中途半端なスナク首相(2)

2023年の政治も終結が近い。インフレ率は3.9%と予想以上に下がったものの、スナク首相の頭痛は続く。年初に挙げた今年の5つの公約のうち、インフレ率を半分にするとしたものは、達成できたが、この公約は最初から自然に達成できると見られていたものである。また、これは公定歩合を決定する中央銀行のイングランド銀行の責任範囲である。スナク首相がその達成をどこまで誇ることができるかは疑問だ。一方、スナク首相の統計の使い方は、統計監理局からも批判された

スナク首相の問題は、そのビジョンが欠けていることである。なぜ首相になりたかったのか、何を達成しようとしているのかはっきりとしていない。トラス前政権は、その財政政策で、金融危機を招き、短期に終わったが、その財政政策は、トラスの長年の構想を実現しようとしたものであった。目的がはっきりとしていたのである。スナク首相にはそのような目的が感じられない。政策がとってつけたようにくるくる変わる。そのため、アメリカの億万長者エロン・マスク氏がAIサミットでロンドンに来た時に、自らマスク氏にインタビューし、そのことが、次期総選挙で敗北が間違いないスナク首相は、自分の選挙後のことを考えていると批判されたぐらいだ。

これまでの13年間の保守党政権下の緊縮財政が、社会の至る所でひずみを生んでいる。地方自治体の5分の1近くが破たんの危機にあると言われる。将来を見据えた公共投資不足の影響は大きく、スナク首相は保守党のこれまでのつけに振り回されている。そのために余計にスナク首相の力不足が浮き彫りになっている面がある。

現在、5.25%の公定歩合が2024年には下がると見られている。世論調査の支持率は上がらず、ルワンダへ不法移民を送る政策を巡って保守党内の混乱は続き、ウクライナ戦争、イスラエル・パレスチナ紛争などの国際的な問題が続く中、新しい年がスナク首相には少しは良い年となるだろうか?

中途半端なスナク首相(1)

スナク首相の底の浅さを示す出来事が続いている。ビジネスマンとして金融界で働き、十分な政治経験のないまま、かつて保守党党首だったウィリアム・ヘイグ(野党だったため首相にはなれなかった)の選挙区から2015年に保守党下院議員となる。その後、自治省の政務官(2018年1月9日から2019年7月24日)、副財務相(2019年7月24日から2020年2月13日)を経て、財相(2020年2月13日から2022年7月5日)ととんとん拍子に昇格した。そして、パーティゲートなどのスキャンダルに見舞われたボリス・ジョンソン首相辞任後2カ月近く費やした保守党党首選でリズ・トラス外相に敗れた。しかし、トラス政権が財源の裏付けのない大規模減税を打ち出したため金融危機を招き、トラスが辞任した後、短期間の保守党党首選で党首となり、2022年10月25日に首相となる。1年余り前のことだ。

首相となるには、通常、政府運営の広範囲にわたる経験と知識が必要である。もしそれらが不十分であれば、それがある人に補佐してもらう必要があるだろう。ところが、スナク首相の言動には、そのような補佐の存在が感じられない。もちろん首相のアドバイザーはいるが、そのような能力に欠けているように思われる。その端的な例は、スナク首相に会いにロンドンに来たギリシャ首相との会談を前日にキャンセルし、外交問題にしたことだ。

ロンドンの大英博物館にはギリシャのパルテノン神殿にあった彫刻がある。ロンドンに来たギリシャ首相が、2023年11月26日(日曜日)に出演したBBCの番組で、そのギリシャ返還問題を問われた際、それは、モナリザが半分ずつあるようなものだと答え、大英博物館にある彫刻のギリシャ返還を求めた。この彫刻は、かつてギリシャがオスマン帝国の一部であった時代の19世紀初め、英国大使だったエルギン伯爵が英国に持ち帰り、英国政府に売却し、大英博物館で保管されている。これは一般にエルギン・マーブルと呼ばれている。ギリシャ政府は、それらの彫刻の返還を1983年以来公式に続けているが、その願いはかなえられていない。

