保守党候補者となるコスト(The Costs to Become a Tory Candidate)

キャメロン首相率いる保守党の下院議員選挙の候補者となるにはどれくらいお金がかかるのだろうか?なお、英国議会は二院制だが、上院は公選ではない。

英国では、選挙で使える費用は低く抑えられている(参照2010年総選挙候補者別支出まとめ)。本稿で言う「保守党候補者となるコスト」とは、候補者となり、そして候補者として活動していく上で必要だと思われる個人の費用をさす。

保守党支持者の有力ウェブサイトであるConservativeHomeが保守党候補者有志を対象に実施した2006年の調査がある。どのようなものにコストがかかるのだろうか。

①候補者となり、候補者として活動していくコスト。

・保守党のアセスメントに出席する費用、それに伴う交通費と宿泊費。このアセスメントにパスして保守党本部の推薦候補者リストに載ることとなる。

・候補者としてのトレーニング費用。

・党大会などの大会参加費、交通費、宿泊費、さらに、補欠選挙があれば、その応援に駆り出されるが、その費用。

②選挙区を見つけるコスト

・候補者の空きのある選挙区を探し、調査する必要がある。それにはその選挙区への訪問も含み、交通費や宿泊費が必要となる場合がある。しかもそのような訪問は複数選挙区にわたる場合が多く、中には十余りの選挙区を訪問する人もいる。

・選考委員会出席。申し込むと、まずは書類選考があり、それで選ばれると選考委員会に出席してスピーチをしたり、質疑応答、面接を受けたりすることになる。それは何段階にも分かれており、残れば残るほど出席回数が増える。その度ごとに交通費や宿泊費が必要となる場合が多い。

・専門家によるトレーニングを受ける人もいる。演説の仕方、質疑応答への答え方などのトレーニングだが、かなり高いと言われる。

③候補者となってからのコスト

・住居費。もし地元に住んでいれば最小限で済むだろうが、英国では、自分の出身地で出馬することは地元の地方議会議員出身でなければ、そう多くはない。候補者となれば地元に住むことが期待される。場合によっては、それまでの自宅と選挙区での自宅と二つ持つ必要があり、かなりの出費となる。

・政党支部のイベント参加や、それに伴うラッフル(くじ)への費用。数が多く、かなりの額となる。

・電話代。候補者となった後は、2~3倍になると言われる。

・雑費。文房具、切手、コピー、慈善団体への寄付、その他。

④以上を実行するうえで、失う収入。

・昇進の機会を失う。

・ボーナスを失う。

・仕事を失う。時には候補者であることと会社などの勤務が両立しなくなる。

2006年時点では、選挙区の候補者となった人の平均コストは、④の失う収入も含めて£41,550(623万円:£1=150円)であった。今日ではそれより上がっているものと思われる。この調査結果は、当時多くのマスコミに報道されたが、BBCの報道では、「法外なコスト」だとされている。

ただ、日本の選挙と比較すると、保守党の下院議員選挙候補者はかなりつつましいように思われる。保守党でも選挙に立候補する人の大半は、ごく普通の人である。会社員などとして仕事を持ちながら、その制約の中で立候補していく。民主政治の在り方としてはより望ましい姿のように思われる。

クロスビーの選挙戦略(Crosby’s Methods)

キャメロン首相の選挙ストラテジスト、リントン・クロスビーの手法の一部が明らかになった。クロスビーとあるロビイング会社のミーティングでの話が漏洩されたためである。サンデータイムズ紙(8月4日)が報じた。

その内容は、大きく分けて二つある。

まずは、英国内の不法移民問題についてである。クロスビーは、内務省が不法移民への対策としてパイロット的に行った看板作戦を批判した。「(自発的な)帰国もしくは逮捕」の大きな看板を車に載せてロンドンの6つの区を走らせたが、これには、保守党より右と見なされる英国独立党(UKIP)のファラージュ党首が「不快だ」とその手法に反対し、また保守党と連立を組む自民党は、そのような試みを知らなかったと抗議した。

クロスビーは、その内容よりもそのやり方に注目が集まったのは失敗で、しかもUKIPに再び注目が集まる機会を与えてしまったと批判したのである。

この批判から見ると、クロスビーが移民問題を重要だと考えているのは間違いないが、「帰国もしくは逮捕」の看板作戦には直接携わっていなかったようだ。なお、8月2日以降大きな問題となった、駅などでの移民のスポットチェックについてのコメントはなかった。クロスビーがロビー会社とのミーティングをいつ行ったのかはっきりしていないことから、スポットチェックにどの程度クロスビーが関わっていたのかは不明である。

次に右寄りの有権者の支持を保守党と競うUKIP対策についてである。次期総選挙では、保守党からUKIPに流れる票を最小限に抑え、しかもUKIPに流れた支持を取り戻す必要がある。それを成し遂げる二つの方法をあげている。

一つは、UKIP所属の地方議員139名の議会での発言などを徹底的に調べ、不適切な言動をマスコミに流すことである。UKIPの信用を落とすことにその目的がある。保守党がそれに関与していることを知られないようにしておくことが肝要としたが、これは明らかになってしまった。

二番目に、保守党の大物で、UKIPと同じ欧州懐疑派の立場をとる人物にUKIPを攻撃させるというものである。これには、かつてサッチャー政権で幹事長などの要職を占め、今でもマスコミに出演するテビット卿らを考えているようだ。保守党支持者の多くはテビット卿に敬意を持っている。政権の中枢にあるキャメロン首相やオズボーン財相ではなく、それ以外で、保守党支持者やUKIP支持者が信頼できるような人物ということとなる。

これらの発言から言えることは以下のようなことだ。

まずは、メッセージの出し方だ。メッセージは、ストレートにターゲット層に伝わるものでなければならない。ターゲット層が素直に受け止められるもので、その注意をそらせる要素は避けねばならない。

次に、目的を達成するための障害をできるだけ取り除き、その力をできるだけ弱めることである。

このエピソードからうかがえることは、クロスビーが選挙のストラテジストと自分の本業のロビイストの二役をかなりオーバーラップして務めているのではないかということである。タバコの包装の問題で「利害の対立」が取りざたされたが、この例から見ると、そのような利害の対立が実際に起きている可能性はかなりあるように思われる。