英国の移民問題―神話?(Are Immigration Problems Myth?)

英国では、移民の問題は多くの国民の関心事だ。移民が英国のシステムに付け込んでいる、そして政府が移民をきちんとコントロールしていないと考える人が多い。国境局が、刑務所から出た外国人の取り扱いでミスを犯し、しかも不法滞在者を十分把握していない、移民関係の未解決のバックログが31万2千件もあり、その数が増えているというような話を聞くと、移民問題は本当に深刻だと考えがちだ。

ヨルダン人のイスラム教過激派指導者であるアブ・カタダの例は象徴的だ。この人物の存在は国家の安全を損なうと、メイ内相は、カタダをヨルダンに本国送還しようとしている。メイ内相は、同じことを試みた6人目の内相である。3月27日の控訴院判決で、3人の判事は本国送還を認めなかった。もしヨルダンに送還すれば、他の人を拷問にかけて入手した証拠がカタダに対して使われ、その結果、その人権が侵害される可能性が高いとした。

カタダは、オサマ・ビン・ラディンの欧州の右腕と呼ばれた人物である。カタダには法律扶助が与えられ、家族と住む住居は提供され、しかもそのセキュリティには1週間に10万ポンド(1450万円)かかっているという。しかし、この控訴院の判決で、カタダは英国に居続けるのではないかと見られている。

同じ日に他の裁判でエチオピア人の本国送還も否定された。このエチオピア人は2005年のロンドン爆弾攻撃未遂事件に関連した人物だが、欧州人権条約のために、英国政府は、追い出せないのである。

このような事例は、政府の能力を疑わせ、また、国民の移民への不信感を強める。それは仕事でも同じで、6割の英国人が移民は英国人の仕事を奪っていると考えている。この移民の問題は、UKIP(英国独立党)の支持率がかなり伸びている大きな要因である。

そのため、各政党は移民対策の案を出す必要に迫られている。保守党のキャメロン首相は、移民が福祉手当を受けられるルールを厳しくしようとしている。メイ内相は、国境局を内務省の直接管轄下に戻した。自民党のクレッグ副首相は、移民問題を起こす可能性の高い国からの英国訪問には、供託金を出させ、出国時に返却する案を打ち出した。この対象国は、インド、パキスタン、バングラデシュそしてアフリ諸国で、その額は千ポンド(14万5千円)と見られている。

ハント健康相は、外国人がNHSを無料で使わないよう、病院などでのチェックをきちんとするよう求めている。

野党労働党は、ミリバンド党首が過去の労働党政権下での不十分な移民対策を謝罪し、クーパー影の内相は、移民への福祉手当を抑制する案を持っている。

しかし、実際には、英国のシステムに移民の与えている影響はそう大きくない場合が多い。

例えば、キャメロン首相が移民の公共住宅への申し込みに制限をつけると発表した。一般に、移民が公共住宅の入居で優先権を与えられているという見方があるが、それを裏付ける証拠はない。

http://migrationobservatory.ox.ac.uk/briefings/migrants-and-housing-uk-experiences-and-impacts

2011年の調査では、英国生まれで公共住宅に住んでいる人が17%に対し、外国生まれで公共住宅に住んでいる人は、その18%という結果である。もちろん外国生まれであっても、英国民となっている人はかなり多い。

公共住宅の問題は、住民の生活様式の変化、例えば、離婚や離別などの増加でより需要が高まっていることや、公共住宅の住人への販売のために、公共住宅そのものの数が減っているのに、新しい公共住宅がなかなか増えないことに大きな要因がある。移民が公共住宅の不足を起こしているというよりは、社会条件の変化や政策の停滞が原因となっていると言える。

移民問題は政治家が無視できないほどに重要な問題となっているが、実態は、かなりの偏見に基づいていることが多い。偏見がこれ以上増大しないよう、政府が既存の政策をきちんと遂行し、国民の信頼を得ることからスタートする必要があるように思われる。

 

メイ内相の英国国境局廃止は英断?(May’s Decision to Abolish UKBA)

3月26日、テリーザ・メイ内相が内務省の事業執行機関である国境局(UKBA)を廃止して、その仕事を査証部門と移民の法執行機関の二つに分割し、内務省直属とすることにした。新しく、事務次官をトップにした戦略的監視機関を設け、この機関で移民政策、パスポートサービス、国境フォース、それに新しい二つの部門の調整を図るという。この仕組みは、4月1日からスタートする。

