「裸の王様」ぶりを曝け出したメイ

昨年6月のEU国民投票後、保守党がキャメロンの後継党首そして首相にメイを選んだ時には、イギリスのEUとの離脱交渉をめぐって、このようなことが起きるとは誰も思ってもいなかっただろう。手堅いと思われたメイが、その無能ぶり、経験不足を露呈した。選挙ステラテジストのリントン・クロスビーの影響を指摘する見方もあるが、メイが「裸の王様」であることを曝け出したといえる。

53日午後、メイは首相官邸前で演説し、EUがイギリスを脅迫していると厳しく批判した。そしてEUが現在進行中の選挙に影響を与えようとしていると断言したのである。EU側は、そのようなことは「全くの幻想だ」と否定した。

メイは、現在のEUとの関係悪化の責任を取ろうとせず、自分の落ち度を棚に上げて、EU側に責任を負わせようとし、自分が何をしているか、何が悪いのか省みる気配がない。むしろ68日投票の総選挙にこの問題を利用しようとしている。

メイ首相では、イギリスがEUとの貿易を含めた将来の関係の合意をすることは難しいだろう。合意なしに離脱する、いわゆる強硬離脱に向かう可能性が高まったといえる。

何が起きたのか?

  1. 426日の夕食会

ちょうど1週間前の426日、メイが、EUの欧州委員会委員長のユンカーらを首相官邸に夕食に招待(拙稿参照)。10人の夕食会が終わった時、ユンカーが「始まる前より10倍懐疑的になった」と発言したと言われる。

翌日ユンカーは、EUの盟主ドイツのメルケル首相に連絡を取り、メイが「異なる銀河に住んでいる」と伝えた。メルケルは、その日、ドイツの下院で、「イギリスには幻想している人がいる」と述べた。

429日、イギリスを除いたEU側の27か国の首脳がブリュッセに集まり、EU側の交渉指針に合意した。

この間、426日の夕食会の内容は少しずつ漏れてきていたが、51日のドイツの新聞がその夕食会の内容を細かく報道し、それがイギリスに伝えられた。

はっきりしたことは、たいへん重要な点でEU側とメイの方針が相反しており、EU側が合意に悲観的になったということである。

しかし、メイは、その夕食会後の「建設的な話し合いがなされた」という声明をうのみにして、その夕食会が大失敗に終わったということに気づいていなかった。

  1. 2つの報道

53日のファイナンシャルタイムズ紙が、EU側はイギリスの離脱にあたり、グロスで1000億ユーロ(122千億円)の支払いを求めるだろうとトップで報道した。これまでの非公式な推定は、600億ユーロ(73千億円)だったが、それよりはるかに大きな金額が求められる可能性を示唆したのである。

この数字は、EU側から出てきたものではなく、ファイナンシャルタイムズ紙の記者が、これまでの報道、データ、それに法律などを分析して積み上げたものである。しかし、このような金額は、ドイツやポーランドなどのEU側がその態度を硬化させている証拠だという見方が強まった。

また、同日のタイムズ紙の1面トップは、426日の夕食会で、メイがEUとの交渉の終盤には自分が直接他の加盟国の首相や大統領などと交渉すると述べたが、メイが直接交渉できるのは、EU側の交渉責任者ミシェル・バーニエのみだという指摘を報道した。

さらに同日、バーニエがイギリス側の「幻想」を指摘し、イギリスの金銭的な責任の合意ができなければ、将来の関係についての交渉には進まない、しかも交渉にはかなり時間がかかると警告した。

そしてその日の午後、EUを強く攻撃したメイの発言が飛び出した。

「裸の王様」メイ

メイが、426日の夕食会の「結果」に51日まで気づかなかったように見えることは驚きだ。さらに53日のタイムズ紙の記事は、メイがEUとの交渉の仕方について理解していなかったことをはっきりと示している。

メイには、EUとの交渉で、率直に正確な情報を伝達してくれる人物が欠けているようだ。イギリスの前駐EU大使は、経験豊富で、EU内の情報や人脈に通じた人物だったが、20171月、突如辞任した。メイ政権が非現実的だと感じたことが原因だった。その後、新しい駐EU大使が任命されたが、この人物はそう大切な役割を果たしていないように思われる。

メイは、自分の考えに合わない人たちの見解を容れない。総選挙の影響もあるだろうが、メイを「強く、安定したリーダー」と称賛するばかりの人たちのみを周囲に置いている。しかし、このままでは、「強く、安定したリーダーシップ」どころか、EUとの関係をさらに悪化させる可能性がある。

もし合意ができなければ、EUも大きな傷を負うが、その悪影響はイギリスの方がはるかに大きい。「裸の王様」が首相では、EUとの交渉の見通しは暗い。

その能力には疑問があるものの、コービン率いる労働党の方がより現実的でスムーズなEU離脱、将来の関係の合意を成し遂げることができるのではないかと思われるほどだ。

「張り子の虎」のメイ首相

メイ首相は「張り子の虎」だと思われる出来事が相次いでいる。大統領的だと揶揄される、唯我独尊的な言辞、行動には選挙戦術である面もある。しかし、その裏に脆弱な面が透けて見え、「張り子の虎」という印象が免れない。

隠れた遊説

メイ首相は、68日の総選挙のキャンペーンで全国を遊説している。しかし、その演説会は、ひそかに開かれ、一般の有権者には知らされていないようだ。イングランド北部のリーズで行われた演説は、一般の会社員が帰宅した後に行われたと言われ、また、スコットランドのアバディーンシャーで行われた演説は、会場が「子供の誕生日パーティー」の名目で借りられたと言われる。いずれも保守党の支持者だけに参加してほしかったようだ。

