる。政党のマニフェストが、選挙前に事細かく検証され、もし、実際的でないとか、実現が困難と言われれば、その政党への信頼性が揺るぐ。

次に、そのような検証にどのような意味があるのだろうか?

2010年の総選挙の前、保守党の効率化アドバイザーであったピーター・ガーション卿が、予定されているものにつけ加えて、120億ポンド(1兆8千億円)の財政カ削減が可能だと言った。

ガーション卿は、民間会社の重役から公務員となり、政府商務局のチーフ・エグゼクティブも務めた人物である。2004年から5年にかけては、ガーション・レビューと呼ばれる政府全体の活動を見直し、歳出と効率化について勧告をした。

保守党のキャメロン党首(当時)が、ガーション卿が可能だと言っているのでできるという立場を取ったのに対し、ファイナンシャルタイムズ紙がガーション卿にインタヴューした。公務員の余剰人員解雇なしで公務員給与から10億ポンドから20億ポンド(1500億円から3000億円)のお金が捻出できると言ったことに対し、マンチェスター大学の専門家に聞いたところ、それは無理だという。そのため、ガーション卿の効率化に大きな疑問が投げかけられた。それでもキャメロンが首相になった後、ガーション効率化案を大幅に変更せざるを得なかったが、結果的に必要な財政削減を成し遂げた。

もしその「独立機関」がこの財政削減を検証していれば、否定的な結論を出していた可能性が高いと思われるが、それがその「独立機関」の意味なのであろうか?特に野党の場合には、実際に政権に就いて見なければ何が可能か不可能か分かりづらい点がある。現在でも総選挙の前に、首相の許可を得たうえで、野党が公務員トップに接触する制度があるが、それでお互いの能力を十分にはかることは難しい。

さらに、誰がそのような検証をするのだろうか。

キャメロン政権では、独立して経済や財政の予測を出す機関、予算責任局(OBR)を設けたが、この機関の予測がどこまで信頼できるかには疑問がある。経済成長、インフレ、税収などの予測がかなり外れている。その上、例えば、第四世代移動通信の周波数オークションによる歳入見通しでは、OBRは、昨年12月、財務省の予測した35億ポンド(5300億円)を承認したが、その当時から多く見積もりすぎていると見られていた。実際に財務省に入った金額は、それより3分の1も低い23億4千万ポンド(3500億円)であった。

かなり狭い分野に限定されたこのような独立機関の予測や判断に疑問が残るのに、マニフェストのような広い分野にわたるものを「独立機関」がどの程度有効に判断できるか疑問である。

さらに2010年の保守党のマニフェストのNHSの記述のように、専門家でもその真意が理解できていなかった場合もある(参照http://kikugawa.co.uk/?p=405)。この「独立機関」がマニフェストの記述をすべて理解できると想定できるものだろうか?

最も根本的な問題は、政治家と公務員の能力をどの程度だと判断するかである。非常に優れた政治家、もしくは公務員が担当する場合と、そうでない人が担当する場合では、成否だけではなく、達成度も費用も大きく異なる可能性がある。これを「独立機関」が勘定に入れて判断することは極めて難しい。時には特定の政治家と特定の公務員の組み合わせが予想以上の効果を生む場合もあるだろうし、その逆もあり得る。

それに付け加えて、この「独立機関」が誤った報告をすればどうなるのだろうか?もしかすると選挙の結果を左右することにもなりかねない。

これらのことを考えると、公的な「独立機関」がマニフェストの問題に踏み込むよりも、それは、民間のシンクタンクやマスコミに任せておいた方が賢明なように思われる。