カギとなる2月27日の下院投票

2月23日(土)の多くの新聞がメイ首相の苦境を報道している。2月27日(水)に行われるブレクシットに関する下院投票では、メイ首相が勝てる見込みはほとんどないと見ているからだ。その中でも、特に二つの報道が注目される。

メイ首相に近いデイリーメイルは、3人の閣僚の「謀反の意志」を報道した。もしメイ首相のEUとの合意案が下院で承認されず、それにもかかわらずメイ首相が大きな混乱を招きかねない「合意なし」を除外しなければ、その3人の閣僚が、3月29日の離脱日の延長に投票する意向を示したことを報道したのである。本来、閣僚は共同責任である。しかし、そのようなことを公言する閣僚を更迭できない、もしくは更迭しないメイ首相の考えをいぶかる見方がある。ただし、この3人の閣僚と同じ考えを持つ準閣僚や保守党無役下院議員はかなり多いと見られている。

一方、この記事は、保守党内の強硬離脱派グループ、欧州リサーチグループ(ERG)に対する警告だという見方もある。ERGは、北アイルランドと南のアイルランド共和国の国境をめぐる問題でEU側の主張するバックストップ(安全ネット)の半永久化を警戒しており、その変更を求めている上、3月29日の離脱日の延長に反対している。ERGはバックストップの問題で進展が見られなければ、メイ首相の案に賛成しない方針だ。ERGが賛成しないなかではメイ首相の案が承認される可能性はほとんどない。労働党の議員に、メイ首相の案に賛成する代わりにその案の国民投票を求める修正案を出す動きがあるが、メイ首相がそのような国民投票を認める考えはない。むしろ、ERGが反対し続ければ、3月29日の離脱日が延び、政治情勢が変わると警告する意味合いが強いように思われる。デイリーメイルはこれまでメイ首相を支援する傾向の報道を続けており、この記事もメイ首相を何らかの形で支援する方向のものと考える方がわかりやすい。

一方、左寄りとされるガーディアン紙は、保守党内の強硬離脱派がメイ首相に5月の地方選挙後、首相を辞職するように求めているという。2019年末に想定される党首の信任投票でメイが敗れると見て、新しい党首・首相でEUとの次の段階の交渉を進めるべきだというのである。

メイ首相はこれまで窮地を乗り越えてきた。1月にメイ首相の案が歴史的な大差で否決されてもメイ首相は生き延びてきた。もう一ヶ月ほどで離脱日が来るというこの段階にきても、メイ首相は3月29日の離脱日を延長する考えはないと繰り返し主張し、逆に、下院議員たちに、「私の合意案」か「合意なしの離脱」の二者択一だと主張し続けている。合意なしの離脱に反対する保守党や野党の労働党らの議員たちに、それなら私の合意案に賛成せよと迫ってきたのである。もちろんこの議論自体おかしい。これまで労働党らの意見も聞かず、勝手に自分で合意案を作ってこれしかないと主張しているからである。

いずれにしても、いまや下院議員たちの辛抱も限界にきている。メイ首相がERGの納得できる譲歩をEU側から勝ち取れる見込みはない。メイ首相が何らかの行動に出るか、下院が主導権を握るか、2月27日の投票は大きな意味を持つ。

労働党・保守党下院議員の離党

2019年2月18日、労働党所属の8名の下院議員が労働党を離党した。そして2日後、保守党所属の3名の下院議員が保守党を離党し、元労働党下院議員らの作った「独立グループ」に参加した。今やそのグループは11名となった。

今のところ、保守党下院議員が離党した2月20日以降に行われた世論調査は発表されていないが、労働党の下院議員が離党した後の反応は、いくつかの世論調査に出ている。

最も新しいものは、YouGovによるもので、以下のような結果となっている。

保守党                                    38%

労働党                                    26%

独立グループ                        14%

自民党                                    7%

その他                                    15%

独立グループは、保守党、労働党、自民党から支持を奪っているが、最も大きな影響を受けているのは労働党である。労働党支持者の中にどの党を支持するかわからないという層が増えていることがその一つの理由である。これには、この世論調査に2月20日の保守党下院議員3名の離党が反映されていないことがあろう。保守党支持者にも保守党下院議員の離党でどれを支持するか考える人も出るだろうからである。

