補欠選挙で予想外の勝利を収めた労働党

2021年7月1日に行われた英国下院の補欠選挙で野党労働党の候補者が予想を覆して当選した。苦しい立場に追い込まれていたキア・スターマー党首は、すぐに西ヨークシャー州の選挙区に入り、この結果をたたえた。スターマー党首は5月の下院補欠選挙で労働党がこれまで数十年にわたって占めてきた議席を失い、また、同時に行われた地方選挙で多くの地方議員議席を失った。その上、6月の別の下院補欠選挙では、2パーセント以下の票しか獲得できなかった。2019年の総選挙で大敗した労働党が支持を回復するどころか、さらに支持を失いつつある状況の中で、この7月の補欠選挙は、わずか3百票余りの差で勝利を収めたものながら、労働党に明るい光をもたらした。

この結果を受けて、7月4日のBBCの日曜日の政治番組アンドリュー・マーショーで、労働党の影の財相が出演し、スターマー労働党の反転攻勢に打って出た。その中心は、「英国のものを買う」政策である。ジョンソン保守党政権が、政府関係、NHSを含めて公共機関の外注、契約などで国内の企業を重視していないことに目をつけたものである。ジョンソンが発展の遅れている地方や、貧困層の多い地方のレベルを上げると言いながら、公共機関は、必ずしも英国の技術レベルや地方の雇用・給料・スキル並びに環境や社会状況を向上させることを念頭に置いていない。例えば、英国の新しいパスポートの契約を獲得したのは、外国の企業だ。ジョンソンは、もともと緻密に考える人物ではない上、EU離脱後の英国の経済や対外貿易交渉に注意を奪われている。コロナのパンデミック対応でも、国民の命が第一であるとは思われず、注意が散漫だ。それにもかかわらず、スターマーは十分な注目を集められずにいた。

これまでスターマーを支えるチームは、十分な戦略的思考のできるものであったとは思われない。野党労働党が本当にジョンソン政権を脅かすようになってこそ、ジョンソン保守党政権の運営が向上するのではないかと思われる。

次期総選挙候補者になれないことを恐れる現職議員たち

9人の労働党と3人の保守党の下院議員がそれぞれの党を離党した大きな原因に、選挙区の政党支部でこれらの下院議員の言動を批判する声がかなり強まっていることがある。様々な嫌がらせや脅迫がある上、このままでは次期総選挙の候補者から外される可能性があるという危機感のため、「正当な理由」を掲げて離党し、新たな方向を模索する機運があった。

なお、イギリスでは、日本でよくみられるような「無所属」で当選することは極めて難しい。党単位で選挙を戦うことが慣例となっており、それを反映して、選挙費用も250万円ほどと抑えられている。

労働党の場合

労働党は、2015年の党首選挙以来、大きな変貌を遂げた。2015年総選挙に敗れた前党首エド・ミリバンドが党首を辞任した後の党首選挙に、ジェレミー・コービンが党内左派を代表して立候補した。推薦した人たちの予想も裏切り、コービンが大差で当選し、党首となった。コービンブームが起きたためだ。それでも、左派のコービンでは総選挙に勝てないと信じた労働党下院議員たちは、2016年EU国民投票でコービンが中途半端な残留運動をしたと批判し、コービン影の内閣からの大量辞職、そして4分の3近い党所属下院議員がコービン不信任(これには拘束力がない)に賛成するという手段に出た。その結果、2016年秋にもう一度党首選が行われた。ところが、コービンは前回よりもさらに大きな支持を集め、党首に再選された。これらの過程で、コービン支持の団体、モメンタムが生まれ、力を増強し、また、コービンに投票するために労働党に入党する人たちの数が急激に増え、20万人程度から、50万人以上となった。今では、西欧一の党員数を誇る政党である。そして、メイ首相が楽勝を信じて仕掛けた2017年の総選挙で、10万人を超えるメンバーのモメンタムが中心となって運動し、コービン労働党の予想外の健闘を招き、メイの保守党の過半数割れを引き起こした。

労働党下院議員たちの多くは、コービンを党首から引き下ろすことはあきらめたものの、中にはコービンを公に批判し続ける議員がいる。コービンがイギリスのEU残留を求めない、第二のEU国民投票を直ちに求めないなどとブレクシットへの対応を批判し、また、コービンがユダヤ人差別を助長しているなどして声高に批判してきた。そのため、これらの議員の選挙区支部で、コービン支持の党員らが議員への不信任投票を実施し、それがいくつも可決されている。ただし、不信任だけでは、現職議員がそのまま次期総選挙候補者となることを食い止めることはできない。

これは、各選挙区支部で、その支部を構成する団体の一定数以上が次期総選挙候補者とすることに反対した場合(トリガー投票と呼ばれる)に可能となる。その場合、現職議員も候補者選出プロセスで他の候補者と争わなくてはならなくなる。かつては50%以上の団体の反対が求められたが、昨年の党大会でそれが3分の1以上に引き下げられた。以前よりも現職下院議員を「クビ」にしやすくなったと言える。

なお、コービン支持者が政党支部の幹部になる例が多くなっており、反コービンの下院議員には居心地の悪くなる例が増えている。

保守党の場合

保守党は、支持者の高齢化がかなり前から問題になっていた。党員数は10万人を大きく割ったと見られており、保守党は最近まで党員数を公表することを拒んでいた(2018年3月時点で12万4千人とみられている)。党員には、もともと反EUである欧州懐疑派が多く、財相も経験した親EUのケネス・クラークが党首選に立候補した時には、党首選の保守党下院議員から2人選ばれる段階で十分な支持がなく、党員全体での投票に進めなかった。党員がクラークを選ぶはずがないと見られたからである。

2016年のEU国民投票で、イギリスはEUを離脱することとなった。そのため、イギリスのEUからの「独立」を目指したイギリス独立党(UKIP)の存在意義が弱まった。今や保守党の中の残留派や旧残留派(EU国民投票前のキャンペーンでは残留を求めたが、今では離脱を受け入れ、できるだけソフトな離脱を求める立場)と強硬離脱派の対立があるが、UKIP支持者らがイギリスの確実なEU離脱を求めて、強硬離脱に反対する下院議員たちの動きを妨害し、また次期総選挙での立候補を阻止するため、保守党に多く入党する動きがある。これはUKIPのシンボルカラーを使って「パープルウェーブ」と呼ばれている。

すなわち、特にソフトな離脱を求める保守党の下院議員たちには、嫌がらせや脅迫が絶えないうえ、選挙区ではこれらの下院議員に反対する党員の数が増えているのである。保守党の場合、次期総選挙の候補者となるためには、現職議員は政党支部にその申請書を提出し、それが委員会で検討され承認されるという過程を経る。ただし、選挙区支部党員50人以上、もしくは党員の10%が求めれば、現職議員を次期総選挙の候補者とするかどうかの投票が実施される。もし、否決されると、候補者選考プロセスで他の候補者と争わなくてはならなくなる。

離党した議員たちには、それぞれの理由がある。しかし、その背景には、上記のような問題がある。