財相のマジック(Osborne pulled a Rabbit out of the Hat)

予算発表は、英国では非常に重要な日だ。この日に、これからの予算と税が発表されるからだ。英国では、税金、特に所得税がどうなるかは誰もが注目している。

今日の財相の予算発表では、予想通り、所得税がかかり始める金額の課税最低限度額が上がり、一方では、所得税の最高税率が下がることとなった。課税最低限度額は、2011年度は7475ポンド(97万円)だが、それが2012年度は既に8105ポンド(105万円)に上がることが決まっている。これをさらに2013年度に9205ポンド(120万円)に上げることを発表した。所得税の最高税率である50%は現在15万ポンド(1950万円)以上にかかっているが、これが2013年4月から45%となる。

事前に問題となっていたのは、課税最低限度額を引き上げの結果手取りが増えることよりも、高所得者の所得税が下がることへの不公平感であった。これを拭い去ろうという試みがこの予算に入っている。

財相が行ったのは、まず、国税当局にこの税率変更で具体的にいくら税収が減るか試算させることであったが、驚いたことにこれはわずか1億ポンド(130億円)だと言う。この計算は2010年に設けられた、独立機関である予算責任庁(OBR)も認めたものであると言われるので信用性の高いものと思われる。

さらに、200万ポンド(2億6千万円)以上の住宅には、7%の印紙税がかかる。これは、今晩12時から適用される。もし、企業を通じて買う場合には、この印紙税は15%に上がる。これは、企業を通して買う方法を取り締まる方針と事前に発表されていたが、それでも抜け道があるとの論評に反応したものと思われる。

その上、2013年度から反税金逃れルールが導入されることとなった。

一方では、法人税が2011年度の26%から2012年度は予定されていた25%を越えて24%とし、さらに2014年までに22%へと下げると発表された。

これらの施策が有権者の支持を受け、高所得者への減税を黙認するかどうだろうか?

さらに大きな問題として子供手当の問題があった。これは中所得者に大きな打撃を与えると見られていたが、これも当初の42,475ポンド(552万円)以上の所得の人には支給しない方針が、予算発表で、5万ポンド(650万円)以下の人には支給され、それを超える人は100ポンドごとに1%ずつ減り、6万ポンド(780万円)以上の人のみが受給できないこととなった。

要は、これらの措置を講じても、2014年度に政府債務はGDPの76%をピークに下がり始め、財政赤字は、今年度の1260億ポンドから2016年度には210億ポンドまで下がると言う。また、失業も今年の8.7%を最高に下がり始め、インフレも今年の2.8%から来年は1.9%に下がると言う。つまり、政府の財政緊縮策は効果的に働いているというわけだ。

もちろん、所得税のかからない額までの収入を得ている人には課税最低限度額のアップは意味がなく、むしろ、社会福祉手当の大幅カットで大きな影響を受ける。また、今後の年金受給者には、事実上のマイナスとなるなど問題がないわけではない。しかし、今回の予算発表は、オズボーン財相が「マジック」を発揮したといえるものであった。

政府予算の政治(A Tweaked Budget and its Political Process)

この3月21日には、政府の予算が発表される。英国では予算の内容は、基本的に予算発表まで明らかにされないことになっているが、それが漏れ伝わってきたり、また、今回のようにその内容の一部を財相が公然と発言したりすることもある。しかし、かつては、その内容を漏らしてしまったために財相や、それ以外の閣僚が辞任したこともある。なお、閣僚は、予算発表当日の午前の閣議で、その内容を細かく知ることとなる。

さて、今回の予算を巡って、連立政権を組む保守党と自民党の対立、さらに保守党の中での対立などがあり、近年になく、「政治的な予算」作成となっている。これは、連立政権の性格を反映してやむをえないことと言えるが、微調整が行き過ぎて、木を見て森を見ずのような状況になっているようだ。財相は戦略家だと言われるが、その名に値するものかどうかは21日に明らかになる。

さて、この予算作成は、英国の政治の政策決定過程の一面を現わす具体的な例だと思われるので、その内容について触れておきたい。主な争点は以下の通り。

保守党

基本的な考え方:減税・企業活力と投資の促進
与えたいイメー: 誰ものことを考えている
所得税:15万ポンド(1950万円)を超える収入にかかる現在の最高税率50%の引き下げ
富裕税:高級住宅税は避けたい
法人税:法人税減税を実施したい

自民党
基本的な考え方:公平重視・富分散
与えたいイメージ: 弱い者の味方
所得税:現在の最高税率を維持し、課税最低限度額を早く引き上げたい
富裕税:高級住宅税の導入
法人税 法人税減税より課税最低限度額引上げ優先

なお、保守党、自民党両党ともに、経済成長を図り、雇用を促進するための政策についてはあまり違いがない。また、政府赤字解消への財政削減を進めることでは合意している。本来は、これらや、医療、教育などの方が重要とは言えるが、ここで問題となっているのは、税とその影響だ。子供手当を40%以上の所得税のかかる給与を得ている人には支給しない方針については、キャメロン首相などから異論があったと言われるが、これは両党間で比較的早く合意しており、財相が微調整を行うことになっている。

所得税に関連した課税最低限度額は、自民党がそのマニフェストで1万ポンド(130万円)までに上げることを約束しており、連立政権合意書でもそれを目指すことを合意している。今年4月からそれを8105ポンド(105万円)まで上げることになっているが、自民党はそれをさらに早めるよう要求している。200万ポンド(2億6千万円)以上の住宅への高級住宅税の導入は、自民党がマニフェストで約束していたが、そのような住宅を持っている人は保守党支持者であることが多いことから保守党内で反対が強く、キャメロン首相が反対したと伝えられる。

これまでところ、保守党と自民党の妥協で、以下のようなことが合意されているようだ。

 課税最低限度額を9千ポンド(117万円)程度まで上げる。
 所得税の最高税率50%を2013年4月から引き下げる。45%?
 高級住宅税は導入しない。
 税逃れ、特に富裕層の税逃れを取り締まる。自分の住む住宅を会社の持ち物として印紙税を免れることやそれ以外の「合法的な節税策」を違法にする、もしくは制限枠を設ける。

所得税の最高税率50%を引き下げることは、所得が実質目減りしている人が多く、給与が凍結されている公務員が多い状況では、そう簡単に実施できることではない。しかし、次の総選挙を2015年に想定していることを考えれば、これは早い目に下げておいた方がよいという政治的な計算が背景にあると思われる。つまり、選挙が近づいてくればくるほど、下げることが難しくなるという判断だ。さらに、直ちに下げるのではなく、ある程度景気が改善してきた頃を見計らってということになる。ただし、これらに自民党が全体として合意しているわけではない。自民党党首のクレッグ副首相らがこの引き下げを容認したが、それを保守党につけ入れられたと見る向きも多い。この予算発表で、保守党がその「嫌な党」イメージを拭い去ることができるか、また、自民党が「弱い者の味方」イメージを回復できるかは見ものだが、いずれも難しいように思える。