HS2の北部路線廃止のつけ

2023年10月、先の保守党政権下で、スナク前首相が、建設中の高速鉄道HS2の北部路線の廃止を発表した。HS2は、ロンドンとバーミンガムを経てイングランド北部のマンチェスターなどの都市をつなぐ目的があった。この廃止の決定には、HS2会社や関係団体は関与していなかった。

もともと、イングランド北部の発展のため、鉄道による所要時間を短縮し、また、路線のキャパシティを上げる必要があるとの判断で建設が始まった。ところが、スナク前首相が、HS2のコストが高騰し、この建設を続けられないとしてロンドンとバーミンガムの間の建設は継続するが、バーミンガム以降の北部路線を廃止した。

この廃止による影響には、驚くべきものがある。HS2は短縮されたが、その線路を走る列車そのものは既に発注されているので、既存の線路を走らせることになるという。ところが、既存路線の列車よりスペースが17%小さくなるので、座席が減る。すなわち、乗せられる乗客の数が減るというのである。その結果、使用者にこの路線にあまり乗らないようキャンペーンする必要が出てくる可能性があるという。これでは経済成長の効果は乏しく、さらに環境に与える影響が大きくなるだけだ。

さらに英国の会計検査院(NAO)によると、廃止された部分の土地や既存建物の買収に592ミリオンポンド(約1184億円)を使っている。一方、キャンセルされた路線関連部分に関する後始末に100ミリオンポンド(約200億円)と3年の時間がかかるという。

また、ロンドンと北部の中継地はバーミンガムで、そのバーミンガムに新しく建設中のカーゾン駅は、7つのプラットフォームを持つことになっていたが、北部路線の廃止の結果、必要なプラットフォームの数はわずか3つだという。ところが、現在設計を変更するとコストが上がるので、7つのプラットフォームを建設するというのである。

その上、スナク前首相は、ロンドン側の拠点であるユーストン駅は、民間資本による建設を求めた。そのため、ユーストン駅の建設はかなり遅れることが予想される。すなわち、HS2の最もロンドンに近い駅は、ユーストン駅から西へ10キロ弱の場所であるオールドオークコモン駅となる。そのため、オールドオークコモン駅からユーストン駅までの既存列車による移動がボトルネックとなると見られている。

労働党新政権は、HS2の建設に関連して、今のところ新たな計画はなく、保守党の残したままを引き継ぐ態勢だ。英国の経済成長、NHSの立て直しや住宅建設など、緊急に取り組まねばならない事案が山積しているためである。ただし、既に買収した土地などは、いまだに売却されていないという。将来復活する可能性は今のところあると言える。

リーブ財相が前政権を厳しく批判

7月4日の総選挙で大勝利を収め、政権についた労働党は、それまで14年間政権を担当した保守党を厳しく批判、前ハント財相を「嘘つき」と呼んだ。

リーブ財相は、7月29日、下院で、前保守党政権から引きついだ財政についての調査の結果を発表した。前保守党政権は、220億ポンド(約4兆4000億円)のブラックホール(財源の手当てのない政策)を残したとしたのである。そのために、様々なプロジェクトの見直しや財源の手当てに取り組まざるを得ず、特に、年金受給者の冬季燃料費手当は、年金受給者で様々な追加手当を受けている人に限定することとし、15億ポンド(約3000億円)節約した。これには高齢者団体から批判を受けた。

ただし、7月30日に行われた世論調査によると、政府の方針に賛成する人は47%、反対する人は38%という結果が出た(YouGov:サンプル数3189)。有権者の一定の理解は得られたようだ。

リーブ財相は、財相職に就いて、保守党政権の残した「負の遺産」にショックをうけたとしたが、ハント前財相は、リーブ財相は、あらかじめその状態を十分理解していたはずだと主張した。ハントは、リーブは、就任前に、財務省のトップから財政の状況について十分話を聞いていたはずだとしたが、財務省のトップの経験者から、そのようなことはないと否定された。さらに、独立機関である財政責任局OBRから財務省からきちんとした情報が得られていなかった、さらに権威のある財政研究所(IFS)が、前政権が移民・亡命関係の予算を計上せず、使っていたことは信じがたいと批判されるなど、前保守党政権の財政規律の乱れが明らかになった。

確かにハント前財相には、厳しい財政にもかかわらず、スナク前首相や党内から減税の要求が非常に強く、非常に厳しい状況にあったことは理解できる。しかしながら、ハント前財相が自分の仕事を十分理解していなかったことに問題の根底があるように思われる。