ミリバンドの戦い(What Miliband is Doing)

労働党大会でのエド・ミリバンド党首のスピーチには感心した。スピーチの原稿が既に記者団らに渡っている中、1時間余りのスピーチをメモなしで力強く行った。しかし、そのことに感心したのではない。共感を呼ぶような材料を巧みに構成し、その内容がよく考えられていたからである。会場で聞いていた人たちは、感銘しているように見えた。

この労働党の党大会は、ブレア・ブラウン時代にスピンドクターだった人物の暴露本のために影が薄くなるという見方があったが、逆にこの本で注目が集まったように思われる。

この本の著者ダミエン・マクブライドはケンブリッジ大学卒の元国家公務員である。ゴードン・ブラウンに認められてスペシャルアドバイザーとして側近となったが、「マクポイゾン(姓のマクブライドのマクと毒を合わせた)」と言われて恐れられた人物である。ブラウンの広報担当者で、ブラウンの政敵らに対して卑劣な策略を次々と講じた。その謀略が明らかになり、2009年に辞職した。現在はカソリック系のCAFODという国際援助機関でメディアの責任者として働いているが、一種の懺悔のために(もちろんお金のためもあるが)自分の行ったこと、そして関係した人物のことを赤裸々に描いた。

ミリバンドは、そのマクブライドに向かって「あんたは嘘つきだ。あんたとの関係は終わりだ」と告げて、ブラウンにマクブライドをクビにするように働きかけたという。これはミリバンドの性格の一端を物語る話であり、ミリバンドにとってはそう悪い話ではない。

さて、このスピーチは、ミリバンドのリーダーシップを問う声や具体的な政策の欠如などに対する批判への答えであった。

ミリバンドは「英国はこれよりもっとよくできる」を謳い言葉に、次々にキャメロン連立政権の施策を批判しながら自分の政策を披露した。英国はトップを争っているのであり、底辺を競っているのではないと愛国心をあおり、また英国の労働者を守る立場を明確に打ち出した。

英国の景気が上向いていることが伝えられているが、ミリバンドは、インフレ率が3%近くある中で賃金の削減や据え置きで苦しむ一般の労働者らを援ける政策を打ち出した。「公平な取引」を訴え、電気・ガス料金の据え置き(2015年の総選挙に勝てば2017年初めまで20か月間)では有権者も企業も助かる、また、最低賃金のアップや無料育児の拡大などを行うと約束した。

また、労働者の権利を守ることも強調したが、これらが労働組合の関係者を喜ばせたことは間違いないだろう。

ミリバンドと労働組合との関係には溝ができていた。現在、労働組合の組合員は労働組合を通して全体として労働党に関係しているが、ある選挙区の候補者選出を巡る事件に端を発して、ミリバンドは労働組合員がそれぞれ自分の意志で労働党の組合員となる関係に変えようとして、労働組合のボスたちの不興を買っていた。しかし、スピーチを終えたミリバンドをミリバンド批判の急先鋒ともいえるGMB労働組合の書記長が称える仕草をする光景も見られた。

ミリバンドのスピーチの中に具体的な経済政策や財政政策がないという見方もあろうが、総選挙まで1年半ある時点で、そういうものに具体的に踏み込んだものを発表することが適切かどうかには疑問があるだろう。

ただし、毎年20万件の住宅の建設を行い、グリーンエネルギー関係で100万人の雇用を生み出すと約束。また、小さな企業への支援を打ち出した。

このスピーチが党大会に出席した労働党の党員らを勇気づけたのは間違いないように思われる。もちろんこのスピーチは1960から70年代の左傾化した労働党の価格政策などを思い出させるとか、エドは「赤いエド」となったと批判する向きはある。しかし、物価が上がる中で生活レベルを下げることを強いられている人たちにとってはかなり魅力ある政策と言えるだろう。

次の総選挙は自民党がはっきりと2015年まで連立政権を維持する意思表示をしたために、予定通り2015年に行われる見通しだ。総選挙は、政権政党が政権を失うのであり、野党が獲得するのではないと言われるが、ミリバンドの置かれた立場はかなり特殊なように思われる。

