EU国民投票の予測

6月23日投票の欧州連合(EU)国民投票は、イギリスがEUに残留するか離脱するかを決めるものだ。キャメロン首相らの推す残留派と、同じく保守党の前ロンドン市長ボリス・ジョンソン下院議員らの離脱派が熾烈なキャンペーンを転換している。

結果の予測には、世論調査がカギとなる。世論調査は、2015年総選挙で保守党の過半数を予測できなかったことから、かなり信用を失った。そのため、世論調査の業界団体(British Polling Council⦅BPC⦆)やイギリス選挙研究会(British Election Study⦅BES⦆)らが、なぜ予測できなかったのかを探ってきた。その大きな原因は、サンプルに問題があったと見られている。労働党支持者は世論調査会社が比較的コンタクトを取りやすいのに対し、保守党支持者にはコンタクトが取りにくかったことと、保守党支持者の投票率が高いのに対し、労働党支持者は投票率が低く、労働党支持が過大に評価されたことが大きな原因ではなかったかと見られている。それまででも世論調査会社はそれなりの分析をしてこれらのバイアスを除く努力をしてきたが、それが十分ではなかったようだ。

この調査結果は、現在のEU国民投票の世論調査にも反映されている。ただし、このバイアスの問題が完全に解決されているわけではない。その典型は、オンライン世論調査と電話世論調査の結果が大きく異なっていることだ。オンライン世論調査とは、登録世論調査受託者の中から抽出した人たちに質問票を送って答えを求めるもので、電話世論調査とは、これを電話で行うものである。

なお、EU国民投票に関しては、これまでの傾向としてオンライン調査では残留派と離脱派が拮抗しているが、電話調査では、残留派がかなりリードしている。

5月16日に発表された世論調査会社ICMの結果を見てみよう。ICMは、EU国民投票の支持動向と次期総選挙への政党支持とをオンラインと電話の両方で同時に行った。その結果は以下のようである。

EU国民投票の動向(残留支持か離脱支持か)

  残留 離脱 未定
オンライン 43 47 10
電話 47 39 14

この結果は、極めて興味深い。オンラインでは、離脱派が4ポイントリードしているのに対し、電話調査では残留派が8ポイントリードしている。電話調査では、直接聞かれるので、態度未定者の割合が少ないと言われるが、これでは電話調査の方がオンラインより多くなっている。なお、この調査は、世論調査で時にある異常値であるという疑いがあるかもしれないが、次期総選挙の政党支持から見るとそうでもないようだ。

次期総選挙の政党支持(もし総選挙が明日あればどの政党に投票するか)

  保守党 労働党 自民党 UKIP 緑の党
オンライン 34 32 7 17 4
電話 36 34 7 13 4

これでは、保守党と労働党の支持率の差はいずれも2ポイントである。一般にオンラインではイギリス独立党(UKIP)支持が高いと言われ、その傾向が出ている。UKIPは、イギリスをEUから離脱させることを目的とした政党であり、その支持が高ければ、離脱派が多くなるだろう。

EU国民投票では、労働党支持者の3分の2が残留支持だと言われる。電話調査で、残留支持が離脱派を大きくリードしているのは、応答者の多くがコンタクトの比較的容易な労働党支持者であることが過大に出てきている可能性も否定できない。労働党支持者の投票率は一般に低いが、キャメロン首相は、労働党支持者の投票率を上げようと、労働党支持のタブロイド紙デイリーミラー紙にも寄稿して、残留支持を訴えた。

電話調査の方が、多くの費用がかかり、より正確だと一般に信じられているが、結局のところ、オンライン調査と電話調査の間に落ち着くという見方がある。このオンラインと電話調査の結果の差は、6月23日の国民投票の結果がわかった時点で改めて検討されることになろう。なお、イギリスの大手賭け屋ウィリアムヒルの賭け率は、残留1-4、離脱11-4で、残留が優勢である。

低迷するイギリス政治

現在のイギリス政治は低迷している。キャメロン首相は、2013年1月、欧州連合(EU)残留か離脱かの国民投票を実施する約束をした。そして、2015年の総選挙でキャメロン首相率いる保守党が過半数を獲得した後、その約束に従って、国民投票を6月23日に実施することとした。EU国民投票への離脱派、残留派の対立は深刻化しており、国民投票の結果がどのようになっても、保守党の中に大きな亀裂が入ったことは間違いなく、政権運営に大きな影響をもたらすだろう。

