スコットランド独立住民投票の駆け引き

イギリスの政界で最も優れた政治家は恐らくスコットランドの首席大臣二コラ・スタージョン(1970年生まれ:46歳)だろう。

2014年のスコットランド独立住民投票では、スコットランド国民党(SNP)は独立賛成を訴えたが45%対55%で反対派に敗れ、その責任をとり、SNP党首で首席大臣だったアレックス・サモンドが辞任し、スタージョンは後任の党首、首席大臣に就任した。

中央政界の政治家ではないが、その政治感覚は、2015年総選挙の際の党首テレビ討論で高い評価を受けたように、優れたものがある。

スタージョンは、もともと弁護士である。スコットランドの独立を標榜するSNPに十代で1986年に加入したものの、SNPの支持が強くなかったために出馬した選挙ではたびたび敗れ、議員となったのは1999年だ。

それでもSNPを後に大躍進させるサモンドに見込まれ、2004年から副党首として仕えた。SNPは、2007年スコットランド議会議員選挙で、過半数には遠かったが、労働党を1議席上回り、議会第一党となったため、サモンドが首席大臣となり、少数政権を運営した。サモンドは巧みに政権を運営し、2011年のスコットランド議会議員選挙では予想外に議会の過半数を占めることとなる。SNPは、その選挙マニフェストで、独立住民投票の実施を約束していたが、過半数を獲得したため、独立住民投票を実施せざるを得なくなった。サモンドが今でもよく言うことだが、この独立賛成キャンペーンをスタートした時には、独立支持はわずか28%だったという。独立賛成は、投票日が近くなり急に増大した。慌てた中央政界の保守党、労働党、自民党がスコットランドの大幅な自治権拡大を約束するなど巻き返しを図り、投票では45%の得票だったが、SNPは大健闘したといえる。

サモンドのような大物が退いた後の後継者は、普通苦労するものだが、スタージョンの場合、党勢を大幅に拡大し、しかも2015年の総選挙では、下院のスコットランドに割り当てられた59議席のうちSNPが56議席を獲得する結果を得て、スコットランドにおけるSNPの基盤を築き上げた。

スタージョンの基本的な独立に関する戦略は、もし、独立の世論支持が60%あれば、独立住民投票を実施するというものであった。しかし、2016年のEUのメンバーシップに関する国民投票で、スコットランドは62%の有権者がEU残留を支持したにもかかわらず、イギリス全体で52%がEU離脱を支持し、正式にEUを離脱することとなったため、その戦略を変更した。世論の独立支持は今でも50%を下回るが、メイ首相の離脱戦略は、強硬離脱だとして反対し、スコットランドは、その将来を自ら決める権利があるとして、独立住民投票を実施する方針を明らかにしたのである。そしてその時期を、2年のEU離脱交渉期間の終わる前の、2018年秋から2019年春としたのである。

メイ首相は、現在、そのような住民投票を行うべきではないと反発した。EU離脱交渉に全力を傾けるべきで、イギリスを分裂させる可能性のあることをすべきではないというのである。

住民投票を正式に実施するには、2014年の住民投票のように、スコットランド議会に住民投票を実施する権限を一時的に与える(1998年スコットランド法30条命令)ために、ウェストミンスター議会の承認を受ける必要があるが、メイ首相が反対すれば、それができなくなる。

スタージョンは非常に慎重な政治家として知られているが、メイ首相との最大の違いは、大きな賭けに出る勇気がある点だ。スタージョンは、何としてでもこの住民投票の実施に持ち込む考えを明確にしている。

前回の住民投票は2014年に行われ、それからあまり時間がたっていない。最近発表された、スコットランドの住民動向調査(Scotland Social Attitude Survey: 毎年半年かけて行われている学術調査)によると、スコットランドの独立賛成の声は、次第に強くなっており、今までになく強くなってきている。若い世代に独立支持が多く、この調査の報告者であるジョン・カーティス教授によると、待てば、いずれは独立となるという。

しかし、スタージョンは、賭けに出た。住民投票が実施できない、もしくは住民投票が実施できても独立反対が多数を占めれば、スタージョンは大きな打撃を受けるだろう。それでも、きちんとした手続きを踏み、柔軟な姿勢を貫いていけば、メイが住民投票実施に強く反対すればするほど、スコットランド人が反発し、情勢は自分のほうに傾いてくると判断しているようだ。

ブラウン元首相が、第三の選択肢として、スコットランドに条約締結権を認めるなど連邦制的なイギリス像を提案したが、このような案の支持者はかなり限られているように思われる。多くのスコットランド人は、スコットランドの将来がイングランドの中央政府に左右されることに不信と反発を感じているからである。

この問題が、どのような形で収束していくか、政治家の能力と重ねて注目される。

急に変わる政治の風

メイ首相にとって、現在の政治状況は「なんてこと」という状況だろう。

3月17日には、前財務相で保守党下院議員のジョージ・オズボーンがロンドンの夕刊紙イブニング・スタンダードの編集長になることが発表された。現在無料の新聞だがもともと有料で、ボリス・ジョンソンの2008年ロンドン市長当選には、この新聞の影響力が大きかった。今でも翌日の新聞の論調を決めるのに大きな役割を果たしていると考えられている。

