キャメロン政権の分岐点(Cameron’s Watershed Moment)

野党労働党のミリバンド党首が下院で質問した。3月13日の水曜日恒例の「首相への質問」でのことである。

「アルコール価格制限での首相のUターンを考えると、首相、おっしゃっていただけますか?ビール醸造所で首相が何か催せるものがありますか?」

これを聞いて、労働党下院議員は大喜びした。保守党下院議員は苦笑いし、静かになった。キャメロン首相はこのジョークの質問を、影の財相をダシに労働党への攻撃に使おうとしたが、不発に終わった。

ミリバンド党首の質問は、英国でよく使われるイディオムに関係している。それは ‘couldn’t organise a piss-up in a brewery’ で、「ビール醸造所で酒宴を催せない」つまり、ビールを作るところで酒宴が催せないほど無能だということである。つまり、キャメロン首相は無能だ、ということを示唆したジョークである。

しばらく前までのキャメロン首相なら、まず、ミリバンド党首もこういうジョークを出すことを考えもしなかっただろうし、もしそのようなジョークが出ても取るにたらないと無視されていたであろう。しかし、今回は効果があった。BBCのニック・ロビンソン政治部長は、このジョークは記憶に残るだろうとコメントしたが、これは、現在のキャメロン首相の立場を如実に語っており、将来、キャメロン政権の分岐点だったと見られるのではないかと思われる。

アルコールの価格制限とは、アルコールの1ユニット当たりの最低価格を決めることで、安いアルコール飲料が人々の健康に与える害を減少させようとするものである。これには多くの医療関係者が賛成している。キャメロン首相もそうで、この政策を実施すると公言していたが、政府はその政策のUターンをすると広く伝えられている。内閣の中に反対があり、また、EU法に反する可能性があり、しかも保守党内から今のような経済環境で、さらに人々の負担を増やすようなことは適切ではないという声が強まったことがこのUターンの原因だと見られている。

実は、このUターンは、3月20日の財相の予算発表に含まれる予定であったが、それがリークされた。キャメロンは、このUターンの代わりに一本買えばもう一本は無料などといったアルコールの販促を禁止するといった方法を考えているようだが、それでもUターンという事実は変わらない。

その上、ミリバンド党首は、キャメロン首相への質問の中で、アルコールの最低価格制限を担当する省の大臣であるにもかかわらずこの政策に反対するテリーザ・メイ内相のことを捉えて、メイ内相にこの政策を却下されたのではないかと揶揄した。これも極めて象徴的にキャメロン首相の権威がなくなっていることを示唆した発言だった。

メイ内相には、キャメロン後に保守党の党首になるという野心がある。3月9日に行われた、保守党支持者のウェブサイトConservativeHomeの大会で演説し、内務省管轄の分野だけではなく、経済など他の分野にも触れた。それがキャメロン後を狙う、党首候補の演説だと見られた。また、最近、キャメロン首相が、学校、NHS、海外援助の予算は削ろうとしないが、それ以外の政府の省庁の予算の大幅削減を求めていることに関して、ケーブル・ビジネス相、ハモンド国防相、それにメイ内相は、キャメロン首相に方針を変えることを求めている大臣として、かつての鉱山労働者全国組合(National Union of Mineworkers)をもじって、National Union of Ministers(大臣全国組合)と呼ばれ、圧力団体視されている。

キャメロン首相の側近のゴブ教育相は、メイ内相を名指しではなかったものの、保守党の閣僚の集まった会で、批判した。メイ内相は普段、首相への質問の時には、首相のすぐそばに座る。しかし、3月13日には、下院議場に遅れて入ってきて、議長席の横で立ったままだった。首相周辺は、メイ内相を一種の見せしめにしているようだ。

メイ内相の動きは、政府の政策の方向を変えるべきであるとか、キャメロン首相の周辺の人を変えるべきであるとか、また、リーダーシップへのチャレンジなどの話が保守党内部でかなり頻繁に出てきている時期であるだけに、極めてセンシティブな問題である。つまり、このような動きが次々に起きれば、党内の規律がますます緩み、キャメロン首相の権威がさらに衰え、保守党が分裂した党だという印象をさらに強めることとなるからだ。

