キャメロン首相の止まない頭痛

EU委員会がイギリスに「突然」、21億ユーロ(約17億ポンド、約2900億円)を支払うよう求めてきた。しかも121日が支払い期限である。

これは過去18年間の経済成長を勘案して、より成長の大きな加盟国により大きなEUの財政負担をさせるためのもので、それぞれの国の経済データの結果をもとに調整される。毎年行われており、イギリスは2008年に払い戻しを受けたことがあるが、いずれの場合も金額はかなり小さく、この金額には誰もが驚いたと言われる。

イギリスはEUに約170億ポンド支払っているが、払い戻しで33億ポンド、そして各種のEU補助金に52億ポンドほど受け取っているために、実際には86億ポンド(約15千億円)ほどの正味の支払いとなる。つまり、今回の請求は、その5分の1ほどの金額である。

イギリスの他にも支払いを求められた国がいくつかあるが、金額で2番目のオランダはイギリスの3分の1以下であり、イギリスの額が突出している。一方、フランスやドイツは、この調整で払い戻しを受ける。

このような結果となった原因はイギリスの国民所得の計算法の変更である。これまで計算に入れられていなかったもの、例えば、慈善団体のサービスや地下経済なども含めるようになった。そのため、麻薬取引や売春といったものも入れられるようになった。ドイツでは2002年から売春が合法化され、国民所得で含められていたため今回の払い戻しにつながったと言われる。

キャメロン首相は、記者会見で、怒って、言われたようには支払わないと主張した。EU内でイギリス追加支払い分の若干の減額が合意されるかもしれないが、いずれにしても、これまでの慣例で支払わないわけにはいかないと見られている。

この問題は、キャメロン首相にとり、悪いタイミングで表面化した。イギリスのEUからの離脱を訴えるイギリス独立党(UKIP)に、キャメロン首相率いる保守党は支持を奪われており、保守党を離党してUKIPに移った議員の優勢が伝えられる補欠選挙が1120日に控えている。

イギリスのEUとの関係をめぐる問題では、移民の制限を設けるイギリスの要求が受け入れられる可能性はほとんどない。しかも欧州議会がEU予算の増額を要求している。イギリスの多くの有権者の反感を買う事態が次々に起きている。 

UKIPのファラージュ党首が言ったように、キャメロン首相はまさしく「不可能な立場」に置かれている。キャメロン首相の威勢のよい発言に対する有権者の信頼は次第に減少しており、発言に対する裏付けの行動がないとキャメロン首相はさらに困難な立場に追い込まれる。

EUで孤立し、自らの立場を苦しくしたキャメロン首相

EUの首相」ともいえる立場の欧州委員会委員長の選任をめぐって、キャメロン首相はEU加盟国28か国の中で孤立し、627日の異例の投票の結果、キャメロンがEU改革の妨げになると真っ向から反対していた「本命」が26か国の支持を得て選ばれた。

イギリスの新聞は、この結果をイギリスが「EU脱退に一歩近づいた」と表現した。 

イギリスの有権者は、この投票前からキャメロン首相が反対するのは正しいと見ていた。例えば、投票数日前に発表されたPopulus/FTの世論調査によると、キャメロン首相が「本命」のユンケル前ルクセンブルグ首相の就任を阻止しようとするのはどういう結果になっても正しいと有権者の43%が見ていた。さらにもしその就任をブロックできるのなら正しいと見た人は14%で、そのような態度は誤りだという人は13%だけだった。

同じく投票前に行われたYouGov/Sunday Timesの世論調査でも40%の人がキャメロン首相は正しいと言い、誤っているという人はわずか14%であった。それは投票後に行われたSurvation/Mail on Sundayでも同じで、43%の有権者が正しかったと評価し、誤っていたと考えている人は、15%に過ぎない。

キャメロンの取った行動の結果、Survation/Mail on Sundayによると47%の有権者がイギリスをEUから脱退させたいと考え、留めさせたいと考えている人は39%で、脱退派が増えている。

つまり、キャメロン首相の行動は、さらにイギリスをEU脱退の道へと進める結果となった。有権者から支持を得ているのなら、10か月先に行われる総選挙も考えると決してマイナスではないという見方もあろう。

しかしながら、キャメロン首相は、イギリスをEUに留めたいと考えている。イギリスは、EU改革で国の権限をEUから取り戻したい。次期総選挙でキャメロンが再び首相となれば、その改革を行った上で、2017年末までにEUに残留するかどうかの国民投票をすると約束している。

そのような戦略を進めるために、ユンケル反対の立場を早くから明らかにしたが、あてにしていたメルケル独首相がユンケルやむなしという立場に変わった。そのため、キャメロン首相は振り上げたこぶしを下ろせず、面目を保つために、選考方法が正しくないとし、「原則を貫く」という旗印のもとに突っ走ったというのが実態である。

国民には、そのような改革が行なわれた上でなら、EU残留に賛成するという人が多い。それは上記のSurvation/Mail on Sundayでもそうで、41%が残留、脱退は37%である。問題は、それではどのような権限を取り戻せるかである。

キャメロンは、その詳細についてはあいまいにしたままで総選挙を乗り切り、EUの他の加盟国と交渉した上で、できることとそうでないことを見極めたいという判断をしていたと思われる。

ところが、上記のSurvation/Mail on Sundayでも、有権者は、移民の制限を一番に挙げている。ところが、これはEUの基本にかかわる問題であり、EUに留まりながらこの権限が取り戻せると考えている人は恐らくいないだろう。

さらに同じ世論調査で誰がEUを支配していると思うかでは、メルケル独首相と答えた人が50%、次期欧州委員会委員長のユンケルが12%、そしてキャメロン首相が9%である。キャメロン首相のEU内での影響力は、イギリスの有権者の目にも弱まっている。

その一方、キャメロン首相は、自分の反対したユンケルが欧州委員会委員長となることから、自らの立場を明確に打ち出す必要に迫られており、イギリスの取り戻したい権限のリストを求められると考えられている。しかし、このようなリストに保守党内の欧州懐疑派の求めているような、本格的な移民の制限などが含まれる可能性は乏しく、次期総選挙前に保守党内の党内抗争の火種を増やすだけのように思われる。また、もしそのようなことを含めても、それが達成できる可能性は少ない。そしてその結果、イギリスのEU脱退の可能性が大きくなる。

ブルーンバーグのコメンテーターは、イギリスがEUに留まるには、キャメロンがもう一度敗れる必要があるとコメントした。この敗北は次期総選挙での敗北である。

キャメロンがもう少し慎重にことを運んでいれば、ユンケルの次期委員長就任を防げただけではなく、EUの運営に大きな影響力を維持できていただろう。誤算のため、自らの今後の選択肢を極めて狭くし、自らをより厳しい立場に追い込んだことは間違いない。