首相を選ぶ保守党の党員

6月23日の欧州連合(EU)国民投票でイギリスがEU離脱を選択した後、キャメロン首相が辞任し、次の保守党の党首選びが始まった。保守党は下院で過半数を占めているため、保守党党首が選ばれれば、女王がその人物をバッキンガム宮殿に招き、首相に任命する。

党首選立候補は、6月30日正午に締め切られ、5人の立候補者から、330人の保守党下院議員が、2度の投票を経て、2人の候補者、内相テリーザ・メイとエネルギー閣外相アンドレア・レッドサムの2人の女性を選んだ。そして保守党党員がこの2人のうちどちらかを選ぶ。下院議員の2回目の投票では、メイが199票、レッドサムが84票獲得し、メイが大きくリードしたが、党員がどちらに投票するかは別の問題である。

現在のような選挙制度は、1997年に保守党がブレア労働党に大敗した後、党首選びに党員がもっと関与すべきだという考え方から設けられた。イギリス最初の女性首相サッチャーが選ばれた時はこの制度ではなく、保守党下院議員が選出した。

現在の制度が設けられた後、党首には2001年にイアン・ダンカン=スミス、2003年にはマイケル・ハワード、2005年にデービッド・キャメロンが選出された。ダンカン=スミスは、下院議員の投票では2位だったが、党員の投票で逆転し、当選した。なお、ダンカン=スミスは、2003年に下院議員による不信任投票が可決され、辞任し、その後任の党首にはハワードしか立候補しなかったために投票がなかった。党員の投票した2001年も2005年も、保守党が野党であったため、直接首相を選ぶ選挙ではなかったため、党員にとっては、今回が初めて首相を直接選ぶ選挙となる。

保守党の党員数

保守党では、地方支部が党員を把握しており、支部が党員の実態を明らかにしたがらない傾向もあると言われ、党本部が必ずしも正確で、最新の党員のデータを把握しているわけではない。党首選の投票用紙は8月中旬に送付されるが、党本部は、それまでに党員の住所などの確認作業があるといわれる。党員数は、公共放送BBCのジャーナリストでも13万という人もいれば、15万という人もおり、13万から15万人のようだ。

なお、投票の締め切りは、9月9日の正午であり、党員はその3か月前に入党していなければ投票できない。すなわち、6月9日までに入党しておかねばならないが、その期限は既に過ぎている。

党員像

2015年総選挙後に行われた、学術的な党員調査で約5700人を調査している。その中で、保守党の党員は1193人。平均年齢は54歳で、60歳以上が半分以上いた。そしてNHSや年金を守ることに関心があるという。その75%が中流階級で、71%が男性だった。すなわち、男性が、2人の女性から首相を選ぶともいえる。

党員の選ぶ基準

党員は、選挙に勝てる候補を選ぶ傾向があると言われる。それは、能力、党の顔となるかどうか、選挙でアピールできるかなどであるが、今回は、先に述べたように首相を選ぶ選挙である。保守党の党員の3分の2が離脱に投票したと言われるが、ある世論調査の結果によると、離脱派であることが大切だと見る人は3割にとどまり、候補者の能力に注目する人が7割を超えている。

候補者

メイはこれまで政治の第一線で17年間過ごしてきた手堅さがある。一方、まだ下院議員6年で、知名度のそう高くないレッドサムには新鮮さがあり、これからの2か月間でどこまで票を伸ばすか予測しがたい面がある。しかしながら、レッドサムにはこれまでのところ、過去の金融関係の経歴や発言で脇の甘い点があるように感じられる。レッドサムの履歴書は、見かけほどすごいものではないことが明らかになっており、また、本来強いはずの経済分析にも疑問が出ている。また、最後の2人に選出されれば、納税申告書を公開すると約束したため、これを公開する必要があるが、これがさらに火種となる可能性がある。これらを乗り越えたところで、保守党の党員の多くはレッドサムをメイときちんと比較して考慮するのではないか。

低迷するイギリス政治

現在のイギリス政治は低迷している。キャメロン首相は、2013年1月、欧州連合(EU)残留か離脱かの国民投票を実施する約束をした。そして、2015年の総選挙でキャメロン首相率いる保守党が過半数を獲得した後、その約束に従って、国民投票を6月23日に実施することとした。EU国民投票への離脱派、残留派の対立は深刻化しており、国民投票の結果がどのようになっても、保守党の中に大きな亀裂が入ったことは間違いなく、政権運営に大きな影響をもたらすだろう。