ミリバンド党首も指摘したことだが、保守党が分裂している印象を打ち消すために、ワルジ外務上級大臣が3月10日のスピーチで、「キャメロン首相には全幅の信頼を置いている。保守党の大部分は首相を信頼している」と発言し、逆に保守党が分裂していることを印象づけるスピーチを行った。

英国の有権者は、分裂している政党を嫌う。キャメロン首相周辺は、この問題に極めて神経質になっているが、現在の政治・経済状態では、キャメロン首相への疑問を打ち消すことができず、有効な手を打ちだせないのが現状だ。2013年の第一四半期の経済成長はマイナスになると見られており、リセッションに入るのは間違いないない状況である。オズボーン財相の経済政策には効果が出ていない。この3月20日の予算発表にも特に大きな期待はない。

保守党にとって重要な選挙と位置付けたイーストリー補欠選挙でもUKIPの後塵を拝して3位になった。労働党に10%余りの差をつけられている世論調査でも、支持率が上がる兆しは見られない。支持率が上がらなければ、多くの下院議員が議席を失うことになる。次の選挙はもう既に失われたという雰囲気が漂い始めている現状では、議席を失う可能性のある議員は極めて神経質になり、ますます保守党内の分裂ぶりが目立つ状態となっている。

保守党の40-40ターゲット戦略

このような中では、次期総選挙をにらんだ、保守党の40-40ターゲット戦略が効果を生む可能性は小さい。この選挙戦略は、保守党が次点との差の最も少ない40の議席を守り抜き、労働党の議席で最も弱い議席40を奪うというものである。

保守党はオーストラリア人のリントン・クロスビーを2015年の総選挙アドバイザーとして雇った。しかし、この政治経済状況では、クロスビーのできることにも限りがある。クロスビーは2005年にマイケル・ハワード保守党党首の下で総選挙を担当し、また、2012年のロンドン市長選で、ボリス・ジョンソン市長の選挙アドバイザーを務めた人物だ。クロスビーが、保守党下院議員に保守党の成功していることを訴え、リーダーシップをツイッターで批判しないようにという指示を出したと伝えられる。保守党の対外イメージ戦略の一環である。。

いずれにしても、ミリバンド党首のキャメロン首相への質問ぶりは、自信に満ちており、キャメロン首相の返答ぶりとは対照的だ。もちろん5年間の政権の間には、いい時も悪い時もあるだろう。キャメロン首相には、これがその悪い時かもしれない。しかし、ミリバンド党首のジョークは、キャメロン政権が悪い方向へ大きく動き始めた、その状況を描写する表現として後に残る言葉になるように思われる。

 

 

ヒューン元大臣の今後(What’s Next for Huhne)

クリス・ヒューン前エネルギー相は、3月11日、ロンドンの南西部にあるワンズワース刑務所に収監された。10年前にスピード違反の点数を自分の代わりに元妻に被ってもらった司法妨害罪で、8か月の刑期を宣告されたためである。

ヒューンは、自民党所属の下院議員だった。2007年12月の自民党党首選挙で現党首ニック・クレッグにわずかな票差で敗れたが、実は、12月はクリスマス前の郵便ラッシュのシーズンで、郵便投票の中に遅配があり、そのため、この党首選で勘定に入らなかった票があった。後にこの遅配票を計算に入れると、ヒューンがクレッグを上回っていたという話が明らかになったが、ヒューンは正式な結果を受け入れた。英国の有権者には負けっぷりが悪い人を嫌う傾向がある。

ヒューンは、2010年総選挙後の保守党・自民党の連立政権でエネルギー・気候変動相となった。しかし、自分のアドバイザーとの不倫がタブロイド紙に発表されそうになったため、妻と別れた。

