ブレアのイラク戦争責任を問う下院動議

イギリスは、2003年のイラク戦争に参戦し、その後、イギリス軍はイラクに2009年までとどまった。その間、179人の兵士らイギリス関係者が亡くなった。イギリスのイラク参戦への批判はやまず、労働党のブラウン首相が、イラク参戦にまつわる徹底的な調査をするためのチルコット委員会を設け、その報告が7年後の2016年にやっと提出された。

その後の余震は今なお続いている。下院で、スコットランド国民党(SNP)らがイギリスをイラク戦争に導いたブレア首相をさらに調査すべきだという動議を圧倒的多数の反対で否決した。賛成票70に対し、反対は439票だった。

チルコット委員会は、機密文書を含め、すべての文書にアクセスできる権限を与えられ、徹底的な調査をした。さらに、その報告書で批判された人には、発表前に反論の機会を与えたため、時間が非常にかかることとなった。その報告書では、イラク参戦は、最後の手段ではなかった、大量破壊兵器を持っていたという主張は正当化されない、この参戦の準備、その後の治安計画などが不適当であったという結論を出した。イラク戦争参戦を決断したブレアが議会に意図的に誤った情報を与えたかどうかという点では、それを否定し、むしろインテリジェンス当局や軍関係者の責任を問う結果となった。

下院の議決の結果には、この委員会の報告を含め、すべてのイラク戦争関係報告書が、ブレア首相が意図的に誤った情報を与えたという点を否定している中で、さらにブレア首相の調査を行うというのはブレア首相をスケープゴートにするばかりか、政府が今後同じような過ちをしないようにするという目的から外れるという判断が表れている。

ブレア元首相の責任を問う声は未だにある。SNPの下院議員、サモンド前スコットランド首席大臣がSNPの動議をリードしたが、これは、イラクで亡くなった兵士らの関係者が、ブレアが非合法の戦争に踏み切ったために無駄死にしたと、未だにブレア訴追を求めて活動していることが背景にある。

イギリスでは、下院議員が、サージェリーと呼ばれる、地元住民らとの面談をすることが通例となっている。そこでは、それぞれの住民の問題や苦情が話される。それらの人々の圧力を受けて、下院議員が動くことが多い。それは、11月28日に放映された、下院議員のサージェリーやその背景を報道したテレビ番組でよく出ている。

イラク戦争は、イラク国民にたいへん大きな影響を与えたが、それはイギリスの政治に今でも大きな影響を与えている。

政治的な判断ミスでEU離脱通知が大幅に遅れる可能性

EU離脱のためには、リスボン条約50条で定められた手続き開始のためのEUへの通知が必要である。メイ首相は、この通知を、来年3月末までには行うとし、君主の大権を使い、政府の判断で行うつもりだった。しかし、11月3日、高等法院(イングランドとウェールズ管轄)が、議会の承認が必要であると判断したため、政府は最高裁判所に上訴した。この審理は、12月5日から始まり、最高裁判所設置(2009年)以来、初めて11人の判事全員で行われる。その判断は、来年1月になる予定だ。メイは、最高裁判所で高等法院の判断が覆されると強気だが、最高裁が高等法院の判断を支持するのではないかと見られている。もちろん政府側が勝訴すれば、メイの計画通りに通知ができるが、政府側が上訴したために、政府が予想していなかったような状況に追いこまれる可能性がある。

高等法院の判断では、議会で制定された法(1972年欧州共同体法)で与えられた権利(例えば、EU内での移動の自由)を君主の大権(これは、政府の判断で行使できる)で変更できないとした。そのため、議会の両院で法案として可決される必要があるだろうと見られている。しかし、下院では保守党が過半数を占めているものの、公選ではない上院では、保守党は過半数を大きく割っている。国民投票の結果でEUを離脱することとなったため、いずれは両院とも可決すると考えられているが、そのプロセスを直ちに開始するのではなく、最高裁判所の判断を待って2か月遅らせるのが賢明かどうかという点がある。また、最高裁の判断次第では、EU法廃止も含む法案を提出する必要が出てくる可能性がある。政府はEU法廃止法案を来年以降に提出する方針だったが、もしこれも必要ならば、通知が2年遅れる可能性もあると見られている。

特に大きな問題は、最高裁判所の判断如何では、分権政府が大きな力を持つ可能性があることである。外交関係は、ロンドンのウェストミンスターの中央政府の対処することだが、イギリスがEUを離脱すれば、EU法下で保証された住民の権利、そして分権議会に分権された権限の内容に変更が生じる。これまで、ウェストミンスターの議会で、分権議会に影響の出る法案は、それぞれの分権議会で同意の決議を採択することが慣例となっている。このため、ウェストミンスターの議会でイギリスの離脱通知の法案を審議する場合、これらの分権議会が同意する必要があるかどうかという問題がある。

既に、この問題に関連して、北アイルランドの高等法院がウェストミンスター議会も北アイルランド議会の承認も必要ないと判断したが、その後の11月3日の高等法院の判断の結果、スコットランドとウェールズが最高裁の審理に意見を具申することを求める方針だ。スコットランドは、イギリスがEUを離脱しても、スコットランドがEEA(欧州経済地域)に残る可能性を模索している。つまり、EUに加盟していないが、EUの単一市場にアクセスが許され、その代わりに人の移動の自由を許すノルウェー型のモデルを念頭に入れている。

もし、ウェストミンスター議会の法案にスコットランド分権議会の同意が必要ということになれば、スコットランドがEEAに残ることを要求してくるかもしれない。

もともと、メイは、EU離脱交渉を行うにあたって、議会の関与をできるだけ避けたいと考えていた。保守党内にはEU国民投票で残留派が多かったが、議会で保守党内の残留派と離脱派の対立が表面化することを避けようとしたのである。また、EUとの離脱交渉への戦略をできるだけ外に出さないためには、議会の関与を避けることがベストだと考えている。議会の関与を避けてこのような交渉を行うことが可能とは思われないが、高等法院の予想外の判断で、メイが政治的な判断に基づいて行ったことが、その計画に狂いをもたらした。さらにメイが最高裁判所へ上訴したため、メイ政権に大きな打撃を与えかねない、予想していなかった問題が出てきた。それらはイギリスの将来の不透明感をさらに増している。