労働党のSNPとの連立否定の意味

ミリバンド労働党党首が、スコットランド国民党(SNP)との連立政権の可能性を否定し、ミリバンド政権では、SNPの大臣はいないと断言した。

この発言で、実際の事態は何も変わっていないが、この発言の背後にあるものに注目しておく必要があるだろう。

まず、最近のSNP党首らの発言で、SNPの立場が、極めてはっきりとしてきたことだ。SNP側が、労働党との連立はないだろうと発言した一方、SNPは労働党と連携して、保守党政権を阻止し、進歩的な政策を進めるとする。

つまり、労働党にとっては、SNPと連立しようが、しまいが、SNPの協力は受けられる。その中、保守党が、ミリバンドが、イギリスを分断し、スコットランドを独立させようとするSNPの言いなりになると主張している。

3月11日の首相のクエスチョンタイムでもキャメロン首相は、イギリス政治を牛耳るのは、自分と、SNPのサモンド前党首だと主張した。サモンドは、スコットランド前首席大臣で、5月の総選挙に立候補し、下院に戻ってくる予定だ。

保守党は、この線に沿って、ミリバンドが、サモンドの背広の胸のポケットに入ったポスター作戦を展開している。これらを受け、イングランドの有権者への影響を恐れたミリバンドは、何らかの対応をする必要があった。

ミリバンドのSNPとの連立否定発言は、有権者にわかりやすいが、実際には、ミリバンドがSNPの協力を受けられるだろうという状況は何も変わっておらず、一種のリップサービスといえる。

一方、SNPが主張しているように、労働党とSNPが、セットとして一般に見られるようになると、今後の展開が大きく変わってくる可能性がある。

新しく発表された、Polling Observatoryの選挙予測によると、獲得議席予想数は以下のとおり。

労働党285議席、保守党265議席、SNP49議席、自民党24議席、UKIP3議席 

労働党が最多議席を獲得し、SNPと閣外協力で連携すると、過半数をかなり上回ることとなる。労働党が285、SNPが49議席で、単純に計算すると、全650議席のうち、334議席対316議席となり、かなり安定した政権運営ができる可能性がある。

まず、この予測が、他の主要予測と異なるのは、他が、投票日が近くなると、これまでの経験から、保守党の支持が増え、労働党の支持が減ると見ているのに対し、保守党と労働党両方の支持が上がると見ている点だ。今回の選挙は、これまでのものと異なり、小政党が支持を集めているが、選挙戦終盤となると、次期政権への関心が高まり、主要政党への支持が回復してくる可能性があるように思われる。

SNPには労働党との閣外協力について大きな失敗がある。1979年に、当時のキャラハン労働党政権に閣外協力していたが、政権の不信任案に賛成し、わずか、1票差で不信任案が可決され、その結果、その後の18年間のサッチャー/メージャー保守党政権を生んだ。その二の舞は避けたいと考えている。

もし、労働党とSNPとの連携が織り込み済みになると、選挙のダイナミズムが大きく変わってくるように思われる。

大連立の可能性?

2か月後の5月7日に投票される総選挙で、キャメロン首相率いる保守党と、2010年まで13年間政権を担当した労働党のいずれも、過半数の議席を獲得できないと予測されている。しかも、政権を安定して運営していくためには、いずれの党も、他の1党だけではなく、複数の党と協力関係を結ぶ必要がある可能性が高い。

その中で、保守党と労働党との大連立を示唆する声が出てきた。また、スコットランド国民党(SNP)の与える脅威をその理由とする人も少なからずいる。もし労働党が、スコットランドで、スコットランド国民党(SNP)に大きく議席を失い、その結果、政権を取るためにSNPと協力関係を結ぶこととなるなら、イギリスの国政がSNPに牛耳られかねないという不安があることだ。そして、とどのつまり、スコットランドがイギリスから離脱するのに労働党が利用されるという見方である。

保守党も労働党も「大連立」を否定しているが、今後このような声は高まっていくかもしれない。それは、例えば、ドイツで大連立が成立しているからである。ドイツであるなら、イギリスでもできるだろうという発想である。しかし、イギリスは事情が異なる。

ドイツは選挙制度が小選挙区比例代表併用制で、連立政権が常態化している。一方、イギリスは小選挙区制であり、二大政党のうちどちらか一方をはっきりと選ぶ制度が維持されており、有権者は現在の制度を継続していく意思を持っている。

2011年にこの制度を修整する順位指定投票制(AV)を導入するかどうかの国民投票が行われた。この国民投票は、自民党が保守党との連立政権に入るための条件だったが、大差で否決された。

実は、その前年の、2010年5月の総選挙の結果、いずれの政党も過半数をしめることのない、ハング・パーリアメント(宙づり国会)となり、第三党の自民党がキングメーカーとなったが、その際、労働党側に、もし自民党が労働党と組めば、自民党にAV制度の導入を、国民投票なしで、行うと約束してはどうかという声が出た。それに対し、当時のブラウン首相は、それはできない、国民投票を実施しなければならないと言い張ったことがある。

イギリスは、議会主権であり、議会の判断で決められる国ではあるが、それでも、国民がはっきりとAV制度の導入を国民投票で許せばよいが、そうでなければ現在の選挙制度に手を入れられないという判断である(議会主権については、弊著参照)。その判断は、国民投票の結果ではっきりと裏付けされたと言える。もし、ブラウンが、AV制度を、国民投票なしで導入していれば、労働党は、有権者から大きなしっぺ返しを受けていただろうと思われる。

この結果から考えられるのは、現在の選挙制度で想定していない形の連立、すなわち、この場合には大連立、をすれば、国民からかなり大きな反発をくらう可能性があるということである。

イギリスでも大連立が行われたことがある。第一次世界大戦中、第二次世界大戦中、そしてその間の1931年に労働党首相のラムゼイ・マクドナルドが行ったことがある。戦時中は、挙国一致の体制を取るため、やむを得ないと言えるが、1931年の場合には、労働党は、有権者から大きなしっぺ返しを受けた。つまり、平時の大連立は、国民の支持を受けることが難しいといえる。

特に、現在は、反主要政党フィーリングが強い。もし、このような状況で両党が大連立をしようとすれば、両党はさらに大きく支持を失うだろう。その結果、そう遠くない将来行われる公算の高い、次の総選挙では、状況はさらに悪化することとなるだろう。

また、保守党には、現在でも、キャメロン連立政権で、自民党に5つの閣僚ポストを含め、23の政府内のポジションを与えているのを嫌っている議員が多く、もし予測されているように、保守党と労働党の議席数が似通った選挙結果となれば、キャメロン首相がその地位を維持したとしても、保守党、労働党が半々のポストを分割することは、その感情をさらに悪化させることとなるだろう。

どのような選挙結果となっても、保守党と労働党の「大連立」はないように思われる。もちろん、有権者の判断は、時とともに移り変わる。例えば、有権者が、現在の小選挙区制から比例代表制を加味した制度を受け入れるようになれば、大連立も、可能となるかもしれない。