アイデアだけでは不十分(Coalition Government’s Mistakes Will Haunt Them)

5月3日の地方選挙が終わった。労働党が1996年以来という成功を収め、党首のエド・ミリバンドが威信を得、一時危ぶまれていたリーダーとしての地位を確保したのに対し、連立政権を組む保守党と自民党が大きく議席を失った。しかし、今回の選挙で最も注目すべきは、同時に行われた、選挙で選ぶ市長制を導入するかどうかを問う住民投票だったと思われる。

政府は、昨年11月に制定したローカリズム法で、11の大規模地方自治体に、選挙で選ぶ市長制を導入するかどうかの住民投票を義務付けた。このうち、リバプール市は、この法の施行前に住民投票なしで選挙市長制の導入を決め、5月3日に市長選挙を実施し、労働党の候補者が市長となった。(なお、この他、サルフォード市で市長選がおこなわれ、労働党の候補者が市長に選ばれた。一方、ドンカスターで、選挙で選ばれた市長と市議会の多数党との関係悪化で、選挙市長制を廃止するかどうかの住民投票が行われたが、選挙市長制を維持することとなった。)

問題は、リバプールを除いた後の10市の中で、わずかにブリストル市のみが選挙市長制にイエスで、後はノーとなったことだ。いったい何のための義務付けだったのだろうか?確かに、長期的に見れば、選挙できちんと選ばれた市長は、市の先頭に立って、責任を持って市政を預かり、強力なリーダーシップを発揮できる可能性があり、政府が地域振興の引き金にしようとしたことは理解できる。しかし、これらの市の意向や動向も十分に理解しないまま、むしろ理解しようともしないまま、この方向に走り出してしまった政権担当者=政治家にその責任があると言える。

このような失敗は、現政権には数多い。例えば、NHS改革法だ。既存システムの中間層を省き、現場のGP(家庭医)のグループにNHS予算を落とす制度を作り、そこに責任を持たせる仕組みだ。アイデアはよくわかる。しかし、問題は、そのような改革が簡単にできるかどうかだ。特に医師会や看護婦会、さらにGP会まで反対しているのに、この改革法を押し切って成立させた。

さらに大学の学費の問題だ。英国では、2校を除き、他のすべての大学が国立大学だが、これまでの最大限3290ポンド(43万円)までの年間学費から、それを一挙に9千ポンド(120万円)まで認めることにした(イングランド)。ところが、政府は、ほとんどの大学はそれよりかなり低い水準の学費にすると「期待」していたのに対し、ほとんどの大学は、上限、もしくはそれに近い水準の学費とした。いったい政府は何を考えていたのだろうか?

ヒースロー空港などの入国審査でEU外からの人たちの中には3時間待たされた人たちがおり、大きな問題になっている。これは、2010年からの財政カットのために8900人の部門からこれまでに800人程度人員が削減されている上に、内務相とこの部門の前責任者の間でいざこざがあり、内務相が面目を保つために、すべてのチェックをきちんとするよう指示されているためだ。驚くのは、現場の人たちのことを考えずに、上から指示すればそれで物事が動くと考えている人がトップにいることだ。

また国防省の空母艦載機の判断だ。現政権誕生後まもなく、他のタイプの方が安価でしかも機能が上回っている、と前政権を強く批判し、艦載機を他のタイプに変えた。ところが、そのために使われる離発着のシステムは未だに開発中で、実用化の時期に不安があり、しかも軍の方から前のタイプの方が機能的にもふさわしいとアドバイスされ、これも判断を覆さねばならない状態だ。

現政権の判断の多くは「机上の空論」からきているものが多いように思われる。アイデアとしてはよいかもしれないが、それが実施できるかどうか慎重に検討されているかどうか、現場や当事者の意見が反映されているかは二の次となっている。このような失敗は、この政権の将来を危うくするだろうと思われる。

オムニシャンブルズ(Omnishambles)

