いじめの疑いをかけられた下院議長

ジョン・バーコウは2009年に下院議長に就任した。その前任のマイケル・マーティンは労働党の下院議員だった人物で、もともと労働組合の代表をしており、議員の経費問題が出た時には、議員を労働組合のメンバーのように守ろうとした。その結果、この問題の処理を誤り、辞任を迫られることとなった。その後を受けたのが、バーコウである。それから9年、今やバーコウにいじめの疑いがかかっている。下院のバーコウの秘書をしていた職員が、バーコウからいじめを受け、その結果、「強制的に」辞職させられたと主張したのである。

バーコウはもともと保守党の右派の議員だったが、後に労働党からロンドンのウェストミンスター区の区議会議員選挙にも立ったサリーと付き合い、結婚し、その考え方が大きく変わった。2009年には労働党が下院の過半数を占めていたが、労働党の多くの議員の支持を受けて予想外に議長に選ばれた。一方、その経緯から保守党の一部から嫌われ、これまで何度も議長追い落としの攻撃を受けている。2010年の総選挙で労働党が敗れ、保守党・自民党の連立政権が生まれた時も攻撃を受けたが、保守党の中の支持者の援助も受けて議長の座に残った。

議長の職はイギリスでは特別に扱われており、就任後党籍を離れて中立の立場を取る。そして総選挙では、主要政党は議長の選挙区に候補者を立てない。議会のあるウェストミンスター宮殿の中に住居が設けられており、議長を退けば上院議員に任ぜられ、特別の年金もつく。なりたい人は多いが、運とタイミングが良くなければこのポストにはつけない。

イギリスの首相は、選挙で選ばれた独裁者と言われることがあるが、率いる政党が一旦下院の過半数を獲得すると、ほとんどのことを自分の判断で行うことができるようになる。そのため、議会無視の傾向が出てくる。バーコウはこの流れに歯止めをかけ、議会がその役割をきちんと担えるよう努力してきた。また無役の下院議員にできるだけ多くの発言機会を与えるようにしてきた。その結果、首相への質問時間が長くなり、首相らが不満を持っているとも伝えられた。これらの努力でバーコウを高く評価する声も少なくない。バーコウは下院の近代化をはかるために下院事務総長とも衝突した。ブラックロッドと呼ばれる議会の儀式をつかさどる役割を果たした人物がバーコウは激しやすい気性だと批判したが、さもありなんと思われる。

マーティンは、議長の職に9年あった。バーコウも9年で退くとしていたが、その9年は今年の6月に迎える。そのような中で、バーコウへのいじめ批判が出てきたことはうさん臭い要素もあるように思える。

バーコウは小柄で、保守党内のバーコウ批判派から、よく、聖人ぶった小人と呼ばれていた。妻のサリーの頓狂な振る舞いや浮気もバーコウの威厳を傷つけた。その中でよくこれまでやってきたと思われる。

それでも下院議長にはそれなりの威厳と抑制が必要だ。バーコウはいじめの疑いを否定しているが、本当にそのような問題があったのならば、その責任を取る必要があるだろう。

メイの命運

離脱後のEUとの経済関係をどのような形にするかで内閣の意見が分かれている。メイ首相の望む関税パートナーシップは、EUのルールに従う必要がある上、EU外の国と自由に貿易関係が結べないと強硬離脱派が反対。その一方、強硬離脱派の選択するMax-Fac案は、テクノロジーがまだ追いついていない上、EUとイギリスの陸上の国境となる北アイルランドとアイルランド共和国の間で何らかのチェックポイントを設ける必要がでてくる。

そこでメイ首相は、内閣のメンバーにこの2案を割り振り、ソフトな離脱を目指す立場と強硬な立場を取る閣僚を混ぜて検討させることとした。何らかの妥協案が出てくることを期待している。しかし、この2案のいずれにもEU側は消極的で、この答えを出さねばならない期限の6月のEUサミットまでにメイ首相が内閣のまとまる、そしてEU側の受け入れられる結論を出すことは極めて困難だ。

