次期総選挙への課題・労働党(Labour’s Prospects for the Next General Election)

労働党は2010年の総選挙でそれまで13年間担当した政権の座から滑り落ちたが、現在、世論調査でやや優位に立っている。2015年予定の次の総選挙に勝てば、ガス・電気料金を20か月間凍結し、競争が十分に働いていないエネルギー市場を改革するとしたエド・ミリバンド党首の約束は、収入に対する生活費の上昇にあえぐ多くの国民の関心を引いた。

ミリバンドの国民・消費者のために銀行、大企業、新聞社などに立ち向かうという構えや、ガス・電気料金問題をはじめ、生活費の上昇の問題など課題を作り出していく能力を評価する声がある。

プレス規制の問題をみると、まず、電話盗聴問題を受けてミリバンドが公的調査を求めたためにレヴィソン委員会が発足した。その報告を受けて、主要三党が合意した勅許によるプレス自主規制機関制度も、ミリバンドのオフィスで生まれ、ミリバンドがリードした形になっている。つまり、この制度はミリバンドがいなければ生まれなかった可能性が高いといえる。

さらに8月のシリア攻撃に対する、キャメロン首相の提出した国会決議案はミリバンドが反対に回ったために否決され、キャメロン首相の国際的な威信を傷つけた。

そして生活費の問題では、ミリバンドが繰り出す新たな政策や問題提起に対して、政府は対応にあたふたとしており、しかもその対応策はインパクトが乏しい。

つまり、英国の政治では、ミリバンドが風を起こしているのであり、キャメロンはその風に翻弄されていると言える。そのため、改善する経済のよいニュースもその風の中で埋没しているようだ。

しかしながら、ミリバンドを評価する声はあるものの、一般の有権者のミリバンドへの懐疑心は消えておらず、ミリバンドの個人評価の大幅アップにはつながっていない。

この状況と労働組合最大手のユナイト関係者の労働党選挙区候補者選定操作疑惑を受けて、キャメロン首相は、再びかつての攻撃「ミリバンドは弱い」を復活させた。この疑惑そのものは、世論調査によるとそれほど大きな影響はないが、キャメロンはミリバンドの弱みを突こうとしているようだ。

経済成長率は上昇基調にあるが、政府が国民の生活の向上に十分な対応をしていないことをミリバンドが浮き彫りにするのはそれなりに意味があるが、一面的という観がある。ミリバンドは財政削減、福祉、NHSなどの重要な問題にまだはっきりした方針を示していないからだ。連立政権の2015年度の予算を継続するなど、もし選挙に勝って政権を担当した場合、当初の方針は「継続」という形で示した程度だ。さらにEU国民投票の問題をどうするかなど、まだ取り組まねばならない課題は多い。

保守党の副幹事長だったアッシュクロフト卿は、次期総選挙は「労働党が失う」選挙だという。つまり、現状では労働党が有利だと言うのである。保守党はUKIPに支持を奪われており、自民党は保守党と連立を組んだために大きく支持を失い、その失った支持の多くが労働党に向かっている。そのため、労働党は、得票率が35%あれば選挙に勝てるという見方がある。もともとの労働党の支持者を固め、それに自民党から流れてきた支持を加えれば35%に到達する。

ただし、アッシュクロフト卿を含めて多くが次期総選挙はかなりの接戦になると見ている。その根拠は、保守党のキャメロン首相が、特に危機対応能力・首相らしさの面でミリバンドよりも世論調査で優位に立っているからである。

ミリバンドには容貌の問題がある。鼻の手術後、少し顔つきが変わった。また、鼻にかかっていた声が改善された。しかし、かつてのイメージはまだ完全には払しょくされていない。

もちろんミリバンドの頭脳は、折り紙つきである。頭の良いことで有名だったゴードン・ブラウン前首相が2010年の総選挙マニフェスト執筆を頼んだほどである。

最近、ミリバンドの強さが明らかになりつつあるものの、まだ浸透しているとは言えない。もしかするとその容貌ゆえに総選挙までに浸透しない可能性もある。

ミリバンドは「35%戦略」に落ち着く考えはないようで、これからも継続的に攻撃を仕掛けていく構えだ。保守党の個別の有権者の掘り起し戦略に対抗して、選挙区ごとに課題を絞る作戦を取る方針だ。しかし、次期総選挙は、政策よりも党首個人の戦いの様相が強まってきているように思える。