キャメロン首相は、3月21日の予算発表以来、オムニシャンブルズという状態に陥っている。これは、何もかもが滅茶苦茶でうまくいっていないという状態を指す言葉である。

この言葉は、現在の状況を強調的に表現したもので、問題をそれぞれ個別に見ると、必ずしも大きな問題とは言えないように思われる。しかし、小さな問題が重なり、しかも絶え間なく出てくるということになると、それは政権担当者の能力に問題があるのではないかという疑念を生むようになる。そしてそれが次第に確信に変わっていく。そのような非常に危険な状態にキャメロン政権はあると言える。

これらの問題の大きな原因の一つは、所得税の最高税率を50%から45%に下げたことだ。これは来年4月から実施されるが、多くの国民にとっては、それが来年であろうが今年であろうが関係なく、政府は金持ち優遇という印象を持った。政府は、この政策をきちんと説明できるという自信を持っていたようだが、国民はこのことと自分たちの生活に直接関係のある「小さな問題」に関連づけ、不公平だと感じた。これがオムニシャンブルズの一つの背景である。

どのような問題がオムニシャンブルズと見られているか概括する。

1.「おばあちゃんタックス」批判:来年度から年金受給者への税の特別控除を徐々に減らす。また、来年度からの新しい受給者には、税の特別控除はない。

2.ガソリンパニック:ガソリンやディーゼルオイルをガソリンスタンドに運ぶタンクローリーの運転手がストライキに賛成した。これを受けて、政府は具体的にストライキが計画される前に、これらの燃料をジェリ缶(灯油缶)で買いだめしておくようにと勧めた。その結果、直ちにパニック買いが始まった。消費者の中には、ガソリンスタンドでガソリンが買えず、車のタンクが底をついたので、ジェリ缶のガソリンを他の容器に移し替えようとした人がいた。たまたまそれが台所で調理中だったために、引火し、大やけどを負う事故も起きた。政府がパニックを起こしたと批判された。

3.「チャリティタックス」批判:裕福な人たちの税回避を防ぐために税控除制度を制限しようとしたが、その結果、慈善事業に大きな影響が出ることが表面化し、大きな批判を受けた。

4.「パスティゲート」:コーニッシュパスティなどのパイなど温めて販売する食べ物にVAT(日本の消費税に相当)を20%かけることとしたが、消費者から総スカンを食らった。その上、キャメロン首相がパスティが好きで、買って食べたと言って、その駅名まで名指しした。ところが、その駅の店はそれより5年も前に閉店されていたことがわかり、キャメロン首相が買ってもいないのに買ったと言ったのではないかという疑いが生まれた。そのために、これは「パスティゲート」であり、「パスティタックス」ではない。

5.「キャラバンタックス」批判:移動式住宅にVATをかけることとした。このため、2千人が失業すると攻撃された。

6.「チャーチタックス」批判:文化財指定建造物の修復改造にVATをかけることとしたが、教会建物に最も影響が出ることがわかった。

7.イスラム教過激説教師強制送還問題:ヨルダンへの強制送還を下院で意気揚々と発表した内相が、欧州人権裁判所の上訴期限を一日誤っていたようで、この強制送還が可能になるまでにはまだかなり時間がかかることがわかった。

8.入国管理の遅れ問題:ヒースロー空港などで入国審査の待ち時間が非常に長くなる場合が出ており、政府の対応が遅れている。

9.文化相のBskyB問題:文化相が、メディア王マードック氏のBskyB買収の試みに便宜を図ったのではないかという疑惑が浮上した。この買収は、電話盗聴問題で取り下げられたが、キャメロン首相や担当の文化相がマードック氏の会社に非常に近いことが浮き彫りにされた。

10.リセッション:昨年第4四半期に続き、今年第1四半期もGDPがマイナス成長となり、正式に景気後退となった。政府の過度の大幅財政緊縮策が、成長を阻害しているのではないかとの批判を受けている。0.2%のマイナス成長は暫定値であり、見直されるとプラス成長となると見られているが、それでも既に政府の政策にダメージを与えており、見直されても後の祭りと言える。