過去には、党首の遊説中に予想外の出来事が起きた例がある。例えば、ブレアが首相だった時、建物の入り口で女性有権者が直接面と向かって質問し、食い下がった時ことがある。取材のメディアがその光景をこぞって報道し、大きなニュースとなった。

または、2014年のスコットランド独立住民投票の際である。独立を支持するスコットランド国民党(SNP)の支持者が、独立反対の人物の演説に押しかけ、演説を妨害する出来事が相次いだ。同様の戦術は、保守党支持者も使った。

メイ首相は、総選挙前のテレビ党首討論には出席しないと明言している。全国を遊説して回るからその必要はないという。しかし、メイの遊説が密かに行われ、保守党の有権者だけを対象に行われるのであれば、全国遊説の看板にふさわしくないだろう。

このようなメイのやり方は、北朝鮮のトップ、キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長を思い起させる。誰もがトップを称え、拍手する。そしていかなる不同意も許さない姿勢だ。

メイの性格

これはメイの性格にも関連しているだろう。メイは「優等生の級長」で、自分の完結した世界観を持っているようだ。それから逸脱したものは許されない。これはそのマイクロマネジャーぶりにも伺われる。すなわち自分がすべてのことを把握しコントロールしたい。メイは、自分の内閣で、自分の考えに異論を唱えることを許さないと言われる。

非常に執念深い点もあるようだ。例えば、今年のイースター(復活祭)時に大きな話題となったことだ。イングランド・ウェールズ・北アイルランドの歴史的建造物や土地などの「遺産」を管理する慈善団体ナショナルトラストを、メイは「教区牧師の娘」として強く非難した。ナショナルトラストの「エッグハント」と呼ばれるイベントを協賛するお菓子会社カドベリーが従来の「イースターエッグ」から「イースター」という言葉を除いたことが理由だった。この「エッグ」は卵型のチョコレートだが、キリスト教徒以外にもアピールすることが狙いだったようだ。しかし、このナショナルトラストの総裁は、元内務省事務次官で、内務大臣だったメイとの折り合いが悪く、辞任した人物である。

また、メイは、能力を選別して入学させ、より高い教育を受けさせようとする公立学校のグラマースクールの拡大を推進しているが、グラマースクールが地域の教育レベルを上げるという証拠はなく、野党労働党のコービン党首はそれに真っ向から反対している。コービンはグラマースクールで学んだが、妻が息子をグラマースクールに行かせたいと主張したため、結局離婚に至ったほどだ。それでも、メイは「首相への質問」で、グラマースクールを質問したコービンに、息子をグラマースクールへ送った、言うこととすることが別であり、信用できない人物だと繰り返し主張している。

スローガン

メイは自分に近い側近らと「打ち出すライン」を決め、それにスピーチでもインタビューでも固執する。最近のスローガンは「強い、安定したリーダーシップ」である。

今回の総選挙は、いやいやながら仕方なく実施することとしたと言い、議会が妨害するので「強い、安定したリーダーシップ」が必要だからだとした。イギリスのEU離脱の通知送付を承認する下院投票は、圧倒的に賛成されたがと指摘され、それにも「強い、安定したリーダーシップ」が必要だからだと答えた。

このようなスローガンを一つのインタビューで十何回も使い、430日のBBCのインタビューで、それは「ロボットのようだ」と指摘されたほどである。さらに、このスローガンをメイ内閣の閣僚や関係者も繰り返し使い、すべての会話をこの言葉につなげようとしているばかりか難しい質問をはぐらかすのに使っている。

メイは、このスローガンに対比し、コービンは「弱い、混乱している」とけなし続けている。確かに選挙戦でスローガンを決めて有権者の頭の中にこびりつくようにさせることには一定の意味があろう。ただし、それは有権者の気に障り始めており、また、メイらが、スローガンの背後に隠れようとする傾向が出ているように感じられる。

Brexit

Brexitについて、メイは、イギリスにとって「可能な最善の合意」をEU側とすると言い続けている。一方、「悪い合意をするより、合意がない方がよい」と主張しており、それは430日のBBCのインタビューでも繰り返した。

メイは、426日に欧州委員会委員長ユンカーとその交渉担当者らを夕食会に招いた。EU側にはその真意をいぶかる声があったとされるが、その夕食会は、メイがまさしくその「強さ」を示すことを意図していたように思われる。

ユンカーはこの夕食会の後、前よりもイギリスの離脱交渉が10倍難しいことがわかったと言ったそうだ。そしてその翌日、ドイツのメルケル首相に、メイは「異なった銀河にいる」と電話したと言われ、メルケルはドイツの下院で「イギリスには幻想している人がいるようだ」と発言した。

EU側の交渉指針は、429日、EUの残りの加盟国27か国のトップがわずか4分で合意したように、極めて明快だ。

  • イギリスでのEU加盟国人の権利の保障
  • イギリスに責任のあるEUへの支払い義務
  • アイルランドの国境問題の解決(EUメンバーのアイルランド共和国と現在イギリスの一部である北アイルランドとの間の国境)
  • 以上の3点に満足のいく進展がなければ、貿易などの将来の関係の交渉に入らない