メイは昨年7月首相に就任した際、オズボーンを冷たく財務相のポストから首にした。閣僚にもしなかった。そのため、この夕刊紙の編集長にオズボーンがなるというのは少なからず脅威に感じられるだろう。

さらには、2015年総選挙などの選挙費用違反問題で、保守党は、これまで最高の7万ポンド(1千万円)の罰金を命じられた。そればかりではなく、13の警察が捜査し、検察に書類を送った。もし、選挙違反が認められれば、当選者は失格となり、再選挙となる可能性がある。この件で、保守党のイメージに大きなダメージがあるだけではなく、保守党が下院の過半数を若干超えるだけの状態のため、政権運営に支障を来す可能性さえある。

また、3月8日の予算発表で自営業者の国民保険(National Insurance)税のアップを発表したが、これは2015年総選挙のマニフェスト違反だと批判され、1週間後にそれをひっこめた。このUターンは、単なる政策の変更とは見られず、財相だけではなく、メイの迂闊さが指摘され、さらには、少々の批判で政策を変えるようでは、はるかに困難なBrexitの交渉ができるか大きな疑問が出てきた。

さらに予算関連では、学校教育費にマニフェスト違反の可能性があり、保守党の中からも批判が出てきている。

その上、スコットランド分権政府が、独立住民投票を2018年秋から2019年春の間に実施したいとしている問題で、メイはBrexit前には認めない方針を示した。スコットランド政府側はそれに強く反発しており、この問題はかなり尾を引く見込みだ。

北アイルランドの政情もある。昨年、北アイルランド議会選挙を実施したばかりだったが、再生可能エネルギー政策の大失敗に端を発して北アイルランド政府が倒れ、3月初めに再び選挙が行われた。しかし、未だに新政府を設ける状態には至っておらず、あと1週間足らずで話がまとまらなければ、再び選挙が行われる見込みだ。従来、北アイルランド問題では歴代首相が相当多くのエネルギーを使ってきており、ウェストミンスターの中央政府が直接統治をしなければならない状況になれば、メイには相当大きな重荷になる。

これらの問題への対応には多くが注目しており、これまで高い世論支持率を維持してきたメイ政権だが、それを額面通りには受け取れない状況となってきた。

3月7日、BBCラジオ4の午後5時のニュース番組でブラウン元労働党首相の戦略担当者が「政治状況は急に変わる、総選挙ができる時間枠は限られている」と話したことが思い出される。

ブラウンは、2007年6月、ブレアの後を継いで首相に就任した。就任当初、高い人気があり、総選挙を実施するようアドバイスされたが、ブラウンは躊躇した。総選挙の憶測が高まったにも関わらず、その判断を遅らせ、秋に総選挙を実施しようと思ったときには、支持率が下がり始めており、結局、実施できなかった。また、ブラウンは臆病者だというラッテルが貼られてしまった。

2008年の世界信用危機で、イギリスは景気が下降し、ブラウンは大幅な財政赤字の責任を追及され、しかも2010年総選挙時には欧州の経済危機があり、労働党は、大きく議席を失った。過半数を取れなかったが第一党となった保守党と第三党の自民党の連立政権の誕生を許したのである。

もしブラウンが早期に総選挙を実施していれば、ブラウンには5年後の任期満了まで、すなわち2012年半ばまで十分な時間があり、政治状況は大幅に変わっていただろう。現在の政治状況も全く異なっていたものと思われる。

現在のメイ保守党首相は、その高い支持率の下、2016年7月就任以来、総選挙を実施すれば大きく勝て、下院でわずかに過半数を上回るだけの状態から脱し、余裕のある政権運営ができると見られていた。しかし、メイはこれまで早期総選挙を否定してきた。

この一つの理由には、2011年固定議会法の問題がある。議会は基本的に5年に固定され、早期選挙が実施できるのは、下院議員総数の3分の2が賛成した場合か、政府が不信任され、2週間以内に信任されうる政府ができない場合に限定された。それでも、メイが自らの政府に対し不信任案を提出し、可決させるという奇手があるが、このような手法は、それなりの政治状況がなければ有権者の不信を招く可能性がある。(なお、3月7日、ヘイグ上院議員が固定議会法を廃止するべきだと主張した。しかし、この固定議会法制定時に、それまで首相に解散権を与えていた過去の法制を廃止しており、この固定議会法を廃止しただけでは2011年前の状況になるわけではない。すなわち新しい法律の制定が同時に必要となるが、それには上院の賛成も得なければならない。また、6年前とは異なる政治状況下の現在、首相にどのような解散権限を与えるかなどの議論でかなり時間がかかる可能性がある)

メイが総選挙に打って出るかどうかは別にして、明るく見えた政治状況に急に暗雲が立ち込めてきた。