今起きている状況は、まさしく「混乱」とでもいえるものである。国民投票の結果を見るまで投資を控える状況が出てきており、雇用も臨時が中心、国内経済は減速し、製造業では、二期連続でマイナス成長となり、「景気後退」の状態。建設業も減速している。

5月5日の分権議会・地方選挙とも重なり、保守党は労働党よりも多くの議席を失った。この選挙で特に注目されたロンドン市長(日本の東京都知事にあたる)選挙では、当選した労働党候補者がイスラム教徒であったことから、キャメロン首相が、この労働党候補者のイスラム教過激派との関係を示唆し、「『イスラム国』を支援している」イスラム教僧侶との関係を攻撃した。それに怒った当の僧侶にキャメロン首相らが謝罪する事件も起きた。

また、キャメロン首相は、イギリスで行われる腐敗問題対応会議に参加するナイジェリア、アフガニスタンを「素晴らしく腐敗している」と軽率な発言をしたことが明らかになった。首相の存在が益々軽くなっており、EU国民投票に関してキャメロン首相に信を置く有権者が少ない

さらに、十分検討することなく、次々に打ち出した政策のUターンが続いている。子供の難民受け入れ、イングランドの初中等教育の公立学校を地方自治体から文部省管轄に変え、裁量権を増やすアカデミー化、国民保健サービス(NHS)の若手医師契約問題など、絶対に引かないと言っていた問題で立場を変えている

下院で過半数をわずかに上回るだけで、党内からの反対に弱い立場であるだけではなく、上院では過半数を大きく下回っており、上院対策にも苦しんでいる。これが政府の多くのUターンの背後にある。この調子では、キャメロンのUターンに味をしめた保守党下院議員たちが、選挙区を650から600に減らし、選挙区のサイズを均等化する案に反対し、実施できなくさせる可能性があるだろう。これは保守党の党利党略に深く関係し、これが実施されると、保守党の政権維持には有利となるが、下院議員の中には、自分の選挙区が消える、合併させられるなどで選挙区替えを迫られる議員が少なからず出るからである。

キャメロン首相やオズボーン財相は、国の将来を考えて、財政の健全化を含めた政策を進めているとしてきたが、実際には、キャメロン首相らの政府首脳に、政治を通じて実現したい方針、つまりビジョンが明確ではなく、党利党略によるところが大きいことが露呈していると言える。それには、労働党への労働組合からの献金が減る仕組みを作ろうとしたことにも表れている。

さらに2015年の総選挙で、重点選挙区に多くの青年をバスで投入し、その際の宿泊費用などをきちんと選挙委員会に届けていなかった疑いがあり、選挙委員会の度重なる書類要請にも応じず、その結果、選挙委員会が裁判所の提出命令を求める動きもあった。選挙費用の制限には、全国のものと選挙区のものがあり、これらの費用は選挙区の選挙費用として届ける必要があったと見られているが、もしそうならば、選挙区の費用制限が低いために、選挙区費用制限違反の可能性がある。その結果、幾つもの選挙結果が無効となり、補欠選挙が実施されることとなる。これらの選挙区で当選した者には出馬制限が課され、保守党が再び勝つことは容易ではない。過半数をわずかに超えるだけの保守党には、そのイメージへの痛手があるだけではなく、さらに議席が減る可能性が高いため、政権運営に苦しい状況となる。2015年総選挙の選挙費用に関わる問題は、それだけではなく、選挙区に配ったチラシの問題もある。

5月5日のスコットランド分権議会議員選挙で、保守党が大きく議席を伸ばし、労働党を上回る大躍進を遂げたが、これには、スコットランド保守党リーダーの功績が大きい。次期総選挙で保守党にプラスとなるが、キャメロン首相らの功績とは言えないだろう。

このままでは、弱い弱いと言われているコービン労働党に足元をすくわれかねない状況が生まれる可能性も否定できないだろう。残念な政治状況である。政治は、モグラたたきのように、次々に問題が出てくるものだと言えるかもしれないが、迂闊で浅薄なミスが続くのは、その政治的リーダーシップに問題があるからではないか。