総選挙は北アイルランドに大きなマイナス

総選挙が68日に実施されるが、このメイ首相の決定は、北アイルランドに大きな影響を与えるだろう。

32日に行われた分権議会選挙以来、分権政府を構成することができず、北アイルランド政治は停滞が続いている。

北アイルランドでは、アイルランド島の南にあるアイルランド共和国との統一を求める「ナショナリスト側(カソリック)」とイギリスとの関係を維持したい「ユニオニスト側(プロテスタント)」との共同統治となっており、両方の立場の最大政党が分権政府樹立に合意しなければ政府ができない仕組みとなっている。

3月の選挙では、北アイルランド議会の最大政党DUP(民主統一党:ユニオニスト側)が大きく地歩を失った。この選挙は、DUPの党首であるフォスター首席大臣がかつて企業相時代に導入した再生利用エネルギー政策の欠陥で大きな財政負担が発生することが明らかになったことが引き金となった。ナショナリスト側最大政党のシンフェイン党が、この問題の調査期間中フォスターが暫定的に首席大臣のポストを離れるよう求めたのに対し、DUPが拒否したため、シンフェインのマクギネスが副首席大臣のポストを辞任し、自動的に分権政府が倒れて選挙が行われたのである。

その選挙でDUP28議席)は最大政党の地位を維持したものの、シンフェイン(27議席)はDUPとの差を1議席とした。シンフェインは、北アイルランドで多くの人が殺害された「トラブルズ」と呼ばれる時代の未解決の殺人事件の解明の促進や、アイルランド語の法による正式な認証なども求め、分権政府が生まれる障害となっている。

この事態を受け、イギリスの中央政府は、ナショナリスト側とユニオニスト側の妥協を求め、政党間の話し合いを推進してきた。中央からの直接統治か再び選挙を実施するかの選択だとして妥協を促してきた。

このうち、選挙は、20165月、20173月と立て続けに実施されてきたことがあり、もし選挙が実施されると1年余りで3回目となる。さらに、3月の選挙で過半数を失ったユニオニスト側の勢力がさらに弱まるかもしれず、シンフェインがDUPを追い越し、北アイルランド最大政党となる、さらには30議席を獲得し、議会での拒否権を得る可能性がある。また、直接統治は、2007年セントアンドリュース合意でいったん廃止されており、これを実施するには新たな法制が必要である。

今回の総選挙が発表される前、シンフェインのアダムズ党首が、選挙の実施を強く求める立場を明確にした。シンフェインは、北アイルランドの他の政党との合意を達成したいが、メイ政権とDUPがそれぞれの立場に固執しているためそれが達成できないとし、選挙実施のために、アイルランド政府が働きかけるべきだとしたのである。

北アイルランドの平和は、1998年のグッドフライデー合意で、イギリス政府とアイルランド政府の協力でもたらされている。今回の話し合いにもイギリス政府とアイルランド政府が参画しており、イギリス政府はアイルランド政府の承認なしに直接統治に踏み切れない。なお、アダムズは、かつてイギリスの下院議員に選出されていたが、今やアイルランド共和国の下院議員であり、アイルランド共和国の第3党シンフェインを率いている。

イギリスのブロークンショー北アイルランド相は、これまでたびたび話し合いの期限を延ばしてきた。5月初めまでにまとまらなければ直接統治か選挙としていたが、さらに6月末までに延ばすこととなった

メイ首相がイギリスの下院の総選挙を実施することとしたため、北アイルランドの政党は総選挙準備、キャンペーンで忙しく、この話し合いが難しくなったためだ。なお、下院は、52日に正式に解散されるため、68日の総選挙が終わるまで、直接統治を可能にする法制定は難しい。一方、もし選挙を行うとすれば、北アイルランドでは選挙が本当に多発することとなる。

北アイルランドの分権政府が倒れて100日が過ぎたが、この宙ぶらりんの状況がさらに続く。北アイルランドが過去十年で最も困難な状況を迎えている中、突然総選挙に踏み切ったメイ政権は、北アイルランドを軽視していると批判する声が強い。

北アイルランドでは、EU国民投票で、56%が残留、44%が離脱に投票した。イギリスのEU離脱交渉の結果次第では、北アイルランドが南のアイルランド共和国との統一を求める方向に動く可能性もあり、メイ政権には慎重な対応が必要だ。

スコットランド独立住民投票の可能性

201768日に総選挙(完全小選挙区制)が行われることが、下院の投票で正式に決まった。下院の総議席6503分の2を大きく上回る522票の賛成を得たのである。

この総選挙の一つの注目点は、前回2015年の総選挙でスコットランドに割り当てられた59議席のうち56議席を獲得したSNP(スコットランド国民党)が、その勢力を維持・増加させて2回目のスコットランド独立住民投票に結び付けられるかどうかであろう。

スコットランド議会は、2017328日、独立住民投票を実施することに賛成し、スコットランド分権政府にイギリスのメイ政権と時期をめぐる交渉を始めることを承認した。しかし、メイ政権は「今は、そのような時ではない」とし、Brexitが完了するまでそのような住民投票を認めないことを明らかにした。

1回目の独立住民投票は、20149月に行われた。当時のイギリス中央政府のキャメロン首相とスコットランド分権政府のサモンド首席大臣が、エディンバラ合意に調印し、1998年スコットランド法30条に基づく命令で独立住民投票を実施した。すなわち、この住民投票の結果には、法的な拘束力があることを明確にして実施したのである。この住民投票は、独立反対が55%、賛成が45%で、反対派が勝利した。

スコットランドのスタージョン首席大臣は、第1回目のような形で、1998年スコットランド法30条命令による住民投票を求めている。しかし、これがなくても、独立に関する住民投票ができないわけではない。

