いじめの疑いをかけられた下院議長

ジョン・バーコウは2009年に下院議長に就任した。その前任のマイケル・マーティンは労働党の下院議員だった人物で、もともと労働組合の代表をしており、議員の経費問題が出た時には、議員を労働組合のメンバーのように守ろうとした。その結果、この問題の処理を誤り、辞任を迫られることとなった。その後を受けたのが、バーコウである。それから9年、今やバーコウにいじめの疑いがかかっている。下院のバーコウの秘書をしていた職員が、バーコウからいじめを受け、その結果、「強制的に」辞職させられたと主張したのである。

バーコウはもともと保守党の右派の議員だったが、後に労働党からロンドンのウェストミンスター区の区議会議員選挙にも立ったサリーと付き合い、結婚し、その考え方が大きく変わった。2009年には労働党が下院の過半数を占めていたが、労働党の多くの議員の支持を受けて予想外に議長に選ばれた。一方、その経緯から保守党の一部から嫌われ、これまで何度も議長追い落としの攻撃を受けている。2010年の総選挙で労働党が敗れ、保守党・自民党の連立政権が生まれた時も攻撃を受けたが、保守党の中の支持者の援助も受けて議長の座に残った。

議長の職はイギリスでは特別に扱われており、就任後党籍を離れて中立の立場を取る。そして総選挙では、主要政党は議長の選挙区に候補者を立てない。議会のあるウェストミンスター宮殿の中に住居が設けられており、議長を退けば上院議員に任ぜられ、特別の年金もつく。なりたい人は多いが、運とタイミングが良くなければこのポストにはつけない。

イギリスの首相は、選挙で選ばれた独裁者と言われることがあるが、率いる政党が一旦下院の過半数を獲得すると、ほとんどのことを自分の判断で行うことができるようになる。そのため、議会無視の傾向が出てくる。バーコウはこの流れに歯止めをかけ、議会がその役割をきちんと担えるよう努力してきた。また無役の下院議員にできるだけ多くの発言機会を与えるようにしてきた。その結果、首相への質問時間が長くなり、首相らが不満を持っているとも伝えられた。これらの努力でバーコウを高く評価する声も少なくない。バーコウは下院の近代化をはかるために下院事務総長とも衝突した。ブラックロッドと呼ばれる議会の儀式をつかさどる役割を果たした人物がバーコウは激しやすい気性だと批判したが、さもありなんと思われる。

マーティンは、議長の職に9年あった。バーコウも9年で退くとしていたが、その9年は今年の6月に迎える。そのような中で、バーコウへのいじめ批判が出てきたことはうさん臭い要素もあるように思える。

バーコウは小柄で、保守党内のバーコウ批判派から、よく、聖人ぶった小人と呼ばれていた。妻のサリーの頓狂な振る舞いや浮気もバーコウの威厳を傷つけた。その中でよくこれまでやってきたと思われる。

それでも下院議長にはそれなりの威厳と抑制が必要だ。バーコウはいじめの疑いを否定しているが、本当にそのような問題があったのならば、その責任を取る必要があるだろう。

メイの命運

離脱後のEUとの経済関係をどのような形にするかで内閣の意見が分かれている。メイ首相の望む関税パートナーシップは、EUのルールに従う必要がある上、EU外の国と自由に貿易関係が結べないと強硬離脱派が反対。その一方、強硬離脱派の選択するMax-Fac案は、テクノロジーがまだ追いついていない上、EUとイギリスの陸上の国境となる北アイルランドとアイルランド共和国の間で何らかのチェックポイントを設ける必要がでてくる。

そこでメイ首相は、内閣のメンバーにこの2案を割り振り、ソフトな離脱を目指す立場と強硬な立場を取る閣僚を混ぜて検討させることとした。何らかの妥協案が出てくることを期待している。しかし、この2案のいずれにもEU側は消極的で、この答えを出さねばならない期限の6月のEUサミットまでにメイ首相が内閣のまとまる、そしてEU側の受け入れられる結論を出すことは極めて困難だ。

