英国の補欠選挙の意味するもの(What A By-election Means In The UK)

イングランドの南部のイーストリーで下院の補欠選挙が行われた。その結果と英国の補欠選挙の意味するものについて触れておきたい。

イーストリー補欠選挙

2月28日に下院の補欠選挙があった。英国では選挙は木曜日に行われる。結果は、辞職した前職の所属する自民党が得票率を減らしたものの議席を維持した。

このイーストリーの補欠選挙は、自民党の大物下院議員クリス・ヒューンが、自分のスピード違反の違反点数を、10年前に当時の妻に受けてもらったことが発覚し、司法妨害罪の容疑を認めて辞職したために行われた。その上、この選挙期間中に、自民党の前チーフ・エグゼクティブのセクハラ疑惑が報道され、それへの自民党の対応、特にクレッグ党首への批判もあったために、自民党にはかなり厳しい選挙と見られていた。

この選挙区は、従来、自民党と第二位の保守党が争ってきており、連立政権を組む二つの政党の対決として注目された。さらに世論調査でUKIP(英国独立党)が大きく支持を伸ばしていることがわかり、通常の補欠選挙以上に大きな注目を浴びた。

結果は、有権者数7万9千に対し、投票率は52.7%、得票数は以下のようである。(得票率、2010年総選挙時の結果との比較の数字は四捨五入している)

順位 政党 得票 得票率 2010年比較
1 自民党 13,342 32% -14%
2 UKIP 11,571 28% 24%
3 保守党 10,559 25% -14%
4 労働党 4,088 10% 同じ

これから見ると、自民党が勝利を収めたものの、かなり大きく支持を失っている。この支持の減り方は、全国の世論調査に表れている減り方に一致する。つまり、この選挙区では勝利を収めたものの、自民党の退潮傾向に歯止めがかかったとは言えない状態だ。

保守党も自民党と同じような割合で支持を失った。第二位のUKIPと保守党では支持層がかなり重なっている。保守党から回ってきた票がかなりあると思われる。UKIPは大きく支持を伸ばしたが、UKIP党首のナイジェル・ファラージュは、得票の3分の1が保守党、3分の2はそれ以外の政党から来ていると主張した。さらにこれまで2,30年間投票したことのなかった人たちがUKIPに多く投票したとも言った。

この選挙結果で、自民党のクレッグ党首らは議席を失わなかったことで胸をなでおろしており、これから反撃に移ると宣言したが、最も大きな影響を受けたと思われるのは保守党である。英国のEUからの離脱を訴えているUKIPの躍進を抑え、保守党が次期総選挙でも過半数を獲得できる状況にしようと、保守党党首のキャメロン首相は、もし次期総選挙後も首相であれば、2017年末までにEUを脱退するかどうかの国民投票をすると発表した。しかし、その効果は出てきておらず、逆にUKIPのさらなる躍進を許している。昨年11月に行われた別の補欠選挙で、保守党は大きく票を減らし、UKIPが躍進した。

UKIPの躍進の原因はこれまでの世論調査の結果から見ると、有権者がそのEU離脱に賛成しているためというよりも政権政党、並びに既成政党への嫌気・不満から来ている。(参照:The UKIP threat is not about Europe – Lord Ashcroft Polls) UKIP党首は、既成三大政党を批判し、これらの政党を三つの社会民主党政党で、お互いに違いがないと主張したが、これはかなり多くの有権者の考え方を反映しているように思われる。

こういう有権者の不満に対応するのはそう簡単なことではない。キャメロン首相は、保守党下院議員の不満と不安を抱えてさらに苦しい立場に追い込まれる結果となったといえる。

もちろんUKIPへの支持が伸びてきているとはいえ、それがUKIPに下院議員を生み出せるかどうかは別である。下院議員選挙はすべて小選挙区であるために、最も得票の大きい一人だけが当選する。そのため、次期総選挙でもUKIPの下院議員が生まれる可能性はかなり低い。それでも2009年の欧州議会議員選挙で、保守党に続き、第二位の得票を得て第二位の議席数を獲得したUKIPが来年2014年に再び行われる欧州議会議員選挙でさらに活躍するのは間違いのない状態である。