独立住民投票の可能性が高まってきた時、多くは、そのような住民投票を実施するには、このスコットランド法30条に基づく命令がなければならないと考えた。しかし、UCLのロバート・ヘーゼル教授によれば、その命令なしでも「スコットランドの独立交渉をイギリス政府と行うのに賛成か」といった諮問的な住民投票を行うことは可能で、著名な法律家たちが、それは事実上同じ効果があるとしていると言う。ただし、そのような独立住民投票の実施には、異議が出るのは間違いなく、最高裁の判断が出るまでに数か月かかるだろうとした。

つまり、スコットランドのスタージョン首席大臣は、世論に独立賛成の機運が盛り上がって来れば、メイ首相の承認なしに、そのような住民投票を実施することができるというのである。

スコットランドの世論は、今のところ独立反対の方が強いが、メイ首相にとっては、スコットランドの独立機運が盛り上がらないようにする必要があろう。この総選挙でスコットランドの情勢がどうなるか見ものである。

突然の総選挙

2017418日、メイ首相が、首相官邸前で演説し、68日に総選挙を実施する考えを明らかにした。翌日の419日、下院で総選挙の実施を提案し、総議席数の3分の2の賛成を得られれば、その通り実施する方針だ。最大野党の労働党のコービン党首は、その提案を歓迎した。下院で3分の2が得られるのは間違いない状況であり、68日に総選挙が行われる見通しとなった。

2011年固定議会法では、任期途中での解散総選挙は、下院総議席の3分の2の賛成、もしくは政権が下院で不信任され、代わりの政権が生まれない時と限定されている。今回は、このうち、3分の2の賛成で実施される。

各種の世論調査で労働党の支持率は27%程度、メイ首相率いる保守党は42%程度であり、15から20%程度の差がある。労働党は、その惨敗した1983年総選挙並み、もしくはそれよりも悪い状況にあると見られている。しかし、メイ政権の政策に反対する労働党が、総選挙の実施に反対することはできなかった。

メイ首相は、この総選挙はBrexitの交渉のためと主張する。下院で保守党は、他の政党の総議席数を実質上17上回るだけで、保守党の中でも意見の分かれるBrexitを進めるためには、総選挙が必要だとする。この状況の中、もし労働党が総選挙の実施に反対すれば、労働党は特に右寄りのプレスから袋叩きにあう可能性もあった。

メイはこれまで総選挙は固定議会法通り20205月に実施するとし、それ以前の実施は否定してきた。このUターンの原因は、メイのこれまでの計算違いにあるように思われる。本格的なBrexit交渉が始まる前に、メイがこの選挙で保守党の議席数を増すとともに、総選挙後5年間の時間稼ぎをしようとしたのは明らかである。

具体的には以下の点がこの総選挙の背景としてあげられよう。

  • Brexitの交渉が予期していた以上に長引く可能性が高いこと。メイはこれまでEU離脱の通知から、定められた2年の交渉期間(20173月から20193月)内に、離脱後の関係も含めて交渉できるとしてきた。しかし、通知後のEU側の反応から、それは極めて難しいことがはっきりとしてきた。予定では、Brexitをうまく成し遂げ、その後の総選挙で保守党が勝利を収めるという計算だったが、今のままでは、20205月までに今後の関係も含めた交渉を終えることは困難だ。

  • スコットランドの住民投票が行われる見通しが強いこと。スコットランド議会は既に住民投票の実施に賛成しており、メイ政権と実施時期について協議する決議に賛成した。しかし、メイ政権は、今はその時期ではないと無期延期の構えだ。しかし、SNP(スコットランド国民党)政権は、メイ政権の承認を受けなくても、スコットランドの判断で住民投票が実施できると考えている。さらに20215月に予定される次期スコットランド議会議員選挙で前回2016年のように予想外に議席を減らす可能性があり、また2020年にはイギリス下院の総選挙が実施される(今回の総選挙発表でこの可能性はなくなった)ことも考慮すれば、それより前、すなわちSNPが既に求めている2018年から2019年に実施に向かうかもしれず、イギリスのBrexit交渉に差し支える可能性がある。

  • 国内面で、選別的なグラマースクールの拡充問題がある。メイはこれを自分の主要政策として推進しているが、保守党内に強い反対がある。教員組合が、その政策の合法性をめぐって司法審査に訴える構えを示しているが、この政策を確実に実施させるには、法制定が必要だろうと見られているが、現状では困難だ。それをスムーズに進めるには、保守党の議席数を増やし、しかもマニフェストに入れ、保守党下院議員ばかりではなく、上院にもマニフェスト公約として反対できなくさせる必要がある。

ただし、保守党が総選挙で勝つ可能性は高いが、それほど大きく議席を増やせないかもしれない。なお、今回の総選挙は、2015年総選挙時の650議席のままで行われる。予定されていた2020年総選挙には議席を600とし、選挙区のサイズを均等化することで準備が進められていたが、この案は2018年に正式に出されることとなっていた。

スコットランドでは、割り当てられた59議席のうち、2015年にはSNP56議席を獲得したが、それにはあまり大きな変化はないだろう。北アイルランドに割り当てられた18議席はいずれも地方政党の議席であり、大きな変化はない。

一方、労働党は、非常に強い選挙区を多く抱えており、例えば、次点との差が大きく、最も安全な選挙区トップ20のうち17の選挙区は労働党だ。世論調査で支持率が低くてもそう大きく議席が減らないだろうと見られている

さらに自民党は、前回の2015年総選挙では7.9%の得票率で8議席だった。23%を獲得した2010年から48議席減らした。しかし、201612月のリッチモンド補欠選挙で、昨年のロンドン市長選で保守党候補だった現職(メイ政権のヒースロー空港第3滑走路決定に反対して議員辞職して再立候補)を破り、自民党下院議員数を9に伸ばした。自民党は、今回のような総選挙を想定して、入念な準備を進めてきたといわれる。前回総選挙で自民党は保守党に多くの議席を奪われたが、今回は、保守党のBrexit政策に真っ向から反対する自民党の議席数が増すだろう。