この中、2019年3月のイギリスのEU離脱後に計画されている「移行期間」を予定されている2020年末までからさらに3年伸ばし、2023年までにする案が浮上している。この間にテクノロジーを発展させ、また新たな案が出てくるのを待ってはどうかという考えだ。しかし、この案に強硬離脱派がそう簡単に合意するとは思われない。移行期間中、イギリスはEU外の国と貿易合意をすることができないだけでなく、EUの意思決定に参画できないのにそのルールに従う必要がある。また、先延ばしすることは、現在の不透明な状態が継続されるだけである。不透明な投資環境のため、既に多くの企業がイギリスへの投資を控えている中、このような状態を続けていくことはできず、もし一時的な経済的な落ち込みがあっても、むしろ来年の3月ですっぱりと離脱したほうがよいという意見が強くなっていく可能性があるのではないかと思われる。

保守党内のソフト離脱派と強硬離脱派の争いは深刻である。このため、総選挙が行われるのではないかという見方もある。5月の地方選挙で労働党が予想を下回り、保守党が予想以上に健闘したため、保守党内のコービンを恐れる気持ちが減ったのではないかという見方がその背景にあるようだ。しかし、ことはそう簡単ではない。もちろんコービンは総選挙を歓迎し、昨年6月に総選挙が行われたばかりだが、その際と同様、保守党と労働党が総選挙実施に賛成すれば、下院の3分の2以上の賛成を確保し総選挙ができる。ただし、メイが勝てるという保証はない。昨年の総選挙では、保守党が世論調査の支持率で労働党を大きくリードしており、しかも党首のメイの評価は高く、労働党のコービンの2倍近くあった。現在再びメイがコービンに大きな差をつけているが、これらが役に立たない可能性の高いことは誰もが承知している。

また、タイミングの問題がある。6月のEUサミットまでに将来のイギリス・EUの経済関係の枠組みを決めなければならないという状況があるのに、5週間の政治的な空白が生まれることが許されるだろうか。

一方、保守党内でメイの引き落としが本格化する可能性がある。メイがこれまでのまずい離脱交渉の責任を取らねばならないということはわかる。数か月前に党首選などを扱う1922年委員会への保守党党首信任投票の請求は既に40を超え、あと一握りの保守党下院議員が請求すれば、信任投票が実施されるという風評が出たことがある。もし信任投票が行われ、メイが不信任となれば、代わりの党首が選出されることとなる。時間の制約から、マイケル・ハワードが党首となった時のように、保守党下院議員が一致して推せる人物があれば、党員の投票なしで党首が決まるが、ソフト離脱派と強硬離脱派の考え方がはっきりと異なる中、そのような人物は考えにくい。時に名のあがる新内相サジード・ジャビドでは、野心のある国防相ギャビン・ウィリアムソンなどが黙っておかないだろう。そうなると、下院議員の中から二人の候補者を選ぶ作業が始まり、そして党員がその二人のうち一人を選ぶこととなる。党首選出までに数か月かかる。その間、EUとの離脱交渉を放っておくことはできないだろう。その上、もしメイが信任されたとしてもメイの立場が強くなるわけではない。

上院でEU離脱法案に修正が加えられ、下院に戻ってきた。保守党にはソフトな離脱を求める下院議員がかなりいる。強硬離脱派は労働党にもいるが、下院全体では強硬離脱派は少数だ。そのため、メイが労働党らのソフト離脱支持議員をあてにして、ソフトな離脱に大きくかじ取りをし、押し切ろうとするかもしれないという憶測もある。ただし、本当に労働党下院議員らをあてにできるのかという疑問がある。

EU離脱とは関係ないことだが、メイは自分が首相となって推し進めようとした選別教育の「グラマースクール」拡大策に再び取り組み始めた。保守党内にも反対が多くうまくいかなかった政策だが、メイは自分の政治的遺産のことを考え始めているのかもしれない。いずれに転んでもメイの命運には厳しいものがある。