ところが、BBCの番組の翌日11月27日(月曜日)の午後、11月28日に予定されていた、スナク首相との会談がキャンセルされた。このようなトップ会談が突然キャンセルされることはまれだ。英国側は、ギリシャ側が、エルギン・マーブルの話を公に持ち出すことをしないという約束を破ったためとしたが、ギリシャ側は、そのような約束はなかったという。

スナク首相がギリシャ首相との会談をキャンセルした問題は、11月29日の下院の「首相への質問」で取り上げられた。スナク首相は、ギリシャ首相がスタンドプレーしようとした、会談ではそう重要な問題を話す予定ではなかったと主張した。しかし、労働党のスターマー党首は、ギリシャは、NATOのメンバーで、経済関係で大切な仲間であり、不法移民問題対策でも重要なパートナーの国の一つだとし、自分はギリシャ首相と会談したが、中東・ウクライナ問題、移民問題などを話し、意味ある会談だったとした。この問題でのスナク首相の下院での返答は、首相就任以来最悪の非常にお粗末なもので、保守党下院議員をも落胆させるものだった

なぜスナク首相はギリシャ首相との会談を突然キャンセルするという外交的な失敗をしたのか?ギリシャの首相が自分に会う前に野党労働党のスターマー党首に会ったことが原因だという見方がある。労働党に支持率で大きな差をつけられており、次期総選挙の行方に神経質になっている表れだというのである。しかし、11月13日の内閣改造で、スナク首相は、保守党のデービッド・キャメロン元首相を外相に任命した。キャメロン外相とは相談しなかったのだろうか?

キャメロンは、ブレア労働党政権時代の2005年に保守党の党首に選ばれた。2010年総選挙で下院の過半数は取れなかったものの、保守党が第一党となり、自由民主党と連立政権を組んだ。その政権を一期5年間維持し、2015年の総選挙では予想を上回って下院の過半数を占め、保守党単独政権を確立した。実は、2015年の総選挙では、保守党は過半数を取れないだろうと見られており、マニフェストでもEU離脱の国民投票を実施するとしていた。連立政権となると、自民党がそのような国民投票実施に賛成するはずがないという読みだった。ところが、予想外に単独政権となったために、2016年に国民投票を実施せざるを得なくなり、結果は、わずかな差で離脱が上回ったために、首相を辞任した。それ以降、破たんしたグリーンシルという金融関係会社に関わり、また、中国との関係を強め、その評判に影響が出てきていた。しかし、スナク首相が、上院議員(男爵)に任命し、外相の職に就けたのである。上院議員で大臣となると年俸は10万ポンド余り(約2千万円)で、それまでの収入と比べるとはるかに少ない。ただし、外相公邸並びにロンドン近郊のケントにある伯爵家の家だった豪邸チーブニングが使える。キャメロンにとっては、評判を挽回する機会を得ることになった。

実際、キャメロンの外相就任には誰もが驚いた。過去の人だとか、グリーンシルとの関係や中国と関係が近すぎるなどの批判が出たが、筆者は、この任命は、スナク首相が非常によい判断をしたと思った。キャメロンは、これまで多くの失敗をしたが、野党時代を経験し、自民党と5年間連立を組み、概してそつなく運営したのである。6年間の首相経験で海外のトップ政治家と付き合うなど十分な経験がある。また、身長がオバマ元米大統領と同じ185センチで、恰幅がよい。

ギリシャ問題を巡って、キャメロンにどの程度の相談があったのかは明らかになっていない。しかし、このようなミスを犯したことは、キャメロンにきちんと相談していないことは明らかだろう。おかげで、12月3日のBBCの日曜日の同じ番組で、このギリシャの問題が再び取り上げられた。スナク首相には、キャメロン外相をどのようにスナク政権のために使うかの戦略的判断に欠けるようだ。