保守党は、ミリバンドが首相として国を代表するにはふさわしくないというキャンペーンで有権者が労働党に投票するのを防ごうとする可能性がある。保守党支持のデイリーメールがミリバンドの父ラルフは英国を嫌っていたと決めつけた記事を掲載したのに対して、ミリバンドが強く反発した。これはラルフをミリバンドの攻撃材料にこれ以上使われるのを防ぐためには有効だったろう。しかし、下院の選挙制度の変更を提案したAVの国民投票で、保守党を中心とした反対派がクレッグ自民党党首・副首相の個人攻撃を徹底的に行ったことがある。それに近いことがミリバンドに向かって行われるかもしれない。

次期総選挙への課題・保守党(Tory’s Prospects for the Next General Election)

2015年に予定される次期総選挙まであと1年半となった。もう選挙戦は走り始めている。次期総選挙の結果はどうなるのだろうか。

世論調査では、若干の変動はあるが、労働党が38%程度、保守党が32%程度で自民党が10%前後である。なお、2010年総選挙の得票率は、保守党36%、労働党29%、自民党23%であった。

次回の総選挙にはこれまでにはなかった不確かな要素がある。特に保守党から英国独立党(UKIP)へ票がどの程度流れるのか、第3党の自民党がどの程度議席を維持できるかなどによって結果がかなり変わってくる可能性がある。

なお、英国名物といってもよい賭け屋の賭け率では、労働党が優勢だ。大手のウィリアム・ヒルによると以下のようになる。

  •  最も多くの議席を獲得する 労働党8/13 保守党 5/4
  •  下院の過半数を占める 労働党 6/4 過半数を占める党がない 11/8 保守党 11/4

一方、オックスフォード大学のスティーブ・フィッシャーの予測では、総選挙での保守党の得票率が38%と労働党の33%を上回り、保守党が最も多くの議席を獲得する可能性は88%、過半数を占める確率は57%だという。この予測モデルには様々な批判があるが、それらの指摘に対して、フィッシャーはさらに完全なものにする必要があると言いながらも大勢には影響がないとコメントしている。

それでは現在のところ情勢はどうなのだろうか?

上記のように世論調査で労働党が6%程度保守党をリードしている。現在の選挙区割りは労働党に有利であり、それを変えようと保守党は総議席数を減らし、新しい選挙区割りを行おうとした。しかし、自民党の求めた選挙政治改革案を保守党が阻止したために、自民党が新選挙区割り案に反対し、実現していない。そのため、世論調査の結果が全国一律で当てはまるとすると、保守党は世論調査で労働党を少なくとも同じ程度以上リードしておく必要がある。

ただし、政権政党は一般に選挙サイクルの真ん中では世論支持率が低い傾向があり、総選挙が近づいてくると政権政党が支持を盛り返す傾向がある。また、保守党は選挙で予想以上の得票をする傾向があり、現在の支持率が総選挙で繰り返されるとは考えにくい。

また、保守党のキャメロン首相は、労働党のミリバンド党首を個人の支持率で大きく上回っており、しかもキャメロン首相・オズボーン財相の経済運営に対する支持は、ミリバンド党首・ボールズ影の財相のチームよりもかなり大きく上回っている。

特に総選挙では、有権者は誰が次の首相となるべきかを考えて投票するため、総選挙でキャメロンを支持して保守党に投票する人が増える可能性が高い。

アッシュクロフト卿が9月に発表した世論調査では、保守党の下院議員を出している、次点との差の少ないいわゆるマージナル選挙区40選挙区の分析をしているが、次点が労働党である32選挙区では、労働党が14%保守党をリードしている。保守党票をUKIPが奪っている上、2010年総選挙で自民党に投票した人の多くが労働党に流れているためで、全国的な支持率よりも労働党はこれらの重要な選挙区で優位に立っている。しかし、これらの選挙区での現在の14%の支持率の差が労働党の候補者にとって十分かどうかには、政権政党は選挙が近づくと盛り返す傾向があるため疑問がある。

ただし、これらの分析には、政治状況が現在のままで推移すればという前提がある。具体的には、キャメロン首相が首相としてふさわしい統治能力を発揮し続け、経済が順調に過熱することなく継続的に向上することである。

キャメロン首相は、これまで大きな失敗を免れてきた。何か問題があると、それは労働党の負の遺産のためだと弁解してきたが、政権を担当し始めて既に3年半たち、その言い訳が通用しにくくなっている。特に問題だと思われるのは、今後キャメロン首相の統治能力に疑問の出るような問題が次々に出てくる可能性があることだ。

