ジョンソン首相の評価が急速に悪化

ジョンソン首相の有権者からの評価が大きく下落している。コロナ感染を抑えるための法的な制限の緩和をめぐり、様々な混乱が生じているのが主な原因だ。

Opiniumが7月22-3日に行った世論調査では、政府のコロナパンデミックへの対応を良いとしている人は32%、良くないとしている人は48%である。また、ジョンソンを首相として良いと見ている人は34%、良くないと見ている人は47%で、評価はマイナス13%である。野党第一党の労働党のスターマーを党首として良いと見ている人は30%、良くないと見ている人は36%で、これだけを見ると評価はジョンソンよりも良いと言える。それでもOpiniumの世論調査によると、保守党の支持率は労働党を8%上回っている。実際、保守党の支持率は下がっているが、労働党の支持率はそれほど上がっていない。すなわち、ジョンソン首相と政府の評価は悪化しているが、それがそれほど労働党の支持向上に向かっていないということになる。

7月20-21日に行われたYouGov7月19-20日に行われたSurvationの世論調査では保守党の労働党に対するリードはいずれも4%となっており、YouGovではその前2つの世論調査から8-9%の下落、Survationでは、その前の世論調査から7%の下落となっている。Survationのジョンソン首相の評価は、その前より10%悪化している。

ただし、コロナの問題について一つよくわかっていないことがある。感染力の強いデルタ株のために、コロナ感染者の数が大きく増えていくと思われたのに、逆にコロナ感染者数が減っている。それが5日連続で続いている。この傾向がなぜ続いているのかはっきりしていない。病院に入院する人の数は少し増える傾向にあるが、それでも今年1月のレベルと比べるとはるかに少ない。7月19日の「フリーダムデー」で規制が大幅に解除された後、感染者数などがどうなるかは2、3週間しないとはっきりわからないと言われる。もし、感染者数が予想されているほど増えず、病院にもそれほど大きな負担がかからないという状況が生まれれば、ジョンソン首相の評価が変わる可能性もある。

権威を急速に失いつつあるジョンソン首相

2021年7月22日は、下院の夏休み前の最後の開催日だった。下院議場で、労働党の下院議員ドーン・バトラーが、保守党のジョンソン首相を「嘘つき」と繰り返し攻撃。議長が2度、発言を取り下げるよう求めたが、バトラーは「本当のことだ」と発言を取り下げなかったため、議長の代わりに議長役を務めていた労働党の議員から退席を命じられた。バトラーは、労働党の「影の女性・平等大臣」を務めている人物であるが、平気な顔で議場を去った。ジョンソン首相の権威が失われつつあるのを象徴する出来事のように思われた。

その前日の7月21日には、恒例の「首相への質問」があった。労働党のスターマー党首や下院第3党のスコットランド国民党などからのコロナパンデミックなどに対する質問にジョンソン首相は、正面から答えようとしなかった。国難の際には、野党は政府を支持すべきだ、まだワクチン接種を受けていない人は受けるべきだなどと主張したが、質問へのまともな答えを持ち合わせていないような返答に、ジョンソン首相の姿が急速に小さくなってきているように感じられた。

7月19日にはコロナ関係のほとんどの法的な制約が解除された。ジョンソン首相は、この日を「フリーダムデー(自由の日)」と銘打ち、その日が来ると、もう覆らないと主張してきていた。しかし、7月19日が近づいてくるにつれ、感染者数が大きく増加してきたため、ジョンソン首相は、慎重さが必要だ、必要だと思われればマスクを着用すべきだなどと大きくトーンダウンしてきていた。それでも7月19日の解除は実施されたのである。

そのため、ナイトクラブも営業できるようになった。7月18日の真夜中12時を過ぎると、外に行列を作って待ちかねていた多くの若者たちがナイトクラブに流れ込む映像は、多くの人にショックを与えた。このような場所はコロナ感染が大きく拡大する可能性がある。オランダでは、規制を解除し、ナイトクラブも解禁されたが、その後コロナ感染が急速に拡大し、オランダの首相が政策は誤りだったと公式に国民に謝罪したぐらいだ。

