より大きな権限を求める選挙委員会

イギリスでも、公職の選挙や国民投票など有権者の投票で決めることをできるだけ公平に行われるようにするため、その運動に様々なルールや制限を設けている。そしてそれを監視するのが選挙委員会(Electoral Commission)である。しかし、その選挙委員会が、その権限を強めてくれるよう訴える事態が起きている

まず、選挙委員会の捜査権限の強化である。選挙委員会は、必要な書類などを収集するため、捜査令状を取得し、事務所を捜索、また裁判所に命令を出すよう求めることができる。しかし、時には最近情報コミッショナーが捜査令状を求めた時のように、時間がかかりすぎることがある。選挙委員会が書類の提出を求めても、なかなかそれらが提出されないことがある。例えば、2015年総選挙での選挙費用違反問題で、保守党は、求められた書類を何度も督促されたにもかかわらず提出せず、結局、選挙委員会が裁判所に訴え出た結果、提出された。選挙委員会には必要な書類を得る権限が与えられているが、それが必ずしも時宜にかなっていない場合がある。

また、2016年に行われたEUを離脱するか残留するかの国民投票に関する費用支出違反の調査では、離脱支持の団体が、その支出制限を超えて支出したと選挙委員会が判断して科した罰金の金額は7万ポンド(1千万円)だった。1違反当たり、最高2万ポンド(300万円)を科すことができる。金額はかなり高いが、この団体の中心人物には資産が数百億円あり、このような罰金はあまり効果がないといえる。むしろ、ある程度の罰金を政治のコストと見る傾向も出てきているという。選挙委員会は、より高い罰金額を求めている。

一方、選挙委員会も、もし容疑を受けて行動しなければ、裁判所でその不作為を訴えられる可能性もある。2016年EU国民投票に関連して、選挙委員会が裁判所に訴えられ、選挙委員会が捜査を開始した。クラウドファンディングはその大きな武器となっている。

一般にイギリスでは、選挙違反はそれほど深刻にとらえられていない。上記の2015年総選挙の例でも、選挙費用違反の疑いのあったもののほとんどは不起訴となった。最も深刻な件のみが起訴され、現在裁判で争われている。選挙委員会や警察・検察もすべての問題に対応することは、時間やリソースの問題もあり難しく、優先順位をつけて対応せざるをえない面がある。起訴されたのは、悪質な上、選挙の結果が異なっていた可能性があるためだった。

確かに現代では、選挙違反の取り締まりはそう簡単ではない。例えば、アメリカ大統領選で、ロシアの活動やイギリスに本拠を置いていたデータ分析会社ケンブリッジアナリティカの活動が結果に影響をもたらした疑いがある。2017年のイギリスの総選挙ではロシアがコービン労働党を助けるような活動をしたといわれる。国外からの活動に、選挙の当事者が関係していたかどうかはっきりしないが、もしこれらの活動が選挙結果に大きな影響を与えるとすれば、それをどのように規制するかという問題が出てくる。インターネットでの選挙運動には国境が障害にはならない。ケンブリッジアナリティカがフェイスブックで行ったことのように弊害が出てきた結果、国際的に対応を迫られているように思われる。

下院議員を辞任したハイジ・アレキサンダー

労働党のハイジ・アレキサンダー(1975年4月17日生まれ、43歳)が下院議員を辞任した。東京都に匹敵する大ロンドン市の副市長(交通担当)となるためである。

この辞任には様々な理由があるだろうが、最も大きな理由は、労働党下院議員としての将来に希望を持てず、見切りをつけたということである。政治の道を追求してきて、下院議員のスタッフ、地方議員を経て、2010年に下院議員に選ばれた。下院議員になることが目的であっただろうが、それを自らの判断でやめるというのはかなり大きな決断だっただろう。

アレキサンダーの選挙区は、大ロンドン市南側のルイシャムであり、労働党の非常に強い選挙区である。将来、総選挙の労働党候補者に選ばれない可能性はあるが、その可能性は小さく、そこに居続けようと思えばできただろうと思われる。

この転進にはいろいろな要素があるように思われる。

政治的な理由

  • 2015年9月にコービンが予想に反し、圧倒的な支持を受けて党首に選ばれた後、影の内閣に影の健康相として任命された。しかし、2016年6月のEU国民投票で離脱が多数を占めた後、影の内閣のメンバーが多数辞任した中、その先頭を切って辞任した。その時点では、コービンを党首辞任に追い込めるという読みがあったのだろう。そしてコービンを猛烈に批判する記事を新聞に投稿し、コービンは無能で、その影の内閣のメンバーであることが大嫌いだったと主張した。しかし、コービンは、行われた党首選でさらに支持を伸ばし当選した。その上、今や労働党の党員数は55万人を超え、西ヨーロッパ一である。さらにコービンは2017年6月の総選挙で、予想を裏切り健闘し、メイ保守党を過半数割れに追い込み、2015年から労働党の議席数を伸ばした。もし総選挙があれば、労働党が過半数を占めずとも最大政党となる可能性が大きい。そうなれば、コービンが首相となる可能性があるが、これまでのいきさつからアレキサンダーが閣僚や重要な役職に任命される可能性は非常にちいさい。
  • コービンが党首となる過程で生まれた、モメンタムというコービン支持の組織がその勢力を広げている。そのメンバーは3万6千人と言われる。この組織が各選挙区で勢力を伸ばしており、選挙区の労働党支部の幹部の地位を占めつつある。アレキサンダーの選挙区では、モメンタムが分裂しており、労働党の中道派が中心だが、アレキサンダーの影の内閣辞任当時には多くの反発があった。もしコービンが党首を辞任しても、モメンタムの影響力は残り、次期党首にはコービン系の人物となるだろうと思われる。
  • 2016年のロンドン市長選に出馬・当選した、サディック・カーンが労働党候補者に選ばれる運動の責任者をアレキサンダーが務めた。カーンは、今ではコービンと良い関係を保っているが、市長選ではコービンと距離を置き、コービンに批判的だった。ロンドン市民のカーンへの評価は高く、まだ先の話だが、2020年のロンドン市長選でカーンが再選されると見られている。

経済的な理由

その他の理由

  • 自分の能力を生かし、何か挑戦できる仕事にとりくみたいと思ったのだろう。ロンドンの交通、特に自動車による大気汚染対策、サイクリング化、公共交通網の整備発展など課題は多い。

すなわち、現在の労働党の状況では、アレキサンダーには、労働党の中での将来はない。労働党の中で腐って、モメンタムらの圧力に恐れをなしているよりも、自分の能力を評価してくれるカーンの下でやりがいのある仕事に取り組みたいと思ったのだろうと思われる。