今回の総選挙の結果が、ハングパーラメント(宙づり議会)となる、すなわち過半数を占める政党がない可能性は2割といわれる。労働党が勝つ可能性はほとんどなく、保守党が過半数を獲得すると見るのは8割だ。ただし、昨年のアメリカ大統領選挙や、現在進行中のフランス大統領選挙で見られるように予想外の状況が生まれる可能性はゼロではない。

よく練られたEU側のBrexit交渉指針

3月29日、イギリスはEUのリスボン条約50条に基づいて、EUを離脱する意思をEU側に通告。2年間の離脱交渉が始まった。それを受け、EU側はイギリスを除いた27か国にBrexit交渉指針案を送ったが、その内容が明らかになった。

前回の拙稿で、EU側の目的は、EUの利益を守り、結束を強めることだと指摘したが、この指針案はそれに沿った、よく練られたものといえる。429日のEUのイギリスを除いた全体会議でこの指針案に沿った形で了承されると思われる。

これは、まず、離脱の標準的な手続きを定めるものといえる。今のところ、直ちに離脱の可能性のある国はない。しかし、リスボン条約で離脱条項(2009年12月発効)を設けたとき、それが実際に使われるようになると考えた国はなかった。それを考えると、今回のイギリスの離脱に関する交渉並びに作業は、将来起こりうる事態の前例となり、極めて重要なものである。EU側が長期的な視野から、慎重な対応、準備を進めてきたことが伺える。それに対し、イギリス側は、このような交渉は一回限りのもので、しかもイギリスが特別扱いされると見ていたようだ。しかし、この交渉の主導権はEUにあり、しかもEU側は、2年間の離脱交渉期間に満足できる合意ができず、合意なしでイギリスがEU離脱となる事態も想定している。

この指針案で特に重要な点は、以下の4点である。

1.「イギリスのEU離脱」交渉と「離脱後のイギリスとEUとの関係」交渉を切り離し、離脱交渉でEU側の納得できる合意がなされた段階で「離脱後のイギリスとEUとの関係」交渉を始める。

2.交渉窓口はEU側で一本化。

3.将来のイギリスとEU市場の関係では、部門ごとに交渉、合意することをせず、全体として交渉。

4.イギリス領のジブラルタルにはスペインが主権を主張してきているが、イギリスとEUとの合意は、スペインの合意なしにジブラルタルに適用されないこととした。

メイ首相はこれまで、2年間の交渉期間で、交渉を終え、その成果を掲げて、20205月の総選挙に臨むつもりだった。離脱通告書でも「イギリスのEU離脱」交渉と「離脱後のイギリスとEUとの関係」交渉を並行して進めるよう要求した。これで交渉の時間を短縮するとともに、最大の懸案の、離脱に伴って想定される費用負担(600億ユーロ:7兆3000億円)を抑え、しかもその費用負担支払いを将来の関係の交渉の道具として使い、さらに、離脱後のEU市場へのアクセスに伴う費用と合わせて離脱に伴う費用負担を目立たないようにする狙いがあったように思われる。

離脱に伴う巨額の費用負担は、保守党内の離脱派が強く反対しており、これをはっきりとわかる形でEU側に支払うようなことは避けたかったと思われる。しかし、EU側はそのようなイギリスの国内事情にかかわりなく、はっきりとした形で結論を出したいと考えている。

これには実質的な面だけではなく、象徴的な意味があると思われる。まず、今後このような離脱がある場合には、このような手順で進められると明示し、しかもこの離脱に伴う費用負担は逃れられないとはっきりと示す目的があるのではないかと思われる。

特にイギリスのようなEU主要国が離脱する場合には、残る国々(27か国)と様々な関係があり、将来の関係にはそれぞれの利害が複雑に絡み、交渉が多面的になる可能性があるが、イギリスのEUへの支払い義務の問題では、残りの加盟国に利害の差が少ない。すなわち、EU側の見解が統一しやすいといえる。

交渉指針では、将来の関係について、イギリス側がEU加盟国に個別に働きかけ、分断攻略に出ることを防ぐために、EU側は、窓口を一本化することとした。また、EU27か国の個別の利害が直接出る可能性があるため、部門ごとに交渉することを避け、全体として交渉することとした。この結果、イギリス側の重点部門、金融関係や自動車などの部門を特別扱いすることはなくなったといえる。

その上、ジブラルタルの問題では、EUのメンバーであるスペインの主張を尊重することでEUの結束を図るとともに、EUを離れれば、立場が弱まることをはっきりと示した。

メイ首相にとっては、このEU側の対応は、特に国内対策上、極めて厳しいものだといえる。

「裸の王様」のようなメイ首相

2017年3月29日、イギリスはEUに離脱の通告。2年間の離脱交渉が始まった。通告書の中で、メイは、EU離脱交渉と、貿易関係も含む離脱後のイギリスとEUとの関係についての交渉を同時並行で進めることを要求。また、イギリスが優位なセキュリティの分野を交渉の道具に使うことを明示した。

また、通告後のインタビューでメイ首相は、イギリスは「離脱後も貿易で同じ便益を受けると思う」と発言した。

EU離脱交渉と離脱後の関係の交渉を同時に進める要求は、EUの盟主であるドイツのメルケル首相が拒否。まず、EU離脱交渉が先行し、それがまとまった段階で離脱後の交渉に入る方針を明らかにした。また、6ページの文書でセキュリティに11回触れているが、これは脅迫だという批判がEU側、さらにはイギリス国内でも出た。

さらに離脱後も貿易で同じ便益を受けるという発言は、3月30日、デービス離脱相が、それは野心だと釈明する羽目に陥った。

メイは、内相時代から自分に都合の悪い事態が発生すると、内務省の担当大臣をインタビューに派遣して答弁させるという傾向があった。今回も同じである。

ただし、イギリスのEU離脱交渉は、これまでになかったほど大規模、複雑、困難な交渉で、イギリスの将来がかかっている。このような大切な交渉にかかわる問題では、メイが自ら説明すべきではないか?