一方、メイの狙いは、429日のEU側の会合の前に、その立場を明らかにすることだったようだ。メイの主張は以下の通り。

  • イギリスは、EUに一銭も払う法的義務はない
  • 交渉を秘密に進める
  • 将来の貿易関係の交渉をすぐに始めたい

さらにEU加盟国人の処遇を交渉の一つの手段とする意図を匂わせたようだ。

これらに対し、ユンカーは、メイは勘違いしていると指摘したと言われる。イギリスにはきちんと金銭的なけじめをつける必要があり、この交渉には27か国と欧州議会も絡み、秘密交渉は事実上不可能だ、さらに上記の3つの問題の解決なしに将来の関係交渉は進まないとした。

メイにとっての問題は、その主張がユンカーらに全く受け入れられなかったばかりか、メイの交渉戦略そのものに大きな疑問符がついたことだろう。

メイはこれまで、強いレトリック(言辞)を使い、有能な首相のイメージを生み出し、有権者の支持を得てきた。しかし418日にBBCのインタビューで、これまで成し遂げたことは産業政策だと言いながら、それに取り組んでいると付け加えたことにあらわれているように、メイが首相として成し遂げたことは乏しい。

むしろ、昨年の保守党大会の演説で、ビジネスらに大幅な譲歩を迫ったが、すぐに方針を軟化させ、また3月のハモンド財相の予算発表で、自営業への国民保険料増額案がマニフェスト違反だと批判された途端Uターンしたようにその立場には不確かなものがある。

メイの自分に任せておけば大丈夫だとの「強いリーダー」的アプローチは、これまで世論調査で効果が上がってきた。これまで世論調査での保守党と労働党の差は20%台が続いてきた。さらにメイへの評価は、保守党への評価よりもはるかに高いものがあり、保守党はメイを総選挙の中心にして支持を集める戦略を立てている。

ほとんどの人は保守党の大勝利を予測している。もし、総選挙後、有権者が見るのが「張り子の虎」メイ首相でEU側に大幅譲歩すれば、多くの有権者はがっかりするだろう。

一方、メイが426日の夕食会で表明した考え方に固執すれば、離脱交渉はまとまらず、イギリスは20193月に自動的に離脱、これまでEU内で享受してきた権利を失うこととなる。EUとの貿易には関税などの障壁ができる。それに対応するスタッフが不足しており、EUに頼ってきた世界の国々との貿易交渉をイギリスは自ら行わねばならず、国際的、国内的に大きな混乱に陥る可能性が高い。

「強い、安定したリーダーシップ」のメイがどのように対応するか見ものである。

メイの心配する投票率

68日投票の総選挙では、メイ首相率いる保守党が大きく勝つと見られている。世論調査で圧倒的な支持を集めており、野党第一党の労働党に20%余りの差をつけているからだ。地域政党スコットランド国民党(SNP)の強いスコットランドでも保守党への支持が大きく増加しており、労働党が伝統的に強いウェールズでも保守党が大きく議席を伸ばし、最大政党になる勢いだ。

この状態でメイ首相が心配しているのは投票率だ。保守党が大勝するのは間違いないと思う有権者が増えており、その結果、投票に行かない有権者が多いのではないかと思われるからだ。

前回の2015年総選挙では、過半数を占める政党のないハングパーラメント(宙吊り議会)になり、労働党とSNPらによる連立政権になるかもしれないという予想が多くの有権者に保守党への投票に向かわせた。また、2016年のEU国民投票では、イギリスのEU残留がわずかに優勢という状況が、多くの離脱派に投票に向かわせた。

しかし、今回の総選挙では、保守党が圧倒的に優位という状況の中で、有権者に投票に向かわせるそう強い動機に乏しい。そうなれば、伝統的な労働党支持者、さらにEU離脱に反対の自民党に投票したい有権者の投票が、比較的に強くなる可能性がある。

この中、ドイツのメルケル首相が、イギリスにはBrexit交渉に「幻想」を見ている人がいると指摘した。Brexitでは、残るEU加盟27か国並びにEU機関は、イギリスの離脱の交渉がまとまった段階で、イギリスとの将来の貿易関係の交渉を始めることに合意していると確認したのである。

メイはこの発言をとらえ、EU側は、27か国が一致してイギリスに敵対していると発言し、メイ政権の立場が強くなるよう、有権者が保守党に投票するよう促した

これは、極めて政治的な発言だ。メイの発言は、今後のEU交渉にある程度影響があるかもしれないが、それよりもイギリスのEU離脱を支持している有権者に、一種の強迫観念(Siege Mentality)を起こさせ、投票率を上げようという狙いがあるのではないかと思われる。

このような手段に効果があるかどうかは、今後はっきりしてくると思われるが、投票率の問題は、メイにとって選挙戦最後まで心配の種だろう。

総選挙を楽しんでいるコービン

野党第一党の労働党のコービン党首が、非常に生き生きとしている。来月68歳になるが、68日に向けての総選挙キャンペーンを楽しんでいるように見える。

メイ首相が突然解散総選挙を宣言した時、コービンはすぐに賛成した。これには労働党下院議員からもかなり大きな批判があった。総選挙が行われれば、労働党は大きく議席を失うと思われたからだ。

世論調査で労働党は保守党に20%程度の大きな差をつけられ、支持率が歴史的に低い。1983年総選挙で惨敗した時よりも悪いと言われる。しかも有権者のメイ首相への評価は非常に高いが、コービンへの評価は、非常に低い。多くの国民が、コービンには首相になる資質がないと思っている。これではとても総選挙が戦えないと思ったからだ。

