政治家に必要なセンス

スナク首相は、リーダーとして必要なセンスに欠けるようだ。政治家になり、とんとん拍子に財務大臣にまで駆け上り、そしてついには保守党の党首・英国首相にまで登り詰めた。しかし、次期総選挙が今秋に行われると予想されている中、野党第一党の労働党に世論調査で20%ほどの支持率の差をつけられているにもかかわらず、情勢の転換が果たせていない。打つ手が次々に不発になっている。その原因の一つは、スナク首相に人の選び方の政治的なセンスが欠けていることがあるように思われる。

3月11日、保守党の副幹事長だったリー・アンダーソン下院議員が右派ポピュリズム政党のリフォーム党に加入した。アンダーソンは、もともと労働党の地方議員だったが、2019年の総選挙前に保守党に移り、下院議員に当選した人物である。その歯に衣着せぬ発言で注目され、スナク首相が、保守党の副幹事長に任命した。ところがアンダーソンが、ロンドン市長のサディク・カーンはイスラム主義者に操作されており、ロンドンはイスラム主義者の場所になったなどと主張した。カーンは人権弁護士で、英国の人権団体リバティの議長でもあった人物である。保守党はアンダーソンに謝罪するよう求めたが、アンダーソンが拒否したため、保守党下院の党籍を停止した。アンダーソンは、自分の考えに近いリフォーム党に移り、リフォーム党の唯一の下院議員となった。

リフォーム党は、かつてのブレクシット党が母体で、英国がEUを離脱した後に生まれた政党である。なお、ブレクシット党の党首だったナイジェル・ファラージュは名誉議長。

公共放送BBCのまとめた最近の政党支持世論調査平均によると、以下のようになっている(カッコ内は誤差を含めた範囲を示している)。

保守党24%(19-29)
労働党44%(39-49)
リフォーム党10%(7-13)
自民党9%(6-12)

リフォーム党への支持は上昇している。英国がEUを離脱する前、保守党はブレクシット党に票を奪われていた。今や保守党に不満を持つ層がリフォーム党を支持している。

スナク首相は、アンダーソンがそれまでにも問題発言を繰り返していたのにもかかわらず、2023年2月、保守党の副幹事長に任命した。アンダーソンは、それ以降、マスコミに頻繁に登場している。GBニュースというテレビ局の司会者にもなり、今では有名な政治家の1人となった。その人物がリフォーム党の看板となって総選挙を戦う。リフォーム党が下院の議席を獲得する可能性は少ないが、保守党はリフォーム党にかなりの票を持っていかれる可能性が高い。そうなれば、労働党や自民党が当選する可能性が高まる。保守党にとっては、大きな脅威であるが、スナク首相がその状況を作り出すのに力を貸したといわれてもやむを得ないだろう。

停滞する英国政治

2024年3月6日、スナク保守党政権が予算を発表したが、改めて英国の政治が停滞していることを印象付けた。この予算発表は、前回2019年の総選挙の後、5年間の任期の切れる直前の今秋にも総選挙が予定されている中、スナク政権にとっては、有権者の支持をとりつける最後の機会だと見られていた。世論調査の政党支持率では、野党第一党の労働党に20ポイントの差をつけられている

この予算で、その差が埋められるほどの影響はなかったようだ。税は、1948年以来最大となるという。次期選挙目当てに減税が取りはやされていたが、日本の厚生年金の保険料に似た、「国民保険料」の減額で落ち着いた。政府はこれで勤労者の生活が楽になると主張したが、英国の権威のあるIFS(The Institute for Fiscal Studies)によると、課税限度額が据え置かれているなどのため、例えば1ポンド(約190円)の減税に対し、実際には1.3ポンド(約250円)取られる計算になるという。

14年間の保守党政権下、キャメロン政権で行われた国民投票でEU離脱となり、その結果、英国経済は少なからぬ影響を受けている。さらに新型コロナの流行で、経済に大きなダメージを受けたばかりか、ジョンソン首相のパーティゲートなどの問題行動、その後のトラス政権の大幅減税策が金融不安を招き、イングランド銀行の介入を招いた。スナク首相は、その後に登場した。前任者たちから引き継いだのは、小さな政府を念頭に置いた財政緊縮策の結果で、医療、地方自治をはじめ、ほとんどあらゆる分野で「危機」と言えるほどの深刻な問題である。この中、政府の取れる策には限界がある。

保守党は、劣勢を挽回しようと躍起だ。その一環として、例えば、難民申請者らで不法入国してきた人たちをアフリカのルワンダに送ろうとしている。しかし、英国の最高裁判所は、ルワンダは「送るのに安全な国とは言えない」として否定した。この問題を乗り越えようと、スナク首相は、議会主権の英国の法律で「ルワンダは安全な国」だと宣言し、ルワンダに送ることとした。ところが、保守党が過半数を持たない上院で反対されており、この政策の将来は不透明だ。また、2023年1月にスナク首相の約束した5つの目標のうち、これまでにはっきりと達成できたのは、インフレ率を半分にするというものだけである。ただし、このインフレ率は、政府よりも英国の中央銀行であるイングランド銀行の役割の方が大きい。

一方、労働党の次期政権が確実視される中、労働党は、政策などで誤った判断をしないよう、ことのほか慎重になっている。労働党が政権に就けば何をどうするかは必要最小限しか出さない。そのため、保守党も労働党も財政支出削減や増税について「沈黙」していると批判をあびている。このような状態が、総選挙まで続いていくと思われる。