イギリスでは、感染力の強いデルタ株が急速に広まっており、感染者数が1日に5万人程度になっている。ジャビド保健相が、感染者数は1日10万人程度にまで広がるだろうと発言したが、専門家は20万人になるかもしれないと言う。イギリスでは大人の人口の3分の2が既に2回のワクチン接種を受けており、死者数や病院収容数はこれまでのピーク時に比べてはるかに少ないが、それでも死者数は今年の3月レベルに近くなってきた。医療現場では、危機感が高まってきており、医療を圧迫する可能性が強まっている。首相のチーフメディカルアドバイザーのクリス・ウィッティも病院収容者数は恐ろしいほどの数になるかもしれないという。リスクが大きすぎる。

ナイトクラブ対策として、ジョンソン首相は、9月末には、2回のワクチン接種を受けているという証明書(ワクチンパスポート)がないと入場できなくすると、7月19日に突然発表した。もともとジョンソン政権では、施行が難しいことからワクチンパスポートを導入しないとしていた。それが前触れもなく変更されたのである。しかし、この新しい政策には、保守党の中でも反対が強いうえ、労働党は、現在直ちに陰性証明書の提示義務を導入すべきだとして、反対する構えだ。そもそも、ワクチン接種を2度受けていたジャビド保健相もコロナ陽性となったように、2回接種を受けてもそれだけでコロナに感染していないとは言えない。実現は難しいと見られている。

一方、規制解除から残されたものがある。これは、急速に大きな問題となっている。NHS(国民保健サービス)などの公的機関から感染者に接触の可能性があると通知を受けた際には10日間の自己隔離を行う必要がある。このため、工場、スーパーマーケット、公的サービスなどでスタッフが突然出勤できなくなっている。ごみの回収もストップする場合がでてきている。自己隔離をしなければならない人の数は60万人を超えたが、この数は感染者数が増えれば増えるほど大きくなるため、公的サービスが麻痺する可能性が出てきた。公的または必要不可欠な仕事では、この自己隔離義務を2回接種をしている人や陰性の人には免除しようとしている。スムーズにはいっていない。

また、ジョンソン首相の行ったEU離脱をめぐっては、ジョンソン政権は、北アイルランドのプロトコールの問題を蒸し返そうとしているばかりではなく、イギリス水域で行われているEU漁獲量をイギリス政府が把握していないことが表面化するなど次から次に問題が出てきている。

イギリス政府の中枢が機能を果たしていないようだ。もともとジョンソン首相は首相の任に堪えないだろうと多くの人が感じていた。それでもジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニック・カミングスが7月20日のインタヴューで言ったように、ジョンソンが首相で、実務能力のあるマイケル・ゴブが財相の地位を与えられ、それにブレーンのカミングスがトップアドバイザーで政府を回していくのなら何とかなると思われたかもしれない。カミングスがジョンソン首相の妻キャリーとの勢力争いに敗れて首相官邸を去り、ゴブは、内閣府大臣として異なる役割を与えられ、その能力を発揮するのを妨げられた挙句、妻と離婚することになり、公私ともに能力を十分発揮できない状態だ。ジョンソン首相一人では、政府として統合性のある政策を打ち出していくことは難しい。

ジョンソン首相の素早いUターン

先月保健相となったばかりのジャビド保健相は、既に2度のワクチン接種を受けている。しかし、7月17日、ジョンソン首相やスナク財相と会った後、コロナ陽性のテスト結果を受け取った。そのためジョンソン首相とスナク財相が濃厚接触者と判断され、自己隔離をしなければならない状態となった。

「検査と追跡のシステム」で濃厚接触者として判断され、自己隔離をしなければならない人は、50万人以上に上っている。この自己隔離に従わねばならないため、7月17日にはロンドン地下鉄の路線が閉鎖される事態も発生した。工場の閉鎖など経済にも大きな影響を及ぼしている。

ロンドンなどを含むイングランド(スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは分権政府が担当している)でコロナ対応のほとんどの制限が7月19日に解除されることとなっている。その中、首相官邸は、ジョンソン首相とスナク財相は、テストを頻繁に行いながら仕事を続けるパイロット事業に参加し、自己隔離は行わないとした。この制度は、内閣のメンバーであるゴブ大臣が6月にサッカー欧州選手権の試合のためにポルトガルに行って帰ってきた時に使い、自己隔離を免れたことがある。しかし、今回のジョンソン首相らの対応は、大きな反発を招いた。一般の人にはルールを守るよう要求しておきながら、自分たちはルールを守らないという批判である。このため、ジョンソン首相は、発表した157分後には、方針を変え、自分たちも自己隔離すると発表した。BBCの政治記者は、政府の最も素早いUターンの一つだとメントしている。

