政策の舞台裏(What is Behind the Labour’s New Policy?)

2月12日(水曜日)の首相のクエスチョンで、デービッド・キャメロン首相が労働党のエド・ミリバンド党首を揶揄した。

キャメロン首相は、手にカードを持ちながら、言った。
「明日、重要な経済のスピーチをするという招待状を受け取った。その中に何も新しい政策はないだろう」
ミリバンド党首は、
「来られるのなら大いに歓迎します」
キャメロン首相は答えた。
「何も政策がないのに行く意味がない」

ミリバンド党首は、これまで何も重要な経済政策を発表していないと批判されているが、このやり取りを見ていて、翌日のミリバンド党首のスピーチは政治コメンテーターたちの注目を浴びると思った。

ミリバンドの新しい政策

ミリバンドの打ち出した政策には、予想通り注目が集まり、その実際的な意味について、マスコミ各社は数々のシンクタンクの見解も紹介した。

ミリバンドの打ち出した政策の中心となるのは、以下のものだ。

「ゴードン・ブラウン前労働党政権で廃止した10%の所得税率を復活させる。その財源には高価な住宅(200万ポンド以上:約3億円)への課税で生み出す」

新政策の狙い

これには、幾つかの政治的な効果を狙っている。

①労働党に経済運営能力があるという印象を与えること。

労働党は世論調査で、キャメロン首相の保守党を10ポイント程度リードしている。しかし、経済運営能力では、ミリバンド党首・ボールズ影の財相のチームは、キャメロン首相・オズボーン財相のチームに後れを取っている。経済運営能力は、次の総選挙で有権者にかなり大きな影響力を与える可能性があり、この問題へ対応していく必要がある。

その手段として、労働党が「不況下で収入よりも物価のほうが上昇し、懐が乏しく圧迫感を受けている人々」のことを考え、努力している、というメッセージを一般有権者に送ろうとしたわけだ。

つまり、上記の首相へのクエスチョンでもミリバンド党首が強調したのは、以下のことであった。

・キャメロン政権の政策は効果がない
・キャメロン政権は経済運営の能力がない
・一般の人々は、その結果、生活水準が下がり苦しんでいる

この背景の下で、その翌日の発表につなげるという戦略である。

②高価な住宅に税をかけると言うのは、自民党の政策で、特にビジネス大臣のビンス・ケーブルが力を入れた。

この政策を打ち出すことで、10%の所得税導入に必要な財源をはっきりと示すという狙いがあるとともに、連立政権の中での保守党と自民党の間の溝を広げるという目的がある。

自民党は、連立政権内での自らの存在をアピールし、そして自らの政策をもっと有権者に理解してほしいという強い願いを持っている。そこで労働党が、この自民党の政策を動議にかけるようなことがあれば、自民党下院議員を惹きつける可能性がある。その結果、二つの党の間の関係をさらに悪化させる可能性に目をつけている。

また、この政策は次期総選挙のマニフェストで自民党が主張する可能性が高いことから、次期総選挙後、もし労働党が過半数を得られなかった場合に自民党との連立の可能性も含みに入れたものである。

③ミリバンド労働党がブラウン労働党とは違うということを印象付ける狙いがある。ブラウンは、有権者に人気のない首相であった。

もともと所得税に10%の税率を導入したのは、ゴードン・ブラウン前労働党首相がブレア政権の財相時代のことであり、1999年から実施された。それまで最低税率は23%であり、より多くの低所得者層が仕事につくためのインセンティブを設けようとしたものである。2007年にブラウンが首相として、その10%の税率を廃止し、最低税率を23%から20%にすると発表した時には、低所得者に不利になると不評で、そのためブラウンは大きなダメージを受けた。

ミリバンドはブラウン首相の下で閣僚を務め、ブラウンと近く、しかも2010年のマニフェストの責任者であった。その上、影の財相のエド・ボールズは、1997年にブレア政権が誕生する前からブラウンの側近で、ブラウンが財相となった後、下院議員ではなかったが、「財務副大臣」とまで呼ばれたほど大きな影響力を発揮した人物である。そのため、ボールズは今でもブラウンの影を背負った人物といえる。ブラウンの行ったことを否定し、これらのイメージを拭い去る必要があった。

この政策の問題点

ただし、このミリバンドの新政策には多くの批判がある。課税最低限の額を上回る最初の千ポンドだけに適用されるという案であるために、手続きが煩雑になるだけで、実際の手取り増加額は、1週当たり67ペンス(約100円)程度であると見られている。

実は、2007年のブラウンの発表は、当時IFS(The Institute for Fiscal Studies)の責任者であったロバート・チョウト(現在は、英国予算責任局議長)は正しい判断だと評価した。それに逆行するものである。

しかも高価値の物件をどのように評価するかという別の問題がある。該当する物件は約7万件程度あると見られているが、具体的な適用はそう簡単ではない。

労働党は、次期総選挙のマニフェストにこの政策を入れるかどうかについては、明言を避けている。一種の花火のようなもので、その反応を見ながら次の手を考えていくための材料であるといえる。この政策をめぐる今後の展開は興味深いものになりそうだ。

党大会シーズンを終えて(How the Party Conferences Went?)