特に保守党下院議員にとっては、UKIPは大きな脅威だ。イーストリー選挙区では、前回2010年の総選挙でUKIPの候補者はわずか3.6%の得票しか獲得できず、5%以下の供託金没収だった。それが大きく得票を伸ばした。UKIPはほとんどの選挙区に候補者を立てるので、UKIPの得票が多くなると、保守党候補者にとって、当選するか落選するかの分かれ目となり得る。

英国の補欠選挙

補欠選挙は、総選挙の際の選挙とはかなり異なる。まず、選挙運動が極めて集中的に行われる。しかもウェストミンスターの政権を誰が担うかに直接関係しない。さらに当選しそうな候補に票が集中し、それ以外の候補には票が行かない傾向がある。また、それぞれの選挙区の事情でかなり結果が異なる。そのため、補欠選挙の結果で、政党の全国的な情勢を読めるかというと必ずしもそうではない。

また、選挙に使える金額が大きく増える上、各政党が他の地域から応援を繰り入れ、有力政治家が頻繁に選挙区に入る。そのため、マスコミもかなり熱心に報道する。

このイーストリー選挙区は、イーストリー市の中にある。市議会議員全44人のうち40人が自民党で、4人が保守党であるが、保守党の議会議員は全員この選挙区の隣の下院選挙区にあたる地域から選出されている。つまり、この選挙区内の市議会議員は全員が自民党である。そのため、地元の地方議会議員と活動家の動員力や浸透力が非常に高い選挙区であり、そういう選挙区は多くはない。かなり特殊だと言える。

このイーストリー選挙区の有権者数は7万9千人ほどで、日本の普通の市ぐらいのサイズである。そこには19の選挙区があり、それぞれの選挙区から2~3人の議員が選出される。それぞれの選挙区からは一回の選挙で一人ずつ選出されるため、それぞれの議員の任期は4年だが、その4年間のうちに同じ選挙区から出馬する他の議員の選挙がその議員の選挙も含めて2回もしくは3回ある。つまり、政党が同じだと、同じ選挙マシーンがこの4年間に何回も使われている。そのため、4年に1回ある場合と異なり、この選挙区の自民党の選挙マシーンは、かなり油が乗っているといえる。

しかも、英国では、戸別訪問が許されているために、政党は他の選挙区からのボランティアも含め、徹底的なローラー作戦を展開する。ビラを大量に配り、しかも電話作戦も徹底する。つまり、日本のイメージで言うと、普通の市長選(そう大きくない一つの選挙区から一人が選出される)に多くのボランティアが駆け付けて、地元の活動家と一緒に戸別訪問して回り、それ以外の選挙手段も使われるという形だ。補欠選挙で使える費用は、上限が10万ポンド(1400万円)と総選挙の際の約10倍である。

イーストリーでは、主要三政党が上記のような活動をしたのに対し、UKIPは人手の面でもはるかに劣った。これは、有権者が促されなくてもUKIPの方へ向いたということを表しており、既成政党にはかなりの脅威ということができるだろう。

キャメロン首相のEU国民投票提案(Cameron’s EU Referendum Proposal)

国民投票は民主的な手段?

上院議員のノートン卿は、英国憲法の権威であるが、世界中で行われている国民投票を見ると、主に独裁政権が自分たちの求める答えを得るために使われていると指摘する。ヒトラーやナポレオン3世がそれぞれの立場を正当化するために国民投票を使ったが、これは、かつて第二次世界大戦直後の労働党首相クレメント・アトリーが、国民投票は「専制君主や独裁者の道具」だと批判したことにも通じる。マーガレット・サッチャー元保守党首相も「多分故アトリー卿は、国民投票は独裁者やデマゴーグの手段だと言った時、正しかったと思う」と指摘した。国民投票を民主的な決定手段として捉える人が多いが、それだけではなく、政治的なご都合主義に使われる可能性があることにも留意しておく必要がある。

キャメロン首相のEU国民投票提案

キャメロン首相は1月23日、次の2015年に予定される総選挙で自分が首相の地位を維持できれば2017年の末までにEUに留まるか撤退するかの国民投票を実施すると述べた。