それでも解散総選挙に賛成したコービンの判断は、正しいように思われる。2011年議会任期固定法では、下院の総議席の3分の2が賛成する、もしくは政権が不信任され、後継政権が生まれなければ、解散総選挙となる。下院総議席の3分の1以上持つ労働党が反対すれば、3分の2が賛成することはなかった。しかし、その場合、メイは労働党が総選挙を恐れている、メイ政権にEU離脱交渉を成功させないように画策していると攻撃して、メイ政権そのものの不信任案を提出して可決させ、無理やりに解散総選挙に持ち込む可能性があった。そうなれば労働党には「臆病者」のレッテルが貼られ、さらに厳しい総選挙になったかもしれない。

労働党下院議員の中には、労働党が惨敗すれば、コービンが自ら退く可能性があるという見方もあった。労働党内の異端で、急進左派のコービンが2015年党首選で全く予想外に党首に選ばれ、しかも2016年のEU国民投票後に、労働党の4分の3近い下院議員たちがコービン下ろしに走ったが、行われた党首選挙で再びコービンブームが起き、前回よりも多くの支持を集め圧勝した。党首選ではコービンを倒すことができないことがはっきりした。

コービンは原則の人として知られる。多くはコービンをいい人だと言うが、労働党のような大きな政党を率いるリーダーシップはないとする人がほとんどだ。コービンの最初の妻は、コービンをいい人だと言うが、党首にはふさわしくないとする。2番目の妻との離婚は、妻が息子をグラマースクール(能力を選別して入学させる公立学校)に入学させたいのに、それにコービンが強く反対したことが原因だった。

労働党の支持者である、ケンブリッジ大学のスティーブン・ホーキング教授は、個々の政策では、コービンの考え方には正しいものが多いが、リーダーではないとして、コービンの党首辞任を求めた。コービン党首の広報戦略局長だった人物もコービンの能力を批判している。

メイ首相は、今回の総選挙をリーダーシップの戦いだとして、コービンのリーダーシップ能力を徹底的に批判している。

ところが、424日の朝のTodayというラジオ番組で、BBCのベテラン政治記者が、奇妙なことが起きているとリポートした。有権者が、コービンには首相になる可能性がないとして、地元の労働党下院議員に投票することに抵抗がないというのである。通常、イギリスの総選挙は、次の首相を選ぶ選挙であり、党首が首相にふさわしいかどうかを考えて投票する。そのため、総選挙では、党首の評価は非常に重要だが、どうも今回はそれが必ずしも当てはまらないようだ。まだ選挙戦は序盤であり、今後の展開は異なってくる可能性がある。

ただし、労働党は、これまでの常識を破り、いわゆる中道の有権者を惹きつける戦略ではなく、本来の「地のコービン」を打ち出す戦略に出ている。作り物ではないコービン像、すなわち自分を打ち出すことが許される状況が、コービンにエネルギーを与えているようだ。その演説には力がこもっている。一方、423日のBBCのテレビ番組で、コービンは弱い者が虐げられる今の政治状況に怒っており、うんざりしていると静かに話した。

解散総選挙:首相の立場

メイ首相が突然の総選挙に踏み切った大きなきっかけは、2015年総選挙の保守党の選挙費用違反問題だろう。選挙費用違反の捜査・起訴には期限があり、それがこの6月初めには切れるとされている。すでに15の警察管区が検察に書類を送ったといわれ、20ほどの選挙区で、候補者本人、事務長を含め、30人から40人が起訴される可能性があるとみられる。保守党は下院で他の政党合計を実質17議席上回っているだけであり、これらの選挙区で、もし補欠選挙があれば議席を失い、議会運営に支障が出る可能性があった。

なお、保守党がもし1議席失えば、保守党以外の政党が1議席獲得する。そのため保守党が9議席失えば、保守党は下院での過半数を失うこととなる。

さらに、特に悪質とされる選挙区にメイ首相が応援に入ったばかりか、メイ首相の首相補佐官らの側近が選挙期間を通して大きく肩入れしていたことがわかっている。2015年総選挙の際にはメイ首相は内相だったが、その当時からの側近らの選挙区のホテル代だけでも14千ポンド(200万円)を超える。それが届けられた選挙費用報告書に含まれていなかった。届けられた選挙費用は、この選挙区の選挙費用の上限15千ポンド(210万円)をわずかに下回るものであり、実際にはそれを大きく超える金額が使われていたのである。

2015年総選挙はメイ首相の前任者のキャメロン首相の下で行われたが、もし、この選挙区が裁判所に再選挙を命じられるような事態となると、メイ首相のイメージにも大きな打撃となる可能性がある。

世論調査で保守党が労働党に大きな差をつけており、労働党のコービン党首への評価が非常に低いことから、メイ政権の基盤を強化し、もし再選挙を行う必要が出ても、それをしのげる体制にしようとしたのが一因ではないかと思われる。

メイ首相は、これまで総選挙は2011年議会任期固定法で定められた通り2020年に行うと繰り返してきたが、突然の解散総選挙宣言で多くを驚かせた。解散総選挙の必要な理由は、国民がEU離脱に向けて協力しようという機運にあるのに対し、ウェストミンスターがEU離脱の妨げをしようとしているからだとした。

政治コメンテーターの多くは、突然の解散総選挙の理由が明確ではないと感じているが、党利党略に走るのはよくあることであり、この選挙は保守党の地滑り的な大勝利になると見ている。

