軽量級のスナク首相の限界

スナク首相(1980年生)は、2015年の総選挙で保守党から下院議員に初当選。金融界で働いていた経験を買われ、2019年に副財務相、そして2020年、前任の財相が当時のジョンソン首相の扱いに腹を立てて辞任した後、財相の座を獲得。そして2022年10月に保守党党首・首相となった。父親は医師、母親は薬局を経営する裕福な家庭で育ち、学費の極めて高い有名私立校で教育を受け、オックスフォード大学で学んだ。政治の経験が乏しい人物だといえる。

スナク首相と同じように、下院議員になった後、トントン拍子で出世した人物にジョン・メージャー元保守党首相(1943年生)がいる。1979年に初当選し、1987年副財務相、そして1989年に外相をしばらく務めた後、財相に就任、1990年にマーガレット・サッチャー首相が辞職した後、サッチャーの後押しを受けて首相に就任した。しかし、スナク首相とは、その生い立ちが大きく異なる。メージャーが生まれた時、ミュージック・ホールやサーカスで演じていたことのある父親は63歳だった。その父親が病気になり、経営していた事業が失敗、家を売り、アパートに移る。そして16歳になる前に学校を出て、働き始めた。政治に関心を持ち始め、保守党青年部に入り、総選挙の手伝いなどに従事。21歳でロンドンの区議会議員選挙に出馬するも落選。1968年にロンドンの区議会議員となったが、3年後に落選した。仕事の面では、失業していた時期もあったが、ロンドン電気局、ナショナル・ウェストミンスター銀行(NatWest)の前身の銀行、さらにスタンダードチャータード銀行に勤め、後に財相になるきっかけを作った。36歳で下院議員に当選するが、生活の面でも、政治の面でもたたき上げで、粘り強い人物と言える。

スナクは、メージャーのような経験がない。2023年6月25日の朝の公共放送テレビBBC1の政治番組で前BBC政治部長のローラ・クーンズバーグにインタビューされたが、ビジネスコンサルタント風で、政治家としての風格に欠けるように思われた。

首相としての初めてのスピーチで、スナクは「すべてのレベルにおいて高潔でプロ意識を持ち、説明・結果責任を果たす」と約束しながら、特にボリス・ジョンソン元首相の絡む問題では、態度を明らかにすることを避け、保守党内の軋轢を避けようとしていることが明らかだ。もともとジョンソンと同じEU離脱派である。EUを離脱したジョンソン政権で財相に任命されたが、ジョンソンのパーティゲート(コロナ危機でロックダウン中に首相官邸などでパーティが行われていた事件)が発覚し、また、度重なるジョンソンの議員倫理に対する判断の大失敗(オーウェン・パターソン、クリス・ピンチャーにまつわる問題)で保守党の支持率が大幅に下がる中、スナクは、もう一人の閣僚とともにジョンソン内閣を劇的に辞任した。多数の保守党下院議員が政府内の役職を次々に辞任し、ジョンソンは首相辞任に追い込まれた。ジョンソン支持者らから見れば、スナクはジョンソンを追い落とした張本人ともいえる。さらに、トラス前首相が首相就任後2カ月もたたないうちに辞任した後に行われた党首選に立候補したが、党首(首相)に選ばれるためには、その党首選に出馬して多くの支持を得た、保守党右派のスエラ・ブレバマンの支持を得る必要があった。ブレバマンは、内閣規範違反でトラスに内相の地位から更迭されたばかりだったが、ブレバマンの要求を呑み、同じ内相のポストに任命した。その後も自動車のスピード違反に関する講習で内閣規範違反の疑いがあったが、内相の地位に留めた。明らかに内閣規範に反していたラーブ法相とザハウィ保守党幹事長など内閣のポストに就いていた人物は更迭したものの、スナクには、保守党の中で強力なリーダーシップを揮えるだけの経験も力もなく、その立場にはないといえる。

世論調査の支持率で、労働党との差が15%程度まで下がっていたが、医師や看護婦をはじめとする公共サービスの労働者の賃上げをめぐるストライキや物価の高騰、公定歩合の引き上げで住宅ローンの金利、家賃の大幅アップなどによる生活苦の問題などで、労働党との支持率の差が再び20%を超えるような状態になってきた。スナク首相で政治状況の好転を期待していたが、その期待に沿えない状況になってきたようだ。それでも2022年夏から2回の党首選を実施した保守党にとっては、来年にも総選挙が予想される中で他の人物に替えようとすることは極めて難しい。

スナク首相の2023年1月に発表した5つの約束は、達成が厳しい状況となっている(BBCガーディアン)。しかもこれから次々にある予定の元保守党議席の補欠選挙で議席を失う可能性が極めて高い。保守党内でも来年の秋にも予測されている総選挙を悲観する声が強まっている。それを反映して、既に40人以上の現職議員が出馬しない意向を表明している。

次期総選挙までは、まだ1年以上あると見られている。もちろん劣勢を跳ね返す可能性がないとは言えない。政治状況は時に急速に展開する。しかし、過去の保守党政権の失政を引き継いだのが、軽量級のスナク首相では、自発的に政治状況を変えることにあまり大きな期待はできないだろう。その一方、既に多くがスタマー労働党政権を想定して動き始めているようだ。

英国の経済財政問題に苦しむスナク首相

2023年6月28日に行われた、英国下院恒例の「首相への質問」で、労働党のクリス・ブライアント議員が英国の経済財政問題にコメントした。スナク首相は、財相時代から含め、1323日間、英国の財政を担当してきたが、成し遂げたものは、以下のことだというのである。

・国の財政赤字:平和時最大

・税負担:第2次世界大戦以来最大

・コア・インフレ(食品やエネルギーなどを除いた基礎的なインフレ):1991年以来最高

・金利(英国の中央銀行イングランド銀行の定める公定歩合);1989年以来最速の上昇

・生活水準:歴史上最大の下降

リシ・スナクは、2022年10月25日に首相に就任した。そして2023年1月4日に、首相として成し遂げるとして5つの指標を発表している。それらは以下のものである。

・インフレを半分にする

・経済成長させる

・借金を減らす

・NHS診療の待ち時間を減らす

・不法移民のボートを止める

これらの達成度合いを見て、首相として、また保守党政権として評価してほしいとした。当時、これらの中でも、トップのインフレ半分は比較的簡単だと思われたが、今では、これらのいずれも達成できない可能性が強くなっている。

物価上昇率を2023年末までに半減するという目標はかなり難しくなっている。物価上昇率は2022年10月に11.1%に達したが、2023年の4月も5月も8.7%だった。イギリスの中央銀行であるイングランド銀行は、5月以降インフレ率はかなり下がると見ていたが、そうならず、逆にその5月にはコア・インフレ率が上昇した。そのため、イングランド銀行は、さらなる物価上昇を抑えるため、大方の予想に反し、6月の金融政策委員会で公定歩合(Official Bank Rate)を0.5%上げ、5%とした。これは、さらに上げられると見られており、今では来年には6.25%まで上がると予測されている。これでは、景気後退に入る可能性が高い。

物価の急激な上昇は、生活コストのアップで多くの英国人を苦しい立場に追いやっている。一方、ユーロ圏のインフレ率は5.5%である。英国のエネルギー価格は下がり始めているが、まだかなり高い。また、英国のガスの備蓄量はわずか12日分と欧州の主要国と比べて格段に少ないことから、世界状況の影響で大きな変動にさらされる可能性がある。

次期総選挙は、来年秋にも行われる予想だが、世論調査で野党労働党に20%程度の差をつけられているスナク政権の前途は多難だ。