コンフォート・ゾーンに陥った英国(Britain Dwells in Comfort Zone)

8月29日、夏休み中にもかかわらず、英国の下院が緊急招集された。シリアのアサド政権が3月21日に反政府勢力に対して化学兵器のサリンを使い、人道に反する行為をしたとして、英国はアメリカ、フランスと共同してシリアにミサイル攻撃をする計画を立てた。そして、その承認を下院に求めたのである。しかし、英国の世論の3分の2がそのような攻撃に反対しており、この動議はわずかな差で否決された。

これを民主主義の勝利と見る向きもあるが、ことはそう簡単ではない。

野党労働党のミリバンド党首は、当初キャメロン首相に、その計画に賛成すると思われるような発言をしたと言われるが、採決間近となり、その立場を変えた。アサド政権が化学兵器を使ったという確実な証拠が示されたわけではなく、国連査察団らによるさらなる証拠が必要だとして反対した。また、与党の保守党、自民党からそれぞれ30人、9人の反対者を出した。

キャメロン首相がなぜそう急いで下院の採決を求めたのかについては様々な憶測がある。その週末にもアメリカのオバマ大統領が攻撃指令を出す予定であったため、その前に英国は態度を決めておく必要があったと言われる。英国下院否決の後で起きたことを考えると、英国の下院が軍事介入を認めれば、それを理由にオバマ大統領が英国、フランスと共同して直ちに攻撃指令を出すという計画ではなかったかと思われる。

一方、もし可決されていれば、英国はこの人道的な軍事介入への先鞭をつけるという役割を果たしていただろう。そしてその翌週に行われるG20でキャメロン首相に注目が集まり、そのステイツマンらしいイメージで、労働党のミリバンド党首に個人の支持率でさらに大きな差をつけるという狙いがあったのではないかと思われる。ところが、英国の下院が否決したため、キャメロン首相は屈辱を味わい、そのまずい処理を批判された。また、アメリカは議会の承認を求めることとなり、またフランスまで議会の承認を求める圧力が高まった。

問題は、この採決の結果、英国がアメリカと最も近い友邦国として行動するという信頼関係に水が差されたことだ。これまでの英米関係の中心にあった共同軍事行動をこれからは必ずしもあてにできなくなった。

これは、今後英国に非常に大きな影響を与えるように思われる。というのは、英国が国際社会で孤立する可能性を増したからである。

キャメロン首相は、既に、2015年に予定される次期総選挙で保守党が勝てば、2017年末までに英国がEUに留まるか離れるかの国民投票を行うと約束している。これは、欧州懐疑的な世論を反映したものだ。

この国民投票で、もし英国がEUを離れることとなっても、英国には友邦国であるアメリカがいるという考えがあった。しかし、アメリカとの関係が緊密ではなくなり、EUからも離れるということになれば、英国が孤立する可能性が高まる。

財政削減の中で、国防支出を減らしており、兵士の解雇も実施した。軍首脳の中には、今後の英国の軍事介入能力を疑問視する人もいる中、英国は、軍事、政治、そして経済的にも国際社会の中で国としての影響力が減少している。

英国には、チャーチルらによってもたらされた戦勝国としての誇りが残っている。しかし、移民に反対し、EUから手を引こうとし、人道介入に積極的に関与することを避け、アメリカとの関係も犠牲にする用意のある英国民は、自分の殻に閉じこもって、対外的な関係を避ける「コンフォート・ゾーン」に引きこもろうとしているようだ。

英国の政治リーダーシップはこういう姿を避け、英国の位置づけをはっきりとさせ、正しいと思われる方向へ国民を導いていく役割がある。それには、慎重な判断と運営が必要だ。今回のシリア対応に見られるようなお粗末な対応は、今後長きにわたって悔恨を残すと思われる。

下院議員選挙の投票権(Who is Eligible to Vote at a General Election?)

定期国会法の結果、次期総選挙は、2015年5月7日(木曜日)の予定だ。まだ、1年8か月ほど先の話だが、主要政党の間では、既に様々な選挙前の駆け引きが始まっている。

その選挙に誰が投票できるかは、多くの外国人にとっては、なかなか理解しづらい点である。もちろん日本人には投票権はない。しかし、英国人でない人でも多くの人が投票権を持っている。英国人でも誰に投票権があるか知らない人が多い。

選挙を担当する選挙委員会(Electoral Commission)が、誰に投票権があるか明らかにしている。それは以下のようなものだ。

①投票する届け出をしている。
②18歳以上
③英国民、英連邦国の投票資格のある国民、アイルランド国民
④投票資格を失う事由がない

英連邦の加盟国には、インド、カナダ、さらには南アフリカやタンザニアなど50余りある。さらにキプロスやマルタの国民にも投票権がある。例え英連邦から母国が追放されても、その投票権は維持される。

一方、上院議員には下院の選挙への投票権がない。

現在の規定は、1918年の人民代表法から変更されていない。そのために、大英帝国時代からの国王の臣民が今もその当時に与えられた権利を維持しているのである。

このことを問題にする人たちがいる。移民を監視している団体Migration Watch UKによると、2011年の国勢調査で、英連邦の国民で投票権のある人は、96万人いたという。それが2015年までには100万人を超える見込みだ。

つまり、英国に強いつながりを持たない人たちが、選挙の結果に影響を与える可能性が高いと主張しているのである。

先の労働党政権下で、2007年に有権者を絞ることを検討したそうだ。しかし、何の動きもなかった。これは、特に黒人や少数民族の人たちには、労働党に投票する傾向が強いからだと言う(タイムズ紙)。

英連邦の国では、インド系や黒人の人たちが圧倒的に多い。しかもこれらの出身の人たちの多くが、労働党に投票するのは確かに事実である(参照 5.人権構成の変化と政治)。

ただし、これを党利党略のみで判断したと考えるのは、早計かもしれない。英国は英連邦をまとめることで国際的な政治的影響力を保つ一つの手段としているからである。