 

キャメロン首相の保守党大会のスピーチは聞かせるものだった。前日のロンドン市長・ボリス・ジョンソンの演説とは趣を変え、大向こうに受けるようなレトリックを避け、着実に自分の来歴と、自分の目指すもの、これまでの実績、そしてこれから予想される困難な障害を労働党との違いを浮き立たせるように語った。一種の緊張感を最後まで保ち、非常に完成度の高いスピーチだった。さすがという印象があった。あるBBCのジャーナリストは、首相らしい演説だったと評した。

ただし、聞き終わった後、いったい何を話したのだろうかと振り返ってみると、キャメロンのジョークと父親の話、亡くなった長男の話、そして、自分の育った恵まれた境遇を社会に広く広げたいという話であった。キャメロンのジョークは、労働党をダシにしている。労働党は政権担当中も、野党になっても、お金を借りることばかり考えている。One Nation ならぬOne Notionだと揶揄したものだ。これは、保守党大会だからジョークになる。

キャメロンのスピーチは聞かせるものではあったが、話の中で使った統計には疑わしいものがあった。もちろんどこかにそのような統計はあるのであろうが、政治的なスピーチでは、時に統計を非常に巧妙に使っている場合があるので留意しておく必要がある。

それよりも、BBCの政治副部長が、キャメロンは保守党の党首となってから7年もたつのに、自分をあらためて今さら定義しなければならないのは、尋常ではないとコメントした。一方、政治部長は、これまでの批判に対する反論を一つ一つ上げた、防衛的な演説だと評した。

キャメロン首相は、競争のますます厳しくなる国際環境の中で、英国が生き残っていくためには、国の財政を立て直し、福祉制度を見直し、教育を向上させ、公平な社会とし、誰もがよくなろう、よくしようという向上心を持つ国が大切だと訴えた。

これはよくわかる話で、多くの人がそれに賛成するだろうが、向上心や、一生懸命働くなどと言っても、このような「スローガン」は、残念ながらすぐに忘れ去られてしまうように思われる。このスピーチは保守党大会参加者にはかなりの満足感を与えたようだが、一般の有権者の判断はどうだろうか。

今年の党大会シーズンのハイライトは、ミリバンド労働党党首のスピーチだろう。10月14日のサンデータイムズのYouGov世論調査では、この党大会シーズンで最も成功したのは誰かという問いに対して、キャメロンとした人が22%、自民党のクレッグとした人が3%だったのに対して、32%がミリバンドと答えた。それまであった、ミリバンドは党首そして将来の首相としてふさわしくないのではないかという大方の見方を変えたものだったからだ。そのスピーチでOne Nation Labourを打ち出したが、これは、保守党のこれまでのOne Nation Toryを変えたものである。One Nation Toryとは「金持ち・特権階級」と「貧しい労働者階級」がかい離した国ではなく、全体で一つにまとまった国にしようとする考え方である。かつてこれを打ち出したのは、かつて保守党首相を務めたベンジャミン・ディズレーリであった。ディズレーリはもともとポルトガルから移ってきたユダヤ人移民の子孫で、ミリバンドは英国に移ってきたポーランド系のユダヤ人の子供である。ディズレーリとミリバンドはこの点で共通点があるといえるだろう。

ミリバンドンの演説は、かなりリラックスしたもので、65分の演説をすべて覚えておいて話したものだった。政策的な内容はほとんどなかったが、政策の方向性を示すもので、これには多くが驚いた。One Nation Toryの上から下を見下ろした発想ではなく、つまり、金持ちにより多くのお金を稼がせながら課税し、それを下に振りまくという発想ではなく、国全体をOne Nationに合致するように変えていくという発想である。ミリバンドは、この演説に相当な自信があったように思われる。それが演説に現れていた。その結果、政治を報道するジャーナリストのかなりの敬意を勝ち取った。これは大きな成果と言えるだろう。今後ミリバンドのことを書く際の視点が異なってくるからだ。これとOne Nation Labourのスローガンは今後長く残るように思われる。

なお、ミリバンドは、今の時点で、詳細な政策を出す必要はない。選挙はまだ2年半先のことで、経済状況はまだまだ変わる。その上、一般に英国では、選挙は「政権政党が失う」ものだと考えられている。経済状況が悪く、保守党には左右の対立があり、政策のUターンやミスが続いている。しかも保守党は、英国のEUからの脱退を求める英国独立党UKIPに大きく票を失う状況だ。自民党の支持率は低いままで、前回の総選挙で、自民党に票を投じた人の多くが労働党に投票する構えである。そういう中、ミリバンド労働党はまったく焦る必要はない。

次に自民党のクレッグを見てみよう。クレッグのスピーチは率直でしっかりしたものだったと評価される。自民党は連立政権の中で重要な役割を果たしているとし、クレッグについてきてほしいと訴えた。クレッグのスピーチで、キャメロン首相らとの間で政権の基本的な財政経済政策については変えないという合意ができていることが明らかであったが、その後のオズボーン財相のスピーチで、具体的な税制などではまだ合意ができていないことが明らかになった。

自民党の中にはクレッグ党首を今の時点で入れ替えようという考えはあまり大きくない。しかし、代替党首の筆頭候補とされるケーブル・ビジネス相のスピーチを聞きに集まった人の方が、クレッグより多かったと言う話を聞くにつけ、クレッグの命運はいずれにしても大きく変わらないと思われる。ただし、今現在党首を交代させるのは時期的に早すぎるだろう。自民党も保守党も今の時点での選挙は避けたいと考えており、次期総選挙は任期満了の2015年5月の見込みである。クレッグもスピーチで述べたように、これからさらに厳しい財政削減に取り組まねばならない状況だからだ。つまり、党首を今変えても、クレッグのように大きく人気を失う可能性がある。

一方、クレッグがどのような将来的な構想を描いているとしても、その時がくれば、かつてメンジー・キャンベルが党首から引きずり落とされたように事態は急に進む可能性がある。

いずれにしても、経済が停滞しており、しかも財政再建も停滞している中で、財政緊縮策を取る政権を担当している政党には厳しい状況だ。その中で、野党の労働党は有利な立場であったと言える。