ミリバンドイズムの出現(Milibandism)

エド・ミリバンドが党大会のスピーチの中で言った。2010年の党首選挙に、本命だった兄の元外相デービッドに対抗して出馬したのは、党首に「自分が最もふさわしい」と思ったからだと。

この真髄は、そのスピーチの内容が物語る。デービッドはゴードン・ブラウンに対抗するのを躊躇したが、ミリバンドは兄のデービッドよりはるかに大胆だ。国の力を使って公平でないことを正すと言った。

その代表的な政策は以下のようなものである。

①現在のエネルギー市場は機能していない。2015年5月の総選挙に勝てば、20107年初めまでの20か月間ガス、電気のエネルギー料金を凍結し、一般家庭、企業を援助し、市場改革を行う。

②慢性的な住宅不足を解消するため、年に20万戸の住宅を建設する。住宅デベロッパーで土地を持っているものは、建てなければ、その土地を取り上げる。

これらは現在の英国では、非常にドラスティックな政策である。

エネルギー料金の凍結

ミリバンドはこの凍結で、一般家庭で年に120ポンド(1万9千円)、企業で1800ポンド(28万円)の節約ができ、一方でエネルギー会社の収入減は45億ポンド(7000億円)と計算している。

エネルギー料金の凍結には直ちにエネルギー会社やビジネス団体などから大きな反発の声が上がった。エネルギー料金がある程度高くなければ今後の投資ができない、2015年には石炭発電所の廃止などでエネルギーの余裕がわずか2%となると予測されているが、停電の恐れもあるという。

ただし、これまで何度もエネルギー料金の値上げが行われ、一般家庭の支出に占めるエネルギー料金支払いの割合がかなり増え、一般の家庭ではエネルギー料金の値上げに苦しんでいる。エネルギー会社は、エネルギー源の仕入れ価格が下がっている時には価格引き下げを渋り、上がっている時にはすぐに値上げをする、そして何十億ポンドもの利潤を上げる体質に反省がないという批判がある。

労働党はこの政策発表の前に、慎重に検討したようだ。過去二十年ほどのエネルギー市場を分析し、様々なシナリオを想定して検討した上、法律の専門家の見解も確認して万全を期したようである。

日本では、このようなことは行政指導などで行えるかもしれない。しかし、労働党は、この法律を制定する考えだ。

土地の取り上げ

土地の強制取り上げは、恐らく「言うは易く、行うは難し」の部類に入ると思われる。日本ではこのような政策を打ち出すことは憲法上難しいだろうが、英国は国会主権の国であり、国会で法律制定すれば基本的には実施可能だ。もちろんEU法上の制限はあるが。

「責任ある資本主義」

ミリバンドのスピーチで明らかになったのは、ミリバンドはこのような行動を今後も行う用意があるということである。このような政策を社会主義だと見る向きもある。

ミリバンドの重視しているのは「責任ある資本主義」と「フェア・ディール(取引や取り決めが公平であること)」である。

つまり、もし市場がきちんと働かず、一部のものに格別に有利で、それで害を受けているものがいれば、ミリバンドは国の力を使って行動に出るということである。ミリバンドの言葉を借りれば以下のようである。

「もし競争が失敗し、もしそれが特定の市場で失敗しているという証拠があれば、監視機関が行動するべきだろうか?そしてもしその監視機関が、その市場で起きたように失敗すれば、政府が行動すべきだろうか?もちろんだ」

かつて2008年から2009年の世界金融危機の中、経営危機に陥ったロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)を救済する際、当時の労働党首相ゴードン・ブラウンはRBSを国有化することが最も手早い方法であることはわかっていた。しかし、それになかなか踏み切れなかったのは、過去の労働党政権の国有化や価格統制政策の悪い記憶だった。つまり、RBSを国有化すると労働党政権への信頼が揺るぎかねないという恐怖があったのである。

もともとそのような過去から決別し、選挙でカギを握ると思われた中流階級の支持を得るためにブラウンやブレアは「ニュー・レイバー(新労働党)」を打ち出した経緯があった。

しかし、ミリバンドはそのような心配をよそに行動した。現在のエネルギー市場の仕組みが壊れているとし、現状ではフェア・ディールはできないと判断した。そして、エネルギー市場を真に競争的な市場とすることを目的に、エネルギーの生産者と販売者を分離し、さらに現在の監視機関Ofgemをさらに強い権限を持った機関に入れ替えるとし、価格凍結期間にそれを行うとしたのである。