他にも独立グループが8%、もしくは10%の支持があるなどという世論調査がある。ただし、現在のようなブレクシットでもたらされている沈滞したムードの中では、新しいものに共感する少なくとも一時的な動きは出てくるだろう。

問題は、世論調査でかなりの支持を集めたとしても、それを実際に反映するには、このグループが全国的なネットワークで候補者を立て、その支持を集約していく作業が必要な点だ。考え方の近い自民党との協力がカギとなる。

今後、労働党・保守党を離党してこのグループにさらに加わる動きがでるか注目される。

行き詰まったメイ首相

イギリスのEUからの離脱は3月29日と法律で決められており、あと1か月余りしかない。メイ首相は少なくとも今のところその日を変えるつもりはない。しかし、メイが昨年12月にEUと結んだ合意は、1月にイギリス下院が大差で否決した。その否決の大きな原因となった、イギリスの北アイルランドとその南のアイルランド共和国の国境問題をめぐる、いわゆるバックストップ(安全フェンス)問題ではほとんど進展がない。イギリスは、バックストップが半永久的になることを恐れ、期限をきるか、イギリスの判断で止めることのできるようにしようとしているが、EUはそれが中長期的にEUの最も大切な「単一市場」を崩す原因になると見ており、この問題でEUが大きな譲歩をする可能性は極めて小さい。もちろんイギリスが合意なしで離脱するようなことになれば、イギリスがかなりの打撃を受ける一方、EU側も相当大きな影響を受けるため、できるだけそれを防ぎたいが、できることには限りがある。

この中、労働党下院議員8名が労働党を離党、さらに保守党下院議員3名が離党し、「独立グループ」が11名の勢力となった。この離党の大きな原因は、ブレクシットでそれぞれのリーダーシップと考えが異なる上、労働党側は、コービン党首らの支持者がコービン批判を繰り広げる議員に嫌がらせ、さらにそれぞれの選挙区で次期総選挙の候補者から降ろす動きがあることがある。保守党では、反離脱派下院議員への嫌がらせがある上、イギリス独立党(UKIP)支持者やEU離脱支持者たちが離脱を確保しようと多数入党しており、反離脱派下院議員を次期総選挙候補者から降ろす動きが出てきている。これらの議員たちにとっては自分の意思通りに投票したいという考えもあるだろう。保守党にとっては、その下院議員の離党は、過半数のない保守党をさらに手詰まりにさせることとなる。

一方、早晩総選挙が行われるという話が出てきている。メイ内閣の閣僚が選挙区支部に総選挙の準備を進めるよう依頼した、保守党が次期総選挙マニフェストの準備会議を開いた、保守党が総選挙準備のためのオフィスを探しているなどさまざまな話がある。これらの話がすぐに総選挙につながるわけではないが、手詰まりとなったメイ首相が、総選挙に打って出る可能性は否定できないように思われる。世論調査会社YouGovが2017年総選挙でかなり正確に総選挙結果を予測したモデル(筆者は、2017年総選挙時にこのモデルの予測を追っていたが、総選挙の前日、当日になっても最後の予測がアップデートされなかった。そのかわりYouGovはそれまでの通常の世論調査手法を使った結果をYouGovの公式予測として発表した。新しいモデルの結果に自信がなかったのだろう。)を使って行った4万人の調査では、今総選挙を行っても2017年に比べて労働党が12議席減らすものの保守党はわずか4議席しか伸ばせず、過半数は獲得できないとしている。それでも総選挙をするのかという疑問はあるだろう。

ただし、メイ首相は、バックストップの問題で大きな進展がない場合、もし、労働党が第2のEU国民投票に賛成すれば、それが下院で多数を占める可能性を考えておかねばならないだろう。労働党のコービン党首は、第2のEU国民投票をなるべくしたくないと考えているが、他に手がなければ立場を変える可能性がある。

