国際環境とブレクシット交渉

イギリスはEUと離脱交渉を行っている。この交渉は、時に、大人と子供の間の交渉のように見える。大人のEUと無理難題を吹っ掛ける子供のイギリスという具合だ。EU側は、なるべく紳士的に振る舞おうとしているようだが、それでもイギリスの態度に時に愚痴や不満を漏らすこともある。

そのEUの立場は、国際環境やEU内の状況が変わるに従い、徐々に変化しているように見える。もちろん、イギリス内の政治状況を詳細に分析していることはよく知られている。そしてイギリスとEU外の国との関係、特にアメリカとの関係には注意を払い、イギリスがどのような国とEU離脱後、自由貿易などの関係を持とうとしているかは十分に理解しているだろう。

アメリカは、トランプ大統領がアメリカ第一主義を唱え、EUとの貿易問題でも、イランとの核合意の破棄の問題でも、アメリカの考える国益を最優先する政策をとっている。イギリスのアメリカとの「特別な関係」はアメリカ第一主義の後にきているのははっきりしている。イギリスのメイ首相が訪米した際、トランプ大統領がメイ首相の手を取ったことが大きな話題となった。ドイツの女性首相メルケルの訪米時にはそのようなことはなかったが、メイと同じことは先だって行われたフランスのマクロン大統領の訪米時にも見られた。マクロン大統領の訪米の主目的だったイランとの核合意を継続する説得は聞いたものの、それを受け入れなかった。トランプ大統領は、良い関係を保ちたいと考えている国の代表者には、同じようなことをする習慣があるようだが、どうもそれ以上の意味はないようだ。そしてEUは、イギリスの弱みを十分に見極めた上で、EU側の交渉戦略に反映させているように思われる。

それとは別に、EUの交渉戦略は、EU内の動きにも影響されている。最近、ルールや原則を重んじ、イギリスを特別扱いすることに消極的になっているようだ。これには、イタリアの国内政治の動きが影響しているだろう。

イタリアの政治が揺れている。今年3月の総選挙で、反EUの欧州懐疑派の政党が議席を伸ばした。政権の樹立に時間がかかり、やっとまとまった政権案で、財相候補に欧州統一通貨ユーロの離脱を唱える人物が指名されたことから、任名権を持つ大統領がそれを受け入れなかった。そのかわりに大統領は、次期首相に国際通貨基金(IMF)にいた人物を指名したが、この国際官僚の任命には多くの政党が反発しており、短期政権となるのは確実な状況である。

イタリアは、EUで、ドイツ、イギリス、フランスに次ぐ、第4の経済力を持つ国であり、もしそのような国がユーロ離脱、EU離脱という状況となれば、EUそのものの存在を大きく揺るがすこととなる。それを考えると、もし、EUがイギリスに有利な離脱条件を与えれば、このイタリアに同じような行動をさせる強い動機を与えることになるだろう。

一方、EUメンバーのスペインには、カタロニア独立問題がある。カタロニアの独立運動への動きは収まりそうにない。その中で、EUは、イギリス内の独立運動のあるスコットランドの動きを慎重に扱っている。スコットランドの首席大臣がバーニエEU交渉代表に会ったが、バーニエは話を聞くが、それだけで終わっているようだ。

イギリスとEUとの離脱並びに将来の関係交渉の残り時間が少なくなっている。それでもこれからのイギリス内、EU内、国際情勢の変化でイギリス側、EU側双方の戦略に変化をもたらす可能性はあるだろう。

アイルランドの中絶合法化の北アイルランドへの影響

5月25日の妊娠中絶に関する国民投票で、アイルランドは妊娠12週間までの中絶を認めることになった。アイルランド共和国と国境(地図上のもので、フェンスも検問もない)を接するイギリスの北アイルランドでは、妊娠中絶は禁じられており、非常に思い刑罰を科される可能性がある。

アイルランドの国民投票の結果を受け、このアイルランド共和国とイギリスの北アイルランドの差をなくすため、北アイルランドの制度を変えるべきだという意見が強く出てきている。北アイルランドの第二政党のシンフェイン党は、南のアイルランド共和国と両方に基盤を持つカトリックの政党だが、アイルランドでは、中絶を認めるキャンペーンに参加した。そして北アイルランドでも同じ制度にするようキャンペーンを始めている。

そしてイギリスのメイ政権の女性担当相をはじめとする有力女性議員たちが、北アイルランドでも中絶を認めるよう強く働きかけている

しかし、北アイルランド最大政党である民主統一党(DUP)はプロテスタント政党だが、中絶反対の立場を変えていない。そしてこの問題は北アイルランドに決める権利があり、北アイルランド議会で決めるとする。

北アイルランドは分権されており、独自の議会と政府を持つ。しかしその政府は、2017年1月に崩壊して以来、機能していない。北アイルランド政府は、グッドフライデー(ベルファスト)合意で、イギリスとの統一を重んじるユニオニスト側(DUPら)とアイルランド共和国との究極的な統一を目指すナショナリスト側(シンフェイン党ら)の共同統治となっている。そのため、それぞれの立場から全く同じ権限の首席大臣と副首席大臣を出すことが必須である。2017年の政府崩壊は、ナショナリスト側最大政党のシンフェイン党のマクギネス副首席大臣が辞任し、代わりの人を出すことを拒否したため起きた。この事態を打開しようと北アイルランド議会選挙が行われたが、北アイルランドの政治情勢は変わらず、現在まで政府を樹立できず、議会も機能していない。そのため、必要があれば、イギリスのロンドンのウェストミンスターにある議会で法律を成立させている。

そこで、ウェストミンスターでは、北アイルランドの政治不能の状態を逆手に取り、中絶の問題についてウェストミンスターの議会で押し通せばどうかという意見も出ている。

しかし、DUPの閣外協力で政権を維持しているメイ首相は、DUPの意思に反した行動を取れない。また、DUPが北アイルランド議会でというのは、シンフェイン党に共同統治に戻るよう促している意味がある。

一方、シンフェイン党は、DUPがその方針を変えようとせず、アイルランド語の公式な制度化を渋っていることなどを理由として共同統治に戻る考えは今のところない。その上、シンフェイン党はIRAの政治組織として生まれたことから、ウェストミンスターを信頼していない。そのため、イギリスの総選挙で候補者を立てて当選しても(2017年には7人当選した)、女王に忠誠を誓うことを拒否して下院に出席していない。すなわち、シンフェイン党がウェストミンスター議会にこの問題で助けを求めることはありそうにない。

そのシンフェイン党の当面の対応は、アイルランドできちんと妊娠中絶が制度化されれば(今年中に行われる予定)、北アイルランドの住民が南のアイルランド共和国へ行って中絶できるようにすべきだというものである。これは、現在、北アイルランドからイギリス本土へ行って中絶することができることに対応した考えである。

シンフェイン党が北アイルランドで住民投票を求めるかどうか注目されるが、DUPはそれには反対するだろう。シンフェイン党が求めたとしても、それを決める北アイルランド議会が機能していない状態では、ウェストミンスター議会に頼るしかない。堂々巡りとなる可能性がある。様々な政治的な読みと駆け引きがあるだろうが、北アイルランド議会、政府がきちんと機能しなければこの問題は前に進まないように思われる。