労働党の党首選となった内乱

6月23日の欧州連合(EU)国民投票で、イギリスが離脱を52%対48%で選択した直後、コービン労働党党首への不信任案が提出された。労働党は残留を支持したが、コービン党首が残留運動に熱心でなかったとして、労働党のリーダー失格だと主張したのである。一方、労働党の影の外相が、コービン党首はリーダーではない、コービンを信任できないとして党首辞任を求め、コービンに解任された。そして影の閣僚、31人のうち3分の2が辞任し、それ以下のポストでも同様の数が辞任した。さらに6月28日、不信任案が採決された。不信任賛成172、反対40、無効4、投票せず13という結果であった。これには、強硬左派のコービンが党首では総選挙に勝てないという見方が反映している。

通常、党所属下院議員の4分の3の信任を失った党首が継続していくことは不可能だと考えるだろうが、コービンは、党首を退くことを拒否した。コービンは、党員らが自分を党首に選んだのであって、党員らの負託に応える必要があると主張した。コービンは、前年の2015年9月の、4人が立候補した党首選で、第1回目の開票で59.5%を獲得し当選したのである。第2位は19%だった。

それ以降「コービン党首とその支持者」対「圧倒的多数の反コービン派下院議員」の構図で膠着状態が続いてきた。労働組合はコービンを支持し、副党首らの打開策を探ろうとする努力も実を結ばず、結局、影の内閣を辞任したイーグル「影のビジネス相」が51人の支持者を得て、コービン党首に挑むことになった。

保守党の場合、もし党首が過半数の賛成で不信任された場合、党首を辞任することになっている。しかも辞任すれば、党首選には再び立てないというルールになっている。しかし、労働党には、このような規定はなく、不信任にはなんらの拘束力もない。しかも現党首に挑戦する場合には、党所属下院議員と欧州議会議員の20%の推薦が必要とされている。すなわち現在では51人の推薦が必要である。

ここで大きな問題が持ち上がった。現党首は、下院議員と欧州議会議員の推薦を受けずに、この党首選に立てるかどうかである。労働党の党本部が依頼した法律専門家の判断では、現党首も同じ推薦が必要だとした。これは、コービンにとっては、非常に大きな問題である。党所属下院議員でコービンの不信任に反対したのは、わずか40人で、その後、気が変わったという下院議員が何人も出ている。そのため、51人の推薦人を確保することが極めて難しく、党首選に立つ前に、その資格がないこととなってしまう。一方、労働組合側の法律専門家の判断は逆で、コービンは自動的に立候補できるというものであった。

7月12日に開かれた、労働党の全国執行委員会で、この問題が討議され、結局、コービンが自動的に立候補できることとなった。

ただし、これには条件がある。労働党の党首選に投票できるのは、党員、関連組織(労働組合ら)サポーター、そして登録サポーターである。このすべてが1人1票で、その合計得票で勝利者が決まる。ただし、この党首選に投票できる党員は、6か月前の2016年1月12日までに党員になっている必要があるとされた。また、登録サポーターは、これから設定される2日間の間に25ポンド(3450円:£1=138円)支払った人のみとなった。昨年9月には、これはわずか3ポンド(410円)だった。

つまり、昨年9月の党首選で起きたコービンブームで、党員と登録サポーター数が大幅に増加し、それがコービンの得票に大きく貢献したような事態はなくなったのである。6月23日のEU国民投票後、労働党の党員数は、なんと13万人増え、50万人を超えた。この新規加入者の大半は、コービン危機で、コービンに投票するために加入したものと見られる。しかし、この13万人は投票できないことになった。

なお、この党首選の結果は、9月末の党大会前に発表される。保守党のメイ政権が誕生する中、労働党は、党内の内乱の対応に追われることとなる。コービンが勝つ可能性が極めて高いが、これが長期的にどのような影響を労働党に与えるか注目される。コービンが再び勝てば、労働党が割れると見る人もいるが、そうはならず、むしろ、反コービン派の下院議員の態度が軟化(もしくは諦め)していくのではないかと思われる。1981年に、左の労働党から分裂した社会民主党(SDP)は、ロイ・ジェンキンスらの大物が主導したにもかかわらず、成功せず、現在の自民党に合流した。反コービン派の下院議員には、これというリーダーがおらず、反コービン派がまとまって離党するようなことは考えにくい。

総選挙の可能性

6月23日の欧州連合(EU)国民投票でイギリスが離脱することになった後、労働党の内乱が勃発した。ベン影の外相が、コービン党首に党首として信任できないと言い、解任された後、影の内閣の閣僚が3分の2辞任し、その動きは、それ以下のポストにも広がる。この集団辞任はかなり前から計画されていたと言われるが、コービン党首への不信任案に230人の党所属下院議員のうち172名が賛成した原因の一つは、当時、保守党の次期党首・首相と目されていたボリス・ジョンソン政権下で総選挙が行われるのではないかという憶測が広まったことにある。つまり、もし総選挙があればコービン党首では労働党が惨敗するのではないかという恐れだった。

メイ首相が7月13日にも誕生することとなり、労働党が分裂状態の中で、もし下院の解散・総選挙があれば、新首相をいただき、保守党が統一されているような中では、保守党が勝つと見られている。そのため、メイが下院を解散するかどうかが政治関係者の間で大きな話題になっている。

イギリスでは、2015年に総選挙が行われ、次の総選挙は2020年に予定されている。2011年議会任期固定法で、首相には解散権がなくなった。そう信じていた人たちが多かったが、実際には、首相が望めば解散できるようだ。

2011年議会任期固定法は、2010年の総選挙で、保守党が過半数を獲得できず、第3党の自民党と連立を組んだことに始まる。自民党は、第2党の労働党よりも左の多くの政策を持ち、その政権が長続きするか危ぶまれた。そこでキャメロン首相は、その政権が容易に崩壊しないようにするためこの法律を設けたのである。

これでは、定められた時期以外の解散総選挙は、基本的に2つの場合に限られることになっている。

  1. 全下院議員議席の3分の2が合意した場合。すなわち650下院議員のうち、434議員が解散に賛成した場合。当時保守党306議席、自民党57議席であったため、2党合わせても363議席だった。
  2. 政権が単純過半数で不信任され、14日の期間内に信任される政権ができない場合。

2015年総選挙で第2党の労働党は232議席を獲得した。下院全議席の3分の1以上あり、労働党下院議員が総選挙を望まなければ、第1の条件は使えない。しかし、ここで重要なのは第2条件である。

保守党は330議席あり、過半数を超えており、今のところ必ずしも不信任の生まれる状況はない。しかし、2011年法では、「不信任」の定義がなく、イギリスのEU離脱の関係で様々なケースが生まれる可能性が指摘されている(元下院事務総長の解説)。技術上、政府が自らの不信任案を出して可決し、2週間経過すれば、解散総選挙ができるという見解もある。なお、この点については、法案審議中にも議論があった(例えば上院での議論)。このような方法をとることは、政治的に容易ではないが、不可能ではないだろう。

今回は、イギリスのEUからの離脱にまつわる新内閣の誕生である。そのため、国民の理解の得られる理由付けが可能かもしれない。

それでも、解散まで2週間、そして総選挙に5週間と、少なくとも7週間の政治的な空白を作ることは、EU離脱のショックの中にあるイギリスの現在の政治、経済的状況では考えにくく、メイ新首相がただちに総選挙を実施するということはないように思える。