このような政策は、恐らく兄のデービッドにはできなかっただろう。デービッドは労働党の右寄りのブレア派であった。市場や投資家の反応を心配しただろう。その意味では、ミリバンド弟は兄とはっきりと違うということを示した。

ミリバンドイズムの出現で、これまで主要三党が同じような政策を打ち出し、お互いに違いがないというこれまでの批判が過去のものとなったといえる。

自民党は、その党大会で「公平な社会」を目指す責任政党と主張したが、それはミリバンドイズムで吹き飛んでしまったように思われる。今後自民党は、極めて保守党に近い政党と見られるだろう。そのため自民党はさらに苦しい立場に追い込まれることとなる。

ミリバンドは保守党を攻撃し、保守党は大手企業や金持ちの味方で、それらを助けるために一般の人々の生活を犠牲にしていると主張した。それに今週末からの党大会でキャメロンがどのように反論できるかがカギとなるように思われる。

ミリバンドのエネルギー価格凍結政策発表後、9月25日、26日と大手エネルギー会社の株価が大きく下がった。例えば、エネルギー大手のブリティッシュガスを所有するセントリカとSSEの株価である。25日に5%余り下がり、それが26日さらに下がった。これは、ミリバンドが次期総選挙後首相となると多くが見ていることを示している。キャメロンがこのような波を覆すことができるかどうかが課題である。

ミリバンドの戦い(What Miliband is Doing)

労働党大会でのエド・ミリバンド党首のスピーチには感心した。スピーチの原稿が既に記者団らに渡っている中、1時間余りのスピーチをメモなしで力強く行った。しかし、そのことに感心したのではない。共感を呼ぶような材料を巧みに構成し、その内容がよく考えられていたからである。会場で聞いていた人たちは、感銘しているように見えた。

この労働党の党大会は、ブレア・ブラウン時代にスピンドクターだった人物の暴露本のために影が薄くなるという見方があったが、逆にこの本で注目が集まったように思われる。

この本の著者ダミエン・マクブライドはケンブリッジ大学卒の元国家公務員である。ゴードン・ブラウンに認められてスペシャルアドバイザーとして側近となったが、「マクポイゾン(姓のマクブライドのマクと毒を合わせた)」と言われて恐れられた人物である。ブラウンの広報担当者で、ブラウンの政敵らに対して卑劣な策略を次々と講じた。その謀略が明らかになり、2009年に辞職した。現在はカソリック系のCAFODという国際援助機関でメディアの責任者として働いているが、一種の懺悔のために(もちろんお金のためもあるが)自分の行ったこと、そして関係した人物のことを赤裸々に描いた。

ミリバンドは、そのマクブライドに向かって「あんたは嘘つきだ。あんたとの関係は終わりだ」と告げて、ブラウンにマクブライドをクビにするように働きかけたという。これはミリバンドの性格の一端を物語る話であり、ミリバンドにとってはそう悪い話ではない。

さて、このスピーチは、ミリバンドのリーダーシップを問う声や具体的な政策の欠如などに対する批判への答えであった。

ミリバンドは「英国はこれよりもっとよくできる」を謳い言葉に、次々にキャメロン連立政権の施策を批判しながら自分の政策を披露した。英国はトップを争っているのであり、底辺を競っているのではないと愛国心をあおり、また英国の労働者を守る立場を明確に打ち出した。

英国の景気が上向いていることが伝えられているが、ミリバンドは、インフレ率が3%近くある中で賃金の削減や据え置きで苦しむ一般の労働者らを援ける政策を打ち出した。「公平な取引」を訴え、電気・ガス料金の据え置き(2015年の総選挙に勝てば2017年初めまで20か月間)では有権者も企業も助かる、また、最低賃金のアップや無料育児の拡大などを行うと約束した。

また、労働者の権利を守ることも強調したが、これらが労働組合の関係者を喜ばせたことは間違いないだろう。

ミリバンドと労働組合との関係には溝ができていた。現在、労働組合の組合員は労働組合を通して全体として労働党に関係しているが、ある選挙区の候補者選出を巡る事件に端を発して、ミリバンドは労働組合員がそれぞれ自分の意志で労働党の組合員となる関係に変えようとして、労働組合のボスたちの不興を買っていた。しかし、スピーチを終えたミリバンドをミリバンド批判の急先鋒ともいえるGMB労働組合の書記長が称える仕草をする光景も見られた。

