上院の役割

EU離脱法案が送られてきた上院は15の大きな修正を行った。この法案は下院に返ってきてさらに審議されるが、現状では、その修正の多くが下院でも認められる方向にある。そのため、メイ政権は、この法案の下院での審議を遅らせている

上院は下院と異なり、公選で選ばれていない。上院には780人の議員がいるが、メイ首相率いる保守党の議員は244人。上院では最大政党だが、過半数を大きく下回る。そのため、この法案の修正は、政府の意思に反してなされた。

上院に行く前に下院で審議された際には、保守党と閣外協力している民主統一党(DUP)が、ほぼまとまって法案を進めることができたが、それが今や難しい状態となっている。下院でその修正を覆すことは、保守党内のソフトな離脱派と労働党らの野党が組むと難しいと見られている。保守党内のソフトな離脱派の決意が非常に強くなっているためだ。そうなればメイ首相がこれまで主張してきた、EUの単一市場と関税同盟を離脱するという目標の達成が難しいこととなる。一方、もしメイ首相がソフトな離脱に傾くと、保守党らの強硬離脱派は、メイ政権を不信任することも辞さない構えだ。

もし、上院と下院の見解が異なるということなると、上院と下院の間の、ピンポンと呼ばれる二つの院を行き来する状態となる可能性がある。問題は時間がないことだ。10か月後の来年3月29日にはイギリスはEUを離脱する。そのため、欧州議会とイギリス議会の承認を事前に得るため、離脱合意などを今秋までになされなければならないのである。

メイ首相が昨年6月に総選挙を実施したことの理由には、下院で大勝し、過半数を大幅に増加させること以外に、総選挙で勝利した政党のマニフェストでの約束を上院が尊重するという慣習があることがあった。しかし、事前の予想に反し、メイ保守党は議席を減らして過半数を割り、DUPの閣外協力で政権を運営していく羽目に陥り、その慣習に期待することができなくなった。

デイリーメール紙が世論調査会社ComResと協力して行った世論調査によると、任命された一代貴族の多い上院は、79%の有権者が、元政治家やその近しい人たちで占められていると見ており、76%は、国民の意思と異なる考えを持っていると見ている。それでも上院を廃止してしまうべきだとする人は24%に過ぎない。廃止すべきだという人で、最も多いのは55歳から64歳の人たちの31%、最も少ないのは18歳から34歳のわずか14%である。上院に一定の役割を期待している人たちは、特に若い人たちに多いようだ。

今秋に総選挙?

サンデー・タイムズ紙(2018年5月20日)が、ある保守党議員が総選挙準備を選挙区の保守党支部に依頼したと報道した。保守党内には総選挙があるかもしれないと見ている議員がかなりいるようだ。この背景には、イギリスのEU離脱交渉に関する保守党の党内対立がある。離脱後、イギリスが自由にEU外の国と貿易関係を作ることができるのを求める強硬離脱派と、EUとの関係に縛られても、できるだけイギリス経済に悪影響を与えないようソフトな離脱を求める立場との対立である。野党労働党にも同じ対立はあるが、保守党に比べて強硬離脱派がはるかに少ない。

メイ首相は、この保守党内の対立のために、保守党の勢力が小さい上院で修正され、下院に戻ってくるEU離脱法案の再審議に慎重だ。通常の法案なら、閣外協力をしている民主統一党(DUP)の協力を得て、上院の修正を下院で覆すことが可能だが、この法案ではソフトな離脱を求める修正が可決される可能性が強いためだ。

当初、北アイルランドとアイルランド共和国の国境で検問などを設けない方策をこの6月末のEUサミットまでに出す方針だった。しかし、EUに受け入れられ、しかも保守党内で受け入れられる具体的な方針が打ち出せない状況である。7月に国会の夏休みが始まる。そして9月に再開する。

来年3月にはイギリスはEUを離脱するが、それまでに欧州議会、イギリス議会の承認を取り付ける必要がある。そのため、今秋までには、この懸案を片づけ、離脱合意をし、さらに移行措置の詳細を詰め、将来の関係の基本合意を成し遂げる必要がある。しかし、それができない可能性が高まっている。その結果、メイ政権不信任で解散総選挙になるという見方が強まっているのだ。

もちろん、メイ首相は解散をしたいとは思っていない。2017年6月の総選挙で過半数を失い十分に懲りている。北アイルランドのDUPもこのような状況で解散をしたいとは思わないだろう。DUPは、イギリスのEU離脱には賛成だが、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われたり、アイルランド共和国との国境で検問などのチェックを始めるのには反対している。

北アイルランドでは、2016年のEU国民投票でEU残留が多数派だったが、もし同じ国民投票が現在行われれば残留派がさらに大きく伸び、69%が支持するという。逆に離脱への支持が大きく減る。DUPの支持基盤のプロテスタントでもEU単一市場と関税同盟に残ることに賛成する人が62%いる。フォスターDUP党首がかつて北アイルランド政府でエンタープライズ相だった時に始めた再生エネルギー政策で大きな欠損が出るとして公的調査が行われており、現状で総選挙を歓迎しないのは明らかである。

メイ首相が手詰まりになっているのは明らかであり、特にEU離脱法案の審議が下院で始まると、総選挙がいつ起きても不思議ではないと言える。この中、反ユダヤ人問題で労働党に大きな重荷になっていたケン・リビングストン元ロンドン市長が労働党を離党した。コービン党首と近いリビングストンは自分の問題が労働党に邪魔になっていることをその理由とした。そして「保守党政権を終わらせたい」としたが、総選挙が近いことを想定したもののように思われる。