次期総選挙の大きな焦点の一つは、英国独立党(UKIP)がどの程度票を集めるかである。UKIPは既成政党に不満を持つ有権者の票を吸収しているが、そのUKIPに最も票を奪われるのは保守党である。つまり、UKIPが支持を集めれば集めるほど保守党の票が減り、労働党に有利となる。保守党はUKIPと党内の欧州懐疑派に押されてEUの国民投票を約束したが、それでも、来年6月に行われる欧州議会議員選挙でUKIPは最も票を多く集めると見られている。

そのUKIPが再来年の総選挙で、保守党と労働党の競う選挙区で保守党に大きなダメージを与える可能性が高いことが9月15日に発表された元保守党幹事長のアッシュクロフト卿の世論調査で示されている。

一方、保守党は経済政策が成功すれば次期総選挙で有権者はその成功を認め、保守党に投票すると見ているようだ。必ずしもそうとは言えないかもしれない。むしろ連立政権の経済政策が成功すればするほど国民はその報酬を求めて、財政削減を旗印に掲げる連立政権の政党から労働党へ向かう可能性があるように思われる。経済が成功してもそれを一般の人々が実感するまでにはかなり時間のギャップがあるためである。

さらにいわゆる「ベッドルーム税」の問題がある。英国では、この問題に多くの人が関心を持っている。これは、部屋の余っている公共住宅などに福祉手当受給者が住み続けているとその福祉手当が減額される政策である。一見合理的だが、実は小さな公共住宅に移転したくても適切な公共住宅がない、家賃の滞納が増えているなど多くの問題が出ており、現政権の失敗政策で象徴的なものの一つと言える。

これらから考えると、労働党はかなり有利な状況といえる。しかしながら、労働党には危機感がある。世論調査では労働党が保守党を上回っているが、保守党の党首であるキャメロン首相の個人評価と比べるとミリバンド党首の個人評価がかなり低い。

英国の総選挙は、誰を首相とするかの選挙でもある。つまり、ミリバンドが英国の首相としてふさわしいと思われなければ、労働党はそのために大きく票を失いかねない。

保守党の選挙アドバイザーであるリントン・クリスビーがそれを突いてくることに労働党は大きな危機感を持っていた。そのため、ミリバンドのスピーチはこれへの対応に焦点を絞っていたともいえる。

ミリバンドは自分が首相になればと言い、次の政権を担うという意思を明確にした。「ベッドルーム税」はキャメロンが始めたが、首相となれば自分がこれを撤廃するとして、喝采を受けた。

また、自分のリーダーシップと個性を比較しようとキャメロンに挑戦した。さらに政策がないという批判にこたえて、様々な政策を一挙に打ち出した。

これらがどの程度一般有権者に影響を与えるかは今しばらく様子を見る必要がある。ミリバンドには、労働党の支持者並びに自民党からの支持替え者をしっかりと固めれば、総選挙で十分に勝てるという考えがあるように思われる。その点では、今回のスピーチはその戦略の第一弾として十分な役割を果たしたものと言えるだろう。

政治の「窮鼠猫を噛む」(Miliband’s Counter Attack As a“Cornered Mouse”)

デービッド・キャメロン首相は、保守党の党首としてたいへん大きな失敗をしでかした。野党第一党の労働党エド・ミリバンド党首を追い詰め、ミリバンドを「窮鼠」の立場に追い込み、その結果、ミリバンドを「これまでと違う人物」に仕立て上げたからである。これまで穏やかで、少し臆病な所の見えたミリバンドが、これからは大胆で勇気ある行動をしていくのは間違いないだろうからだ。

フォルカーク選挙区事件

事の発端は、ユナイトという英国最大の労働組合が2015年に予定される次期総選挙の候補者に自分たちの推す人を選ぼうとしたことにある。特に、スコットランドのフォルカーク選挙区の事例に注目が集まった。

この選挙区は労働党が強く、労働党の候補者にとっては、いわゆる「安全な選挙区」である。この選挙区から選出されている現職議員が国会内のバーで暴行事件を起こしたことから労働党を離れ、次期総選挙には立候補しない。つまり、この選挙区の労働党の候補者に選ばれれば当選はほぼ間違いない。

