キャメロン首相の止まない頭痛

EU委員会がイギリスに「突然」、21億ユーロ(約17億ポンド、約2900億円)を支払うよう求めてきた。しかも12月1日が支払い期限である。

これは過去18年間の経済成長を勘案して、より成長の大きな加盟国により大きなEUの財政負担をさせるためのもので、それぞれの国の経済データの結果をもとに調整される。毎年行われており、イギリスは2008年に払い戻しを受けたことがあるが、いずれの場合も金額はかなり小さく、この金額には誰もが驚いたと言われる。

イギリスはEUに約170億ポンド支払っているが、払い戻しで33億ポンド、そして各種のEU補助金に52億ポンドほど受け取っているために、実際には86億ポンド(約1兆5千億円)ほどの正味の支払いとなる。つまり、今回の請求は、その5分の1ほどの金額である。

イギリスの他にも支払いを求められた国がいくつかあるが、金額で2番目のオランダはイギリスの3分の1以下であり、イギリスの額が突出している。一方、フランスやドイツは、この調整で払い戻しを受ける。

このような結果となった原因はイギリスの国民所得の計算法の変更である。これまで計算に入れられていなかったもの、例えば、慈善団体のサービスや地下経済なども含めるようになった。そのため、麻薬取引や売春といったものも入れられるようになった。ドイツでは2002年から売春が合法化され、国民所得で含められていたため今回の払い戻しにつながったと言われる。

キャメロン首相は、記者会見で、怒って、言われたようには支払わないと主張した。EU内でイギリス追加支払い分の若干の減額が合意されるかもしれないが、いずれにしても、これまでの慣例で支払わないわけにはいかないと見られている。

この問題は、キャメロン首相にとり、悪いタイミングで表面化した。イギリスのEUからの離脱を訴えるイギリス独立党(UKIP)に、キャメロン首相率いる保守党は支持を奪われており、保守党を離党してUKIPに移った議員の優勢が伝えられる補欠選挙が11月20日に控えている。

イギリスのEUとの関係をめぐる問題では、移民の制限を設けるイギリスの要求が受け入れられる可能性はほとんどない。しかも欧州議会がEU予算の増額を要求している。イギリスの多くの有権者の反感を買う事態が次々に起きている。 

UKIPのファラージュ党首が言ったように、キャメロン首相はまさしく「不可能な立場」に置かれている。キャメロン首相の威勢のよい発言に対する有権者の信頼は次第に減少しており、発言に対する裏付けの行動がないとキャメロン首相はさらに困難な立場に追い込まれる。

キャメロン首相に移民制限ができるか?

イギリスの経済成長率はG7トップだが、ドイツを含めユーロ圏は経済が停滞しており、欧州からの移民は益々増える勢いだ。移民の数は2014年3月までの1年間で24万3千人の純増となっており、その3分の2はEUからの移民がもたらせたものである(拙稿参照)。EU内では、新加入国を除いて、人の移動の自由の原則を定めたローマ条約が適用されており、自由に移動できる。

イギリス独立党(UKIP)への支持の増加に伴い、キャメロン首相は移民対策に躍起だ。UKIPはイギリスをEUから脱退させることを標榜しているが、イギリスがEUの中にいる限り、移民を抜本的に減らすことは不可能だと主張している。 

キャメロンは既にこれらの移民に対する福祉手当の制限を打ち出しているが、その効果は乏しい。さらにクリスマス前までに移民政策を打ち出すと約束したが、その方策には、移民の上限枠を設ける、もしくはイギリスで働くために必要な国民保険番号の数を制限するなどの案が出ていると言われる。しかし、人の移動の自由の原則に抵触しない変更は極めて難しい。

その中、ユンカー次期欧州委員会委員長が労働力の自由移動について次期欧州委員に送った指示が明らかになった。移動の自由をさらに容易にするとしたもので、この欧州委員(ベルギー人)は移動の自由の原則は揺るがない主張している。また、移動の自由の原則を基本的に変えることを支持しているEU加盟国は他にない。 

キャメロンは、もし来年の総選挙の結果、首相の地位に留まれば、EUとの関係(移民の問題は最重要課題)を交渉し直し、その後、2017年末までにEUに留まるかどうかの国民投票を行うと約束している。キャメロンは、基本的にイギリスはEUの中に留まるべきだとしているが、EU内の移民の問題で国民の納得のいく交渉結果を得ることは困難だ。

しかし、その前に、保守党はUKIP対策を打つ必要がある。UKIPに票を奪われているからだ。11月20日に行われる補欠選挙では、保守党を離党してUKIPに入ったマーク・レックレスが優勢だと伝えられ、UKIP2人目の下院議員が選出される可能性が高まっている。もしそうなれば、UKIPにさらに勢いをつけるばかりか、保守党の内部が大きく揺らぐ可能性がある。 

キャメロンは、移民に対する強い立場を打ち出さざるをえない立場に追い込まれている。ミリバンド労働党党首は出来ないことは約束しないとし、出入国のチェック徹底(なお、出国チェックはメージャー保守党政権で廃止した)など常識的な範囲の政策を発表している。しかし、キャメロンはその程度の政策では党内も満足させられない。そのためEU法に違反することを承知の上で、イギリスが一方的に上限を定めるなど捨て身の策を打ち出すかもしれない。