公務員の新首相へのアドバイス

1997年5月、トニー・ブレア率いる労働党が18年間継続して政権を担った保守党を総選挙で破り、政権に就いた。ブレア首相の広報局長だったアラスター・キャンベルによると、財相に任命されたゴードン・ブラウンは着任早々から財務省スタッフに厳しい指示を出しており、やりすぎなければいいがと思ったそうだ。それでも労働党が長く政権に就いていなかったため、戸惑った政権関係者は多かっただろう。

公共放送BBCが情報公開法を利用し、政権初日にブレアに渡された公務員からのアドバイスを入手した。

これらのアドバイスは、新首相の仕事をできるだけスムーズにそしてやりやすくさせるためのものである。それでも政権を無難に運営していくために首相がどうしていくべきなのか、イギリスの公務員の考え方がよくわかる。

上院議員にも大臣職を与えるようにというアドバイスは、公選ではないが、法案の審議などで重要な役割を担う上院で、政権の考え方や方針をきちんと伝えることができるためには重要なアドバイスだろう。特に、世襲貴族の上院議員をなくすという約束をしていた中ではそのように思える。

首相(それに家族)は、首相官邸の上(または横上)に住むので、例えば、どのような飲み物が公費で賄われ、どのようなものを自費で払わなければならないかなどの実際的なアドバイスは重要だ。

服装にもう少しお金がかかるだろうというアドバイスは、公式な行事に出席するために購入してもその費用が出るわけではないが、首相や首相夫人として必要な費用は財務省・歳入庁との取り決めで経費として計上できることになっている。それは、2014年に明らかになった1992年の総選挙の際に用意されたアドバイスでも同じである。

政策については、公務員が総選挙キャンペーン中にマニフェストを詳細に分析している。また、現職の首相の許可を得て、公務員が野党の党首、関係者に接触し、それぞれの政党の政策の情報を得られる機会が与えられることになっている。政権に就いて、いかにそれらの政策を実現するか、または問題点、注意点などの指摘があるのは当然だろう。

もちろんこのようなアドバイスを聞くか聞かないかは、それぞれの政治家の判断による。政治家の中には、無難に運営していくことにそれほど興味のない人もいるだろうからである。

難しい内相のポスト

アンバー・ラッド内相が辞任し、その後任にサジード・ジャビドが就いた。このポストは内閣の4大ポストの一つであり、メイ首相も首相になるまでラッドの前の内相を務めた。メイは首相になるまでの内相時代、記録破りの6年間生き延びた。しかし、その在任中、移民に敵意ある環境を主導し、本来在留権のある人々に強制送還を迫り、仕事や住居を失わせ、NHS医療を受ける権利を奪ったとしてその責任を問われている。

内務省は、テロ対策を含む国内の治安、移民などを担当している。大きな省の一つであり、内相のポストは重要な仕事で威信があるが、この省はかつてから政治家の墓場とよく呼ばれている。かつては刑務所も担当していたが、それは法務省に移された。それでも運営が困難な省として有名だ。

その理由の一つは、大英帝国の名残が今でも残っているためのように思われる。多くの移民を受け入れた過去があり、移民の管理が徹底してきてこなかった。これには英連邦の関係や人権を重んじるイギリス近代の潮流がある。すなわち、移民などの対応で手を打ちだしにくい数々の問題があった。

その上、メージャー保守党政権の出国検査の廃止に至る状況がある。誰が出国したか記録のない状態が長く続いた。不法移民が100万人いると言われるが、その数ははっきりしていない。労働党政権がこの問題の解決にも役立つIDカードの導入を決めたが、キャメロン連立政権でそれを廃止した。

問題の根本に手を入れず、何か問題が起きればそれに蓋をかぶせていくような、いわばモグラたたきの運営方法では、内務省が政治家の墓場との評判を拭い去るのは難しいように思われる。

DUPのメイ政権閣外協力

2017年6月の総選挙で下院の過半数を失い、メイ首相は10議席の北アイルランドの民主統一党(DUP)と閣外協力合意をした。閣外協力の代償として、メイ首相は北アイルランドに10億ポンド(1500億円)の追加予算を与えた。そしてDUPはイギリスのEU離脱の交渉に当たってメイ首相と直接コンタクトできる立場にある