この選挙区で、ユナイトが推した候補は、そのトップである書記長の知り合い(元ガールフレンドと報道したメディアもある)であり、しかも書記長とかつて一緒の家に住んでいたことのある、トム・ワトソンという有名労働党下院議員の国会事務所の責任者であった。ワトソンは、労働党の次期総選挙コーディネーターとして、大きな影響力を揮える立場にあった。

しかし、フォルカーク選挙区の候補者選定作業に疑問が出た。ユナイトが自分たちの候補者が有利になるよう、新しい党員を党費負担して加入させていた。もともと党員の数が少ない状態であるのに対して、ユナイトの労働組合員を、候補者選定の結果を左右できるよう、新しい党員として多数加入させていたのである。その新党員の中には、本人の知らないうちに加入していたという例もあり、不当な行為が絡んでいたようだ。労働党が調査に乗り出し、その結果、この選挙区の候補者選定をストップさせた。

そしてユナイトとの公の場での論争の結果、労働党は、党の報告書をスコットランド警察に渡し、警察が違法な行為があったかどうか調べることとなった。

フォルカークの例では、人間関係だけでもかなり面白い話だと思われる。46歳のワトソンには26歳のガールフレンドがいるが、この女性はワトソンの選挙区の隣の選挙区の労働党の候補者として選ばれている。

ユナイトには41人の推薦候補者がおり、できるだけ当選可能な選挙区に送り込もうと躍起になっていた。ユナイトには資金力があり、候補者選定そのものが組合の意のままになっているような印象が出てきていた。つまり、他の多くの選挙区でも同じようなことが起きているのではないかと思われたのである。

ただし、労働党では、候補者は労働組合員でなければならないというルールがあり(労働党ルールブック第5章A.1.B http://www.leftfutures.org/wp-content/uploads/2011/02/Labour-Party-Rule-Book-2010.pdf)、労働組合の影響を受けるのは当然だと言える。

フォルカークの問題は2週間余り前にマスコミで大きく取り扱われ始め、ワトソンは、事態の進展がかなり深刻だと考え、7月2日(火曜日)、選挙コーディネーターの役割を辞職したいとミリバンド党首に申し出たと言われる。しかし、ミリバンド党首が慰留した。この段階では、ミリバンドはこの問題をそれほど深刻だとはみなしていなかったようだ。ところが、7月3日(水曜日)の「首相のクエスチョンタイム」で、キャメロン首相が、この労働組合の候補者選定の問題を繰り返し取り上げ、ミリバンドは弱い、労働組合に牛耳られていると攻撃したことから状況が変わった。その翌日、ワトソンは選挙の役割を辞職し、ミリバンドは何らかの対策を取らねばならないこととなった。

ミリバンド党首

ミリバンド党首は、2010年9月の党首選挙で、本命だった実兄のデービッドを破って党首に選ばれた。労働党の党首選には、三つの選挙人団があり、それぞれが3分の1ずつの割合を占めることになっている。デービッドが国会・欧州議会議員団と一般党員の部で優勢だったのに対し、エド・ミリバンドは労働組合が強く推し、労働組合の部門で大きく優勢となり、その結果全体でわずかな差で党首となった。デービッドは、ブレア元首相と近く、党内右寄りで労働組合が嫌ったのである。エド・ミリバンドは、この党首選の結果から、党首に当選した時から「赤いエド」と呼ばれ、労働組合寄りと見られていた。

もともと労働党は、労働組合からの政治献金に大きく頼ってきた。労働党の23%の収入を占めていると言われる。ユナイトは、ミリバンドが党首となって以来、3年間で800万ポンド(12億円)の献金をしており、ミリバンドが労働組合をコントロールできない弱い立場にあると見られていた。

ミリバンドには、なかなか決断できない人物というイメージがあった。これまでも次期総選挙に向かうはっきりとした政策をなかなか出せないとして、何も決められないと攻撃されていた。

