予測できないことのある政治(Unpredictable Political Events)

政治の流れ、動きは予測できないことが多い。コープ銀行の会長を今年6月まで3年余り務めたポール・フラワーズの個人的な不行跡の問題が11月17日の日曜紙で取り上げられ、労働党にかなり大きな影響を与えている。

コープ銀行は、協同組合から出発し、様々な企業体を持つようになったコープ・グループの主幹企業の一つである。労働党は、コープとの関係が深く、32人の下院議員が、労働党とコープ党の両方から推されている、いわゆる労働党・コープ議員である。

労働党の影の財相エド・ボールズは、そのような議員の一人であり、コープ・グループから5万ポンド(800万円)の政治献金を2012年に労働党を通して受けている。また、労働党は、今年4月にコープ銀行から120万ポンド(1億9200万円)の融資を受けている。

コープ銀行の元会長フラワーズは、禁止薬物を乱用していた。しかも様々な不行跡が次々と発覚している。フラワーズは、キリスト教メソジスト派の牧師である。かつては、労働党の地方議会議員であり、そこからのし上がった人物だが、あまり経験のない銀行の分野で会長となり、しかもコープ・グループ全体の副会長でもあったことは多くの人を驚かせた。この点については、内部の問題を扱うのにフラワーズの推しの強い政治的な調整力が役に立ったと言われる。

労働党とコープの近い関係から、フラワーズと労働党党首のミリバンドも何度か接触があった。また、ミリバンドのビジネス関係の諮問員会のメンバーでもあった。

フラワーズがかつて労働党の地方議会議員であったことからミリバンドや労働党トップがフラワーズの不行跡を知りながらそれを隠していたのではないかと保守党支持の新聞各紙が示唆した。

11月20日水曜日の首相のクエスチョンタイムはこういう背景のもとで行われた。これまでミリバンドは一か月半ほど「生活費の危機」を材料に優勢だったが、コープ銀行の問題に焦点を当てたキャメロンに上手を取られた。この問題に執拗に触れるキャメロンの前にたじろいだ。そのミリバンドの姿を見たキャメロンは久しぶりに溜飲を下げたような晴れ晴れとした顔をした。

しかし、政治は一種の魔物だ。調子に乗りすぎたキャメロン首相は労働党の古参下院議員がエコノミスト紙の記事を基に英国のビジネス投資の問題について質問したのに対し「フラワーズと一緒に夜外出し、精神状態を変化させる薬物をやった」に違いないと答えた。

これには労働党側から非常に強い非難の声が上がり、当該労働党下院議員が、議事進行上の問題(Point of order)を提起し、キャメロンの発言は、非議会的で、無礼で、不愉快な発言だと述べた。キャメロンは自らの言葉は軽い気持ちの冗談だと言い、それで不愉快な思いをしたのなら撤回すると言った。

この過程で、影の財相ボールズや他の労働党下院議員たちがキャメロンに「コカインをやったのか?」とヤジを飛ばした。これは、キャメロンがこれまでコカインをやったことがあるかどうかについてはっきりと答えていないことに関連している。

2005年の保守党の党首選では、他の候補者たちはやっていいないと答えたのに対し、キャメロンはみんなのようにやるべきではないことをたくさんやったと述べたにとどまった。また、キャメロンはオックスフォード大学に入る前に学んだイートン校で大麻を吸った疑いで放校処分を受けかけたと言われる。

キャメロンはボールズらのヤジに反応しなかった。議場のヤジ騒音のために公式な議事録であるハンサードには記録されていないが、マスコミがこのやり取りを報じた。

これはキャメロン首相に痛手である。多くの人がキャメロンのコカインの問題を既に記憶の片隅に追いやっていたのに、それを再び公共の面前に突き付けたからだ。

フラワーズの問題が労働党にどの程度の影響を与えたかは、今のところ不明だが、今後大きな影響を与えるとは考えにくい。保守党はこの問題で労働党とミリバンドにできるだけ大きなダメージを与えようとしているが、労働党とコープは同じ団体ではないことや、コープ自体の評判は今でも高いことから考えると、そう大きな傷跡を残すとは思えない。

オズボーン財相がコープ銀行の調査を命じたが、その結果が出るにはかなり長期間、恐らく数年かかり、これで労働党に大きなダメージを与えることも考えにくい。そのため、この事件は一過性のものとなる可能性が高い。

ただし、直接関係のない労働党には晴天の霹靂ともいえる事件であっても、それが政治の力学に影響を及ぼす可能性を改めて示した出来事だと言える。

次期総選挙への課題・労働党(Labour’s Prospects for the Next General Election)

