EU国民投票が曝け出した政治家の野心

イギリスが欧州連合(EU)から脱退するか留まるかを決める国民投票が6月23日(木)に行われることになった。2月19日夜、ベルギーのブリュッセルで開かれていたEU加盟国首脳会議で最終的に決まった合意の内容を聞いて、まず、キャメロン首相は、よくやったと感じた。

その数日前、キャメロン首相が、セキュリティ、ロシア対策、シリア問題対応などでEUは大切だと演説した。事前交渉が難航しているため、EUのメリットの力点を変化させているのではないかと感じた。EUの原則の変更に反対するフランスや、ポーランドなど東欧のメンバーがイギリスで働く国民の福祉手当の制限などを受け入れない姿勢を見せていたからだ。しかし、最終的に、これらの国らとの妥協が成立したのである。

今回の合意には、EU諸国からの移民が大きく減るなどの実際的な効果は乏しいと見られている。しかし、イギリスがEUの中で既に獲得していた「特別なステイタス」を強化し、そのEUとの関係をイギリスに有利に改善したことは明らかであり、その意味で、キャメロン首相の交渉は成果を上げたと言える。その効果は、むしろ長期的に出てくると見るべきだろう。

イギリスは、経済では、アメリカ、中国、日本、ドイツに次いで世界第5位、国連安全保障理事会の5常任理事国の1角であり、原子力潜水艦で常時核攻撃ができる体制を持つ世界第5位の軍事力を誇り、英連邦などの強い国際的な影響力があることを考えると、イギリスがEUを脱退することは、EUの世界に対するステイタスを弱め、また、EU内の開発援助を含め、EU財政に少なからず影響を与える。

しかし、このニュースに関連して焦点があたったのは、下院議員も務めるロンドン市長のボリス・ジョンソンである。ジョンソンが、国民投票で、EU脱退派にまわるか、キャメロン首相のEU残留派を支持するかで、国民投票の行方を大きく変える可能性があると見られていたためである。人気のかなり高いジョンソンの意見に多くの有権者が耳を傾けると見られており、ジョンソンがキャメロン首相の合意を批判し、EU脱退側に立ったことで、イギリスの通貨ポンドがさらに弱くなるなど経済への影響も少なからず出てきている。

キャメロン首相らは、ジョンソンの動きを自分が保守党党首・首相になりたいためだと主張し、ジョンソンの考え方が純粋なものではないと有権者にアピールする戦略に転じた。国民投票へ向けた残留派と脱退派の戦いは、まだ序盤戦であり、今後の展開を見る必要があるが、キャメロン内閣の主要閣僚5人をはじめ20人程度の政府内のポストを持つ政治家を含め、保守党下院議員の半分近くが脱退派に回っており、かなりの激しい戦いとなっていると言える。

ジョンソンは、2月21日に自宅で行った記者会見で、自分の考えを説明した。しかし、ジョンソンが確信を持っているとは感じられないような話しぶりだった。また、ジョンソンが、その「決断」にどうしてそのように時間をかけたのか、という疑問は残る。ジョンソンが、この間に他の人の意見を求める、もしくは何らかの世論調査を行った可能性があるが、脱退、残留のいずれの立場を取るのが自分に最も有利か天秤にかけたのは間違いないだろう。

もしイギリスがEUに残留という結果となれば、保守党下院議員に大きな影響力を持つオズボーン財相が、キャメロン首相の後継者となるレースでさらに有利となるのはあきらかだ。ただし、ロンドン市長を務め、シティのためにも、EUとの関係がスムーズなものである必要性をよく理解しているジョンソンにとって、キャメロン首相の合意は、EU28加盟国のうちユーロ圏に属する19か国の干渉からシティを守ることも含んでおり、それなりに大きな意義がある。それでも、自分が脱退側に回ることで生じる市場の混乱を軽視した動きは、ジョンソンが野心を持っていることを強く示している。さらに、国民投票の結果、イギリスがEUを脱退することとなれば、そのショックはかなり大きなものとなることが予測される。

長期的に見れば、EUを脱退しても、イギリスは政治的、経済的に十分対応できる可能性が高いと思われる。イギリスへの投資などが大きく減るのではないかという見方があるが、これらは思い切った税などの施策で対応できる可能性がある。一方、EU側が、影響力の少なくないイギリスを無視、もしくは冷遇できる可能性はあまりないだろうと思われる。ただし、イギリスとEUとの多分野にわたる交渉には時間がかかり、その過程で、多くの混乱があり、それらの景気に与える影響はかなりのものがあろう。