この事態を目のあたりにして、メイは「裸の王様」になっているのではないかと感じた。つまり、メイに本当のことを率直に言う人がその周辺におらず、メイの判断が大きく狂っているのではないかということである。離脱交渉で重要な3閣僚、外相、離脱相、国際貿易相はいずれも離脱派である。財相は残留派だったが、メイとの関係がよくないと見られている。経験豊富なイギリスの前EU大使は、2017年1月に突如辞任した。メイ政権の離脱交渉への考え方が非現実的だと判断したためである。

EU側は自分たちの利益と結束を守ることに躍起である。イギリスが有利に離脱することを防ぎ、他の国が離脱に魅力を感じることのないようにする必要がある。そのためには、イギリスにこれまで約束したことの責任を果たさせ(支払い)、労働力の移動の自由とEU単一市場へのアクセスは切り離せないという原則を貫き、イギリスにいいとこ取りをさせないようにしなければならないという考えがある。

メイが言うような、離脱後も同じ便益を受けるというのは、上記に反する。

イギリスは6400万の人口だが、EU全体の人口5億1千万の市場にアクセスしたい。このためイギリスの立場は強くない。その中でメイの手の内が限られているのは理解できるが、メイのやり方は、EU側の多くを反発させ、交渉をさらに厳しくさせるだけのように思われる。

メイのBrexit

2017年3月29日、イギリスはEUに離脱通知を手渡す。2016年6月23日の国民投票で国民が52%対48%でEU離脱を選択して以来9か月、やっとそのプロセスが始まる。

この間、EU離脱の結果の責任をとってキャメロン首相が辞任、そして後任の保守党党首にテリーザ・メイ前内相が選ばれ、7月13日、首相に就任した。メイ首相は、もともと保守党内の右で、EU離脱を目指す欧州懐疑派に近いと見られていたが、EU国民投票ではEU残留派に名を連ねる。しかし、EU国民投票前のキャンペーンでは、できるだけ表面に立たないよう慎重に行動し、キャメロン首相の広報戦略局長が内情を明らかにした著作でメイの行動を批判した。

メイは閣僚の中でも最も重要なポストの一つ内相を6年間勤めてきており、しかも手堅いと思われたことが首相となった要因だが、首相就任後、レトリックで、その手堅さを捨て去り、国内的な政治的得点稼ぎにまい進し始めた。

メイはこれまでの8か月で自らほとんど何も成し遂げていない。しかし、そのレトリックと弱い労働党のおかげで、世論調査では高い支持率を維持している。

EUとの関係で、メイは、EUからの移民の制限が優先で、関税などの障壁がない欧州単一市場から離脱するとした。そしてEUとの離脱交渉、さらに貿易関係を含むEUとの将来の関係交渉を2年以内に終えるとし、しかも「悪い合意をするよりも合意のない方が良い」と主張するに至る。

このようなレトリックは、国民には強いリーダーのような印象を与え、期待が集まる。しかし、最近になって、これまでの主張は現実的ではないと悟るに至ったようだ。

2年後、合意なしでEUを離れた場合、輸出の半分近くを占めるEUへの輸出には、その日から関税がかかり始め、輸出関係書類などの複雑な手続きが必要となる。一方、EUからの輸入を審査するシステムを構築する必要があり、ある推計では、現在のスタッフを10倍近く増員する必要があるという。しかもEU以外の国との貿易もこれまでEU管轄下のシステムで行われていたが、それがWTO管轄下のシステムにスムーズに移行できるとは考えられていない。

イギリスの国家公務員たちは、財政削減と行政改革で第二次世界大戦後、最小のレベルであり、現在抱えている仕事の上に、過去40年余りの関係を清算し、またイギリス法の中のEU法を仕分けするような複雑で困難な仕事まで対処する能力には乏しい。メイは、一つの法律でイギリスがEUの前身に加入した際の1972年EC法を廃止し、一挙にEU法をイギリス法の中に組み入れる方針だが、それだけでこの問題が解決するわけではない。

スコットランドの独立住民投票の問題でも、そのような住民投票が許されるかもしれないのは、EUとの交渉が終わるばかりか、その後の調整等が終わった後だとして、事実上、無期限に先延ばしし、EUとの交渉が2年では終わらないだろうと考えていることがうかがえる。

実際、EUとの離脱交渉は2年で終えることができるかもしれないが、重要な離脱後の関係交渉をその期限内で終えることができるとみている人は少ない。いずれにしても何らかの移行合意が必要になると見られている。

メイは、これまで離脱交渉と将来の関係交渉を同時並行で進めることができると見ていたが、EU側は、離脱交渉の中で最も重要な「離別清算金」の交渉をまず優先する姿勢だ。これはすでにイギリスがEUのプロジェクトなどで支払うことを保証している金額である。すなわち、この問題が解決できなければ、将来の関係の実質的な交渉に入れない状況だ。

この「清算金」の金額は600億ユーロ(520億ポンド:7兆3000億円)との非公式の概算がある。イギリスには、この「清算金」を払うことなしに離脱できるという議論があるが、もしそのようなことをすれば、EUとの将来関係は、極めて困難なものとなる。離脱派は、現ジョンソン外相も含め、国民投票前のキャンペーンで、イギリスがEUから離脱すれば、イギリスが「週に3億5千万ポンド(490億円)のEUへの負担金をNHS(国民保健サービス)に向けられる」と訴えた。この離脱派の数字は正確ではなく、偽の情報だと攻撃されたが、離脱派はそれを貫き通した。その人たちは、巨額の「清算金」を支払うのには抵抗するだろう。

イギリスは、EU予算の12%を拠出している。イギリスの離脱でそれがなくなるのは大きな痛手だ。EUの中でも、東欧らの経済的に比較的恵まれていない国は、EUからの開発資金などに依存しているが、EUからの援助が大きく減少する状況に面している。これらの国がそう簡単に「清算金」の問題で譲歩するとは考えにくい。