労働党は2010年の総選挙でそれまで13年間担当した政権の座から滑り落ちたが、現在、世論調査でやや優位に立っている。2015年予定の次の総選挙に勝てば、ガス・電気料金を20か月間凍結し、競争が十分に働いていないエネルギー市場を改革するとしたエド・ミリバンド党首の約束は、収入に対する生活費の上昇にあえぐ多くの国民の関心を引いた。

ミリバンドの国民・消費者のために銀行、大企業、新聞社などに立ち向かうという構えや、ガス・電気料金問題をはじめ、生活費の上昇の問題など課題を作り出していく能力を評価する声がある。

プレス規制の問題をみると、まず、電話盗聴問題を受けてミリバンドが公的調査を求めたためにレヴィソン委員会が発足した。その報告を受けて、主要三党が合意した勅許によるプレス自主規制機関制度も、ミリバンドのオフィスで生まれ、ミリバンドがリードした形になっている。つまり、この制度はミリバンドがいなければ生まれなかった可能性が高いといえる。

さらに8月のシリア攻撃に対する、キャメロン首相の提出した国会決議案はミリバンドが反対に回ったために否決され、キャメロン首相の国際的な威信を傷つけた。

そして生活費の問題では、ミリバンドが繰り出す新たな政策や問題提起に対して、政府は対応にあたふたとしており、しかもその対応策はインパクトが乏しい。

つまり、英国の政治では、ミリバンドが風を起こしているのであり、キャメロンはその風に翻弄されていると言える。そのため、改善する経済のよいニュースもその風の中で埋没しているようだ。

しかしながら、ミリバンドを評価する声はあるものの、一般の有権者のミリバンドへの懐疑心は消えておらず、ミリバンドの個人評価の大幅アップにはつながっていない。

この状況と労働組合最大手のユナイト関係者の労働党選挙区候補者選定操作疑惑を受けて、キャメロン首相は、再びかつての攻撃「ミリバンドは弱い」を復活させた。この疑惑そのものは、世論調査によるとそれほど大きな影響はないが、キャメロンはミリバンドの弱みを突こうとしているようだ。

経済成長率は上昇基調にあるが、政府が国民の生活の向上に十分な対応をしていないことをミリバンドが浮き彫りにするのはそれなりに意味があるが、一面的という観がある。ミリバンドは財政削減、福祉、NHSなどの重要な問題にまだはっきりした方針を示していないからだ。連立政権の2015年度の予算を継続するなど、もし選挙に勝って政権を担当した場合、当初の方針は「継続」という形で示した程度だ。さらにEU国民投票の問題をどうするかなど、まだ取り組まねばならない課題は多い。

保守党の副幹事長だったアッシュクロフト卿は、次期総選挙は「労働党が失う」選挙だという。つまり、現状では労働党が有利だと言うのである。保守党はUKIPに支持を奪われており、自民党は保守党と連立を組んだために大きく支持を失い、その失った支持の多くが労働党に向かっている。そのため、労働党は、得票率が35%あれば選挙に勝てるという見方がある。もともとの労働党の支持者を固め、それに自民党から流れてきた支持を加えれば35%に到達する。

ただし、アッシュクロフト卿を含めて多くが次期総選挙はかなりの接戦になると見ている。その根拠は、保守党のキャメロン首相が、特に危機対応能力・首相らしさの面でミリバンドよりも世論調査で優位に立っているからである。

ミリバンドには容貌の問題がある。鼻の手術後、少し顔つきが変わった。また、鼻にかかっていた声が改善された。しかし、かつてのイメージはまだ完全には払しょくされていない。

もちろんミリバンドの頭脳は、折り紙つきである。頭の良いことで有名だったゴードン・ブラウン前首相が2010年の総選挙マニフェスト執筆を頼んだほどである。

最近、ミリバンドの強さが明らかになりつつあるものの、まだ浸透しているとは言えない。もしかするとその容貌ゆえに総選挙までに浸透しない可能性もある。

ミリバンドは「35%戦略」に落ち着く考えはないようで、これからも継続的に攻撃を仕掛けていく構えだ。保守党の個別の有権者の掘り起し戦略に対抗して、選挙区ごとに課題を絞る作戦を取る方針だ。しかし、次期総選挙は、政策よりも党首個人の戦いの様相が強まってきているように思える。

保守党は、ミリバンドが首相として国を代表するにはふさわしくないというキャンペーンで有権者が労働党に投票するのを防ごうとする可能性がある。保守党支持のデイリーメールがミリバンドの父ラルフは英国を嫌っていたと決めつけた記事を掲載したのに対して、ミリバンドが強く反発した。これはラルフをミリバンドの攻撃材料にこれ以上使われるのを防ぐためには有効だったろう。しかし、下院の選挙制度の変更を提案したAVの国民投票で、保守党を中心とした反対派がクレッグ自民党党首・副首相の個人攻撃を徹底的に行ったことがある。それに近いことがミリバンドに向かって行われるかもしれない。