そのDUPの協力を得て、メイ政権は、新聞の行動規範に関するレヴィソン委員会の第2の勧告の実施を止めることに成功した。データ保護法案にそれを可能にする新条項を入れようとする試みにDUP下院議員が保守党議員らとともに反対したため、304対295で否決されたのである。

レヴィソン委員会は、電話盗聴問題に端を発した新聞の行動規範に関する問題を調査するためにキャメロン首相が2011年7月に設けた公的調査委員会である。そして2012年11月、委員長のレヴィソン判事が、それまでの新聞の自己規制では不十分だとして、まず公的な権限を持つ監視機関の設立を勧告し、第2段階として新聞の不正な行動や警察との関係の公的調査を勧告したのである。

ほとんどの新聞紙はこれらの勧告に反発した。また、このような公的調査委員会を設けたキャメロン首相を嫌った。そして自ら自主監視機関を設ける一方、第2の勧告の実施に反対した。保守党は、これらの新聞の自主監視機関(Ipso)はその役割を十分に果たしているとし、それ以上の手段を講じる考えはない。また、第2番目の勧告も実施する考えはない。

政権基盤の弱体化しているメイ首相は、これらの新聞に頼っている。一方、それらの新聞が最も恐れているのは、コービン率いる労働党が政権を握ることである。コービンがレヴィソン勧告をそのまま実施するのが明らかなためだ。

DUPは、北アイルランドがレヴィソン委員会の調査に含まれていなかったことを理由に、北アイルランドの新聞の行動規範についての調査を求め、それを実施することとなった。ただし、その結果が出るのは、まだ遠い先のことで4年先のようである。

変わらないジョンソン外相

ボリス・ジョンソン外相が、メイ首相がEU離脱後導入したいと考えている、EUとの関税パートナーシップ案を愚かな案だとけなしたジョンソンは、この案のアイデアをこれまで閣僚として支持してきた。ところが、保守党内で影響力の増しているジェイコブ・リース=モグ率いる強硬離脱派のERG(European Research Group)がこの案では求められたEU離脱はできないと強く反対し、関税パートナーシップの問題点が浮き彫りになっていることから気持ちが変わったようだ。

ジョンソンが気持ちを変えるのはそう稀なことではない。そもそも2016年のEU国民投票前にも残留派、離脱派でなかなか立場を決められなかった。それでも残留派でキャンペーンすると思われていたが、直前になって離脱派に変わった。

その原因は、残留派が予想通り勝てば、残留派の中心人物だった当時のオズボーン財相がキャメロン後継者の地位をさらに固めると見られていたためのように思われる。離脱派で運動すれば、保守党内で強い離脱派のリーダーとしてオズボーンに対抗できると判断したためだろう。

自分の損得やその場の状況で立場を変えるのはジョンソンにとってそう不思議なことではない。

ただメイ首相は閣僚として前例のないジョンソンの批判を受け流し、ジョンソンを外相の地位にとどめるつもりだ。メイ首相の弱い立場を改めて浮き彫りにした出来事だと言える。

綱渡りのメイ首相

メイ首相は、イギリス離脱後のEUとの 貿易関係について、イギリスはEU単一市場も関税同盟も離脱するとしてきたが、交渉の時間が乏しくなってきた現在、どのような対応をするかで綱渡りを強いられている。

これまでに提示した、EUとの貿易関係をできるだけスムーズにすすめるためのMax Fac案と関税パートナーシップ案は、いずれもEU側が消極的だ。その上メイ首相の選択する後者には保守党内の強硬離脱派が強く反対している。

メイ首相は関税パートナーシップ案を5月2日に開かれた内閣小委員会に提示したが、そこでは同意が得られなかった。そしてさらに検討を進めるよう指示したと言われる。そのため、関税パートナーシップ案は北アイルランドの国境問題の解決に役立つが消えたと見られた。しかし、5月6日のBBC番組に出演したビジネス相がこの案はまだ捨て去られていないと発言したことから、EU強硬離脱派の反発が強まっている。