メイ首相は昨年末の保守党下院議員の信任投票で勝ち残り、その結果、1年間は、さらなる保守党内の信任投票を受けないこととなった。そのため、閣外協力を受けている民主統一党(DUP)の支持を維持し、保守党下院議員の中にメイ政権を崩壊させる引き金を引いてもよいという人物が現れなければ、現状のまま事態は推移していくこととなる。しかし、もし第2のEU国民投票が行われるということになれば、その結果は見通せない。それよりは、総選挙を実施して一か八かの賭けをするかもしれないように思われる。このままでは、メイ首相は、歴史上最悪の首相の一人に名を連ねる可能性がある。EU側が、そのような総選挙(もしくは国民投票でもそうだが)を実施するために離脱日の延長に合意するのは間違いないだろう。

メイ首相後の政局

メイ首相は、イギリスがEUを離脱するにあたり、自分が結んだEUとの合意を下院に提出し、その承認を求めた。しかし、採決を予定していた12月11日の前日、突然、採決を延期。保守党内の反対が強く、大差で否決されるのは間違いないと判断したためだ。そしてEUと再交渉するとしてEUの盟主ドイツやEU本部のブリュッセルを訪問し、トップと会談したが、合意の詳細の明確化などは検討できるとされたものの再交渉は断られた。

この結果、保守党では、メイ首相を退陣させる動きが再び強まり、メイ首相の保守党党首としての信任投票が行われる見込みだ。もちろん、保守党の党首でなくなれば、下院の支持が得られず、首相の地位は維持できない。保守党のルールでは、その所属下院議員の15%が党首の不信任投票を求めれば実施される。すなわち、315人のうち48人の要求があれば、そのような投票が行われることとなる。そしてその数はそろったとみられる。

その不信任投票で、もしメイ首相が過半数を獲得すれば、党首の地位を維持し、通常、首相としての地位を維持できることとなる。しかも、それから1年は再び党首不信任投票ができなくなる。メイ首相は、これまで不信任投票が行われても過半数を獲得すると見られていたため、この点が、不信任を要求する動きがそれほど大きくならなかった大きな原因だ。しかし、状況は大きく変化している。

もしメイ首相が今回の保守党の党首不信任投票で生き残っても、下院で首相不信任されるのはほぼ確実な情勢だ。野党最大の労働党は、それ以外の政党から首相不信任案を提出するよう求められている。労働党は情勢を見極めてとしてきたが、今では首相不信任案に保守党のかなりの下院議員も賛成する勢いだ。

2週間前、拙稿で、この可能性に言及したが、首相不信任可決後、2週間で次期首相が決まらなければ、解散となる。保守党は、このような状況で選挙は避けたい。そのため、3か月かかるといわれる、通常の党首選挙は行えない。そのため、保守党下院議員の総意で誰か一人を選ぶ必要がある。正規のルールでは、下院議員の中の投票で2人の候補者に絞り、どちらかを党員全体の投票で選ぶ仕組みだが、もし、下院議員間の話し合いで立候補者が一人しかいなければ、その時点で、次期党首が決まることとなる。

次期党首の座を狙う野心家は保守党内に多いが、誰か一人にしぼることができなければ、総選挙となり、しかも不透明感はさらに長期にわたることとなる。とりあえず、イギリスの2019年3月29日のEU離脱を延期することも不可能ではないが、それには、EU27か国の関連議会すべての承認が必要である。イギリスが自らEU離脱をキャンセルすることも欧州司法裁判所で許されたが、イギリス議会は現在のところ、そこまで踏み切ることはできないだろう。

結局、2週間前の拙稿で指摘したように、保守党が新党首を選び、北アイルランドの民主統一党の閣外協力を得て、首相に就任し、EUと再交渉するか、総選挙が実施されるかの二つに一つとなるのではないかと思われる。

ブレクシットが「チキンゲーム」と化す可能性

メイ首相が12月11日に予定されていた下院の投票を延期する。この結果、メイと下院との「チキンゲーム(どちらが長く恐怖を持ちこたえて踏ん張れるかを競うゲーム)」となる可能性が出てきたように思われる

下院の投票の延期は、メイのEUとの合意に他の政党がこぞって反対する中、メイの率いる保守党内でも100人以上の下院議員が反対しているため、それが下院の承認を受ける可能性はなく、逆に大差で否決され、メイ首相が辞任を迫られる可能性が高いと判断したためのものと思われる。その代わり、EU側と再び交渉してさらに譲歩を勝ちとり、そのあと下院の投票を実施するという触れ込みだろう。