ところが、選挙戦は一筋縄ではいかない。

ハモンド財相が税制の裁量の余地を持ちたいと匂わせた途端、422日のサン紙がそれに真っ向から反対、「ノー、ノー、ノー、首相」とし、ホワイト・バン・マン(自営業者)への課税アップ、年金の保証がなくなる、それなのに海外援助はアップすると指摘した。

これには背景がある。

まず、課税について。3月の予算発表に自営業者の国民保険料(National Insurance contribution)の増額を含めたところ、それは2015年総選挙の際のマニフェストに付加価値税、国民保険料、所得税を上げないと約束したことに違反しているという批判の声が上がった。そのため、メイ政権は1週間後にそれを撤回。ただし、このため、財政に20億ポンド(2800億円)の穴が開いた。

その2015年マニフェストでの約束を変更することにはかなり大きな抵抗があるということである。

年金については、現在、インフレ率、もしくは賃金上昇率、もしくは2.5%のうち最も高いものを毎年のアップ率に適用することになっている。すなわち最低2.5%上昇する。これはよくトリプル・ロックと呼ばれるが、財政負担を軽減するために、メイ政権は変えようとしていると見られている。

それなのに、メイ首相は、海外援助に国民所得の0.7%を使うというキャメロン政策の維持を発表した。

メイ政権では、2022年までに財政赤字をなくすと発表している。昨年のEU国民投票でEU離脱の結果が出、景気の悪化が心配されたが、これまでその直接の影響は出ていなかった。しかし、四半期の小売りが2010年以来最も下落した。ポンドが弱くなっているため、輸入品が高くなっていることが影響していると見られる。雇用は維持しているものの実質賃金が上がっておらず、経済の先行きに暗雲が立ち込めている。この中、メイ政権が税制の自由裁量を求めたいという気持ちはよくわかる。

ところが、423日のメイル・オン・サンデー紙が発表した世論調査は、メイ政権への警告といえる。これまで保守党と労働党との支持率の差は20%ほどだったが、この世論調査は、ハモンド財相が税制裁量権を匂わせた後に行われ、その差が11%だった。つまり、そのような裁量権をメイ首相が貫けば、有権者の支持を失う可能性があるということである。もちろん一つの世論調査の結果だけで有権者の動向を特定することは危険だ。

なお、今回の総選挙と19742月のヒース保守党政権の解散総選挙とを対比する人が出てきている。1974年の場合、保守党は過半数を上回っていた。それでも「強い政権」を求めて解散総選挙に打って出たが、政権を失う結果となった。

解散総選挙は、どの首相も、先行きを心配するといわれる。選挙期間中に不測の事態が起きる可能性がある。メイ首相も68日の結果が出るまで安心はできないだろう。一方、保守党が勝ちすぎると、保守党内のEUからの強硬離脱派に遠慮がなくなり、メイ首相が少しでもソフトな方針を取ろうとすればそれに反対するため交渉が難しくなるという見方もある。いずれの結果となっても、困難なEU離脱の交渉、さらに国内政治上の制約など、頭痛の種は尽きない。

総選挙は北アイルランドに大きなマイナス

総選挙が68日に実施されるが、このメイ首相の決定は、北アイルランドに大きな影響を与えるだろう。

32日に行われた分権議会選挙以来、分権政府を構成することができず、北アイルランド政治は停滞が続いている。

北アイルランドでは、アイルランド島の南にあるアイルランド共和国との統一を求める「ナショナリスト側(カソリック)」とイギリスとの関係を維持したい「ユニオニスト側(プロテスタント)」との共同統治となっており、両方の立場の最大政党が分権政府樹立に合意しなければ政府ができない仕組みとなっている。

3月の選挙では、北アイルランド議会の最大政党DUP(民主統一党:ユニオニスト側)が大きく地歩を失った。この選挙は、DUPの党首であるフォスター首席大臣がかつて企業相時代に導入した再生利用エネルギー政策の欠陥で大きな財政負担が発生することが明らかになったことが引き金となった。ナショナリスト側最大政党のシンフェイン党が、この問題の調査期間中フォスターが暫定的に首席大臣のポストを離れるよう求めたのに対し、DUPが拒否したため、シンフェインのマクギネスが副首席大臣のポストを辞任し、自動的に分権政府が倒れて選挙が行われたのである。

その選挙でDUP28議席)は最大政党の地位を維持したものの、シンフェイン(27議席)はDUPとの差を1議席とした。シンフェインは、北アイルランドで多くの人が殺害された「トラブルズ」と呼ばれる時代の未解決の殺人事件の解明の促進や、アイルランド語の法による正式な認証なども求め、分権政府が生まれる障害となっている。

この事態を受け、イギリスの中央政府は、ナショナリスト側とユニオニスト側の妥協を求め、政党間の話し合いを推進してきた。中央からの直接統治か再び選挙を実施するかの選択だとして妥協を促してきた。

このうち、選挙は、20165月、20173月と立て続けに実施されてきたことがあり、もし選挙が実施されると1年余りで3回目となる。さらに、3月の選挙で過半数を失ったユニオニスト側の勢力がさらに弱まるかもしれず、シンフェインがDUPを追い越し、北アイルランド最大政党となる、さらには30議席を獲得し、議会での拒否権を得る可能性がある。また、直接統治は、2007年セントアンドリュース合意でいったん廃止されており、これを実施するには新たな法制が必要である。

今回の総選挙が発表される前、シンフェインのアダムズ党首が、選挙の実施を強く求める立場を明確にした。シンフェインは、北アイルランドの他の政党との合意を達成したいが、メイ政権とDUPがそれぞれの立場に固執しているためそれが達成できないとし、選挙実施のために、アイルランド政府が働きかけるべきだとしたのである。