いずれにしても、今回のイギリスのEU国民投票は、歴史的にみれば、小さな出来事となるように思われる。ただし、次期総選挙前に退く予定のキャメロン首相にとっては、後世の評価を決めるものである。オズボーン財相にとっては、自分がキャメロン後の保守党党首・首相の座を確保できるかどうかの試金石であり、ジョンソンにとっては、この国民投票で、オズボーンを乗り越えられるかどうかの起死回生ともいえる大逆転を狙うものである。しかし、ジョンソンの「決断」は本当にイギリスのためを思ってのものだろうか?ジョンソンが胸に手を当てて、本当に自分が信じたものと確信を持って言えるかどうか疑問に思われる。政治家の野心は、時に当の政治家を超えて独り歩きし始めるように思われる。

イギリス政治2015年から2016年へ

2015年の政治は、5月の総選挙を中心に展開した。もちろん、政治は、過去からの継続であり、これまでの出来事に大きな影響を受ける。特に以下のものは重要だ。

  • 2010年総選挙後、保守党と自民党の連立政権成立と自民党支持の急落
  • イギリス独立党(UKIP)への支持の急伸
  • 2014年9月のスコットランド独立住民投票とスコットランド国民党(SNP)への支持の急伸
  1. 自民党支持の急落
    自民党は、2010年総選挙後、支持が急落した。2010年5月の総選挙の得票率は23%、そして総選挙直後20%余りの支持があったが、同年8月には10%台前半、そしてその4か月後の12月に一桁となる。その年10月、総選挙後に発表されることになっていたブラウン報告で、大学学費の大幅アップが提案された。それまでの年額3千ポンド(54万円:£1=180円)ほどから、一挙にその3倍の上限9千ポンド(162万円)とする案は、その年12月に両院の議決を経て、法制化。結局、保守党との連立に応じ、大学学費値上げ絶対反対を唱えていた自民党の支持率はそれ以降回復せず、2015年総選挙で惨敗した。そして、現在も低迷している。
  2. UKIP支持の急伸
    UKIPへの支持は、2013年からコンスタントに二ケタとなる。この支持率は、国政選挙の総選挙への投票支持動向であり、2014年5月に欧州議会議員選挙イギリス選挙区でトップとなるUKIPへの支持率とは異なる。2014年後半には、保守党から離脱した2人の下院議員が、UKIPに加入し、選挙区有権者の信を問うとして下院議員を辞職、それぞれ補欠選挙に立ち、いずれもUKIPの下院議員として当選した。しかし、2015年総選挙では、得票率12.6%だったが、このうち一人が当選しただけで、UKIP党首はじめ、全員落選。これはイギリスの小選挙区制度に基づくものであり、もしこれが比例代表制だったら82議席獲得していたはずと言われる。
  3. SNP支持の急伸
    スコットランド独立を標榜するSNPには、2011年スコットランド議会議員選挙で全129議席の過半数を占めた実績があった。しかし、2014年9月のスコットランド独立住民投票では、独立反対が賛成に大きな差をつけるという見方が強く、独立住民投票の実施で、SNPがその勢力を弱めるという観測があった。ところが、この住民投票の直前、独立支持派が急伸。結果は、独立反対55%、賛成45%で、独立は否定されたが、この住民投票後、SNPへの入党が急増し、それまでの2万5千余りから10万人を超え、4倍以上の増加。このSNPの党勢強化を背景に総選挙に臨んだ。

この3つの要素が、保守党、労働党の動きなどと絡み合い、2015年総選挙の行方を左右した。保守党と労働党が互角の勢いと見た人が多かった。保守党は、その経済・財政政策に力を入れ、その実績の強みを強調し、コンスタントなメッセージを有権者に送ったのに対し、労働党は、福祉、経済・財政、NHSなど、バラバラなメッセージを出すこととなった。さらに保守党は、キャメロン首相への有権者の評価が、ミリバンド労働党党首よりもはるかに高いことを強調した。

選挙戦では、保守党を含め、いずれの政党も過半数が獲得できずないハング・パーラメントとなると予想され、連立を組むことになると予想された。その中、SNPがスコットランドを席巻する勢いとなっていることを受け、労働党とSNPが連立を組む可能性が高いことが指摘された。その中、保守党が強調したのは、以下の点である。

