オズボーン財相の次の手(What Osborne Can Do)

景気低迷で英国の税収が減り、失業手当などの福祉経費が増加しており、4月以来毎月政府の赤字が続いている。特に7月は、企業の四半期ごとの納税があり、28億ポンドのプラスになると見られていたが逆に6億ポンドのマイナスとなった。通常、7月は一年で2番目に税収の多い月であるため、事態はかなり深刻ではないかと見られており、今後政府の打つ手が注目されている。

英国統計局の発表によると、前年の7月と比べ、税収が全体で0.8%減少した。特に法人税が20%減少したが、これは、北海の油井のオイル漏れのための操業減少の影響が大きいようだ。一方、福祉関係費が6.2%アップした。この結果、英国の債務は、GDPの65.7%に達した。このままで行くと、今会計年度の赤字の予測額1200億ポンドを300億ポンド上回る可能性があるという。

このため、政府が、計画通り2012年から17年の5年間で実質9.5%の財政支出を減らす方針を遂行しても、それでは足りず、2015年に予定されている次期総選挙時に有権者に将来への光を示すことができないことになる。

そのため、財相の打つ手は、さらに財政支出のカットを上積みし、財政支出を減らして数字を合わせるか、もしくは、野党の労働党が主張するように「プランB」、つまり、政府が財政カットを停止、または緩和してさらに借金し、それを使って景気刺激策を講じるかのどちらかとなる。

問題は、「プランB」に移行することは、オズボーン財相にとってさらなるUターンとなり、既に財相への信頼度がわずか16%になっている状態を悪くさせるばかりか、キャメロン=オズボーンの経済運営に対する信頼が失せてしまうことだ。それよりも、もっと深刻な問題は、もし「プランB」の刺激策を実施してもそれで景気が回復するかどうかはっきりと見通せない点だ。

多くのエコノミストが引用している、The National Institute of Economic and Social Research のNitika Bagaria, Dawn Holland, John van Reenen の研究では、財政カットを2014年以降に延期しても、英国経済はそう大きく成長しないという。2013年は、財政カットをすれば1.3%、しなくても 2%。2014年には、財政カットをして2.4% 、しなくても2.6%。2015年には財政カットで2.7%、しなければ 2.9%。そしてその後は、した方がしない場合より成長が上回ると言う(参照 サンデータイムズ8月5日David Smith)。

特にGavyn DaviesがFTで指摘したように(FT 8月10日)、現在の経済停滞の原因には不明な点がある。しかも財政を緩めることによる財政危機の可能性は完全には否定できない。しかも欧州債務危機もある。

これらから考えると、オズボーン財相の取る道は、財政緩和よりも、さらなる財政の削減に向かう可能性が高いのではないかと思われる。

見かけ倒しのタイムズ紙見出し記事(A Red Herring at the Times)

8月20日のタイムズ紙一面のヘッドラインは「March of the mandarins」だった。マンダリンは英国の国家公務員のトップ級を指す言葉で、これらの人々が何か共同行動でも行うのかと思った。

景気後退で税収が減少し、その穴を埋めるためにさらに大きな財政カットの圧力が強まっている。また、最近の国家公務員制度の改革で、大臣が事務次官クラスを任命、解雇できる方向に進んでおり、これらは政治家の過大な干渉だと受け止められている。これらの不満がたまって何かの「示威行動」をするのかと思われたのである。

ところがこの記事の内容は、全くそのような期待・予想に沿うものではなかった。これはいわゆる、夏場の国会休会中の「Silly season」の穴埋め政治記事のようだ。

この記事では、特に野党の選挙マニフェスト作成段階から国家公務員が関与し、実施する際の問題を予め指摘し、修正、準備するなど、政権に就いてから政策の実施がスムーズにできるようにするというものである。その例として、NHS改革、国有林の民営化、税改正、上院改革をあげ、もし国家公務員が早くから関係していれば、これらのUターンや失敗が防げたというものだ。しかし、そのようなことをしてもUターンや失敗が防げた可能性は少ないと思われる。

国家公民が早くから関与していても、問題はそう簡単ではないだろう。野党ともっと早くから接触すべきだという前提は必ずしも妥当とは思われない。それは以下の理由による。

① 現連立政権で制定された、5年定期国会法が守られる可能性は100%ではない。つまり、総選挙が不意に行われる可能性がある。
② 選挙の結果、連立政権が生まれる場合、マニフェストの中身を知っていても、連立交渉の中で、中身が変わる可能性がある。
③ 国家公務員と野党との接触には首相の許可が必要だが、首相がそう簡単に認めるとは思われない。ブラウン前首相もなかなかその許可を出さなかった。

こういう問題以上に、国家公務員の能力への疑問がある。現政権下でも国家公務員トップらの財政運営能力や、プロジェクト運営能力を高めるためにオックスフォード大学らと提携して特別講座を開設する。これは、これらの能力が国家公務員のトップに不足しているからであり、単純に国家公務員が政党の政策に早くから関与していればよいというものではない。

ベストの対応は、国家公務員の能力を高め、政権交代などで大きな政策転換が起きても、それに対応できるだけの機動力をつけることではないかと思われる。

なお、このタイムズ紙の記事は、「保守党と自民党の50の政策争点」の追加記事のようだが、この「50の争点」もかなり単純なものだ。この争点の書き方は、「Will・・・?」というものなので、YesとNoで私が答えてみたが、Yesが20でNoが30だった。政策の違いを埋めるのは、当たり前のことだが、「妥協」である。要は、その妥協をする意欲があるかないかであり、明らかに最初から妥協できないと思われるものは、棚上げされる。これらの小さな問題で保守党と自民党の関係がより悪化するという見方もあるが、必ずしもそうとは言えず、要は、2党が一緒にやって行こうとするかどうか、その意思の方が重要だろうと思われる。