この判断は、欧州司法裁判所が、イギリスは自らの判断でブレクシットをやめることができると判示したことに無関係ではないように思われる。

イギリスがブレクジットをやめれば、イギリスはEUに今のまま残ることになる。EUは、これ以上難しい交渉を続ける必要がない。アイルランド島の中の国境問題も現状通りですむ。

一方、メイは、自分が交渉して成し遂げたEUとの合意は、2016年の国民投票で明らかに示された、EUからの自由な移民の問題を抱える現状の関係よりもよいと主張するだろう。すなわち、メイの合意は、たとえ、バックストップと呼ばれる、アイルランド島の中の北アイルランドとアイルランド共和国の国境問題を顕在化させない方策を取らざるを得ない状況となったとしても、いずれ将来解決し、イギリスはEUの呪縛から逃れられる「現実的な方策」だと訴えることができる。

下院での投票が延ばされると、実際いつ投票が行われるかが大きな焦点となる。EU側は、再交渉に応じる気配を見せていない。その中で、メイがその合意案に反対する保守党の下院議員の気持ちを変えられるだけの譲歩を勝ち取れる可能性はほとんどないだろう。そうすると、投票が来年に入ってもかなり長期間行われない可能性がある。2019年3月29日となっているイギリスのEU離脱の日が刻一刻と近づいてくれば、大多数の下院議員の恐れている「合意なしの崖っぷち離脱」の可能性がさらに大きくなる。

そしてその結果、メイ首相と下院は、その崖っぷちに向かって猛スピードで走る車の「チキンゲーム」をするようなことになりかねないのではないか。メイの合意を承認するか、離脱をあきらめるかの。

メイ首相が生き延びられるか?

イギリスとEUがブレクシットの交渉でついに合意に至った。これまで合意できるかどうか疑われた時期もあったが、合意なしでイギリスが離脱することとなればイギリスもEUもかなり大きなマイナスの影響を受ける。その事態を避けるための妥協である。しかし、この合意は中途半端なもので、イギリスが長期間自らの判断で行動できなくなる可能性があるとしてイギリス議会で批判が強く、議会が承認する可能性はほとんどない。

この合意を先頭に立って進めたメイ首相は、この合意が最善のものだとし、当初、「この合意」、「合意なしの離脱」、もしくは「離脱せず残留」かの3者択一だと主張した。しかし、この合意はEUに残るよりも経済的にかなり大きなマイナスだという分析が発表された後、メイ首相は立場を変えてきているようだ。3番目の残留に触れなくなり、しかも、もし下院が否決すれば、EUと再度交渉する含みを残している。

下院では、メイ首相率いる保守党に過半数がない。それを北アイルランドの、10議席を持つ民主統一党(DUP)が閣外協力で支えている。しかし、DUPはこの合意案に反対だ。その上、保守党の下院議員の4分の1以上が反対に回ると見られる。最大野党の労働党、さらに第3党のスコットランド国民党(SNP)、それに自民党らは反対しており、労働党下院議員らの若干名がメイの合意に賛成しても、合意が承認される可能性はよほどのことがない限りない。

そこから政局がどうなっていくかは予想がつきがたい。おそらくメイ自身もどのような行動をとるか決めかねているのではないか。下院でEUとの合意が否決されれば、メイが直ちに内閣の信任投票に持ち込むという見方がある。しかし、これは、その時の下院の空気によるだろう。保守党下院議員のほとんどが総選挙を避けたいと考えている。支持率で拮抗している労働党に政権をつかませる機会を与えるだけだからだ。

2011年議会任期固定法では下院の3分の2の賛成があれば解散総選挙が行われるが、それだけの議員が賛成する可能性は乏しい。しかし、メイ政権がもし不信任されると、2週間以内に信任される政権が生まれなければ下院は解散される。

もし総選挙が行われるとなれば、保守党がこれまでお粗末なEU交渉をしてきたメイ首相を党首に抱いたまま総選挙に臨むとは考えにくい。一方、もしメイ政権が不信任されるようなこととなると、総選挙を避けるためにメイ首相の次の党首を急遽保守党下院議員の総意で選び、新党首・新首相の下でDUPを味方につけて、もう一度EUと交渉しようとするだろう。

