イスラム教過激派指導者の本国強制送還(Abu Qatada Finally Deported)

歴代の英国政府が国外退去させようと努力していたイスラム教過激派指導者のアブ・カタダがついに本国のヨルダンに帰国させられた。カタダはかつてオサマ・ビン・ラディンの欧州での右腕と呼ばれた人物で、国連安保理決議1267で2001年10月17日以来アル・カイーダの関係者リストに載せられている。英国では、国家の安全に対する脅威と見なされていたが、この問題を担当する歴代内務相がなかなか片づけられなかった(参照http://kikugawa.co.uk/?p=1485)。しかし、この問題に着手して6人目の内相テリーザ・メイがそれをとうとう成し遂げた。

カタダは、1960年12月生まれ。1993年に英国へ偽パスポートで入国し、亡命申請をした。そして1994年に難民の資格を与えられた。1999年にヨルダンで、本人不在のまま、その前年のテロリスト事件で終身刑を受けたが、この裁判で使われた証拠は拷問によって得られたものと見られている。米国同時テロ事件などに関与した疑いがあり、英国の最も危険な過激派説教師の一人と言われてきた。2001年2月に逮捕され、2002年にその裁判が始まって以来、10年以上の長い裁判闘争となった。

日本なら、このような問題の処理ははるかに簡単かもしれない。しかし、英国は、欧州人権条約の加盟国であり、その制約を受ける。つまり、英国内の問題であっても、欧州人権裁判所の判決に従う必要があるのである。

カタダの問題が長引き、しかもコストがかなりの額にのぼった。これまで内務省側とカタダへの法律扶助で170万ポンド(2億5500万円)の公費が使われている。しかもカタダやその家族の住居費や警護費(1週間当たり10万ポンド(1500万円))なども公費である。つまり、カタダを英国内に留めておくだけで、ますます多くの公費がかかることとなっていた。

問題は、カタダの人権だった。つまり、カタダの存在そのものが英国の公共の安全への脅威だと認識されながらも、その人権がきちんと守られるかどうかが、大きな争点だったのである。この点、最後の課題は、カタダがヨルダンに帰国させられた後の裁判で、拷問で得られた証拠を使わないとの約束がとれるかどうかであった。英国とヨルダンの二国間条約でそれが約束され、その結果、ようやくカタダの強制送還が可能となった。

これは、キャメロン政権にとって大きな成功といえる。メイ内相にとっては、個人的に非常に大きな功績である。キャメロン後の保守党の党首の座を狙うメイ内相の能力を示した格好の実例となったからである。

世論調査と次期総選挙(Opinion Polls and Their Readings)

6月30日のサンデータイムズ紙によると、世論調査会社大手YouGovの世論調査の結果、現在の政党支持率が労働党38%、保守党33%、自民党11%、そしてUKIP(英国独立党)11%である。これらは、6月26日のオズボーン財相のスペンディング・レヴュー報告の後に行われた。これをもとにYouGovの社長ピーター・ケルナーがコメントを書いている。

この中で、ケルナーは、労働党が保守党より5%多いだけでは、2015年5月に予定される次期総選挙で過半数を獲得するには不十分だと主張している。そして労働党が過半数を得るには労働党は6%から7%のリードが必要だと言う。

確かにここしばらく労働党のリードはやや減少気味である。しかしながら、1回の世論調査の結果で、このような結論を出すのは少し早すぎるように思われる。YouGovのAssociate Directorアンソニー・ウェルズがこの世論調査へのコメントでも言っているように、これは、誤差の範囲内であり、一時的なものである可能性がある(http://ukpollingreport.co.uk/blog/archives/7729)。

サンデータイムズ紙の記事にせよ、それ以外の新聞でも世論調査の記事では、かなり決めつけた表現をすることがある。それでも、この世論調査から感じられることがいくつかある。

まず、UKIPの支持率が落ちてきている点だ。保守党が最も恐れているのは、UKIPに保守党票を失うることだ。そこでキャメロン首相(保守党党首)が力を入れているのが、UKIPの強く主張するEUの問題と移民の問題で強硬な立場を取ることである。

移民の問題では、スペンディング・レヴュー報告の中でもオズボーン財相が触れたように、英語のできない人には英語のクラスに出席しないと福祉手当をカットするなどといった、かなり強い対策が発表された。また、昨年のテムズ川のオックスフォード大学とケンブリッジ大学のボートレースを妨害したオーストラリア人には実刑6か月を与えられたが、内務省は、この人を強制送還する構えだ。

また、保守党は、連立を組む自民党の賛成なしに、EU在留/撤退の国民投票を2017年までに行う法案を議員提案で提出した。また、キャメロン首相が、EUがお金の無駄遣いをしているなどと具体例を挙げて攻撃し、これらがかなり取り上げられている。

さらにUKIPのファラージュ党首が、かつてタックスヘイブンであるマン島に節税のためと思われる信託ファンドを設けたことがあることを認めた。北アイルランドで行われたG8サミットの余韻もまだ残っている可能性があり、これらの要因が有権者の支持に影響を及ぼしている可能性がある。

なお、世論調査だけでは、それぞれの選挙区の個別の情報まではカバーできない。ケルナーも指摘しているが、自民党の議員の選出されている選挙区では、自民党議員が地元により深く浸透しており、世論調査の支持率で示されるほど次期総選挙で獲得議席は減らない。また、新人議員は次の選挙で他の選挙区よりよりよい結果を出す傾向がある。多くの新人候補者を当選させた保守党はその恩恵を受ける可能性が高い。これらのために、労働党の世論調査上の優位は必ずしも額面通りには受けとめられない。

また、経済運営については、キャメロン・オズボーンが労働党のミリバンド・ボールズを36%対26%で10ポイント上回る(http://d25d2506sfb94s.cloudfront.net/cumulus_uploads/document/fyrzoifgft/YG-Archive-Pol-Sunday-Times-results-280613.pdf)。これは、今年2月の6ポイント差より増加している。

いずれにしても、ミリバンドが、有権者からまだあまり高く評価されていないことははっきりしており、労働党の課題がどこにあるかははっきりしていると言える。