この中、2019年3月のイギリスのEU離脱後に計画されている「移行期間」を予定されている2020年末までからさらに3年伸ばし、2023年までにする案が浮上している。この間にテクノロジーを発展させ、また新たな案が出てくるのを待ってはどうかという考えだ。しかし、この案に強硬離脱派がそう簡単に合意するとは思われない。移行期間中、イギリスはEU外の国と貿易合意をすることができないだけでなく、EUの意思決定に参画できないのにそのルールに従う必要がある。また、先延ばしすることは、現在の不透明な状態が継続されるだけである。不透明な投資環境のため、既に多くの企業がイギリスへの投資を控えている中、このような状態を続けていくことはできず、もし一時的な経済的な落ち込みがあっても、むしろ来年の3月ですっぱりと離脱したほうがよいという意見が強くなっていく可能性があるのではないかと思われる。

保守党内のソフト離脱派と強硬離脱派の争いは深刻である。このため、総選挙が行われるのではないかという見方もある。5月の地方選挙で労働党が予想を下回り、保守党が予想以上に健闘したため、保守党内のコービンを恐れる気持ちが減ったのではないかという見方がその背景にあるようだ。しかし、ことはそう簡単ではない。もちろんコービンは総選挙を歓迎し、昨年6月に総選挙が行われたばかりだが、その際と同様、保守党と労働党が総選挙実施に賛成すれば、下院の3分の2以上の賛成を確保し総選挙ができる。ただし、メイが勝てるという保証はない。昨年の総選挙では、保守党が世論調査の支持率で労働党を大きくリードしており、しかも党首のメイの評価は高く、労働党のコービンの2倍近くあった。現在再びメイがコービンに大きな差をつけているが、これらが役に立たない可能性の高いことは誰もが承知している。

また、タイミングの問題がある。6月のEUサミットまでに将来のイギリス・EUの経済関係の枠組みを決めなければならないという状況があるのに、5週間の政治的な空白が生まれることが許されるだろうか。

一方、保守党内でメイの引き落としが本格化する可能性がある。メイがこれまでのまずい離脱交渉の責任を取らねばならないということはわかる。数か月前に党首選などを扱う1922年委員会への保守党党首信任投票の請求は既に40を超え、あと一握りの保守党下院議員が請求すれば、信任投票が実施されるという風評が出たことがある。もし信任投票が行われ、メイが不信任となれば、代わりの党首が選出されることとなる。時間の制約から、マイケル・ハワードが党首となった時のように、保守党下院議員が一致して推せる人物があれば、党員の投票なしで党首が決まるが、ソフト離脱派と強硬離脱派の考え方がはっきりと異なる中、そのような人物は考えにくい。時に名のあがる新内相サジード・ジャビドでは、野心のある国防相ギャビン・ウィリアムソンなどが黙っておかないだろう。そうなると、下院議員の中から二人の候補者を選ぶ作業が始まり、そして党員がその二人のうち一人を選ぶこととなる。党首選出までに数か月かかる。その間、EUとの離脱交渉を放っておくことはできないだろう。その上、もしメイが信任されたとしてもメイの立場が強くなるわけではない。

上院でEU離脱法案に修正が加えられ、下院に戻ってきた。保守党にはソフトな離脱を求める下院議員がかなりいる。強硬離脱派は労働党にもいるが、下院全体では強硬離脱派は少数だ。そのため、メイが労働党らのソフト離脱支持議員をあてにして、ソフトな離脱に大きくかじ取りをし、押し切ろうとするかもしれないという憶測もある。ただし、本当に労働党下院議員らをあてにできるのかという疑問がある。

EU離脱とは関係ないことだが、メイは自分が首相となって推し進めようとした選別教育の「グラマースクール」拡大策に再び取り組み始めた。保守党内にも反対が多くうまくいかなかった政策だが、メイは自分の政治的遺産のことを考え始めているのかもしれない。いずれに転んでもメイの命運には厳しいものがある。