そのような事態を避けるため、メイ首相は、もし下院が合意を否決すれば、自らもう一度EUと交渉しようとするのではないか。しかし、保守党下院議員らが、メイ首相にそのようなチャンスを与えるかどうか疑問である。

そのようなごたごたの過程で総選挙となる可能性もある。総選挙を求める労働党のマクドネル影の財相は、総選挙となる可能性は少ないと見ているようで、総選挙のない場合には、保守党内の「第2の国民投票」を求める勢力と協力してその実施を求める可能性に言及している。

結局は、下院がメイのEUとの合意を否決した後、保守党がメイ首相の後任を選び、EUとの再交渉に臨むか、もしくは総選挙に突入するかのいずれかになるように思われる。

2019年3月29日にイギリスはEUを離脱することになっている。しかし、この日程も、政局次第で変化する可能性がある。いずれにしてもメイが首相として生き延びられる可能性は極めて小さくなっている。

メイ首相の思惑違い

メイ首相は、9月18日、19日にオーストリアのザルツブルグで開かれた、EU首脳会議で、自分の「チェッカーズプラン」が撥ね付けられるとは考えていなかったようだ。メイ首相は、このプランしかないと主張する。そしてこれを維持し、保守党大会(9月30日から10月3日)をやり過ごし、最終的なEUとの合意で「妥協」して修正するという方針だったように思われる。しかし、それが極めて難しくなった。

この出来事にも、メイ首相の典型的な仕事のやり方が表れている。メイ首相は、2010年から内相、そして首相になり、2年余り。この間、8年余りの間、年間のイギリスへの純移民数(入国者マイナス出国者)を10万人未満に抑えると公約し、主張し続けてきた。しかし、2012年に一度17万7千人となったが、それ以外の年は20万人超である。2015年には33万2千人、そして今年3月はブレクシットの関係などで27万1千人である。この間、議会などから純移民数の目標を変えるよう求められたが、それを無視してきた。言い続ければそれが実現されると信じているかのようだ。

ブレクシットでも、保守党の中で、強硬離脱派だけではなく、残留派などからも「チェッカーズプラン」に反対する声が多い。メイ首相は、昨年1月、「悪い合意より、合意のない方がよい」と言い放った。しかし、本当は「合意のない」ことは最近までほとんど考えに入れていなかったようで、EU加盟国のオランダやアイルランドの「合意なし」の準備と比べると、イギリスの準備はかなり遅れているようだ。

現実よりもレトリックに頼るメイ首相が、「チェッカーズプラン」を貫いて保守党大会を乗り切り、そしてEUとの10、11月の最終交渉にどのように至るか見ものである。

リコールを免れた北アイルランド下院議員

北アイルランドの下院議員が地元選挙区でリコールされる可能性があった(拙稿)が、それを免れた。民主統一党(DUP)の下院議員イアン・ペイズリー・ジュニアが、かつてスリランカ政府から手厚いもてなしを受け、スリランカ政府の依頼でキャメロン保守党政府にロビーイングしたことが表面化し、30日の登院日出席停止処分を受けた。オンライン記録の残っている1949年以来最も長い出席停止処分である。実際、家族も含めたそのもてなしは、10万ポンド(1500万円)にも上ると見られ、法外なものだった。そしてペイズリーは新法に基づき、選挙民からのリコールにさらされる最初の下院議員となる。

その新法は、もし、選挙区の有権者の10%がリコール署名をすれば、現職下院議員が失職し、補欠選挙が行われるというものだが、ペイズリーは、かろうじてその不名誉を免れることとなった。その選挙区の有権者の10%は7543人だが、9.6%の7099人が署名し、444署名不足したのである。

この結果を受け、DUPの対立政党である、北アイルランド第二の政党シンフェイン党は、選挙委員会が最大10か所まで開設できる署名所を3か所しか設けなかったと批判した。ただし、この選挙区と北アイルランドの政治風土を考えれば、地元の有権者が選挙に消極的になったことは十分理解できる。