ミリバンドのスピーチの中に具体的な経済政策や財政政策がないという見方もあろうが、総選挙まで1年半ある時点で、そういうものに具体的に踏み込んだものを発表することが適切かどうかには疑問があるだろう。

ただし、毎年20万件の住宅の建設を行い、グリーンエネルギー関係で100万人の雇用を生み出すと約束。また、小さな企業への支援を打ち出した。

このスピーチが党大会に出席した労働党の党員らを勇気づけたのは間違いないように思われる。もちろんこのスピーチは1960から70年代の左傾化した労働党の価格政策などを思い出させるとか、エドは「赤いエド」となったと批判する向きはある。しかし、物価が上がる中で生活レベルを下げることを強いられている人たちにとってはかなり魅力ある政策と言えるだろう。

次の総選挙は自民党がはっきりと2015年まで連立政権を維持する意思表示をしたために、予定通り2015年に行われる見通しだ。総選挙は、政権政党が政権を失うのであり、野党が獲得するのではないと言われるが、ミリバンドの置かれた立場はかなり特殊なように思われる。

次期総選挙の大きな焦点の一つは、英国独立党(UKIP)がどの程度票を集めるかである。UKIPは既成政党に不満を持つ有権者の票を吸収しているが、そのUKIPに最も票を奪われるのは保守党である。つまり、UKIPが支持を集めれば集めるほど保守党の票が減り、労働党に有利となる。保守党はUKIPと党内の欧州懐疑派に押されてEUの国民投票を約束したが、それでも、来年6月に行われる欧州議会議員選挙でUKIPは最も票を多く集めると見られている。

そのUKIPが再来年の総選挙で、保守党と労働党の競う選挙区で保守党に大きなダメージを与える可能性が高いことが9月15日に発表された元保守党幹事長のアッシュクロフト卿の世論調査で示されている。

一方、保守党は経済政策が成功すれば次期総選挙で有権者はその成功を認め、保守党に投票すると見ているようだ。必ずしもそうとは言えないかもしれない。むしろ連立政権の経済政策が成功すればするほど国民はその報酬を求めて、財政削減を旗印に掲げる連立政権の政党から労働党へ向かう可能性があるように思われる。経済が成功してもそれを一般の人々が実感するまでにはかなり時間のギャップがあるためである。

さらにいわゆる「ベッドルーム税」の問題がある。英国では、この問題に多くの人が関心を持っている。これは、部屋の余っている公共住宅などに福祉手当受給者が住み続けているとその福祉手当が減額される政策である。一見合理的だが、実は小さな公共住宅に移転したくても適切な公共住宅がない、家賃の滞納が増えているなど多くの問題が出ており、現政権の失敗政策で象徴的なものの一つと言える。

これらから考えると、労働党はかなり有利な状況といえる。しかしながら、労働党には危機感がある。世論調査では労働党が保守党を上回っているが、保守党の党首であるキャメロン首相の個人評価と比べるとミリバンド党首の個人評価がかなり低い。

英国の総選挙は、誰を首相とするかの選挙でもある。つまり、ミリバンドが英国の首相としてふさわしいと思われなければ、労働党はそのために大きく票を失いかねない。

保守党の選挙アドバイザーであるリントン・クリスビーがそれを突いてくることに労働党は大きな危機感を持っていた。そのため、ミリバンドのスピーチはこれへの対応に焦点を絞っていたともいえる。

ミリバンドは自分が首相になればと言い、次の政権を担うという意思を明確にした。「ベッドルーム税」はキャメロンが始めたが、首相となれば自分がこれを撤廃するとして、喝采を受けた。

また、自分のリーダーシップと個性を比較しようとキャメロンに挑戦した。さらに政策がないという批判にこたえて、様々な政策を一挙に打ち出した。

これらがどの程度一般有権者に影響を与えるかは今しばらく様子を見る必要がある。ミリバンドには、労働党の支持者並びに自民党からの支持替え者をしっかりと固めれば、総選挙で十分に勝てるという考えがあるように思われる。その点では、今回のスピーチはその戦略の第一弾として十分な役割を果たしたものと言えるだろう。