ジョンソン首相のパターン

イギリスのジョンソン首相に政治の手法があるかどうかはっきりしないが、一つのパターンは見られる。ジョンソンの最側近のアドバイザーだった異才ドミニック・カミングスは、ジョンソンは首相の地位にふさわしくない人物と断言する。カミングスはジョンソンの新しい妻キャリーとの「勢力争い」に敗れ、昨年11月、首相官邸を去った。イギリスのEU離脱ブレクジットに関連した政治の局面では、ジョンソンはカミングスを必要としたようだが、2019年12月の総選挙で大勝して政権運営に余裕ができた後は、奥さんの方を重んじているようだ。

ここでいうジョンソンのパターンとは、政治的な判断の必要な時々に適切なことを言い、行うというよりも、その時々に親しい人の「声」に耳を傾け、それに影響されるということである。専門家の意見を聞いて何が適切か判断する前に、仲間内の考えを聞いて本人の中では結論が出てしまっていることである。

「親しい人たち」は、ジョンソンのその傾向をよく知っており、それを利用しているようだ。ジョンソンの個人の携帯電話の番号が広範囲に知られていることが明らかになったが、ジョンソンに直接働きかける人がかなりいるようだ。イギリスのEUからの離脱を主張した人たちの多くは保守党の右派で、その多くは、コロナパンデミックでも、そもそも政府がロックダウンなどの様々な制限を実施するのに消極的で、しかも早期の制限撤廃を主張している人たちだ。経済に影響を与えるコロナ制限はよくないというのである。一方、これらの人たちは、人種差別問題を小さな問題だと考える傾向がある。これらの意見にジョンソンは影響されているようだ。

ジョンソンにはっきりとした政治の目標があると考える人は少ない。カミングスが、ジョンソンは、次の選挙に勝った後、2年ほどで首相を退き、おカネ稼ぎに精を出す、と自分に言ったと言ったが、ジョンソンは首相の地位に就いてみたかったというのが本音のように思われる。もともと多くの保守党政治家は、ジョンソンに首相としての能力があるとは思っていなかった。それにもかかわらず、ジョンソンには、国民に独特な人気があり、前首相テリーサ・メイの失った票を集められるという期待感で保守党党首・首相に選ばれたのである。

サッカーの欧州選手権ではイングランドは決勝に進出した。この欧州選手権は昨年開かれる予定だったが、コロナパンデミックのために1年延期された。そのため、2021年の今年開催されたが、ユーロ2020と呼ばれる。イングランドのウェンブリー競技場で開かれた、2021年7月11日の決勝では、この競技場に6万7千人以上の観客を入れた。

パンデミックの中、これほど多くの観客を入れるというジョンソン首相の決断には疑問があったが、ワクチン接種の先行するイギリスでは、ほとんどの制限を7月19日に緩和する方針だったため、断行された。結果は、コロナの抑圧の中で、決勝に進出したイングランドの活躍にイングランドは沸騰し、入場券を持たない人たちが、ウェンブリー競技場に乱入するという事態にもなった。一方、試合が延長された後も同点だったため、ペナルティキックで勝敗が争われ、イングランドが、3人の若い黒人選手のペナルティキックのミスで敗れたために、これらの選手に対してSNSで人種的な悪口が浴びせられるという事態を生んだ。このような事態は、状況を冷静に見れば予想できたもので、しかもパンデミックの中で、無謀ともいえるものだったように思われる。

今や、イギリスは、デルタ型のコロナウィルスのために陽性の数が非常に大きな勢いで増えている。それにつれて、死者の数も入院する患者の数も大きく増えてきており、このままでは、病院が対応できなくなる可能性も出てきている。多くの研究者や関係者が反対しているが、それでも7月19日の制限緩和は実施される見通しだ。ジョンソン首相は、これまで何度も自分の政策のUターンを迫られてきた。今回もその一つとなる可能性は極めて大きい。