北アイルランドの平和は、1998年のグッドフライデー合意で、イギリス政府とアイルランド政府の協力でもたらされている。今回の話し合いにもイギリス政府とアイルランド政府が参画しており、イギリス政府はアイルランド政府の承認なしに直接統治に踏み切れない。なお、アダムズは、かつてイギリスの下院議員に選出されていたが、今やアイルランド共和国の下院議員であり、アイルランド共和国の第3党シンフェインを率いている。

イギリスのブロークンショー北アイルランド相は、これまでたびたび話し合いの期限を延ばしてきた。5月初めまでにまとまらなければ直接統治か選挙としていたが、さらに6月末までに延ばすこととなった

メイ首相がイギリスの下院の総選挙を実施することとしたため、北アイルランドの政党は総選挙準備、キャンペーンで忙しく、この話し合いが難しくなったためだ。なお、下院は、52日に正式に解散されるため、68日の総選挙が終わるまで、直接統治を可能にする法制定は難しい。一方、もし選挙を行うとすれば、北アイルランドでは選挙が本当に多発することとなる。

北アイルランドの分権政府が倒れて100日が過ぎたが、この宙ぶらりんの状況がさらに続く。北アイルランドが過去十年で最も困難な状況を迎えている中、突然総選挙に踏み切ったメイ政権は、北アイルランドを軽視していると批判する声が強い。

北アイルランドでは、EU国民投票で、56%が残留、44%が離脱に投票した。イギリスのEU離脱交渉の結果次第では、北アイルランドが南のアイルランド共和国との統一を求める方向に動く可能性もあり、メイ政権には慎重な対応が必要だ。

スコットランド独立住民投票の可能性

201768日に総選挙(完全小選挙区制)が行われることが、下院の投票で正式に決まった。下院の総議席6503分の2を大きく上回る522票の賛成を得たのである。

この総選挙の一つの注目点は、前回2015年の総選挙でスコットランドに割り当てられた59議席のうち56議席を獲得したSNP(スコットランド国民党)が、その勢力を維持・増加させて2回目のスコットランド独立住民投票に結び付けられるかどうかであろう。

スコットランド議会は、2017328日、独立住民投票を実施することに賛成し、スコットランド分権政府にイギリスのメイ政権と時期をめぐる交渉を始めることを承認した。しかし、メイ政権は「今は、そのような時ではない」とし、Brexitが完了するまでそのような住民投票を認めないことを明らかにした。

1回目の独立住民投票は、20149月に行われた。当時のイギリス中央政府のキャメロン首相とスコットランド分権政府のサモンド首席大臣が、エディンバラ合意に調印し、1998年スコットランド法30条に基づく命令で独立住民投票を実施した。すなわち、この住民投票の結果には、法的な拘束力があることを明確にして実施したのである。この住民投票は、独立反対が55%、賛成が45%で、反対派が勝利した。

スコットランドのスタージョン首席大臣は、第1回目のような形で、1998年スコットランド法30条命令による住民投票を求めている。しかし、これがなくても、独立に関する住民投票ができないわけではない。

独立住民投票の可能性が高まってきた時、多くは、そのような住民投票を実施するには、このスコットランド法30条に基づく命令がなければならないと考えた。しかし、UCLのロバート・ヘーゼル教授によれば、その命令なしでも「スコットランドの独立交渉をイギリス政府と行うのに賛成か」といった諮問的な住民投票を行うことは可能で、著名な法律家たちが、それは事実上同じ効果があるとしていると言う。ただし、そのような独立住民投票の実施には、異議が出るのは間違いなく、最高裁の判断が出るまでに数か月かかるだろうとした。

つまり、スコットランドのスタージョン首席大臣は、世論に独立賛成の機運が盛り上がって来れば、メイ首相の承認なしに、そのような住民投票を実施することができるというのである。

スコットランドの世論は、今のところ独立反対の方が強いが、メイ首相にとっては、スコットランドの独立機運が盛り上がらないようにする必要があろう。この総選挙でスコットランドの情勢がどうなるか見ものである。

突然の総選挙

2017418日、メイ首相が、首相官邸前で演説し、68日に総選挙を実施する考えを明らかにした。翌日の419日、下院で総選挙の実施を提案し、総議席数の3分の2の賛成を得られれば、その通り実施する方針だ。最大野党の労働党のコービン党首は、その提案を歓迎した。下院で3分の2が得られるのは間違いない状況であり、68日に総選挙が行われる見通しとなった。

2011年固定議会法では、任期途中での解散総選挙は、下院総議席の3分の2の賛成、もしくは政権が下院で不信任され、代わりの政権が生まれない時と限定されている。今回は、このうち、3分の2の賛成で実施される。

各種の世論調査で労働党の支持率は27%程度、メイ首相率いる保守党は42%程度であり、15から20%程度の差がある。労働党は、その惨敗した1983年総選挙並み、もしくはそれよりも悪い状況にあると見られている。しかし、メイ政権の政策に反対する労働党が、総選挙の実施に反対することはできなかった。

メイ首相は、この総選挙はBrexitの交渉のためと主張する。下院で保守党は、他の政党の総議席数を実質上17上回るだけで、保守党の中でも意見の分かれるBrexitを進めるためには、総選挙が必要だとする。この状況の中、もし労働党が総選挙の実施に反対すれば、労働党は特に右寄りのプレスから袋叩きにあう可能性もあった。