EU側の交渉担当者は、交渉の経緯を透明にすると発表している。すなわち、裏取引のようなことを排除し、またイギリス国民にはっきりと交渉経過を見せることが念頭にある。

結局、強いレトリックで国民の期待を煽り、「悪い合意をするよりも合意のない方が良い」と主張したメイだが、「清算金」の問題で、国内的にもEUとの関係でも躓く可能性がある。この問題をいかに乗り越えられるかがメイの最初の大きな課題である。

どうなる北アイルランド

北アイルランドの政治は、イギリスとの関係を維持しようとするユニオニスト側の政党と南のアイルランド共和国との統一を目指すナショナリスト側政党との共同統治である。すなわち、両側が協力しなければ運営できない仕組みだ。政府のトップである首席大臣と副首席大臣は全く同じ権限を持つが、ユニオニスト側とナショナリスト側の最大政党から一人ずつ選ばれ、そのうち最も多数の議員を擁する政党から首席大臣が選ばれることとなる。

昨年、ユニオニスト側の民主統一党(DUP)党首で首席大臣であるアーリン・フォスターがかつて企業相時代に導入した、再生可能エネルギー政策(Renewable Heating Initiative:RHI)の不備で、4億9千万ポンド(690億円:£1=140円)の欠損が出ることが判明した。これは、人口185万人の北アイルランドでは極めて大きな金額である。ナショナリスト側のシンフェイン党は、この問題の公的な調査の結果が出るまで、フォスターが首席大臣の地位から一時的に身を引くべきとしたが、フォスターは拒否。それ以外の政策でも不満を持っていたシンフェインのマーティン・マクギネス(3月21日死去)は、副首席大臣を辞任した。シンフェイン党が代わりの候補者を立てることを拒否した結果、首席大臣が自動的に失職し、選挙が行われることとなった。

2017年3月選挙

3月2日に行われた北アイルランド議会選挙は、議席数が108議席から90議席に減らされた。前回の議会選挙は2016年5月に行われたばかりで、次期選挙予定の2021年5月にこの議席数削減が実施されるはずだったが、この突然の選挙でそれが大幅に早められることになった。なお、この選挙は、18の選挙区に分かれた比例代表制で、各選挙区から5人ずつ選出される。有権者はその選好に従い順位をつけて投票する。

前回2016年5月選挙結果(投票率54.2%)

政党 議席数 派別 第一選好得票
DUP 38 ユニオニスト 29.2%
SF 28 ナショナリスト 24.0%
UUP 16 ユニオニスト 12.6%
SDLP 12 ナショナリスト 12.0%
APNI 8 中立 7.0%
その他 6    
合計 108    

DUP: 民主統一党、SF:シンフェイン、UUP:アルスター統一党、SDLP:社会民主労働党、APNI: 同盟党

2017年3月選挙結果(投票率64.8%)

政党 議席数 派別 第一選好得票
DUP 28 ユニオニスト 28.1%
SF 27 ナショナリスト 27.9%
SDLP 12 ナショナリスト 11.9%
UUP 10 ユニオニスト 12.9%
APNI 8 中立 9.1%
その他 5    
合計 90    

この選挙で、最大政党のDUPが議席を38議席から28議席へと大きく減らし、党単独で法制等の拒否権が行使できる30議席も下回った。一方、シンフェインは1議席減らしただけで27議席を獲得し、2党の差が、得票でわずか1168票差、議席数で1議席となり、大きく躍進した。

RHI問題が起こり、投票率が前回2016年よりも10%余り上昇し、DUPは得票を伸ばしたものの、得票率を落としたのに対し、シンフェインは、得票率を4%近く伸ばした。ユニオニスト側は、それまで過半数を維持していたが、それも失うこととなる。

選挙後、イギリス中央政府の北アイルランド相は、3週間の交渉期間で新政府樹立の話が政党間でまとまらなければ、規定に従い、再び選挙を実施するという方針を示した。この期限は、3月27日である。

RHI問題の調査委員長の判事が、調査には少なくとも半年はかかるとしたことから、この問題の解決はまだはるかに遠いといえる。シンフェインはRHI問題ばかりではなく、「トラブルズの遺産問題」、すなわち多くの未解決の殺人事件の解明への中央政府からの財政援助やアイルランド語への補助を要求し、一方、DUPは「遺産問題」で、かつての軍人らが未解決の殺人事件の容疑者となっているとしてそれらの関係者が訴追されないよう赦免すべきだと要求している。今のところDUPとシンフェインが折れ合う可能性は乏しく、事態は膠着状態といえる。

このような中、中央政府の北アイルランド相は、昨年5月以来3回目となる選挙を実施するかどうか、もしくは中央政府が直接統治するかの選択肢を迫られることとなる。

もし選挙を実施することとなれば、3月に躍進したシンフェインが、マクギネス死去後の弔い合戦でさらに躍進する可能性があるのに対し、DUP、さらにユニオニスト側の勢力がさらに弱まる可能性がある。

問題の一つは、メイ政権が、EU離脱派のDUP(イギリス下院に8議席持つ)の協力を下院で得るため、特別扱いしてきたという印象を与えたことだ。すなわち、北アイルランド相は中立的な立場であるべきであるのに、それがえこひいきをしているように受け止められている。

さらに、中央政府が直接統治することとなれば、かつてブレア、ブラウン首相らも経験してきたように、メイ首相がDUPやシンフェインのトップからの直接の電話に悩まされることとなる。メイ首相は、特にシンフェインのアダムズ党首の扱いには苦労するだろう。

シンフェインは、既に、南のアイルランド共和国との統一を望むかどうかの北アイルランド住民投票の実施を要求し、メイ首相が拒否した。この要求の背景には、昨年6月23日のEU国民投票で、北アイルランド住民の55.8%が残留に投票したことがある。

現在、アイルランド島内の北アイルランドとアイルランド共和国の間の国境には「仕切り」がなく、自由に往来できるが、イギリスがEUから離脱すれば、その「仕切り」が必要になるのではないかという危惧がある。ただし、昨年9月にBBCが行った世論調査では、住民の63%はそのような住民投票を望んでおらず、今のところユニオニストだけではなく、カソリックのかなり多くもイギリス残留を望んでいる。

