下院選挙区の新区割り作業の今後(What’s going to happen on Boundary changes)

自民党の党首であるクレッグ副首相が、保守党内での反対で公選制を導入する上院改革が不可能となった状況を受け、それに対する対抗手段として、保守党が積極的に進めてきた選挙区の新区割りに反対すると表明した。保守党を率いるキャメロン首相は、それでも新区割り手続きを進めていく方針を表明したが、新区割りが次の総選挙で実施される見通しはない。

それでは、2011年国会投票制度並びに選挙区法で進められてきた下院の新選挙区割の手続きはどうなるのだろうか?

① 選挙区区割り委員会の作業は継続し、来年9月末までに区割り最終案を出す。
② 大臣が直ちにそれを施行するための命令案を国会に提出し、それを受け入れるかどうかの投票が行われるが、明らかに可決される見通しのないものには投票しない可能性がある。
③ 次の総選挙は既存の650選挙区の区割りで行われる。
④ それまでに2011年法の修正、もしくは、現在国会で審議中の選挙管理法案2012-13に新しい条項を加え、2011年法の事実上の修正が行わなければ、区割り委員会は2011年法に基づき、現行の650議席ではなく、600議席に基づいた作業を進めていくことになる。問題は、区割り委員会は、これまで人口動態によって選挙区区割りの見直しを行ってきたが、次回選挙も、その次の選挙も650選挙区制度に基づいた区割り見直しができなくなる点だ
⑤ 次期総選挙でもし労働党が勝てば、2011年法は労働党に不利なため、大幅な修正・もしくは廃止される可能性がある。選挙区のサイズの誤差を5%より大きくする、2011年法では有権者の数を基に選挙区割りをすることとしたが、保守党の強い選挙区では、人口に対して有権者登録の割合が高いと見られているので、人口を基に選挙区割にする可能性がある。また、区割り見直しの期間をそれまでの8年から12年から5年ごとに変えたが、これを元に戻すか、10年ごとの国勢調査ごとにする可能性などがある。

クレッグの判断(Clegg’s judgment)

政治家が弱く見えることは致命傷になり得る。保守党が上院改革をしないのなら下院の新区割り案に賛成しないというニック・クレッグ副首相の判断は正しいと思われる。もしそうでなければ、クレッグと自民党が非常に弱く見えるからだ。有権者は上院改革にあまり関心がないが、それでもこの判断でクレッグへの評価が上がる可能性がある。

自民党とキャメロン首相が率いる保守党が連立政権を組む際にまとめた連立合意の中で、選挙制度についての幾つかの約束をした。この中の一番大きな柱は、現在の下院の制度である、いわゆる小選挙区制度、つまり一つの選挙区から最も得票の多い候補者を一人だけ選ぶ制度から、AV(Alternative Vote)と呼ばれる制度に修正する国民投票を行うことであった。AVとは、当選者は基本的に、投票した有権者の半分以上の支持を受けるようにする制度である。これは、これまで下院への比例代表制の導入を求めてきた自民党が、保守党と連立政権を構成するうえで最低限の条件としたもので、自民党に有利になると思われた制度である。一方、もしこの制度が導入されると不利になると思われた保守党は、マニフェストでも打ち出していた、議員定数を減らし、有権者の数を均等にする選挙区区割り見直しを要求し、その結果、この二つの制度を組み合わせることで妥協した。つまり、AVの導入で保守党が失うと思われた議席を区割りの見直しで回復させるということである。この妥協は、これらの二つを合わせた「2011年議会選挙制度並びに選挙区法」でも明らかであった。

ただし、連立合意には、さらに上院改革も含まれていた。主要三党の中では、自民党が上院を公選とする改革に最も熱心であった。

2011年5月に行われたAV制度の国民投票では、保守党が中心となった、AV反対のグループが強力な運動を展開し、労働党はどちらつかずの態度を取ったことから、賛成票は3分の1にとどまり、否決された。その後、新たな選挙区区割りを導入すれば、失う議席の割合で最も大きなダメージを受けるのは当初予想された労働党ではなく、自民党であることがわかった。

自民党は、こういう状況の中で、もし、長年の課題であった上院改革がなしとげられるのなら新選挙区割りも容認する立場をとっていたが、保守党の中の上院改革へ反対する勢力が大きく、上院改革が不可能となり、その結果、新選挙区割りを認めない立場をとることとした。「2011年議会選挙制度並びに選挙区法」が成立した後、区割り委員会が手続きを進めているが、区割り委員会の提出する区割り案を議会で採択する必要がある。つまり、自民党は、その区割り案に賛成しない、ということである。

キャメロン首相は、保守党党首として大きな計算間違いをしていたと言わざるを得ない。もし、AVの国民投票が可決されていれば、上院の改革の成否にかかわらず、自民党は新区割り案に賛成していた可能性が強い。しかし、AVも上院改革も成し遂げられないまま連立政権を継続し続けていれば、自民党は本当に弱く見える。自民党がこの問題を抱えていることに十分配慮することを怠ったキャメロン首相は、今や厳しい立場に立っていると言えるだろう。