幾つか例を挙げると、まずは国民の最も大きな関心事の一つNHSの問題である。キャメロン首相はトップダウンのNHS改革は行わないと約束していたが、政権に就いてトップダウンの改革を行った。この改革はかなり混乱していると言われる。多くの機関を廃止して、新しい機関が設けられているが、多くの問題が生じてきている。約1万人のスタッフを余剰人員解雇したが、多額の解雇手当を受け取った人の多くが、NHS内で再び職を得ており、その改革の手法に疑問が出てきている。しかも救急外来はパンク寸前だと言われており、今冬にはNHSが対応できないような事態が発生する可能性がある。

また、これまで複雑だった福祉給付を一つの制度にまとめるユニバーサルクレジットではコンピュータの立ち上げに苦労している。既に3400万ポンドが損金処理されており、さらにその額は増える見込みだ。

さらに電気・ガス料金の問題で表面化したのは、キャメロン首相が財政削減と経済成長に目を向けすぎていたせいか、国民の生活への配慮に欠けた面があったことだ。この問題や水道料金の問題で明らかになってきたのは、市場がきちんと機能していないということである。

多くの国民が経済は回復してきていると感じているが、インフレ率に対して賃金上昇は停滞しており、多くの人の可処分所得が減少し、生活が苦しくなってきていると感じている。

その中で、ミリバンド労働党党首の示した電気・ガス料金の凍結策を多くの人たちが支持した。つまり、既に経済の向上を織り込み、その報酬を求め始めてきているように思える。しかし、NIESRの報告によると、賃金が債務危機前のピークの状況に戻るのは2019年になるという。つまり、2015年の総選挙の前に報酬を受け取れる、もしくは感じられる可能性は低い。

しかも経済が順調にほどよく成長するかどうかという問題がある。10月のサービス産業の購買担当者指数(PMI)が予想外によく、経済の過熱が心配されている。雇用が急速に拡大し、インフレ率が上がれば、中央銀行であるイングランド銀行が金融引き締めに動かざるを得ない可能性がある。

一方、10月には消費の伸びが鈍化したが、所得が停滞する中では消費の伸びに限界がある。CBIのチーフエコノミストが、2015年総選挙前の経済減速の可能性を指摘している。もし万一、これから総選挙までに経済成長が止まるようなことがあれば、現政権の経済運営に大きな疑問が出るだろう。その上、一旦鎮静化したかに見える欧州のユーロ危機がぶり返す可能性も否定できない。

政治的には、労働党のミリバンド党首の積極的な行動に多くの政治コメンテーターが目を見張っている。かつてキャメロン首相に弱いと揶揄されていたが、それは昔の話となってしまったようだ。しかし、世論調査では今のところミリバンド党首の個人評価の向上にあまりつながっていない。それが継続的な攻勢でどこまで有権者に浸透するかによって、保守党の戦略にも影響を与えるだろう。

保守党は党員数の急激に苦しんでいる。大臣の選挙区でもそうで、2012年度には、ダンカン=スミス労働・年金相の選挙区で党員が35%減り、ハント健康相の選挙区でも党員が減っている原因の一つは政策の不一致であり、その支部ではやる気が目に見えるほどなくなってきていると言われる。

保守党は、こういう状況を踏まえながら、中央から有権者の個別の問題意識を分析し、有権者を個別にターゲットにする戦略を展開しようとしている。その戦略のためにオバマ選対でその戦略を担当した人物を雇った。ただし、それがどのような効果を生むかは今後の展開が待たれる。

また、保守党はUKIPや党内の欧州懐疑派を抑えるために、2017年国民投票を法制化する議員提案の法案を推進しているが、これが法律となる可能性は低い。しかし、現在の党内や有権者の不満のガス抜きにはなっている。来年5月の欧州議会議員選挙でUKIPが躍進しようとも総選挙は別だと見られているが、UKIPの動向次第では保守党内の下院議員の不満を抑えている現在の微妙なバランスが崩れる可能性がある。

多くの不確かな要素がある中でのかじ取りは困難だが、保守党は労働党が攻勢に出てくる中、手をこまねいているわけにはいかない。ただし、行き過ぎると逆効果になる可能性もあり、慎重かつ大胆な行動が求められている。