補欠選挙で予想外の勝利を収めた労働党

2021年7月1日に行われた英国下院の補欠選挙で野党労働党の候補者が予想を覆して当選した。苦しい立場に追い込まれていたキア・スターマー党首は、すぐに西ヨークシャー州の選挙区に入り、この結果をたたえた。スターマー党首は5月の下院補欠選挙で労働党がこれまで数十年にわたって占めてきた議席を失い、また、同時に行われた地方選挙で多くの地方議員議席を失った。その上、6月の別の下院補欠選挙では、2パーセント以下の票しか獲得できなかった。2019年の総選挙で大敗した労働党が支持を回復するどころか、さらに支持を失いつつある状況の中で、この7月の補欠選挙は、わずか3百票余りの差で勝利を収めたものながら、労働党に明るい光をもたらした。

この結果を受けて、7月4日のBBCの日曜日の政治番組アンドリュー・マーショーで、労働党の影の財相が出演し、スターマー労働党の反転攻勢に打って出た。その中心は、「英国のものを買う」政策である。ジョンソン保守党政権が、政府関係、NHSを含めて公共機関の外注、契約などで国内の企業を重視していないことに目をつけたものである。ジョンソンが発展の遅れている地方や、貧困層の多い地方のレベルを上げると言いながら、公共機関は、必ずしも英国の技術レベルや地方の雇用・給料・スキル並びに環境や社会状況を向上させることを念頭に置いていない。例えば、英国の新しいパスポートの契約を獲得したのは、外国の企業だ。ジョンソンは、もともと緻密に考える人物ではない上、EU離脱後の英国の経済や対外貿易交渉に注意を奪われている。コロナのパンデミック対応でも、国民の命が第一であるとは思われず、注意が散漫だ。それにもかかわらず、スターマーは十分な注目を集められずにいた。

これまでスターマーを支えるチームは、十分な戦略的思考のできるものであったとは思われない。野党労働党が本当にジョンソン政権を脅かすようになってこそ、ジョンソン保守党政権の運営が向上するのではないかと思われる。

ジョンソン首相の結婚式で浮き彫りになった「特権階級」

ボリス・ジョンソン首相と婚約者のカリー・シモンズが2021年5月29日に結婚式を行った。この結婚式は、秘密裏に準備され、行われた後、英国では大きく報道された。なお、英国では、結婚式の少なくとも29日前に登記所に届け出る必要があり、この結婚式が急に計画されたわけではないと思われる。

カリー・シモンズの友人たちは、この結婚式は、シモンズがカミングスに勝利したことだなどと主張している。これは、5月26日にジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニック・カミングスが、下院の委員会で、ジョンソンは首相にふさわしくない、シモンズが英国の政治の妨げになっており、自分の友人たちを首相官邸の仕事につけようとしている、倫理的にも法律的にもおかしいなどと批判したことを指している。

ただし、この結婚式そのものが、かなり異例だ。最初にこのニュースを聞いた時、結婚式がウェストミンスター大聖堂(Westminster Cathedral)で行われたと聞いて、おかしいと感じた。ウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)の誤りではないかと思ったのである。ウェストミンスター大聖堂は英国のイングランドとウェールズのカトリックの中心となる教会であり、2度の離婚を経験しているジョンソン首相がカトリックの教会で結婚できるとは思われなかったためである。なお、ウェストミンスター寺院は、イングランド国教会の教会である。

カトリックでも、再婚できないわけではないが、相手が生存中はできないことになっている。ジョンソン首相の場合、これまでの2度の結婚の相手二人とも生きている。

これについて、ウェストミンスター大聖堂は、何ら問題はないとの立場である。関係者は、ジョンソン首相のこれまでの結婚は、カトリック教会で行われたものではなく、カトリック教会の認めるものではない、それゆえ、問題はないという。

ただし、この説明は、一般に行われているものではない。カトリックの神父からも、日ごろ、離婚したら再婚できないと話しているのに、という声が出た。またジョンソン首相に適用されたのなら、他のケースにも当てはめるべきだという意見がある。

ジョンソン首相とシモンズは、おカネの問題で、何かと批判の対象となっている。首相官邸の庭で行われた披露宴は30人以内のコロナ制限を守り、質素に行ったように見せている。しかし、カトリック教会での結婚式は、ジョンソンが首相であるために特別に認められたという印象が免れない。首相の特権を利用したように見られかねない結婚式は意図に反して逆効果のように思われる。