なお、北アイルランドの住民は、アイルランド共和国のパスポートを得られるが、イギリスのEU離脱で、プロテスタントやユニオニストまでもがアイルランド共和国のパスポートを入手しているとされる。すわなち、これらの人たちのナショナリスト側への反感が減ってきている一方、カソリックは反カソリックのオレンジ結社やユニオニスト運動に未だに強い不信感を持っている人が多い。

アイルランド共和国でのシンフェイン

南のアイルランド共和国では、自分をカソリックと考える人が人口の84%、プロテスタントと考える人が4%(北アイルランドでは48%)であるが、テロ組織のイメージの重なるシンフェインへの不信が強かった。シンフェインは、1986年、アイルランド議会の議席に就くことに方針を変えたが、選挙での支持を増やすのはそう簡単ではなかった。

党首のアダムズは、イギリスの下院議員を2011年に辞職し、アイルランド下院議員選挙に出馬、当選し、また、同年、上述のマーティン・マクギネスがアイルランド大統領選挙に出馬した。マクギネスは3位となり当選しなかったが、シンフェインがアイルランドで本格的に政治運動に取り組み始めた。2012年にマクギネスが、北アイルランドを訪れたエリザベス女王と握手し、また、アダムズは2015年にアイルランドを訪れたチャールズ皇太子と握手した。

なお、2016年のアイルランド下院議員選挙で、157議席が争われ(議長は無投票)、シンフェインは14%の第一選好票を獲得し、23議席を獲得。この3月の世論調査ではシンフェインの支持率が23%とアップした。比例代表制のため、次期選挙ではシンフェインの大幅議席増が予測される。

また、マクギネスの葬儀にはクリントン元米大統領がアイルランド大統領や首相らとともに出席した。アイルランドでのシンフェインのプロフィールは上昇している。

さらにアイルランドのケニー首相らは、大統領選挙に北アイルランド住民も投票できるようにする方針だ。北アイルランドに住むマクギネスは、アイルランド大統領選に立候補できたが、自分に投票できなかった。北アイルランド住民に大統領選挙投票権を与えれば、アイルランドへの見方が大きく変わる可能性がある。

北アイルランドはどうなるか

もし選挙が行われれば、その選挙の結果は、いずれにしてもDUPとシンフェインがそれぞれの立場で第一党となるのは間違いなく、事態は膠着状態のままだろう。

いつまでも選挙をし続けるわけにはいかず、北アイルランドの不透明な政治状況は、まだまだ続きそうだ。

その一方、もしメイ首相らがBrexitの対応を誤り、北アイルランド住民が、中長期的にイギリスよりアイルランド共和国の方が有利だと判断するようなこととなれば、プロフィールを向上させるシンフェインが行動に出て、イギリスが北アイルランドを失うような危機に面する可能性も出てくるかもしれない。

マーティン・マクギネスの死

北アイルランド自治政府の副首席大臣だったマーティン・マクギネスが、2017年3月21日に亡くなった。1950年5月23日生まれ。66歳だった。稀な心臓病だったという。マクギネスの死は、イギリスの一つの醜い歴史が終わりかけていることを感じさせる。

北アイルランドの問題は、アイルランド南部が自治領となってイギリスから自立し、その際、プロテスタントが主流の北アイルランドがイギリスの一部となって残ったことに始まる。

マクギネスは、北アイルランドのデリー(ロンドンデリー)のカソリック教徒の貧しい家庭に生まれ、15歳で肉屋の見習いとなった。当時、北アイルランドでは、カソリック教徒に対する公式並びに非公式の差別が強かった。マクギネスは、北アイルランドを南のアイルランド共和国と統合させ、アイルランド島全体で統一されたアイルランド共和国の建設を目的としたアイルランド共和国軍(IRA)の武闘派に加入する。若くしてデリーのリーダーとなり、後にはIRAの主流派「暫定IRA」の参謀長となったと言われる。

この間、IRAは、1979年、女王のいとこで、チャールズ皇太子に近かったマウントバッテン伯爵を爆殺。1984年には、イングランド南岸のブライトンで開かれた保守党大会でマーガレット・サッチャー首相の暗殺を謀り、保守党幹部の宿泊していたホテルで爆弾を爆発させ、5人を死亡させるなど、数多くの事件で多くの血を流した。

その一方、武力闘争から民主的な政治闘争へと徐々に切り替えを図り、マクギネスは、IRAの政治組織シンフェイン党の幹部として地歩を築く。1994年にシンフェイン党のチーフネゴーシエーターとなり、1998年のグッドフライデー合意(ベルファスト合意ともいわれる)に結び付けた。この合意では、イギリスとの関係維持派(ユニオニストと呼ばれる)とアイルランド統合支持派(ナショナリストと呼ばれる)との共同統治のシステムが設けられた。それまでの30年にわたる、トラブルズと呼ばれ、3千人以上が殺された歴史に終止符を打つためだった。その結果、1998年選挙後、元IRAリーダーのマクギネスが、なんと北アイルランド政府の教育相となる。しかし、この議会は2002年から2007年まで停止される。

北アイルランドでは、もともと、アイルランド共和国との平和的な統合を目指した社会民主労働党(SDLP)がナショナリスト側の主流派だった。しかし、2007年選挙で、シンフェイン党がナショナリスト側の最大議席を持つ政党となり、マクギネスは首席大臣と完全に同じ権限を持つ副首席大臣となる。

マクギネスは、ユニオニスト側の最強硬派だった民主統一党(DUP)の設立者で党首のイアン・ペースリーと首席大臣・副首席大臣のコンビで働き、シンフェインが大嫌いだったペースリーと個人的な信頼関係を築き上げる。そして二人が「クスクス笑いの兄弟」と言われるほどになり、DUPの関係者らを含め、多くを驚かせる。

シンフェイン党の党首は、ジェリー・アダムズ(現アイルランド下院議員)だが、北アイルランド政府トップにマクギネスを送り込んだのは極めて適切な判断だったように思われる。アダムズはマクギネスほど柔軟ではなく、ペースリーとアダムズでは、油と水のような関係となっていたかもしれないからだ。