メイ政権のカレン・ブレイドリー北アイルランド相が、ここはイングランドと全く違う、違う筋の投票は全くしないことを知らなかったと発言して批判を浴びたが、北アイルランドの政治風土はそれ以外の地域と大きく異なる。それに付け加え、この選挙区は、ペイズリー議員の父親であり、DUPの創設者で、後に北アイルランド首席大臣となるペイズリー・シニアが、1970年から議席を保持してきた選挙区である。そのため、前回の2017年総選挙でも、ペイズリー・ジュニアは、2万8521票と投票総数の6割近くの票を獲得し、次点の7878票を大きく引き離して当選した。

もし、ペイズリー・ジュニアがリコールされていたとしても、再び立候補することが許されているため、当選確実だった。DUPは既に亡くなっている父親の盟友や支持者たちに強い力があり、ペイズリー・ジュニアの再立候補が阻止される可能性はなく、補欠選挙そのものが茶番となる可能性があった。有権者がそのような選挙を好まなかったのは明らかである。結局、北アイルランドの特殊性が改めて浮き彫りになったリコール騒動だったと言える。

ブレクシット交渉をめぐる今後の展開予想

9月12日の下院での「首相への質問」でもメイ首相は国内問題への対応がおろそかになっていることが露呈された。ユニバーサルクレジット(様々な福祉手当などの社会給付をまとめて支払う制度)の段階的導入で多くの問題が発生しているのに対し、十分な返答ができなかった。ウィンドラッシュ問題(第二次世界大戦後の労働力不足を補うため、西インド諸島をはじめかつての大英帝国から移民を募ったが、それらの人々や家族を書類の不備を理由に非合法移民として扱い、中には送り戻された人もいる)の対応に今でも問題があることも明らかになった。地方自治体、NHS(国民保健サービス)、警察の財政問題、鉄道、住宅、刑務所の問題など、問題は山積だ。しかし、メイ首相はブレクシットに時間を取られているためか、これらの問題への対応が十分できていないようだ。

ブレクシット交渉でも、メイ首相のEU離脱後の方針(チェッカーズと呼ばれる首相別邸の名をとり、チェッカーズプランと呼ばれる)は、率いる保守党内の離脱派、残留派の両側から強く批判されており、党内的に身動きの取れない状態だ。メイ首相のこれまでのEU交渉はお粗末で、離脱合意のない可能性が高まっており、不透明感が益々強まっている。イギリスの中央銀行であるイングランド銀行総裁は、もし合意なしで離脱することとなれば、住宅価格が最大で35%下落するだろうと公言した。メイ首相は、昨年自らの判断で突然行った総選挙で、お粗末な選挙戦を展開し、予想外の議席減で下院の過半数を割り、北アイルランドの地域政党、民主統一党(DUP)の閣外協力を受け、政権を運営している状態である。

しかし、80人はいると言われる保守党の強硬離脱派下院議員たちは、今の時点でメイ政権を倒す意思は乏しい。イギリスは、来年3月29日にEUを離脱する。あと6か月半だ。もし何らかのブレクシット合意ができるとしても、それはそれぞれの側で承認される必要があり、10月末までに、遅くとも11月までになされればならない。もう1か月か2か月で決めねばならないのである。

保守党の党首信任投票は、党所属下院議員315人の15%(48人)の要求で実施できるが、このような状況では、残留派や中間派が不信任に反対し、不信任となる可能性は乏しい。しかも一度信任投票が行われると1年は再び実施できない。もし不信任となっても、政権から遠かった2003年のように新しい党首候補を無選挙で選ぶ可能性はほとんどない。野心のある人物が多いことから、選挙が実施される必要があるのは明らかだ。党首選出には、まず下院議員の投票で2人を選び、党員がどちらかを選ぶということとなるため、時間がかかる。一方、もし何らかのはずみでメイ内閣が下院で不信任され、解散総選挙ということとなれば、現在の世論調査の状況では、保守党が労働党に敗れる可能性がかなり高い。そのため、強硬離脱派もメイ首相への対応には慎重だ。つまり、直ちに「無能な」メイ首相追い落としには進んでいかない。