労働党が政権を獲得するためには、SNPが必要、しかし、SNPはイギリスを壊そうとする政党であり、SNPに支えられた、リーダーシップが乏しく、弱いミリバンド政権は危険、一方、保守党は、右のUKIPに票を奪われており、苦しんでいる。このメッセージを、そのターゲットとした、前回の勝者と次点の差の小さなマージナル選挙区で強力に浸透させようとした。

その影響を直接受けたのが、自民党である。低い全国的な支持率にもかかわらず、自民党が優位と思われた選挙区、特にイングランド東南部などでは、自民党が議席を失い、20数議席は獲得できるとの予想が、一桁の8議席と、2010年総選挙の53議席から大幅に後退した。

労働党は、UKIPにもイングランドの北部などで大きく票を奪われた。イングランドでは、マージナルの選挙区で予想以上に敗れ、前回2010年の191議席から206議席へと若干議席数を伸ばしたものの、スコットランドに割り当てられた59議席のうち、前回の43議席からわずかに1議席となった。SNPに56議席を奪われる大敗北を喫し、その結果、労働党は、2010年の256議席から232議席へと大きく議席を減らす結果となった。

労働党は、歴史的な大敗を喫したという見方があるが、事実上、労働党はスコットランドで負けたのである。

総選挙後の政治

2015年総選挙では、過半数をやや上回り、他の政党の合計議席数を幾つ上回るかを示す「マジョリティ」が12となった保守党の単独政権となり、保守党関係者も含め、大方の予想を裏切る結果となった。そのため、総選挙後の政治は、保守党が総選挙で約束したことを実行するのに手こずる形となっている。その最も顕著なものは、低所得者の所得を補助するタックス・クレジットと呼ばれる制度である。財政赤字を減らすための財政削減で、福祉手当を大幅に削減する必要があり、その標的となっていたのがこのタックス・クレジットの大幅削減であった。オズボーン財相は、何とか実施しようとしたが、結局、低所得者の収入が大きく減るなどの理由で、上院の賛成も得られず、少なくとも当面、実施しないこととなった。

さらに、キャメロン首相が、総選挙後、首相の職に留まれば、2017年末までに実施すると約束した、欧州連合(EU)に留まるかどうかの国民投票がある。この問題で、キャメロン首相は、他のEU加盟国との交渉に懸命だ。

一方、野党第一党の労働党では、総選挙結果を受けて、エド・ミリバンドが党首を辞任した。その後任の党首には、当初全く勝ち目がないと思われた、労働党の中で最も左翼と見なされるジェレミー・コービンが、党首選有権者から圧倒的な支持を受けて選ばれた。それ以来、労働党内は、揺れている。党所属下院議員の支持をほとんど受けなかった新党首と、それ以外の下院議員の関係が落ち着くには今しばらく時間がかかりそうだ。

2010年総選挙で大きな役割を果たした主要3党のうち、自民党が大きく後退し、小政党が大きく躍進した。保守党と労働党の2党は、1945年総選挙で97%の得票をしたが、2015年には、それが67%。それでも、小選挙区制をとるイギリスでは、保守党が過半数を制し、2大政党制が保たれた形となった。なお、保守党、労働党に自民党を加えた3党では、2010年総選挙で88%(2大政党では65%)の得票率、2015年総選挙では、それが75%となった

2016年の政治

2016年の政治環境は、これらを反映したものとなる。イギリスは、4つの地域、イングランド、スコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドを併せた連合王国だが、それぞれの地域でトップの政党が異なる。イングランドでは、保守党、スコットランドでは、SNP、ウェールズでは労働党、そして北アイルランドでは、地域政党の民主統一党(DUP)であり、それぞれの地域の利害は一致していない。その中、保守党と労働党の2大政党が総選挙で投票の3分の2しか獲得できず、このうちのいずれかが3分の1をやや上回る得票で政権に就く形である。なお、投票率は2015年総選挙では66%で、有権者の3分の1が投票していない。つまり、現在のキャメロン保守党は、かなりぜい弱な政権基盤を持つといえる。その中で大きなカギは、2016年中に行われると見られているEU国民投票の結果と、2015年9月に労働党党首に選ばれたコービンがどの程度国民の支持を集められるかである。コービンの場合、2016年5月5日に行われる、地方選挙並びに分権議会選挙の結果がその目安となるだろう。いずれにしても、2016年末までには、2020年に予定される次期総選挙の基本的な構図がはっきりとしてくるように思われる。