この決定は、その当日の26日朝決まったという。英国ではこのような省庁の改変は法律で規定されていないので、比較的簡単にできる。

これまでは、大臣が政策を決め、それを国境局が実施するという大まかな役割分担があったが、実際は、政策と実施の関係にはかなりあいまいな部分があった。法律に関連して微妙な問題がかなりあり、そのため大臣の判断を仰ぐ必要があったためだ。

しかし、今後、移民関係の部局は、直接、大臣の管轄下に入る。しかし、これが、多くの課題を抱えるこの部門の問題を解決する決め手になるだろうか?26日に内務省の事務次官がスタッフに送ったメモでは、ほとんどのスタッフは、同じ職場で、同じ仕事をし、同じ同僚で、同じ上司だと説明があったという。つまり、事業執行機関では無くなるが、実際には人はほとんど変わらない。

メイ内相は、この組織改編で、これまでの「閉鎖的で、隠し立てし、防御的な行動様式」を終わらせると言う。3月25日に発表された、下院内務特別委員会の報告書でも指摘されたことだが、今なお、国境局は「その目的にふさわしくない」組織であり、委員会に不正確、もしくは欺いた数字を報告してきた。移民問題に関するケースの処理は遅く、31万2千件あり、とてもすぐに解決できる状況にはない。しかも不法滞在者を国外退去させても不法滞在者の数に追いついて行っていないという問題がある。

メイ内相は、昨年国境局から分離した、空港や港を日々管理している国境フォースがうまくいっており、大きな国境局(全体でフルタイム換算2万3500人。国内は1万3千人)を二つに分けて小さな部局にすることでより焦点が絞られ、効率が上がると考えている。

これは、キャメロン後の保守党党首の座を狙っていると言われるメイ内相にとっては、極めて大きなギャンブルだと言える。大臣が直接担当するからアカウンタビリティが向上すると言っても、問題が解決しない、もしくは、何か問題が起きると大臣が矢面になり、かえって難しい立場になる可能性がある。

一方では、もしメイ内相が、保守党がマニフェストで約束した、移民の数を年に10万人以下とし、この移民の問題を解決できれば、メイ内相の株が大きく上がるのは間違いない。保守党がUKIP(英国独立党)にその支持票を奪われている大きな原因はこの移民の問題だからである。メイは、2010年総選挙後、内相に就任した。EU内では、移動の自由が認められているが、それ以外の国からの人たちを対象にこれまで入国の基準を厳しくするなどの手を打ってきた。2月末に発表された、2012年6月までの過去1年間で、その前年の24万7千人から16万3千人と3分の1減少している。毎年の入国者数から出国者数を引いた正味の移民数はかなり減ってきたものの、それでもまだ目標にはかなり遠い。

メイ内相は、前のお労働党政権に責任があると主張する。その理由は次のようなものである

①前政権が入出国のコントロールを弱めた。

②人権法を制定したために、外国人犯罪者を国外退去させることが困難になった。

この②への対応としては、国外退去させやすくする法律案を年末までに提出する予定だ。

しかし歴史的に見ると、これは単に労働党の責任ばかりとは言えないだろう。実際に、移民が急激に増え出したのは1990年代である。その中で、コスト削減のために空港などの出国チェックを取りやめた。

2002年から2003年にかけては、亡命志願者が増え、当時のブレア首相がその数を半分にすると約束したことがある。2006年には、外国人で刑期を終えた人を千人余り釈放したが、その人たちの行方が辿れず、しかも深刻な罪を犯した者もいることがわかり、当時の内相チャールズ・クラークがその責任を問われ、ジョン・リードと交代させられた。リードは、「目的にふさわしくない」として、政治家から離れた立場で仕事が行えるよう事業執行機関とすることを決めた。移民申請を扱う部門とかつての歳入関税庁の法執行機関などを合わせ、国境を守り、移民違反を取り締まり、早く、公平な判断をするという役割を担って出発した。それが廃止される。

歴史は回る。世の状況によって、政策課題は大きく変わり、英国の移民の問題は、今そのあおりを受けている。そして、国境局は、内務省内の部局から事業執行機関に、そして再び、内務省に戻る。この効果には悲観的な見方が多いが、メイ内相は、これに賭けているようだ。