スターマー労働党政権の政策発表

2024年7月17日の「国王のスピーチ」で、7月4日の総選挙で勝ち、政権に就いた労働党が、今後5年間(途中で解散があれば、短くなる)の政策を発表した。40の法案を含んだ、過去20年間で最も長い「国王のスピーチ」だったという。なお、総選挙マニフェストで触れていた16歳に投票権を与える案は含まれておらず、今後出てくる可能性は高く、政権一期のすべての政策を網羅したものとはいえない。しかしながら、この政策発表は、「スターマー労働党政権の政策の可視化」と言え、スターマー政権がどのように何をするかがよく見えるものになっている。

スターマー政権では、国民の生活を向上させるとともに、保守党から引き継いだ様々な問題に緊急に取り組んでいく必要がある。さらに国営エネルギー会社GBエナジーの設立など労働党独自の政策を実施していくが、それらを可能にする財源を確保するため、自ら課した厳しいルールに従って、財政運営を行い、経済成長をはかる予定だ。経済成長を図る方策を発表し、そのやり方を明らかにすることで、明確に政策や決定プロセスを可視化し、ビジネスや投資のしやすい環境をつくるというものである。

「国王のスピーチ」は、そのために政府ができることを直ちに取り組んでいく決意を示したものである。それには以下のようなものが含まれる。

遅れているインフラの整備

足りない住宅の建設

必要な建設計画を可能にする規制改正

遅れやキャンセルの多い旅客列車の国有化

再生可能エネルギーを推進する国営会社

メトロ都市などへの分権

水道など公共サービス会社の規制強化

同時に、労働者が不利な扱いを受けないための措置

総選挙最中、保守党のスナク前首相が「労働党には計画がないが、保守党には計画がある」と繰り返し主張したが、それは逆で「保守党には計画がない、労働党には計画がある」という状態であったことがわかる。

ただし、実施したいことの成果が出てくるまでには時間がかかる。労働党の政策が狙い通りの結果を生むかどうかはわからない。それでも、少なくとも、スターマー首相以下、この挑戦に取り組む覚悟はあるようだ。運も必要だろう。

労働党政権の最初の関門

スターマー首相は、総選挙の選挙運動中、3人目以降の子供に対する手当は支給しないとした保守党の政策を継続すると表明した。この政策は、保守党政権が2017年4月に実施したものである。現在の政府の財政状況では、NHSを始め、直ちに対応しなければならない課題が多く、そこまで余裕がないというのである。

Resolution Foundationシンクタンクによると、保守党のこの政策で、影響を受けた家庭は、過去6年間で7万から45万世帯に増えたという。3人目以降の子供1人当たり、3455ポンド(約70万円)の影響があるそうだ。貧困の状態にある子供の数は、これまでで最も高いレベルに達したとする。もし、この政策が廃止されれば、30万人の子供が貧困でなくなり、その費用は17億ポンド(約3400億円)とする。

スターマーは、所得税、国民保険、そして付加価値税の税率は上げないとしたが、それ以外に、他の税への課税や財政の計算方法を変更し、この政策撤廃の財源を生み出すことは可能だとする見方もある。

確かに労働党は、自らに課した、財政に関する制約の中で経済運営をするという極めて慎重な方針を取っている。子供の貧困問題に対する戦略はあるというが、子供に対する手当の予算は今のところついていない。それと同時に、「子供手当は、2人まで」という一種の象徴的な制限を継続することで、他の同じような要求に拡大することを防ぐ意図があるように思われる。

その一方、労働党は、一刻も早く経済成長を成し遂げ、財政を向上させたいという考えがある。労働党の総選挙大勝利は、金融市場に好意的に受け止められた。ドイツやフランスの政治が不安定な中、英国は労働党の地滑り的大勝利で、政治的に安定し、プロビジネスの経済環境を熱心に作ろうとしている。必要な海外からの投資を招きやすくするための環境づくりにも懸命だ。慎重にその効果を測りながら進めて行くことになるだろう。

労働党は、下院で他の政党を大幅に上回る議席がある。この子供手当の問題では、労働党の中にも、子供の数の制限を撤廃すべきだという意見があり、もし7月17日に発表される政府の計画(国王のスピーチ)にそれが含まれていなければ、それに修正動議を出すと公言する下院議員もいる。スコットランド国民党や緑の党もそれに同調する予定で、さらに総選挙で72議席を獲得した自民党もその可能性をほのめかした。労働党が下院で圧倒的に多数を占めているため、かなり多くの労働党下院議員が政府の計画に反対しても、政府案通りの結果となるが、異論の多い事案では、この問題のように、政府対野党連合のような対立の構図となるだろう。

スターマー労働党は政権を少なくとも10年は続けていきたいと考えている。野党連合や世論と対決しなければならない事態は、なるべく避けたいのではないかと思われるが、この段階では、譲歩の可能性は少ないように思われる。