今起きている状況は、まさしく「混乱」とでもいえるものである。国民投票の結果を見るまで投資を控える状況が出てきており、雇用も臨時が中心、国内経済は減速し、製造業では、二期連続でマイナス成長となり、「景気後退」の状態。建設業も減速している。

5月5日の分権議会・地方選挙とも重なり、保守党は労働党よりも多くの議席を失った。この選挙で特に注目されたロンドン市長(日本の東京都知事にあたる)選挙では、当選した労働党候補者がイスラム教徒であったことから、キャメロン首相が、この労働党候補者のイスラム教過激派との関係を示唆し、「『イスラム国』を支援している」イスラム教僧侶との関係を攻撃した。それに怒った当の僧侶にキャメロン首相らが謝罪する事件も起きた。

また、キャメロン首相は、イギリスで行われる腐敗問題対応会議に参加するナイジェリア、アフガニスタンを「素晴らしく腐敗している」と軽率な発言をしたことが明らかになった。首相の存在が益々軽くなっており、EU国民投票に関してキャメロン首相に信を置く有権者が少ない。

さらに、十分検討することなく、次々に打ち出した政策のUターンが続いている。子供の難民受け入れ、イングランドの初中等教育の公立学校を地方自治体から文部省管轄に変え、裁量権を増やすアカデミー化、国民保健サービス(NHS)の若手医師契約問題など、絶対に引かないと言っていた問題で立場を変えている。

下院で過半数をわずかに上回るだけで、党内からの反対に弱い立場であるだけではなく、上院では過半数を大きく下回っており、上院対策にも苦しんでいる。これが政府の多くのUターンの背後にある。この調子では、キャメロンのUターンに味をしめた保守党下院議員たちが、選挙区を650から600に減らし、選挙区のサイズを均等化する案に反対し、実施できなくさせる可能性があるだろう。これは保守党の党利党略に深く関係し、これが実施されると、保守党の政権維持には有利となるが、下院議員の中には、自分の選挙区が消える、合併させられるなどで選挙区替えを迫られる議員が少なからず出るからである。

キャメロン首相やオズボーン財相は、国の将来を考えて、財政の健全化を含めた政策を進めているとしてきたが、実際には、キャメロン首相らの政府首脳に、政治を通じて実現したい方針、つまりビジョンが明確ではなく、党利党略によるところが大きいことが露呈していると言える。それには、労働党への労働組合からの献金が減る仕組みを作ろうとしたことにも表れている。

さらに2015年の総選挙で、重点選挙区に多くの青年をバスで投入し、その際の宿泊費用などをきちんと選挙委員会に届けていなかった疑いがあり、選挙委員会の度重なる書類要請にも応じず、その結果、選挙委員会が裁判所の提出命令を求める動きもあった。選挙費用の制限には、全国のものと選挙区のものがあり、これらの費用は選挙区の選挙費用として届ける必要があったと見られているが、もしそうならば、選挙区の費用制限が低いために、選挙区費用制限違反の可能性がある。その結果、幾つもの選挙結果が無効となり、補欠選挙が実施されることとなる。これらの選挙区で当選した者には出馬制限が課され、保守党が再び勝つことは容易ではない。過半数をわずかに超えるだけの保守党には、そのイメージへの痛手があるだけではなく、さらに議席が減る可能性が高いため、政権運営に苦しい状況となる。2015年総選挙の選挙費用に関わる問題は、それだけではなく、選挙区に配ったチラシの問題もある。

5月5日のスコットランド分権議会議員選挙で、保守党が大きく議席を伸ばし、労働党を上回る大躍進を遂げたが、これには、スコットランド保守党リーダーの功績が大きい。次期総選挙で保守党にプラスとなるが、キャメロン首相らの功績とは言えないだろう。

このままでは、弱い弱いと言われているコービン労働党に足元をすくわれかねない状況が生まれる可能性も否定できないだろう。残念な政治状況である。政治は、モグラたたきのように、次々に問題が出てくるものだと言えるかもしれないが、迂闊で浅薄なミスが続くのは、その政治的リーダーシップに問題があるからではないか。