EU強硬離脱派は、関税パートナーシップ案ではイギリスがEUに支払うべき関税を集める役割を担う上、イギリスがEUの規制に従う必要があるという点を指摘する。すなわち、EU離脱の一つの目的は、イギリスがEUの規制の枠から外れ、独自の規制を設ける、すなわち「独立」することだが、それがかなえられないとするのである。

政権基盤のぜい弱なメイ首相は、昨年6月の総選挙で保守党が下院の過半数を割り、10議席を持つ北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力で政権を維持している。保守党とDUPを除く議席数を実質上13上回るが、もし7議員が反対側に回ると下院の判断は覆されることとなる。そのため、強硬離脱派の脅迫に弱いと見られている。

これに対し、メイ首相周辺は、もし強硬離脱派がメイ首相の案に賛成しなければ、議会がさらにソフトな離脱をさせることになると逆に脅しをかけ始めている。これは、議会の上院がメイ政権提出のEU離脱法案を修正し、下院がメイ政権の最終的なEUとの合意案に同意しなければメイ政権を交渉に戻らせることを可能にして法案を下院に送り戻したことを指している。すなわち、メイ首相らの案がもし下院で認められなければ自分たちの判断で交渉できなくなる可能性があるため、保守党内の強硬離脱に反対する勢力も受け入れられる折衷案を自分たちの判断で決めた方が良いとの立場である。

イギリスの議会には選挙で選ばれていない上院と選挙で選ばれる下院がある。基本的に法案は両者が同意して法律となるため、上院と下院は協同して働く必要がある。それでも保守党の勢力の弱い上院は、下院の意思に方針に反し、既に10点修正している。もちろん、最終的には下院の意思が優先されるが、それには時間がかかる。イギリスのEU離脱は来年3月末であり、イギリス離脱後の「移行期間」や将来のイギリスとEUとの関係を含んだ離脱合意は今年秋までになされる必要があるため、時間は既になくなってきている。

もし、メイ政権が倒れるようなことになると、総選挙に向かう可能性がある。5月3日のイングランド地方選挙の結果をもとに世論調査専門家カーティス教授とBBCが算出したものによると、もし有権者がこの地方選挙と同じように投票すれば、労働党が最大議席を獲得することとなるという。一方、その地方選挙で明らかになったようにUKIPなどの離脱支持票の多くが保守党に向かったが、メイ政権のEU離脱合意の内容によっては、それらの票をあてにできないかもしれない。そのため、保守党内の強硬離脱派、もしくはそれに反対する勢力は、その行動によって保守党を政権から離れさせることになる可能性がある。

様々な政治上の読みが交錯している。時間の無くなってきたメイ首相の綱渡りの政権運営は続く。

新内相サジード・ジャビド

新しく内務大臣に就いたサジード・ジャビドの親はパキスタン出身だ。父親は1961年にイギリスに来た。バス車掌などの仕事をしたという。インド系の人がイギリスの4つのトップ大臣ポスト(Great Offices of State)の一つに就くのは初めてのことである。なお4つのトップ大臣ポストとは、首相、財務大臣、内務大臣、外務大臣だ。メイ首相に批判的な元閣僚でパキスタン系のワルジ女男爵は、この任命を「ガラス天井を打ち破った」として評価した。

48歳のジャビド(1969年12月5日生まれ)はこれまで何度も天井を打ち破ってきた。家庭環境を乗り越え、近年評価の高まっているエクセター大学で経済と政治を学んだ。保守党に入党し、20歳で初めて党大会に出席する。サッチャーを尊敬し、大臣に就任した後、大臣室にサッチャーの写真を飾っていたという。