一方、EUは、メイ保守党内の状況の成り行きを心配している。EU側が強い交渉姿勢を維持していけば、強硬離脱派も最終的にはかなり妥協してくる可能性がある、もしくは野党労働党が妥協してくる可能性があると見ていたように思われるが、ジョンソン前外相などの「チェッカーズプラン」への厳しい批判など、強硬離脱派の動きに神経をとがらせているようだ。バーニエ交渉代表は、イギリスにもEU側にもダメージとなる合意なしの結果を避けるために、今では何らかの合意をまとめる意思を示している。

このような状況の中で予想されることは、EU側が「すべての合意ができなければ何の合意もない」という立場を緩め、将来の関係をあいまいにしたまま離脱合意を結び、2020年末までの「移行期間(EUとの関係を現状通り維持する期間)」で、打開策を図るということだろう。最も大きな問題の一つ、アイルランド島のイギリスの一部北アイルランドと南のアイルランド共和国との間の国境問題では、強硬離脱派の案も十分ではなく、この問題の解決にはまだまだ時間がかかりそうだ。

そのイギリスとEUとの妥協合意で、メイは、強硬離脱派、さらには野党労働党の協力も得て、来年3月の離脱の日を迎え、その後、自発的に(例えば糖尿病のメイ首相の健康問題を理由に)、もしくは保守党強硬離脱派らの党首不信任を受けて、新しい党首が選ばれ、EUとの交渉が新しい局面で継続するということとなるだろう。来年3月以降、保守党は、首相としてお粗末な能力を示し、権威を失ったメイ首相が党首ではやっていけない。少なくとも、来年の3月の段階では、イギリス、EUの両側がブレクシットで大きなダメージを受けるということにはならないように思われる。

メイ首相のギャンブル

メイ首相は、ギャンブラーではない。6年間すごした内相時代でも、失敗を恐れ、決断を先延ばしにし、細かい点を繰り返し質問し、官僚に呆れられるほどだった。典型的な優等生タイプである。それでも内相を6年務めあげ、EU国民投票では、勝てるとは思われなかった離脱側を避け、キャメロン首相の残留側につきながらも、表には出ず、キャメロン首相に「テリーザ(メイ首相のファーストネーム)はいったいどこにいるのだ」と言われるほどだった。内相としてたいした業績はなかったが、ボリス・ジョンソンの自爆的失敗で首相となる。

そのメイ首相が、今やイギリスの将来を賭けたギャンブルにうつつを抜かしている。BBCの欧州部長が欧州筋の希望的観測について述べたことだが、メイ首相は、ブレクシット交渉の最後の最後にどうしようもない状況になって、このままでは離脱後のイギリスが大混乱するという状況にした上で、EU側と最後の長時間交渉を行い、保守党内の反対者に妥協を強いる最後の案を提案し、党派を問わず「良心的な」国会議員が受け入れざるを得ないようにする作戦であるように思われる。

そのため、9月5日の首相への質問の中でも、メイ首相は、第二のEU国民投票を否定し、コービン労働党首にそのような国民投票をしないと約束せよと迫った。メイ首相の作戦には、国民投票も議会の判断もない。イギリスが生き延びるためには、これしかないという心理的・経済的な状態をつくり、そこに下院議員を追い込んでいく作戦ではないか。

その首相への質問の中でもメイ首相がEU離脱省には6400人のスタッフがいると述べたが、そこまでの資源と多くのエネルギー、そしてポリティカルキャピタルを費やしたブレクシットを今さら棚上げにはできない。

このような切羽詰まった事態を招いたこと自体、キング前イングランド銀行総裁が指摘したように「無能さ」を示している。ただし、そのようなことよりも、最後の最後に大逆転を狙うメイ首相のギャンブルに付き合うのが正しいかどうかという質問がもしあれば、それには、否定的にならざるをえないだろう。

通常、最後に立つのは、運の強い、強いギャンブラーだ。メイ首相が強いギャンブラーかどうかという質問には、大勝利間違いなしと思われた2017年の総選挙も自滅的な選挙を行い、それまであった過半数を失った例が示すように、多くの人がメイ首相はギャンブラーではないとするだろう。今や、小心で、本来ギャンブラーとは程遠い人が国を賭けたギャンブルに打って出なければならない状態となっている。