効果の乏しい、ブレアの嘆願

トニー・ブレア元首相が、労働党党首選の有権者に、コービンに投票しないでほしい、もしコービンが党首となれば労働党は壊滅する、とガーディアン紙に寄稿し、訴えた。

ちょうどその発行日に、イラク戦争のいきさつについての調査究明委員会であるチルコット委員会が、調査開始以来6年たつのに、まだ報告書を提出していないのに業を煮やした人たち、特にイラク戦争で亡くなった、イギリス兵士の家族が、その報告書を年末までに公表しなければ、訴訟を起こすつもりであることがわかった。

ブレアは、イラク戦争にイギリスが加わった張本人と見られており、この調査究明委員会の報告書でもやり玉に上がると予想されている。

ブレアにとっては、党首選の有権者登録が締め切られる8月12日の後で、投票用紙が発送され始める14日の間の13日が最もその嘆願に相応しいと思ったのかもしれない。しかし、イラク戦争で、ブレアは国民と国会を欺いた戦争犯罪人だと主張する、ブレアへの怒りを持っている人たちが大きく報道されることとなり、逆効果になったように思われる。何事にもタイミングが大切だが、それをコントロールするのは簡単ではない。

ブレアは、1997年の総選挙で国民の圧倒的な支持を受け、労働党に地滑り的勝利をもたらし、2001年にも大勝した。しかし、2003年には、ロンドンでの100万人反対デモ行進にもかかわらず、イラク戦争に参戦し、ミソをつけた。2005年の総選挙には、勝ったものの、大きく議席を減らし、それが、首相となりたいゴードン・ブラウンの心配を掻き立て、2007年にはブレア退陣を招くことになる。

それ以来、イギリス国民のブレア評価は芳しくない。ブレアは、今や、1945年以来最も酷評される元首相だと言われる。ブレアは、首相時代から、ホリデーには、非常に裕福な人たちの別荘などにたびたび泊まり、批判された。首相を退陣してからは、慎ましいブラウンとは異なり、批判を浴びるくらい多くのお金を稼ぎ、ロンドンの中心部ばかりではなく、郊外にも広大な庭のある大きな家を持つ。アメリカ、ロシア、国連、EUの4者の中東特使となったが、目に見える結果は出せず、むしろ、疑問のある国やそのリーダーたちとビジネス関係を結び、さらに批判を浴びている。

ブレアは首相の地位を保守党のジョン・メージャーから奪った。メージャーは、その自伝によると、総選挙で敗れた後、40万通を超える手紙を受け取ったという。一握りの手紙を除き、手厚いものだったそうだ。メージャーには、謙虚な人物という評判があった。

ブレアの労働党を心配する気持ちはわかるが、イラク戦争の問題で今も批判され、しかも現在の生活環境では、何を言っても、労働党支持者の多くの共感を得られず、むしろ反発をもって迎えられるように思われる。

労働党党首選勝利へまい進する「極左」のコービン

労働党党首選で、反戦争、核廃止、反緊縮財政、鉄道などの国有化を訴える「極左」の下院議員ジェレミー・コービンが勝つのはほぼ確実の情勢となっている。大手世論調査会社のYouGovの社長が、8月6日から10日の間に実施した世論調査の結果、コービンが勝たなければ「驚く」と発言した。

YouGovには50万人の調査協力者がおり、その中で今回の労働党党首選挙の投票権がある人1400人余りの世論調査を実施した結果である。この党首選挙では、4人の候補者への選好順位をつけて投票し、開票で、最下位の候補者から順に除外し、その得票をその選好順位に従って振り分け、最終的に過半数を得た候補者を当選者とする。しかし、YouGovの世論調査では、コービンが、第1選好の第1ラウンドで全体の53%の支持を得て、二番手のアンディ・バーナムの21%に大きな差をつけており、第2ラウンドに進むことなく、一挙に当選するという結果となった。もちろん、1つの世論調査の結果だけで、すべてが決まるわけではないが、コービンは、7月17日から21日に行った前回のYouGov調査より支持率を10%アップし、情勢は極めて明確になってきていると言える。

この結果を受けて、賭け屋の賭け率が大きく動き、コービンは、1-3(3ポンド賭けて、予想通り勝てば1ポンドの配当)の本命となり、二番手のバーナムは10-3(3ポンド賭けて勝てば10ポンドの配当)と大きく後退した。

登録最終日の8月12日に労働党の発表した、党首選の有権者数は以下のとおりである。

党員                     299,755人

関連団体メンバー189,703人

登録サポーター  121,295人

合計                     610,753

8月11日には444,000人であったため、1日で、16万6千人余り増えたことになる。5月の総選挙時には20万人を少し超える党員がいただけだったことを考えると、今回の党首選挙に向けて、党首選の有権者が3倍以上になったことになる。ただし、有権者としての資格チェックが行われており、他の政党の党員などは除外されるので、数字は変わってくる。

なお、ミリバンド前党首時代に党首選の仕組みが変更され、関連団体メンバーが個人で登録することとなり、3ポンド(570円:£1=190円)支払えば、登録サポーターとして投票できることになった。投票はそのステイタスにかかわらず、1人1票である。

総選挙後に党首選有権者となった人は、コービン支持が非常に多く、YouGovの8月6日から10日の世論調査時点よりコービンがさらに優勢になったのは確実と思われる。投票用紙は、8月14日から順に送付され、投票締め切りは9月10日、そして9月12日に結果が発表される。ただし、選挙期間はあと1か月あるわけではなく、投票用紙を入手した人は、順次投票していくと思われることから、選挙戦は既に終盤戦に入っていると言える。

この情勢を受けて、今後の焦点は、コービンの意外な健闘ぶりから、コービン率いる労働党の今後へと移っていくこととなるだろう。