大学卒業後、金融の仕事に就こうとしたが、あるイギリスの銀行で、顔がその仕事に合わないとして採用されなかったという。そこでアメリカのチェースマンハッタン銀行に入る。瞬く間に昇進し、記録を破り、25歳でVice Presidentとなる。後にヘッドハントされ、ドイツ銀行に移り、役員となった。2009年にドイツ銀行を辞め、2010年に保守党の下院議員に当選。それまで年俸300万ポンド(4億5千万円)だったと言われ、当時の下院議員の年俸6万ポンド(900万円)あまりと比較して、98パーセント減給との評もあった。それでも大学時代からの政治の思いを果たしかったようだ。

キャメロン政権でオズボーン財相に目をかけられて頭角を現し、文化相、ビジネス相、そしてメイ政権でコミュニティ・地方自治相を経験し、今回内相となった。内相への任命は、前内相の辞任のきっかけが内務省の少数民族への対応だったことから出てきたもので、幸運であったといえるだろう。しかし、政治の世界でも、ビジネスの世界でも運は非常に重要だ。

まだ政治経歴は長くない。それでも2016年のEU国民投票でイギリスがEUを離脱することとなり、キャメロン首相が責任を取って、辞任した後の党首選挙で、同じ閣僚だったスティーブン・クラブと組んだ。結局クラブは党首選を退くが、もしクラブが党首・首相となっていれば、ジャビドは財相となることとなっていた。ジャビドが将来の保守党党首、首相を目指しているのは間違いないだろう。

ジャビドはイスラム教徒の家に生まれたが、イスラム教を実践していないという。頭に髪はなく、奥さんローラが剃っていると言われる。その顔が将来の保守党のイメージにふさわしいかどうかという問題はあるかもしれない。それでも、これまでの「天井破り」の事例から見ると、それも克服するかもしれない。

EU離脱とイングランド地方選挙

5月3日のイングランドの地方選挙で、イギリスをEUから離脱させることを目的として設立されたイギリス独立党(UKIP)の支持票が崩壊し、その他の政党がその恩恵を受けた。特に保守党への恩恵は大きい。

UKIPは2014年の欧州議会議員選挙でイギリスに割り当てられた73議席のうち24議席を獲得し、2位の労働党20議席、3位の保守党19議席を上回った。地方議会議員の任期は通常4年で、今回のイングランド地方選挙は基本的に4年前に戦われた地方議会議員選挙の再選だった。2014年のイングランド地方議会議員選挙は、この欧州議会議員選挙の直前に行われた。そのため、UKIP票がかなり多かったのである。

2015年の総選挙では、UKIPは、EUの問題以外の不満票も惹きつけ、保守党、労働党に続き、第3位となる12.6%を得票したが、1選挙区から最大得票の一人だけが当選する小選挙区制のため、獲得議席はなかった。もしこれが比例代表制だったならば全650議席のうち80議席余りを獲得していただろうと言われる。

ところが、2016年に行われたEUを離脱するかどうかの国民投票で51.9%対48.1%の結果となり、イギリス国民が離脱に投票したため、UKIPの存在意義がなくなる事態となった。2017年の総選挙でUKIPの得票率が1.8%まで下がり、今回の地方選挙でUKIPの地方議員がほとんどいなくなる結果は予想されていた。

今回の地方選挙で、保守党は、EU国民投票で離脱票が60%以上の選挙区(すなわちUKIP支持が強かったところ)では、13ポイント支持が上昇している。一方、離脱票が45%以下のところでは支持率が1ポイント減少した。これは、2017年総選挙と同じような傾向だ。

また、若い人の多い選挙区、すなわち、18歳から34歳の割合が35%を超えるようなところで保守党は支持を10ポイント落とし、この年代が20%を下回るところで8ポイント支持を伸ばしている。また、65歳以上の人が20%を超えるようなところで保守党が10ポイント支持を伸ばしている。

若い人の多く、大卒の人が多い、そして少数民族出身者の多いところでは保守党の支持は伸びていない。すなわち、離脱に反対した人たちが多いところで保守党は苦しんでいるのである。その代表は、EU残留を強く打ち出している自民党が議会の過半数を新たに占めた4つの地域であろう。

今回の地方選挙でさらにはっきりしたことだが、メイ政権は、党内だけではなく、一般有権者の離脱派の支持を継続して受けられるように政権を運営していく必要に迫られている。