ハンコック厚相の弁明

2021年5月26日に開かれた下院の2委員会合同委員会での、首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスの7時間にわたる証言の中で強く批判されたマット・ハンコック厚生・社会ケア相が、5月27日に労働党の影の厚生・社会ケア相が求めた緊急質問に立ち、下院議場で議員たちから質問を受けた

カミングスは、5月26日の委員会での証言で、以下のような主張をした。

1.ハンコック厚相は、政府部内でも公でも嘘をつくので更迭すべきだと、当時の内閣書記官長(Cabinet Secretary)とともにジョンソン首相にアドバイスしたが、首相は更迭しなかった。これは、ジョンソン首相が、ハンコックが現在のポストにいると、政府のパンデミックへの対応について早晩行われる見込みの公的調査で、ハンコックに責任をかぶせられると言われたからだと主張した。

2.昨年春、ハンコックが、病院のベッドを空けるため、入院中の高齢者約2万人をケアホームに送り返したことについて、厚相が、カミングスとジョンソン首相に、PCRテストをきちんとして退院させると請け合ったが、実際にはPCRテストはあまり行われず、その結果、ケアホームでコロナウィルスが広がり、何万人もの人が亡くなったと主張した。

これらの批判を受けて、ハンコックは、5月27日の下院では、具体的な話には一切触れず、自分の誠実さに関する主張は本当ではないとし、カミングスの証言は、「裏付けのない主張」だと一蹴した。しかし、5月27日夕方に行われた首相官邸でのハンコックによる記者会見では、質問がケアホームでの死者の問題に集中した。ハンコックは、自分が首相らに高齢者の退院前のテスト実施を約束したかどうかに触れることなく、PCRテストの実施能力を高める必要があったと繰り返し述べるにとどまり、テストをほとんどせずに約25000人を病院からケアホームに移し、それが一因でケアホームでの死者数が42000人にも上ったことについては触れなかった。

ハンコック厚相の苦難はまだ始まったばかりと言えるかもしれない。

ジョンソン首相のトップアドバザーだったドミニク・カミングスの証言

2021年5月26日午前9時30分、下院の二つの委員会が合同開催した委員会で、ボリス・ジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスの証言が始まった。終了したのは午後4時35分。7時間にわたり、15分ほどの休憩2回をはさんでぶっ続けで行われた。二つの委員会の委員長たちが3つの課題を交代して委員長を務めたが、その2人とカミングスの計3人が7時間つきあったのである。委員会の他のメンバーはソーシャルディスタンスの制限で次々に入れ替わって質問し、もしくはインターネット会議で参加した。この委員会に出席した委員たちは、既に聞かれた質問を繰り返す人も多かったが、遠隔で参加する人が多かった上、長時間にわたったため、やむを得ないと思われる。筆者は、この委員会の最初から終了までテレビで非常に強い関心をもって見た。その結果、むしろ、カミングスの真摯さに胸を打たれることとなった。

カミングスは、2019年7月にジョンソン首相が保守党の党首になってから2020年の11月に辞任するまでジョンソン首相のトップアドバイザーを務めた人物である。その立場上、首相官邸の中の司令塔として出来事を把握していた。カミングスは、英国のEU離脱に大きな役割を果たした。2019年に、テレビドラマBrexit:Uncivil Warでベネディクト・カンバーバッチがカミングスを演じている。このドラマでは、カミングスが離脱のコンセプトを生み出すのに苦しむのが描写された。そしてカミングスは「Take back Control(コントロールを取り戻す)」というスローガンを生み出した。これは、EUから離脱することで英国が国のコントロール権を取り戻すという意味である。そしてソーシャルメディアのデータベースを活用し、2016年のEU離脱の国民投票では、当初の予想を覆して52%対48%で離脱派の勝利に導いた。カミングスは、このドラマの中で目的にまい進する非常に能力の高い変わり者と描かれている。

EU残留派から離脱派に転向したジョンソンは、この国民投票の結果で、首相になれた。前任のメイ首相辞任後の首相に就任した2019年7月にカミングスをそのトップアドバイザーとしたのである。

