メイのBrexit

保守党の党大会が10月2日から始まった。7月に首相に就任したばかりのメイが党首として初めて参加する党大会である。直近の世論調査では、保守党支持率が39%で、党大会の終わったばかりの労働党に9ポイントの差をつけており、メイの首相としてのハネムーンは続いている。メイの首相としての能力への評価は高いが、その期待に応えられるかどうかが今後のカギとなる。特に、メイに期待される仕事で最も重要なBrexit、すなわち、いかにイギリスをEUから有権者の期待に沿うような形で離脱させられるかが課題となろう。

メイは、リスボン条約50条で定められたEU離脱のプロセスを開始する通告を来年3月末までに行うとし、この規定で定められた2年間の交渉の後、2019年の春にはEUを正式に離脱するという期待を高めた。また、イギリスがEU法の国内法への受け入れを定めた法(1972年欧州共同体法)を廃止すると発表したが、この法案を来年女王陛下の発表する政府の政策方針に入れ、イギリスが将来EUを離れる段階で発効させるようにする予定である。これらは、メイのBrexitへの取り組みに疑いを持っていた党内のEU離脱派を喜ばせる象徴的なものだ。

メイは、党大会初日の演説の中で、移民のコントロールを優先するとしながらも、できる限りEUの単一市場へのアクセスを図るとし、既存のモデル(ノルウェーやスイスなど)とは異なるイギリス独自のEUとの関係を築くとした。ただし、それがどのようなものかは未だにはっきりしていない。メージャー保守党政権で財相も務めた、ケン・クラークは、メイにはまだ具体的なアイデアはないとしたが、少なくとも、その詳細は、明らかにされていない。

これは、キャメロン前首相のEU国民投票実施の発表の際の状況にも似ているように感じる。2013年1月、キャメロンが2015年の総選挙後に自分が再び首相であれば、EUと交渉し、EUとの関係を改めた上で2017年までに、EUから離脱するか残留するかのEU国民投票を実施するとした。ところが、EUとの交渉は予想外に困難で、域内の人の自由移動にこだわるEUの壁を崩すことはできず、表面的なものに留まり、国民はEU離脱を選択することとなった。

メイは、具体的な交渉の詳細は今後とも発表しないとしたが、期待のコントロールは簡単ではない。特に、Brexit関係担当の3人の閣僚(ジョンソン外相、デービスBrexit相、フォックス国際貿易相)は、いずれもかなり癖の強い人たちである。

メイは、内相時代に重用したスタッフ2人を首席補佐官として自らの手元に置き、また内相時代に自らの部下だった閣外相(グリーン労働年金相、ブロークンショー北アイルランド相、ブラッドリー文化相)を閣僚に起用するなど、これまでの仕事上の経験と関係を重んじているようだ。

自らがキャメロン首相に抑えられた経験から、ジョンソン外相ら3人の閣僚を統御できると考えているのかもしれない。ただし、首相になる野心を持っており、失敗しないよう慎重だったメイとこの3人はかなり異なる。メイはBrexitを含む3つの内閣小委員会を自らが取り仕切り、すべてに目を配る体制を取っている。これは、既にコントロールフリークと攻撃されているが、そのような手法でBrexitの案がうまくまとめ切れるかどうか、それがメイの最初の課題だろう。そしてできるだけEUとの経済を含む関係を傷つけないような離脱そして将来の関係交渉となる。キャメロンの経験したようなEUの壁をメイが感じるのは間違いないだろうが、それにいかに対処するかでメイの真価が問われるだろう。いずれにしても、Brexitはまだスタートもしておらず、今回のメイの発表は、方向性の概要を示したに過ぎない。

EUを離脱するイギリス

6月23日に行われた、イギリスが欧州連合(EU)に留まるかどうかを決める国民投票で、イギリス国民はEUを離脱することを決めた。投票直前、そして投票中も、残留が優勢だという観測が高まったが、実際に票を開けてみると、離脱派の勢いが上回っていた。結果は、離脱52%、残留48%だった。わずかな差だったが、キャメロン首相は、いずれの結果が出てもそれを尊重すると宣言していた。

この結果を受けてキャメロン首相は、首相を辞任すると発表した。この10月に行われる党大会の前までに後継の保守党党首、そして首相を選ぶことになり、キャメロン首相は、3か月後に退くのである。

EUを離脱する交渉を正式に始めるには、リスボン条約で付け加えられた欧州連合条約50条により、イギリスがEUに離脱を通知することとなるが、それは、新しい首相によって行われる。すなわち、これから3か月ほどの期間、本格的な離脱交渉を始めるまでの準備作業が進められることとなる。

この結果でイギリスの政治は大きく変わる。首相が変わり、そして政府の目的も変わる。しかもイギリスとEUとの関係、それ以外の国との関係も含めて、新政府の課題は多岐にわたり、しかも膨大なものとなる。これまでEUに頼って進めてきた貿易交渉を自らの手で行う必要があり、政治、戦略的にも本格的な見直しに迫られる。

イギリスが離脱を選択した大きな理由は、EUとの関係や移民の問題を含めて、現在のイギリス政治に不満をいだく国民が、このような包括的な見直しを求めたためではないかと思われる。投票率は72%と、昨年総選挙の66%を大きく上回り、非常に関心の高かった国民投票だった。

投票日の6月23日には、豪雨などのため、各地で洪水が起き、交通網に影響が出るなどの影響があった。一方、開票結果の分かった翌日の24日早朝は、打って変わったいい天気だった。現状維持の「残留」ではなく、新しい未来を意味する「離脱」にはそれなりの魅力があり、「離脱」の結果に、肩が楽になったような気がした人は多かったと思われる。

しかし、このような気分は、1997年にトニー・ブレアが労働党を率いて総選挙で地滑り的大勝利を収めた時のものに似ているのではないか。ブレア政権は、投票日翌日の、素晴らしい五月晴れの日に政権についた。非常に大きな期待を受けて政権についたブレア労働党政権が、それほど振るわなかったような事態が「離脱派」に待ち受けているかもしれない。

新政権の手腕が問われることとなる。新首相の最右翼と目されている前ロンドン市長ボリス・ジョンソン下院議員にどれだけの能力があるか見ものだ。