キャメロン首相は、この国民投票の前に、EUを構成する他の26か国と交渉し、単一市場は維持するものの、EUから英国が大切だと見做す権限を取り戻し、また今後のEUとの関係を再規定すると言う。そして英国はEU内に留まるべきだと言うのだ。

英国の貿易の52%はEUとの間で行われており、英国への海外からの投資は、英国をEUへの拠点とするものがかなり多い。また、英国の金融セクターもこのEU内の地位で恩恵を受けている。一方、英国では多くの人たちがEUとの関係には不満を持っている。労働時間の制限をはじめEUのお役所仕事が英国の公共セクターや企業にかなり大きな負担を強いていると見る向きもある。また、キャメロン首相もそのスピーチの中で指摘したように「主権を守ることに熱心」な島国根性が英国にはある。英国の国会主権が、国民から負託を受けていないEU官僚たちに蝕まれているという不満もある。

キャメロン首相提案の背景

そういう中で、キャメロン首相が考慮したのは、EUの政治的な意味合いだ。まずは、英国のEU離脱をうたうUKIPへの支持の急増である。来年6月の欧州議会議員選挙でUKIPは保守党を上回る得票をする可能性がある。アッシュクロフト卿の昨年12月の世論調査で、UKIPへの支持は単にEU問題ではなく、それより広い国民の不満が反映されていることがわかったが、それでもUKIP対策は講じる必要がある。また、米国などからの英国のEU離脱の可能性に対する警告などのためにUKIPへの支持は最近の世論調査の結果減っているが、UKIPを無視はできない。特にUKIPの支持層と保守党の支持層はかなり重なっているために、2015年の次期総選挙で保守党への得票、そして獲得議席数に影響が出る可能性がある。

一方、保守党内の欧州懐疑派の動きだ。欧州懐疑派が勢力を増しており、昨年10月下院に提出された議員提案のEU国民投票案では、保守党の81名の下院議員が、保守党リーダーシップの厳重指示(スリーラインウィップ)に反してその法案に賛成した。それ以外に棄権した者が15名おり、事態は極めて深刻である。これにも対応する必要があった。

その結論がキャメロン首相の23日のEU国民投票の約束である。

EU国民投票を実施すればどうなる?

それでは、もし、キャメロン首相が次期総選挙後も首相の地位を維持し、EUの国民投票を実施すればどうなるのだろうか?

キャメロン首相は、再交渉の上、この国民投票に臨むとしているが、その再交渉でどの程度の権限を取り戻せるのだろうか?また、今後EUの決定に対してどの程度の不参加の自由(オプトアウト)を獲得できるのだろうか?EUのリーダーであるドイツは、キャメロンが求めるEUの改善には賛意を示しているものの、これまで半世紀かけて作り上げてきたEUへの努力を捨て去るつもりはなく、英国にEUの決定で自分たちに都合のいい所のみをつまみ食いさせることはできないと主張している。再交渉は、予想以上に難しい可能性がある。再交渉がうまくいかなければ国民は納得するだろうか?

もし国民投票でEUに留まることになったとしても、それで、英国のEUとの関係が決着するのだろうか?1975年のEUの前身EEC加盟継続か否かの国民投票は、1973年にヒース保守党政権下でEECに加入したことへの可否を確認するものであった。1974年に政権に就いたウィルソン労働党首相が、選挙マニフェストで国民投票を約束し、実施したが、労働党内閣でも労働党内でも賛否が分かれた。その投票結果で問題が決着したわけではなく、2年ほどで問題が再燃した。1981年には、EECからの脱退問題や核武装の問題などで労働党から脱退した人たちが社会民主党(後に自由党と合流して自民党となる)を設立し、1983年の総選挙で、そのマニフェストにEECからの脱退も含まれていた労働党は惨敗した。国民投票ですべてが決着すると考えるのは誤りだろう。

キャメロン首相のEU国民投票は、かなり多くのマスコミや保守党内などから称賛されたが、その内実は極めて不安定だと言わざるをえない。