さて、5月26日の委員会でカミングスが明かした内容は、衝撃的だった。かつてメイ政権などで閣僚の経験もある両委員長もその内容に驚いたように見えた。カミングスは、マイケル・ゴブ(ジョンソン現内閣閣僚)がキャメロン政権で教育相だった時に7年ほどスペシャルアドバイザーを務めたことがあるが、英国の官僚制度に非常に批判的で、ジョンソン首相のトップアドバイザーとなった後、官僚制度の改革は、そのトッププライオリティの一つであった。その観点から、官僚制度を真二つに切って捨てるもので、パンデミックの対応で機能不全に陥った官僚機構、官僚の行動様式と採用方法の根本的な改革の必要性を明らかにするものであった。筆者には、カミングスの分析は、英国の官僚制を見る上で、また日本の官僚制度が学べるものの「宝庫」だと感じた。

カミングスのこの委員会での狙いは、パンデミックのような大きな危機が生じた場合の対応で、このような失敗が二度と起こらないように、何千、何万人もの人が必要なく亡くなることがないようにしたいということだった。自分も首相のトップアドバイザーとして、国民が期待するレベルではなかったとして繰り返し謝罪したが、ジョンソン首相と直接の担当者だったハンコック厚相への批判は極めて強いものだった。

ここで見ておかねばならないのは、首相の問題だ。ジョンソンが首相になる前、保守党の議員も含めて、多くがジョンソンは選挙にはいいが、首相の器ではないと指摘していたが、それがはっきりと表れた。カミングスが使った表現で面白いのは、ジョンソン首相が考えをくるくる変える表現として、スーパーマーケットでの買い物で購入したものを入れるトロリー(ショッピングカート:鉄製の大きな押し車)が、押されて片方の壁にガチャ―ンとぶつかり、また違う方向に押されて反対の壁にガチャ―ンとぶつかるようなものだとした点だ。筆者は、首相が方針をくるくる変えると、政府のメカニズムがその方向で動き出し、そのためにそう簡単に止まれず、大きなショックがそのたびごとに生まれるということを表現したのではないかと感じた。いずれにしても、ジョンソン首相の判断能力、もしくは決断できない能力にスポットライトがあたった。

さらに、ジョンソン首相の婚約者の問題だ。ジョンソン首相は、二人目の妻と離婚し、今は首相官邸に婚約者と住んでいる。この婚約者との間には1歳の子供がいる。この婚約者はもともと保守党の本部で広報をしていた女性で、この女性が、ジョンソン首相に様々な問題を起こしていることが改めて浮き彫りになった。

カミングスが首相のトップアドバイザーを辞職したのは、この婚約者カリー・シモンズとの関係が悪化したためである。2021年4月に保守党支持紙らが首相官邸の様々な情報を漏らしていたのはカミングスだと伝えた(これをブリーフィングしたのは、ガーディアン紙が首相自らだったと伝聞形で報道している)。この報道に対して、カミングスが自分ではないと反論したが、そのブログの中で、その情報漏洩の一つは、内閣書記官長(Cabinet Secretary:官僚トップ)が調査し、首相官邸で働いている人物だと特定したそうだ。それをジョンソン首相に報告したところ、その人は自分の婚約者の親しい友人だとして、それ以上調査しないよう求めたという。今回の証言でも、カミングスはこの婚約者は、自分の友人たちを官邸での仕事につけようとして他の人の採用を妨害した、違法の可能性があるとも述べている。そのほか、首相の2020年12月の西インド諸島へのホリデーの問題や首相住居の改装に伴う個人負担部分のおカネの出所問題などジョンソン首相の金銭問題にまつわる問題がある。これらには公式の調査が進んでいるが、56歳のジョンソン首相は自分よりも20歳以上若い婚約者に振り回されている感が強い。今回の証言でも、パンデミックの対応でロックダウンするかどうかの瀬戸際の昨年3月12日、アメリカから中東爆撃の機密情報が入ってきて対応せざるを得ない中、首相の婚約者がタイムズ紙に書かれた自分たちの犬のことで首相官邸の広報に対応を求めてきて、このような些事にも対応せざるをえなかった官邸の状況が述べられた。

カミングスのジョンソン批判の中心は、昨年9月に自分も含めて、政府の役職に就いている科学者らが揃ってロックダウンを求めたのに、ジョンソンがそれを拒否したことだ。結局、10月末までロックダウンは行われなかったが、それまでの間に何万人もの人が亡くなった。

