労働党の選挙ステラテジスト

2024年7月24日に行われる英国の総選挙では、労働党の勝利が確実と見られている。その労働党の選挙ストラテジーを担当しているのは、モーガン・マクスウィニー(Morgan McSweeney)である。マクスウィニーは、今や、左の政治勢力の中で、最も影響力のある人物と評されている

労働党のキア・スターマー現党首は、人権問題の法廷弁護士を経て、イングランド・ウェールズの検事総長を5年間務めた後、公共サービスの向上に取り組みたいと政治に方向を転換し、2015年の総選挙で下院議員に当選した人物である。労働党は、2010年と2015年の総選挙で敗れた後、労働党左派のジェレミー・コービン党首の下、党員数を大幅に増大させたものの、2017年、2019年の総選挙で敗北した。

マクスウィニーは、スターマーをコービン後の労働党党首として早くから白羽の矢を立て、スターマーが2020年にコービン後の党首選挙に立候補した時には、選挙責任者を務め、スターマー党首の下で、首席補佐官として党首の右腕となった。しかし、スターマーが党首となって、1年余りは補欠選挙で敗れるなど足並みの乱れが指摘され、選挙戦略担当に異動した。

マクスウィニーは、労働党の外部から雇われてきた人物ではなく、労働党の内部でのし上がってきた叩き上げである。アイルランド生まれで、17歳の時にロンドンに移住し、建設現場で働いていたという。それから大学に入ったが、挫折し、その後もう一度大学に入った。ブレア労働党政権の下で、北アイルランド和平をもたらした1998年ベルファスト合意(グッドフライデー合意)に動かせられ、労働党に入党した後、労働党で働き始めた。ブレア政権下では、ピーター・マンデルソンら労働党の中道グループに近かった。コービン党首下の左の強い労働党をより中道に戻そうと画策していた。

一方、スターマーの党首選の際には、労働党の左の勢力をあまり刺激しないよう、意図的に左寄りの政策を打ち出したと言われる。左の勢力は、それを「ウソをつかれた」と批判する。左の政策から次第に距離を置き、現在の非常に現実的なマニフェストにつながっている。

1年ほど前から、選挙準備にかかり、非常に慎重な選挙戦を進めている。選挙の候補者選びに神経を使い、左派の候補者を抑え、中道の候補者を増やすよう画策してきた。また、マクスウィニーの家族はスコットランドに住んでおり、スコットランドから毎週通ってきている。今回の総選挙では、スコットランドで圧倒的な下院議席を持つSNP(スコットランド国民党)対策が重点項目になっており、スコットランドでどの程度労働党が議席を獲得できるかが注目されている。マクスウィニーの妻もスコットランドの選挙区から総選挙に立候補している。

2010年から政権を担当している保守党が、まさに自壊的ともいえる状態で、歴史的な敗北を予想されている。時代が労働党に有利に動いているとはいえ、安全第一の選挙戦略とマニフェストでマクスウィニーの選挙戦略がどの程度実を結ぶか注目される。

労働党の安全第一マニフェスト

6月13日には労働党のマニフェストが発表されたが、これまで発表されていた内容がほとんどである。6月11日に発表された保守党のマニフェストは、新たに付け加えられた減税の財源が疑問視された。労働党は現在、保守党に世論調査の政党支持率で20ポイント程度差をつけて優勢であり、選挙に勝つために安全第一の方針を取っている。労働党は保守党と同じ財政ルールを持ち、国の債務を減らすことを目標にしていることから、いずれの党も、約束する政策事業とその財源を均衡させようと懸命だ。一方、それがお互いの党を攻撃する材料となる。

労働党は、これまでの「14年間の保守党政権が作った問題」を解決するために、優先度の高いものから取り組むと主張している。例えば、NHSの医師にすぐに診てもらうことが難しくなっている。診てもらうまでに長期の待ち時間が必要だ。このような問題は直ちに取り組まねばならない。一方、子供手当の例である。親の収入制限があるものの、2017年に保守党政権で子供2人までに制限された。比較的収入の低い家庭で子供の数が多い傾向があることから、労働党に政権が替われば、制限を撤廃してくれるのではないかという期待がある。しかし、スターマー党首は、この政策を特に取り上げて、撤廃したいが、その財政的な余裕がないと主張した。過度な期待を防ぐことに躍起だ。

労働党は、税収入の6割を占める、所得税、国民保険、付加価値税の税率を次の総選挙まで変更しないと約束した。期待通りに経済が成長すれば、国の歳入が増え、事業が進めやすくなるが、もし経済が成長しなければ、税率を変更しないとした主要3税以外の税などを上げるか、NHSや教育などの優先分野以外の公共サービスの大幅カットに迫られる可能性がある。そうなれば国民の期待を裏切る可能性が高い。

政治にはある程度のギャンブルがつきものだ。この労働党のマニフェストで、今回の総選挙はまかなえたとしても、その次の総選挙でどうなるかは、運を天に任せるしかないと言えるだろう。