トップ公務員の任命英国流(Who to appoint for a top position?)

財務省は、日本と同様、英国でも政府の中で最も重要な機関である。その英国財務省の国家公務員ナンバー2の第二事務次官に43歳のジョン・キングマン(John Kingman)が10月に着任する。キングマンは、2010年から投資銀行のRothschildのglobal co-head of Financial Institutions Groupを務めた。ニコラス・マッカーファソン(Nicholas Macpherson)事務次官の下で、構造改革、銀行規制、そして経済政策などに取り組み、政府が最も苦しんでいる経済成長を担当する。これは、非常に大変な役割だ。現在の連立政権の命運がかかっている。キングマンは、Rothschildへ移る前、38歳で第二事務次官となった人物で、かつてフィナンシャル・タイムズ紙やBPで働いたこともある。

一方、財務省のもう一つの重要な柱である財政は、同じく43歳のトム・スコラ―(Tom Scholar)が第二事務次官として担当する。スコラーも39歳で第二事務次官となった。

英国の財務省のスタッフには、民間に引き抜かれる人が多く、入れ替わりが激しいのは事実だが、優秀な人材を早くから抜擢する傾向が強い。ファーストストリーム(Fast Stream)と呼ばれる「特進」制度で国家公務員となった人を、実績がないのに抜擢するのは危険だが、きちんとした実績を上げている人は、年齢にこだわらずに抜擢することはあたり前のことのように思える。

見かけ倒しのタイムズ紙見出し記事(A Red Herring at the Times)

8月20日のタイムズ紙一面のヘッドラインは「March of the mandarins」だった。マンダリンは英国の国家公務員のトップ級を指す言葉で、これらの人々が何か共同行動でも行うのかと思った。

景気後退で税収が減少し、その穴を埋めるためにさらに大きな財政カットの圧力が強まっている。また、最近の国家公務員制度の改革で、大臣が事務次官クラスを任命、解雇できる方向に進んでおり、これらは政治家の過大な干渉だと受け止められている。これらの不満がたまって何かの「示威行動」をするのかと思われたのである。

ところがこの記事の内容は、全くそのような期待・予想に沿うものではなかった。これはいわゆる、夏場の国会休会中の「Silly season」の穴埋め政治記事のようだ。

この記事では、特に野党の選挙マニフェスト作成段階から国家公務員が関与し、実施する際の問題を予め指摘し、修正、準備するなど、政権に就いてから政策の実施がスムーズにできるようにするというものである。その例として、NHS改革、国有林の民営化、税改正、上院改革をあげ、もし国家公務員が早くから関係していれば、これらのUターンや失敗が防げたというものだ。しかし、そのようなことをしてもUターンや失敗が防げた可能性は少ないと思われる。

国家公民が早くから関与していても、問題はそう簡単ではないだろう。野党ともっと早くから接触すべきだという前提は必ずしも妥当とは思われない。それは以下の理由による。

① 現連立政権で制定された、5年定期国会法が守られる可能性は100%ではない。つまり、総選挙が不意に行われる可能性がある。
② 選挙の結果、連立政権が生まれる場合、マニフェストの中身を知っていても、連立交渉の中で、中身が変わる可能性がある。
③ 国家公務員と野党との接触には首相の許可が必要だが、首相がそう簡単に認めるとは思われない。ブラウン前首相もなかなかその許可を出さなかった。

こういう問題以上に、国家公務員の能力への疑問がある。現政権下でも国家公務員トップらの財政運営能力や、プロジェクト運営能力を高めるためにオックスフォード大学らと提携して特別講座を開設する。これは、これらの能力が国家公務員のトップに不足しているからであり、単純に国家公務員が政党の政策に早くから関与していればよいというものではない。

ベストの対応は、国家公務員の能力を高め、政権交代などで大きな政策転換が起きても、それに対応できるだけの機動力をつけることではないかと思われる。

なお、このタイムズ紙の記事は、「保守党と自民党の50の政策争点」の追加記事のようだが、この「50の争点」もかなり単純なものだ。この争点の書き方は、「Will・・・?」というものなので、YesとNoで私が答えてみたが、Yesが20でNoが30だった。政策の違いを埋めるのは、当たり前のことだが、「妥協」である。要は、その妥協をする意欲があるかないかであり、明らかに最初から妥協できないと思われるものは、棚上げされる。これらの小さな問題で保守党と自民党の関係がより悪化するという見方もあるが、必ずしもそうとは言えず、要は、2党が一緒にやって行こうとするかどうか、その意思の方が重要だろうと思われる。