メイはこれまで総選挙は固定議会法通り20205月に実施するとし、それ以前の実施は否定してきた。このUターンの原因は、メイのこれまでの計算違いにあるように思われる。本格的なBrexit交渉が始まる前に、メイがこの選挙で保守党の議席数を増すとともに、総選挙後5年間の時間稼ぎをしようとしたのは明らかである。

具体的には以下の点がこの総選挙の背景としてあげられよう。

  • Brexitの交渉が予期していた以上に長引く可能性が高いこと。メイはこれまでEU離脱の通知から、定められた2年の交渉期間(20173月から20193月)内に、離脱後の関係も含めて交渉できるとしてきた。しかし、通知後のEU側の反応から、それは極めて難しいことがはっきりとしてきた。予定では、Brexitをうまく成し遂げ、その後の総選挙で保守党が勝利を収めるという計算だったが、今のままでは、20205月までに今後の関係も含めた交渉を終えることは困難だ。

  • スコットランドの住民投票が行われる見通しが強いこと。スコットランド議会は既に住民投票の実施に賛成しており、メイ政権と実施時期について協議する決議に賛成した。しかし、メイ政権は、今はその時期ではないと無期延期の構えだ。しかし、SNP(スコットランド国民党)政権は、メイ政権の承認を受けなくても、スコットランドの判断で住民投票が実施できると考えている。さらに20215月に予定される次期スコットランド議会議員選挙で前回2016年のように予想外に議席を減らす可能性があり、また2020年にはイギリス下院の総選挙が実施される(今回の総選挙発表でこの可能性はなくなった)ことも考慮すれば、それより前、すなわちSNPが既に求めている2018年から2019年に実施に向かうかもしれず、イギリスのBrexit交渉に差し支える可能性がある。

  • 国内面で、選別的なグラマースクールの拡充問題がある。メイはこれを自分の主要政策として推進しているが、保守党内に強い反対がある。教員組合が、その政策の合法性をめぐって司法審査に訴える構えを示しているが、この政策を確実に実施させるには、法制定が必要だろうと見られているが、現状では困難だ。それをスムーズに進めるには、保守党の議席数を増やし、しかもマニフェストに入れ、保守党下院議員ばかりではなく、上院にもマニフェスト公約として反対できなくさせる必要がある。

ただし、保守党が総選挙で勝つ可能性は高いが、それほど大きく議席を増やせないかもしれない。なお、今回の総選挙は、2015年総選挙時の650議席のままで行われる。予定されていた2020年総選挙には議席を600とし、選挙区のサイズを均等化することで準備が進められていたが、この案は2018年に正式に出されることとなっていた。

スコットランドでは、割り当てられた59議席のうち、2015年にはSNP56議席を獲得したが、それにはあまり大きな変化はないだろう。北アイルランドに割り当てられた18議席はいずれも地方政党の議席であり、大きな変化はない。

一方、労働党は、非常に強い選挙区を多く抱えており、例えば、次点との差が大きく、最も安全な選挙区トップ20のうち17の選挙区は労働党だ。世論調査で支持率が低くてもそう大きく議席が減らないだろうと見られている

さらに自民党は、前回の2015年総選挙では7.9%の得票率で8議席だった。23%を獲得した2010年から48議席減らした。しかし、201612月のリッチモンド補欠選挙で、昨年のロンドン市長選で保守党候補だった現職(メイ政権のヒースロー空港第3滑走路決定に反対して議員辞職して再立候補)を破り、自民党下院議員数を9に伸ばした。自民党は、今回のような総選挙を想定して、入念な準備を進めてきたといわれる。前回総選挙で自民党は保守党に多くの議席を奪われたが、今回は、保守党のBrexit政策に真っ向から反対する自民党の議席数が増すだろう。

今回の総選挙の結果が、ハングパーラメント(宙づり議会)となる、すなわち過半数を占める政党がない可能性は2割といわれる。労働党が勝つ可能性はほとんどなく、保守党が過半数を獲得すると見るのは8割だ。ただし、昨年のアメリカ大統領選挙や、現在進行中のフランス大統領選挙で見られるように予想外の状況が生まれる可能性はゼロではない。

よく練られたEU側のBrexit交渉指針

3月29日、イギリスはEUのリスボン条約50条に基づいて、EUを離脱する意思をEU側に通告。2年間の離脱交渉が始まった。それを受け、EU側はイギリスを除いた27か国にBrexit交渉指針案を送ったが、その内容が明らかになった。

前回の拙稿で、EU側の目的は、EUの利益を守り、結束を強めることだと指摘したが、この指針案はそれに沿った、よく練られたものといえる。429日のEUのイギリスを除いた全体会議でこの指針案に沿った形で了承されると思われる。

これは、まず、離脱の標準的な手続きを定めるものといえる。今のところ、直ちに離脱の可能性のある国はない。しかし、リスボン条約で離脱条項(2009年12月発効)を設けたとき、それが実際に使われるようになると考えた国はなかった。それを考えると、今回のイギリスの離脱に関する交渉並びに作業は、将来起こりうる事態の前例となり、極めて重要なものである。EU側が長期的な視野から、慎重な対応、準備を進めてきたことが伺える。それに対し、イギリス側は、このような交渉は一回限りのもので、しかもイギリスが特別扱いされると見ていたようだ。しかし、この交渉の主導権はEUにあり、しかもEU側は、2年間の離脱交渉期間に満足できる合意ができず、合意なしでイギリスがEU離脱となる事態も想定している。