ジョンソンは、(経済に大きな影響を与える)ロックダウンはしたくないと主張し、死体が山のようになってもかまわないと叫んだと伝えられる。この言葉はこれまでも何人ものジャーナリストが報告しているが、カミングスも委員の質問に答えて確認した。筆者がカミングスの証言の休憩時間に、毎週水曜日正午の「首相への質問」があったのでそれを見ると、ジョンソン首相が、ワクチン接種がうまくいっていることが大切で、将来を見るべきだと繰り返し主張していた。「科学者のアドバイスに従って決定する、人の命が大切だと」言いながら、実際には、科学者のアドバイスに反した判断をし、しかも人命を軽視する発言をしていることは「首相の器」に大きく影響すると思わざるをえない。

2021年スコットランド議会議員選挙で多数を占めたスコットランド独立派

2021年5月6日木曜日に行われた英国の各種選挙で最も注目されたものの一つは、スコットランド議会議員選挙であった。スコットランドを英国から独立させようとする勢力がどの程度の議席を獲得するかに関心が集まったのである。

スコットランド独立論争

スコットランド独立をめぐる論争はこれまで長く続いている。そもそも1999年にスコットランド議会が設けられたのはスコットランドの独立機運への対応が念頭にあった。1979年の分権レファレンダムで分権賛成票が規定レベルに達しなかった後、1997年の分権レファレンダムで4分の3が賛成し、スコットランドに議会が設けられたのである。しかし、分権だけでは不満が残った。その結果、2014年に、中央政府が認めて、スコットランド住民による独立レファレンダムが行われた。この際、投票率は84.6%と高まり(これほど高い投票率は普通選挙ではそれまでなかった)、独立賛成44.7%、反対55.3%の結果となり、独立は否定された。もともとこれほどの接戦になるとは予想されていなかったため、英国の中央政府には独立レファレンダムはしたくない、下手をするとスコットランドを失うという意識がある。

2021年スコットランド議会議員選挙結果

2021年議会議員選挙の結果は、スコットランドの英国からの独立を目指すスコットランド国民党(SNP)が全129議席のうち64議席を獲得し、過半数に1議席足りなかった。しかし、スコットランド独立を選挙のマニフェストでうたっている緑の党が8議席を獲得したため、スコットランドの英国からの独立を求める議員が、129議席中72議席を占める。

SNPのスタージョン首席大臣は、これまで、コロナウイルス対策が一段落し、経済が回復のめどが立った後2度目の独立レファレンダムを実施したいと表明していたが、この選挙結果を受け、独立レファレンダムをめぐるスコットランド住民の意思ははっきりしたと公に発言している。スコットランド住民は、スコットランド議会に独立レファレンダムの実施を付託したとし、英国中央政府のジョンソン保守党首相に、「今やレファレンダムを行うかどうかではなく、いつ行うかだ」と直接言った。

これまでのスコットランド議会選挙

スコットランド議会は、1999年に最初の選挙が行われた。選挙制度は、もとよりスコットランド独立派が多数を占めないように組み立てられている。スコットランド議会の選挙制度は、日本の衆議院選挙でも行われている、最多得票者が唯一の当選者となる小選挙区制と地域ごとにその地域の政党の得票であらかじめ設けられたリストから当選者を決めていく比例代表制が合わさった制度である。73の小選挙区から1人ずつ、そして8つに分けられた地域から7人ずつの56人で、総合計129議席である。日本の制度との最も大きな違いは、スコットランドでは、地域内の小選挙区で獲得した議席数が、その地域の政党得票割合による議席配分の計算に入れられ、その割合を超える比例議席は与えられないことだ。すなわち、小選挙区で圧倒的に多数の議席を獲得し、比例区で小選挙区と同じ割合で得票したとしても比例区では全く議席が与えられない可能性がある。

選挙年              政党別議席数
SNP 保守党 労働党 緑の党 自民党
1999 35 18 56 1 17
2003 27 18 50 7 17
2007 47 17 46 2 16
2011 69 15 37 2 5
2016 63 31 24 6 5
2021 64 31 22 8 4

 (なお、2016年と2021年の選挙はその直前の選挙から5年後となっている。これは、スコットランド議会議員選挙が英国の下院選挙と重なり、同じ日に異なる選挙制度の選挙が行われるのを避けようとしたためである)