マクギネスは、2012年、北アイルランドを訪れたエリザベス女王と握手する。シンフェイン党は、イギリス下院議員選挙で5人当選させている。しかし、正式に議員となるにはエリザベス女王への忠誠を誓う必要があるため、それを拒否して通常の議員活動をしていない。そのため、マクギネスと、いとこをIRAに殺された女王との握手には象徴的な意味があった。

今年1月、首席大臣の再生可能エネルギー施策のスキャンダルで、マクギネスが副首席大臣を辞任したため、3月2日に北アイルランド議会議員選挙が行われたが、マクギネスは健康上の問題で立候補しなかった。インタビューで「選挙には立候補しないが、どこへも行かない」と答え、マクギネスがこれからもにらみをきかせるつもりだと見られた。

かつてBBCテレビのドキュメンタリーで、マイケル・コックレルがマクギネスにインタビューした時のことを思い出した。マクギネスの顔の周りをハエが飛び回っていた。マクギネスは、それを全く気にしなかった。そこで、そのハエをコックレルが追い払おうとすると、マクギネスは、そんなことはどうでもいいことだと静かな声で言い、コックレルがたじろいだ。マクギネスの凄味を感じた。

マクギネスのイギリス政治への最大の貢献は、アダムズとともにIRAに武器を放棄させ、政治勢力へと転換させたことだ。徐々にメンバーの考えかたを変えさせ、状況を受け入れられるようにしていった。これは簡単なことではない。戦略的な思考と、忍耐、そして最大の警戒が必要だ。二人が暗殺されず、マクギネスは自然死を迎えたが、いかに上手にこの過程を進めたかがうかがわれる。

マクギネスは酒を嗜まなかったが、それは、飲めないのではなく、油断を排除するためだった。また、マクギネスは長く収入がほとんどなく、その妻バーナデットが4人の子供を養うため、イギリス名物フィッシュ&チップスの店でも働いたといわれる。

マクギネスの死は、シンフェイン党の世代交代も象徴している。マクギネス本人が手掛け、指示を出し、また容認した殺人事件は数多あると考えられている。血で汚れた世代から新しい世代へとシンフェイン党が変わる時代が来ている。

ご参考: 幣著「いかに平和をもたらすか?: IRAリーダーからトップ政治家へ マーティン・マクギネス

前財相の新聞編集長就任

キャメロン前政権で2010年5月から2016年7月まで財相を務めたジョージ・オズボーンが、ロンドンの夕刊紙イブニング・スタンダードの編集長に就任することとなった。これには多くの批判が出ている。しかし、それは政治的なものや嫉妬からくるものが多いようだ。

オックスフォード大学で学んだ後、ジャーナリストの道を目指したオズボーンだったが、タイムズ紙に断られ、また、テレグラフ紙にも正規には入れなかった。そこで保守党本部に入った経緯がある。ジャーナリストになるのは、その当時から夢だったようだ。もちろん編集長になるための十分な経験に欠けるという面があるが、ブレア元首相が能力のある人だからと指摘したように、そう時間がたたないうちに経験不足をカバーするだけのものを発揮し始める可能性はあるだろう。

特に注目しておくべきは、オズボーンの前任の編集長は、BBCラジオ4の看板番組であるTodayの編集責任者に就任することだ。この朝の3時間のニュース番組は、政治関係者には必須のものであり、そのプレゼンターの一人は、BBCの前政治部長ニック・ロビンソンである。

イブニング・スタンダード紙は、ロシア人のオーナーとなった後、無料としたが、90万部が読まれており、その影響力は相当なものがある。普通の無料紙とは異なり、本格的な記事も掲載しており、今なお翌日の新聞の論調の方向を決めるのに大きな役割を果たしている。

ロンドンは労働党の強いところだが、この新聞は、2008年のロンドン市長選で、現職だったケン・リビングストンに対抗し、保守党候補として立候補したボリス・ジョンソンを支持し、当選させた。

オズボーンにとっては、そのステイタスを考えても、断れないジョブ・オファーだったといえる。

現職の保守党下院議員でありながら、新聞紙の編集長が務まるはずがないという見方がある。ただし、夕刊紙であるため、編集の仕事は午前11時ごろには終了するとみられる。早朝5時には出勤する必要があるだろうが、午後の下院審議には間に合う。

さらにこの新聞は月曜から金曜日まで週に5日であり、平均して週に4日ほどの出勤となるという。オズボーンにとっては、主に週末の地元選挙区での活動にそう大きな支障があるようには思えない。

下院には、伝統的に弁護士をはじめ、下院議員の7万5千ポンド(1050万円)の年俸を大きく上回る収入を他から得ている議員が多い。もともと下院議員には年俸がなく、始まったのは1911年からである。それでも額が少なく、多くの議員にとっては他の収入源が必須だった。その名残が残っており、重要な審議は今でも午後に行われている。

オズボーンの場合、昨年7月に財相のポストを更迭された後、アメリカのスピーチ会社に登録し、これまでに80万ポンド(1億1200万円)近く稼いだといわれる。その上、世界最大の資産運用会社であるブラックロックのアドバイザーに就任したばかりだが、週に1日の仕事で年俸64万ポンド(9千万円)を受ける。その他、アメリカの研究機関との契約をはじめ、新聞編集長の仕事が6つ目になる。

それでもオズボーンはまだ46歳であり、自分の可能性を試してみたいという気持ちはよくわかる。オズボーンには、新聞紙の編集長という立場上、また仕事をすでに多く抱えているなどといったことから下院議員を辞職すべだという声がある。

ただし、もし次の総選挙が新しい選挙区割りで行われれば、オズボーンの選挙区は消滅する。また、メイ首相の支持率は今のところ高いが、Brexitの交渉はまだ始まっていない。非常に困難な交渉になると考えられており、展開次第によっては、オズボーンが次期保守党党首・首相となる目があるかもしれない。それらを考えると、なるべく多くのオプションをオープンにしておいて、無役の下院議員である現在の立場をフルに活用したほうがよいと考えているのではないかと思われる。