この指針案で特に重要な点は、以下の4点である。

1.「イギリスのEU離脱」交渉と「離脱後のイギリスとEUとの関係」交渉を切り離し、離脱交渉でEU側の納得できる合意がなされた段階で「離脱後のイギリスとEUとの関係」交渉を始める。

2.交渉窓口はEU側で一本化。

3.将来のイギリスとEU市場の関係では、部門ごとに交渉、合意することをせず、全体として交渉。

4.イギリス領のジブラルタルにはスペインが主権を主張してきているが、イギリスとEUとの合意は、スペインの合意なしにジブラルタルに適用されないこととした。

メイ首相はこれまで、2年間の交渉期間で、交渉を終え、その成果を掲げて、20205月の総選挙に臨むつもりだった。離脱通告書でも「イギリスのEU離脱」交渉と「離脱後のイギリスとEUとの関係」交渉を並行して進めるよう要求した。これで交渉の時間を短縮するとともに、最大の懸案の、離脱に伴って想定される費用負担(600億ユーロ:7兆3000億円)を抑え、しかもその費用負担支払いを将来の関係の交渉の道具として使い、さらに、離脱後のEU市場へのアクセスに伴う費用と合わせて離脱に伴う費用負担を目立たないようにする狙いがあったように思われる。

離脱に伴う巨額の費用負担は、保守党内の離脱派が強く反対しており、これをはっきりとわかる形でEU側に支払うようなことは避けたかったと思われる。しかし、EU側はそのようなイギリスの国内事情にかかわりなく、はっきりとした形で結論を出したいと考えている。

これには実質的な面だけではなく、象徴的な意味があると思われる。まず、今後このような離脱がある場合には、このような手順で進められると明示し、しかもこの離脱に伴う費用負担は逃れられないとはっきりと示す目的があるのではないかと思われる。

特にイギリスのようなEU主要国が離脱する場合には、残る国々(27か国)と様々な関係があり、将来の関係にはそれぞれの利害が複雑に絡み、交渉が多面的になる可能性があるが、イギリスのEUへの支払い義務の問題では、残りの加盟国に利害の差が少ない。すなわち、EU側の見解が統一しやすいといえる。

交渉指針では、将来の関係について、イギリス側がEU加盟国に個別に働きかけ、分断攻略に出ることを防ぐために、EU側は、窓口を一本化することとした。また、EU27か国の個別の利害が直接出る可能性があるため、部門ごとに交渉することを避け、全体として交渉することとした。この結果、イギリス側の重点部門、金融関係や自動車などの部門を特別扱いすることはなくなったといえる。

その上、ジブラルタルの問題では、EUのメンバーであるスペインの主張を尊重することでEUの結束を図るとともに、EUを離れれば、立場が弱まることをはっきりと示した。

メイ首相にとっては、このEU側の対応は、特に国内対策上、極めて厳しいものだといえる。

「裸の王様」のようなメイ首相

2017年3月29日、イギリスはEUに離脱の通告。2年間の離脱交渉が始まった。通告書の中で、メイは、EU離脱交渉と、貿易関係も含む離脱後のイギリスとEUとの関係についての交渉を同時並行で進めることを要求。また、イギリスが優位なセキュリティの分野を交渉の道具に使うことを明示した。

また、通告後のインタビューでメイ首相は、イギリスは「離脱後も貿易で同じ便益を受けると思う」と発言した。

EU離脱交渉と離脱後の関係の交渉を同時に進める要求は、EUの盟主であるドイツのメルケル首相が拒否。まず、EU離脱交渉が先行し、それがまとまった段階で離脱後の交渉に入る方針を明らかにした。また、6ページの文書でセキュリティに11回触れているが、これは脅迫だという批判がEU側、さらにはイギリス国内でも出た。

さらに離脱後も貿易で同じ便益を受けるという発言は、3月30日、デービス離脱相が、それは野心だと釈明する羽目に陥った。

メイは、内相時代から自分に都合の悪い事態が発生すると、内務省の担当大臣をインタビューに派遣して答弁させるという傾向があった。今回も同じである。

ただし、イギリスのEU離脱交渉は、これまでになかったほど大規模、複雑、困難な交渉で、イギリスの将来がかかっている。このような大切な交渉にかかわる問題では、メイが自ら説明すべきではないか?

この事態を目のあたりにして、メイは「裸の王様」になっているのではないかと感じた。つまり、メイに本当のことを率直に言う人がその周辺におらず、メイの判断が大きく狂っているのではないかということである。離脱交渉で重要な3閣僚、外相、離脱相、国際貿易相はいずれも離脱派である。財相は残留派だったが、メイとの関係がよくないと見られている。経験豊富なイギリスの前EU大使は、2017年1月に突如辞任した。メイ政権の離脱交渉への考え方が非現実的だと判断したためである。

EU側は自分たちの利益と結束を守ることに躍起である。イギリスが有利に離脱することを防ぎ、他の国が離脱に魅力を感じることのないようにする必要がある。そのためには、イギリスにこれまで約束したことの責任を果たさせ(支払い)、労働力の移動の自由とEU単一市場へのアクセスは切り離せないという原則を貫き、イギリスにいいとこ取りをさせないようにしなければならないという考えがある。

メイが言うような、離脱後も同じ便益を受けるというのは、上記に反する。

イギリスは6400万の人口だが、EU全体の人口5億1千万の市場にアクセスしたい。このためイギリスの立場は強くない。その中でメイの手の内が限られているのは理解できるが、メイのやり方は、EU側の多くを反発させ、交渉をさらに厳しくさせるだけのように思われる。