立場を変えた労働党

メイ政権は、イギリスのEU離脱後、EUとどのような関係を持つかで、閣内そして党内の意思を統一するのに懸命だ。最近のメイ首相の約束は、守られることを期待できない。2019年3月のイギリスのEU離脱後に設けられた移行期間は2020年12月に終わり、2021年初めから自由にEU外の国と貿易条約を結べると約束していたが、今やそれは2022年になるようだ。アイルランドの国境問題の解決のためには、1年間の「最後の防護壁(Backstop)」案に頼るのもやむをえないと判断したようである。ただし、この案は貿易面のみの方策であり、それがEU側に受け入れられるかどうかは別の問題である。

離脱相が6月6日に言った言葉がある。話がまとまらねば、イギリスは苦しむがEU側も苦しむ、EU側の態度は自らの足を自ら銃で撃つようなものだと言ったのは、EU側がもっと柔らかいと思っていたのを示すのは明らかだ。それは期待外れに終わっている。メイ首相の期待していたような状況になっていないことが、現在のメイ首相の苦しみにつながっている。

一方、労働党がイギリスのEU離脱後のEUとの経済・貿易関係に関し、EU単一市場へのアクセスを求めるという立場に変わった。ただし、これで労働党内がまとまるかどうかは別の問題であり、どこまでメイ首相を脅かせるかには疑問がある。

下院通過後、上院に送られたEU離脱法案に政府の意思に反して15の修正が加えられた。メイ首相率いる保守党は上院では少数で、メイ首相の意に反してかなりソフトな離脱を目指すよう修正された。修正された法案が再び下院に返ってきたが、メイ首相らは、この法案の審議と採決を6月12日(火曜日)1日に絞った。

下院では、保守党は北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力を受けて過半数を持つが、保守党内のソフトな離脱を目指す下院議員たちが修正に賛成する可能性があり、メイ首相らが野党労働党の離脱支持議員の支持を受けても、修正の幾つかが下院でも通る可能性がある。そこでメイ首相が保守党内のソフトな離脱支持者に受け入れられるような妥協をするのではないかという見方があったが、今回の方策もその一部をなすのだろう。

一方、労働党内のソフトな離脱を支持する議員たちが、欧州経済地域(EEA)に残るという上院での修正に、党が全体として賛成するべきだと主張している。EEAは、EUメンバーでないノルウェーがその代表的な例である。EUの単一市場にアクセスが許されるが、アクセス料を支払い、EUの規制やルールに従い、しかもモノ、資本、サービス、人の移動の自由を認める必要がある。

労働党のコービン党首は、人の移動の自由には一定の制限が必要だと考えている。例えば、イギリス国内の特定の地域に流通拠点を設け、地元の人口をも上回るような数の外国人が来れば、地元の公共サービスに大きな影響を与える。そのようなことが起きないようコントロールする必要があるという。また、EUは、競争を維持するために、政府の投資に制限を設けており、労働党の主要政策の鉄道の国有化などができないことになる。これらの理由から、労働党は、EUの規制やルールをそのまま受け入れられないという立場である。そのため、EEAに入るつもりはない。

労働党の新しい立場は、保守党のソフトな離脱支持者の支持を集められるかもしれないという読みがあるのだろう。残された時間は少なくなってきているが、6月12日は必ずしも天王山とならず、勝負はもう少し先になるように思われる。

女性の政治進出にカギとなるメディア

世界中で女性の政治進出が拡大している。かつて政治は男の世界という見方が強かったが、今ではその壁は破られ、女性が政治のトップに就く例は世界中で広がっている。欧州でもドイツのマルケル首相やイギリスのメイ首相をはじめ数多い。さらにニュージーランドの女性現職首相は妊娠中でマタニティーリーブ(出産休暇)を取る予定である。女性の政治進出への壁はさらに破られている。

日本にも女性首相の可能性はあるが、これまで実現していない。その大きな理由の一つは、政治に進む女性が少ないことだろう。日本の衆議院の女性議員の割合は、調査された世界193か国の中で158位だった。先進国(OECD加盟35か国)最低である。2018年5月、男女候補者均等法という女性の政治進出を促進する法律が成立したが、これには拘束力がなく、効果は疑問視されている。

ある研究によると、内閣の大臣の女性の割合を上げるのに最も効果のあるのは、トップ政治家の約束だという。選挙の前にこの約束がなされると、トップ政治家にそれを守らなければならないという精神的な圧力がかかる上、周辺や支持者もそれを達成できるように動くからだという。そして女性の割合が一定のレベル以下に下がらなくなるというのだ。研究者たちは、この一定のレベルを「コンクリートの床(Concrete Floor)」と呼んでいる。これは、女性らの昇進を妨げる障害としてよく使われる「ガラス天井(Glass Ceiling)」、すなわち、何もないように見えるが、実際には存在する、あるレベル以上昇進できなくする慣行や考え方を指すのに対比したものだ。

女性の大臣の数が増えることは、女性の政治進出に大きな影響を与えるだろう。ドイツなどでは閣僚の男女比はほぼ半々となっている。上から変えることが重要だ。そのためにはメディアの役割が極めて大きいと思われる。特に選挙前、トップ政治家に女性大臣の割合目標や、それに議員割合目標などをはっきりさせてもらうことに大きな役割を果たせるのではないか。

イギリスの下院議員の選挙で、保守党や労働党は候補者選定にしばしば女性のみの候補者リストを使う。この6月の補欠選挙でも、労働党は労働党の非常に強い選挙区の候補者を選ぶのに、女性の少数民族出身者のみのリストを使い、選挙区党員の投票で選んだ。こういう形で、女性の少数民族出身者の政界進出を促進している。

労働党内には、女性になった人を女性のみのリストに入れるのはどうかという議論がある。正式に女性となった人たちだけではなく、労働党は、自分が女性だという人をすべて含むこととしたが、それは不当だとして数百人の女性党員が労働党を離党したと言われる。

イギリスには、保守党党首のメイ首相の他、多くの優れた女性の政治リーダーがいる。スコットランド国民党(SNP)の党首でスコットランドの首席大臣二コラ・スタージョンやスコットランド保守党のルース・デービッドソン党首、北アイルランドの主要2政党の党首、それに労働党では、コービン現党首の次の党首には女性のエミリー・ソーンベリー影の外相かアンジェラ・レイナー影の教育相が有力視されている。

ただし、トップが女性だからといって、必ずしも女性の政治進出が進むというわけではない。例えばサッチャー政権には、女性閣僚がほとんどいなかった。20人ほどの閣僚のうち、ほとんどの期間1人だった。労働党のブレアは女性だけの候補者リストを初めて使ったが、政権に就いた後、女性閣僚の数を大きく増やす。その後のブラウンは女性閣僚の数を一時8人にまで伸ばした。キャメロン連立政権では、連立相手の自民党の都合もあり少なかったが、その後のキャメロン保守党政権で増やし、メイ保守党政権と女性閣僚の数はかなり多いまま推移している。

メイ首相は、サッチャーが1979年にイギリスの首相となった時、イギリス最初の女性首相になれなかったと機嫌が悪かったという。サッチャーは1975年に保守党の党首に選ばれていたから、次の首相になる可能性はかなりあると思われていたはずだ。しかし、この話は、1979年の総選挙でメイが保守党の敗北を考えていたことを示唆している。

結局、女性が首相などのトップ政治家になったからといって必ずしも女性の政治進出が進むわけではなく、むしろ、男性・女性にかかわらずトップ政治家が、女性の政治的役割、進出にどのような約束をしたかがカギになるようだ。そしてそのような約束を促すメディアの役割は重要だと思われる。