もちろん政治的には、オズボーンのイブニング・スタンダード編集長就任は大きなショックであった。特に強く反発したのは、労働党とメイ首相らである。ロンドンに強い支持基盤があり、またロンドン市長を抱える労働党は、現職の保守党下院議員のオズボーンを警戒するのは当然ともいえる。

一方、メイは、首相就任時、オズボーンを冷たくクビにし、他の閣僚職も与えなかっただけではなく、オズボーンに近い人物にも大臣職らのポストを与えなかった。そのため、メイらは、オズボーンが、その仕打ちに対し、編集長の地位を利用し、Brexit交渉を批判し、反攻に打って出てくることを警戒している。

なお、大臣職にあった人物が、職を離れた後、2年以内に民間の仕事に就くには、独立監視機関の承認を受ける制度がある。また、下院議員の第二の職を検討しなおす必要があるという声があるが、これらがオズボーンの編集長就任に大きな障害となる可能性は乏しいように思われる。

オズボーンは予定通り5月半ばに編集長になるだろう。どのような編集長ぶりを見せるか見ものである。

スコットランド独立住民投票の駆け引き

イギリスの政界で最も優れた政治家は恐らくスコットランドの首席大臣二コラ・スタージョン(1970年生まれ:46歳)だろう。

2014年のスコットランド独立住民投票では、スコットランド国民党(SNP)は独立賛成を訴えたが45%対55%で反対派に敗れ、その責任をとり、SNP党首で首席大臣だったアレックス・サモンドが辞任し、スタージョンは後任の党首、首席大臣に就任した。

中央政界の政治家ではないが、その政治感覚は、2015年総選挙の際の党首テレビ討論で高い評価を受けたように、優れたものがある。

スタージョンは、もともと弁護士である。スコットランドの独立を標榜するSNPに十代で1986年に加入したものの、SNPの支持が強くなかったために出馬した選挙ではたびたび敗れ、議員となったのは1999年だ。

それでもSNPを後に大躍進させるサモンドに見込まれ、2004年から副党首として仕えた。SNPは、2007年スコットランド議会議員選挙で、過半数には遠かったが、労働党を1議席上回り、議会第一党となったため、サモンドが首席大臣となり、少数政権を運営した。サモンドは巧みに政権を運営し、2011年のスコットランド議会議員選挙では予想外に議会の過半数を占めることとなる。SNPは、その選挙マニフェストで、独立住民投票の実施を約束していたが、過半数を獲得したため、独立住民投票を実施せざるを得なくなった。サモンドが今でもよく言うことだが、この独立賛成キャンペーンをスタートした時には、独立支持はわずか28%だったという。独立賛成は、投票日が近くなり急に増大した。慌てた中央政界の保守党、労働党、自民党がスコットランドの大幅な自治権拡大を約束するなど巻き返しを図り、投票では45%の得票だったが、SNPは大健闘したといえる。

サモンドのような大物が退いた後の後継者は、普通苦労するものだが、スタージョンの場合、党勢を大幅に拡大し、しかも2015年の総選挙では、下院のスコットランドに割り当てられた59議席のうちSNPが56議席を獲得する結果を得て、スコットランドにおけるSNPの基盤を築き上げた。

スタージョンの基本的な独立に関する戦略は、もし、独立の世論支持が60%あれば、独立住民投票を実施するというものであった。しかし、2016年のEUのメンバーシップに関する国民投票で、スコットランドは62%の有権者がEU残留を支持したにもかかわらず、イギリス全体で52%がEU離脱を支持し、正式にEUを離脱することとなったため、その戦略を変更した。世論の独立支持は今でも50%を下回るが、メイ首相の離脱戦略は、強硬離脱だとして反対し、スコットランドは、その将来を自ら決める権利があるとして、独立住民投票を実施する方針を明らかにしたのである。そしてその時期を、2年のEU離脱交渉期間の終わる前の、2018年秋から2019年春としたのである。

メイ首相は、現在、そのような住民投票を行うべきではないと反発した。EU離脱交渉に全力を傾けるべきで、イギリスを分裂させる可能性のあることをすべきではないというのである。

住民投票を正式に実施するには、2014年の住民投票のように、スコットランド議会に住民投票を実施する権限を一時的に与える(1998年スコットランド法30条命令)ために、ウェストミンスター議会の承認を受ける必要があるが、メイ首相が反対すれば、それができなくなる。

スタージョンは非常に慎重な政治家として知られているが、メイ首相との最大の違いは、大きな賭けに出る勇気がある点だ。スタージョンは、何としてでもこの住民投票の実施に持ち込む考えを明確にしている。

前回の住民投票は2014年に行われ、それからあまり時間がたっていない。最近発表された、スコットランドの住民動向調査(Scotland Social Attitude Survey: 毎年半年かけて行われている学術調査)によると、スコットランドの独立賛成の声は、次第に強くなっており、今までになく強くなってきている。若い世代に独立支持が多く、この調査の報告者であるジョン・カーティス教授によると、待てば、いずれは独立となるという。

しかし、スタージョンは、賭けに出た。住民投票が実施できない、もしくは住民投票が実施できても独立反対が多数を占めれば、スタージョンは大きな打撃を受けるだろう。それでも、きちんとした手続きを踏み、柔軟な姿勢を貫いていけば、メイが住民投票実施に強く反対すればするほど、スコットランド人が反発し、情勢は自分のほうに傾いてくると判断しているようだ。

ブラウン元首相が、第三の選択肢として、スコットランドに条約締結権を認めるなど連邦制的なイギリス像を提案したが、このような案の支持者はかなり限られているように思われる。多くのスコットランド人は、スコットランドの将来がイングランドの中央政府に左右されることに不信と反発を感じているからである。

この問題が、どのような形で収束していくか、政治家の能力と重ねて注目される。