なお、2021年の各政党の小選挙区と比例区の獲得議席数は以下の通りである。小選挙区で圧倒的多数を占めるSNPは比例区でわずか2議席しか獲得していない。小選挙区で、スコットランド独立に反対する保守党、労働党、自民党が、SNPの候補者に対抗する反独立派の候補者に戦略的に投票した結果、SNP候補者を抑えて当選し、SNPが過半数の議席を獲得することを防いだ。

政党名         議席数
小選挙区 比例区
SNP 62 2 64
保守党 5 26 31
労働党 2 20 22
緑の党 0 8 8
自民党 4 0 4

今後の展開

SNPは、既にスコットランド独立レファレンダム法案(案)を発表しており、次回議会議員選挙の行われる2026年までの間の前半に独立レファレンダムを実施する予定だ(なお、2020年スコットランド選挙法改正により5年ごとに選挙が実施されることとなったため次回選挙は2026年である)。

ただし、2014年の独立レファレンダム実施にあたっては、中央政府から実施に関する一時的な権限移譲を受けたが、その権限移譲が次のレファレンダムでもスムーズに行われるかどうか不明だ。ジョンソン首相は、その実施に真っ向から反対している。独立派が多数を占めているためスコットランド議会がレファレンダム実施を決定するのは確実だが、それを中央政府が阻止する方法の一つとして、英国の最高裁判所に、そのようなレファレンダムは無効だと訴えることが想定されている。しかし、選挙を通じて付託された住民の意思を中央政府が無視し続けることができるかどうかには疑問がある。

一方、独立レファレンダムが実施されることとなっても、独立賛成派が勝つとの保証はない。2014年の二の舞いとなる可能性もある。

スタージョン首席大臣らの戦略は、中央政府に反対させておいて、反ジョンソン政権の機運を高め、独立熱をかきたて、そこで独立レファレンダム実施を押し切る機会を探るということとなるだろう。今後のスコットランドの経済運営やEU離脱後の英国が経済的、社会的にどの程度成功するかも検討材料だ。これからの駆け引きが注目される。

選挙に与えるコロナワクチン接種の効果

2021年5月6日木曜日に行われた英国の各種選挙には、コロナワクチン接種の効果がはっきりとあらわれた。

英国は、先進国の中で最もコロナワクチン接種の効果が出ている国の一つである。英国の人口は日本の半分ほどだが、成人の67%が1回目の接種を受けており、2回目の接種も受けている人の割合は3人に1人(日本と異なり、英国では1回目と2回目の間を大きく開けている)。そして、5月9日の当日の結果発表によると、検査数が100万件を超えるのに対し(日本は最も新しい数字は5月6日の5万4793件)、陽性数が1770件(日本は6493件)、そしてコロナ感染後28日以内に亡くなった人の数は2(日本は64件、日本のコロナ死亡の基準は異なる)だった。英国では、ロックダウンの緩和が始まっており、明るいムードが漂っている。

なお、英国(連合王国United Kingdom)は、4つの単位、イングランド、スコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドで構成される。全体を管轄する英国政府はイングランドにあるが、地方分権が進んでおり、対外関係や軍隊など国としての対応の必要な部門を除くもの、例えばNHS(国民保健サービス)は、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド分権政府の下にある。なお、イングランドのNHSは中央政府の管轄下であり、ジョンソン政権の保健相は、イングランドのNHSを担当している。

このうち、5月6日の各種選挙に関係したのは、イングランド、スコットランドそしてウェールズだった。コロナ後の明るい光が見えてきたムードの中で、有権者は、それぞれの担当政権を報いる行動に出たようだ。イングランドでは、ジョンソン保守党政権が、ウェールズでは労働党政権が、そしてスコットランドでは地方政党SNP(スコットランド国民党)政権がこのムードの受益者だった。イングランドでは、保守党が予想を上回って多くの地方議会で勝ち、同時に行われた下院の補欠選挙では労働党の牙城を大差で奪った。ウェールズでは、労働党が予想を裏切って健闘し、これまでのウェールズ議会選挙で最高に並ぶ60議席中30議席を勝ち取った。スコットランドでは、SNPが全129議席のうち64議席を獲得した。

3種3様の結果だが、イングランド、ウェールズ、そしてスコットランドの結果は、有権者が、コロナウィルス対策で効果を収めているそれぞれの政権を支持した表れといえる。