2018年5月イングランド地方選挙(2)

2018年5月の地方選挙では、野党労働党が優勢で、メイ首相率いる保守党はかなり議席を失うと見られていた。地方選挙の予測で良く知られているRallings & Thrasherは、労働党が議席を200ほど増やし、保守党が75ほど減らす、また自民党が12議席増やす一方、イギリス独立党(UKIP)は125議席失うとしていたが、結果は、労働党が77議席増やし、保守党が32議席減。自民党が75議席増やした。全体で4400議席ほどが争われ、労働党が全体で2350議席獲得し、保守党が1332議席、自民党が536議席獲得した。中では、保守党と労働党にとっては、いずれも数%の増減で、それほど大きな変化があったわけではない。なお、今回の地方選挙はイングランドのもので、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドでは行われなかった上、イングランドの中でも全体をカバーしたものではない。

また、地方選挙では投票率は総選挙に比べてかなり低い。2017年総選挙の投票率は、69%だったが、今回の地方選挙の投票率は、公共放送BBCによると前回の2014年と同じく平均で36%である。

このような状況の中で、現在の有権者の政党支持の状況を読み取ろうとするのはそう簡単ではない。BBCは、世論調査の専門家、ジョン・カーティス教授と共同して、参考的な数字を出し、保守党と労働党への支持を35%づつと見ている。総選挙のように全体の結果がはっきりしているわけではなく、ところどころのデータを集めて推定するわけであるから、完全なものではない。それでも実際の投票から得られたものであるため、世論調査の結果より価値があると見られている。

数々の問題はあり、見方は様々に分かれるが、以下のような結果が導き出される。

まず、保守党と労働党の勢力が拮抗しているということだ。カーティス教授は、昨年の総選挙時より労働党がやや支持を伸ばしていると分析するが、これでは労働党が次に政権を取るのは難しいという見方がでる。ただし、ここで注目されるのは、UKIP票の行方である。この票のかなり多くが保守党に回り、今回の選挙で保守党が労働党を上回る議席を獲得したところで特に顕著である。当たり前のことだが、労働党が前回と同じ票を獲得したとしても、それまでの保守党票にUKIP票が加わって労働党票を上回れば、保守党が議席を獲得する。

イギリスのEU離脱を謳って生まれたUKIPはイギリスがEUを離脱することになり、その存在意義を失った。それでも、これらの有権者は、メイ首相のEUからきっぱりと離脱するというこれまでの発言を信じて、保守党に投票した。そのため、もしメイ首相が今後のEUとの交渉で弱腰となれば、これらの有権者が保守党から離れるという見方があり、カーティス教授は、メイ首相は、保守党内とこれまでのUKIP支持者の動向に注意を払うことが重要で、かなり難しい政権運営、EU離脱交渉を強いられると見ている。

一方、労働党はコービン党首のイメージ問題があると指摘されている。イングランド中西部のウォルソ-  ルで、全60議席の内、21議席が争われ、保守党が13議席(+5)、労働党が7議席(-2)、UKIPは0議席(-3)の結果となり、保守党がそれまでの議席と合わせ、30議席で最大政党となった。BBCが有権者になぜこのような結果が生まれたのかを問うたインタヴューを実施したが、コービンには政権が任せられないとの意見が多かった。そのロシアやシリア攻撃、EUの離脱交渉の立場、さらに労働党の反ユダヤ人問題に関連していると思われる。ただし、この地域は、2016年のEU国民投票で、3分の2が離脱に投票しているところであり、メイの今後のEU離脱交渉の対応次第でかなり変わる可能性がある。

次に保守党との連立政権に参画して以来大きく支持を失った自民党に回復の兆しが出てきてことだ。保守党から3つの地方自治体のコントロールを奪った上、それまで過半数を占める政党のなかった自治体で過半数を占めた。自民党が2010年総選挙前の支持を取り戻すにはまだかなり時間がかかるだろうが、望ましい方向に向かっている。