「首相のクエスチョンタイム」の中でキャメロン首相はフォルカークに代表される労働組合の問題に何度も触れ、ミリバンドが労働組合の影響下にあり、コントロールできない、そして弱いと繰り返し主張し、国の政治を司るには弱すぎると攻撃したのである。この背景には、労働党が世論調査で保守党をリードしており、次期総選挙後にミリバンドが単独政権、もしくは自民党との連立で首相となると見られていることがある。

保守党側は、この攻撃に効果があると信じたのだろうが、やりすぎの感があった。つまり、今後もミリバンドをこの線で攻撃していくならば、ほどほどのところで止めておき、その材料を今後とも残しておくという判断もあり得たように思われる。

ところが、ミリバンドはこの件で追い詰められてしまった。つまり、何か画期的な行動をしなければ、ミリバンドが弱いという印象を決定的に与えてしまう可能性があった。

「窮鼠猫を噛む」という言葉があるが、ミリバンドは自分の立場を守るために、7月9日(火曜日)、労働党と労働組合との関係を大きく見直し、従来、労働組合員が望まずとも、組合全体として労働党に献金していたのを、組合員が能動的に労働党に献金するとした時のみ献金がなされることに変えることを発表した。そして、組合はこれまで労働組合員の名前を労働党に知らせていなかったが、能動的に労働党を支える組合員と労働党は直接関係を持つことができるようにする方針だ。

労働党は、この新しい関係が実施されれば、多くの収入を失うこととなる。現在年に800万ポンド(12億円)労働組合から献金を受けているが、500万ポンド(7億5千万円)失うだろうとする見解もある。つまり、非常に大きなリスクがある。それでも、21世紀にふさわしい、政治不信を改善していく政治・政党としていくためには、妥当な方向だと訴えた。

しかも、ミリバンドは、その返す刀で、保守党にも切りつけた。大口献金が多い保守党にダメージとなる政治献金の上限を設けること、しかも議員報酬以外の収入については上限を設け、しかもその内容について新しい基準を設けるべきだと主張した。議員報酬以外の収入が多い議員のほとんどは保守党議員である。

ミリバンドの払った代償は決して小さなものではない。また、労働組合の幹部にとっては、それぞれの組合員への掌握力が減り、また、労働党への影響力の減少も意味する。また、党首選の三つの選挙人団制度も変更を迫られる。また、次期ロンドン市長選挙に対しては、党員だけではなく、一般の支持者も登録して候補者選定に参加できる、プライマリー方式を導入すると発表した。選挙区の候補者選定でも使えるお金の制限を設けるなど、労働組合が陰に日向に揮ってきた影響力を少なくさせるものである。労働組合の同意を取り付けるのはそう簡単ではないかもしれない。

しかしながら、これまで、ブレア時代に、多くの反対のあった、産業国有化の党効力を変えた「4条問題」や、その前のスミス時代に、党首選挙で一人一票制度を導入した時にも党指導部は改革を押し通した。今回の改革は、まさしく肉を切らせて骨を断つともいえる改革である。

転換期にある英国政治

ミリバンドの改革案の背景にあるのは、既存政党が時代の転換に対応できなくなっていることがある。主要政党はいずれも大きく党員を減らしている(参照 http://kikugawa.co.uk/?p=427)。つまり、これまでの政党政治に多くの人が関心を失っている。このような状態では、政党の地方支部が候補者を選ぶ仕組みは、ごく一部の人々の見解を反映するだけであり、また、一部の人たちによる候補者選定の「操作」を容易にする。これが、英国独立党(UKIP)などの躍進を招く一つの背景となっている。つまり、政治が人々の生活からかけ離れてきている。これを変える必要がある。

これは、政治と金の問題でもそうであり、保守党も自らの現状を大きく改革しなければならない状況と言える。

7月9日に、改革案を発表したミリバンドは、決意に満ちていた。これまでのミリバンドとは一皮むけた印象があった。

ミリバンド党首は追い詰められて、大胆な改革案を打ち出したが、これが英国の政治を大きく変える可能性がある。そしてキャメロン首相に突き付けられる質問はこうだろう。ミリバンドが弱いのか、保守党の収入源に大きな影響を与え、しかも保守党下院議員の収入に大きな影響を与える改革に踏み切れず、保守党を時代に対応して改革できないキャメロン首相が弱いのか、という問いである。