ヒューンは、トニー・ブレア労働党政権当時のロビン・クック外相と同じことをしたのである。クックは妻と別れて不倫の相手と一緒になる道を選んだが、外相の地位を維持した。ヒューンはそうすることで、恐らく、自分の政治家としてのダメージを最小限にする意図があったのではないかと思われる。つまり、有権者に人気のないクレッグ党首・副首相が退任した暁には、自分が党首となれる芽を残しておきたかったのではないか。

クック元外相の前例もあり、マスコミはヒューンの問題に冷静に対応した。もちろん、この問題が発覚した時には、高級紙も含めて大きく取り上げられたが、すぐに鎮静化し、ヒューンは何もなかったかのように大臣としての仕事を継続した。それでもヒューンが一緒になった女性アドバイザーにはかつて他の女性と市民婚をしていた過去があり、それに関する記事がしばらく続いた。

ヒューンは、ジャーナリストからビジネスに転じた後、自民党の欧州議会議員、そして2005年に下院議員となった人物であり、有能な政治家として知られていた。大臣としても公務員がその有能ぶりを認めていたという。

ヒューンにとって誤算だったのは、ヒューンに突然見捨てられ、大打撃を受けた元妻が復讐を企てたことである。この点でヒューンは、クックの例を十分に頭に入れていなかったといえるだろう。クックの場合、その元妻で医師のマーガレット・クックが、クックの人格を否定するような内容の本を書き、出版した。この本は評判になり、テレビ、ラジオ、新聞などマスコミにも数多く出演した。これはクックにかなり大きな打撃を与えた。

この点で、ヒューンは、その元妻ヴィッキー・プライスを低く見過ぎていたといえる。過去に英国政府のトップエコノミストであり、局長級のポストを辞職した後、民間会社に移った元妻が、自らの評判を大きく傷つけるかもしれないような危険なことをするはずがない、と考えていたように思われる。

実際には、ヴィッキー・プライスは、怒りのあまり、復讐の念に燃え、自分への害の可能性も深く顧みず、危険な道を走り始めてしまった。一旦、10年前に何が起きたかの話が報道され始めると、あとは、物事は自らの手を離れ、勝手に走り始めてしまった。10年前にヒューンのスピード違反の点数を自分が被ったのは、夫に強制されたためだ、と古い法律を使って主張したが、それは認められず、自分も司法妨害罪で8か月の刑期を受け、ロンドンの北部の女性刑務所、ホロウェイ刑務所に送られた。

ヒューンは、ワンズワース刑務所での刑務囚としての生活を始めた。サン紙(2013年3月13日)が、ヒューンの生活に触れ、あまりうまく行っていないことを示唆した。刑務官が、所内放送で、下院で議長のよく使う言葉を使って「尊敬すべきワンズワース北の紳士、朝食を事務所まで取りに来るように、静粛に、静粛に(オーダー、オーダー)」と言ったという。また、ヒューンに「金があるのだってね」と付きまとう他の刑務囚もおり、ヒューンは他の刑務囚から遠ざけるために隔離棟に送られたという。これらの話は、ヒューンの愛人が否定している。

話の真偽はともかく、かつて同じく司法妨害罪で刑務所に送られた、上院議員のジェフリー・アーチャーはすぐに他の刑務囚と仲良くなり、刑務囚にサインをしてあげる代わりに何かと便益を受けたという。ヒューンは、恐らく2か月程度の服役の後、電子タグをつけられた上で出所すると思われるが、それまでの辛抱である。

ヒューンの今後については、様々な憶測がある。ヒューンはかなり多くの不動産を持っているが、取りざたされているのは、ジャーナリズムもしくはシティーへの復帰だ。ヒューンはかつて格付け会社のフィッチの副会長を務めたこともあり、その能力がシティーで評価されるのではないかという。

ヒューンは、高転びに転んだといえるが(裁判官は、スピード違反の点数を他の人に被ってもらったことが明らかになっていれば、高い地位に就くことさえできなかっただろうと言うが)、社会でその能力を生かして働く機会を与えられる方が社会全体としては望ましいと思われる。