方向性を失いかけているスナク首相

スナク首相は、2023年8月3日からアメリカのカリフォルニアに家族で夏のホリデーに出かけている。2人の子供がおり、カリフォルニアではディズニーランドに行く予定だとされた。2022年10月25日に首相となって以来、9カ月、前任者の保守党首相らが残した負の遺産に振り回される日々で、休む暇もなかったというのは本当のところだろう。しかし、現在のスナク首相の状況は厳しいままだ。

1月4日にスナク政権の5つの目標を掲げ、その結果で政権とスナク首相を判断してほしいとしたが、その進行状況は必ずしも思うようになっていない。その現状は以下のとおりである。

(1)インフレを半分にする

昨年第4半期のインフレ率は10.7%、今年第四半期には5.3%となるか?6月には7.9%だった。イングランド銀行は8月に、年末までに5%程度になるだろうと予想したが、イングランド銀行の予想が当たらない状況が続いておりアメリカのFRB議長だったバーナンキ氏に予想方法の見直しを依頼したほどだ。

(2)経済成長させる

イングランド銀行は、2023年と2024年のGDP経済成長率を0.5%程度と予想している。インフレを下げるために公定歩合(Bank rate)を上げており、現在5.25%だが、さらにそれが6%近くまで上がるとの見通しがある。インフレを引き下げるために公定歩合を引き上げると、それは景気を冷やす結果を招く。

(3)借金を減らす

GDPと比較した国の借金は2023年6月に100%を超えた。1961年以来である。ほとんど経済成長しない状態で借金を減らすのは極めて難しい。

(4)NHS治療の待ち時間を減らす

これは増加しており、NHSの医師たちがストライキを断続的に実施している中では、減らすのは難しい。

(5)不法移民のボートを止める

2023年に入り、これまで英国にボートで不法に入国してきた人の数は、2022年よりやや少ないレベルとなっている。しかし、ホテルに宿泊している不法移民の数は4万7千人を超え財政的な負担が大きい。英国へ不法に入国してくる人の意欲を削ぐために、アフリカのルワンダと提携して、そのような人たちは、ルワンダに送ることとしたが、英国の裁判所の控訴院がそれは違法だとした。政府は上訴し、ルワンダ送付は今のところストップしている。これがどうなっていくかは、今のところ不明だ。

環境問題への対応

7月初めの補欠選挙で、ジョンソン元首相の選挙区で、保守党候補がわずかな差で勝利を収めた。労働党が勝利を収めるのは間違いないと見られていたため、この保守党勝利の原因は、ロンドンの労働党市長の大気汚染対策が原因だとされた。この政策は、排気ガスが一定レベル以上の自動車が1日12.5ポンド(約2300円)支払わなければならない地域をロンドン全域に拡大するものである。保守党は、世論調査で労働党に20ポイントほどの差をつけられているため、有権者の関心を引く課題を見つけるのに躍起だ。そのため、環境問題が、次期総選挙の一つの争点として浮上してきた。

スナク首相は、2050年にネットゼロ(温室効果ガスを差し引きゼロとすること)は守るとしながらも、労働党との違いを見せるために、実際的な政策を打ち出すとしている。その一環として、100ほどの北海の化石燃料の開発許可を出すこととした。しかし、このような政策が果たしてどこまで有権者にアピールするかは今後の課題である。

スナク首相は、保守党内の意見や現在の問題に振り回されて、右往左往している印象がぬぐえず、方向性を失いかけているように思える。

英国の経済財政問題に苦しむスナク首相

2023年6月28日に行われた、英国下院恒例の「首相への質問」で、労働党のクリス・ブライアント議員が英国の経済財政問題にコメントした。スナク首相は、財相時代から含め、1323日間、英国の財政を担当してきたが、成し遂げたものは、以下のことだというのである。

・国の財政赤字:平和時最大

・税負担:第2次世界大戦以来最大

・コア・インフレ(食品やエネルギーなどを除いた基礎的なインフレ):1991年以来最高

・金利(英国の中央銀行イングランド銀行の定める公定歩合);1989年以来最速の上昇

・生活水準:歴史上最大の下降

リシ・スナクは、2022年10月25日に首相に就任した。そして2023年1月4日に、首相として成し遂げるとして5つの指標を発表している。それらは以下のものである。

・インフレを半分にする

・経済成長させる

・借金を減らす

・NHS診療の待ち時間を減らす

・不法移民のボートを止める

これらの達成度合いを見て、首相として、また保守党政権として評価してほしいとした。当時、これらの中でも、トップのインフレ半分は比較的簡単だと思われたが、今では、これらのいずれも達成できない可能性が強くなっている。

物価上昇率を2023年末までに半減するという目標はかなり難しくなっている。物価上昇率は2022年10月に11.1%に達したが、2023年の4月も5月も8.7%だった。イギリスの中央銀行であるイングランド銀行は、5月以降インフレ率はかなり下がると見ていたが、そうならず、逆にその5月にはコア・インフレ率が上昇した。そのため、イングランド銀行は、さらなる物価上昇を抑えるため、大方の予想に反し、6月の金融政策委員会で公定歩合(Official Bank Rate)を0.5%上げ、5%とした。これは、さらに上げられると見られており、今では来年には6.25%まで上がると予測されている。これでは、景気後退に入る可能性が高い。

物価の急激な上昇は、生活コストのアップで多くの英国人を苦しい立場に追いやっている。一方、ユーロ圏のインフレ率は5.5%である。英国のエネルギー価格は下がり始めているが、まだかなり高い。また、英国のガスの備蓄量はわずか12日分と欧州の主要国と比べて格段に少ないことから、世界状況の影響で大きな変動にさらされる可能性がある。

次期総選挙は、来年秋にも行われる予想だが、世論調査で野党労働党に20%程度の差をつけられているスナク政権の前途は多難だ。