行き詰まったメイ首相

イギリスのEUからの離脱は3月29日と法律で決められており、あと1か月余りしかない。メイ首相は少なくとも今のところその日を変えるつもりはない。しかし、メイが昨年12月にEUと結んだ合意は、1月にイギリス下院が大差で否決した。その否決の大きな原因となった、イギリスの北アイルランドとその南のアイルランド共和国の国境問題をめぐる、いわゆるバックストップ(安全フェンス)問題ではほとんど進展がない。イギリスは、バックストップが半永久的になることを恐れ、期限をきるか、イギリスの判断で止めることのできるようにしようとしているが、EUはそれが中長期的にEUの最も大切な「単一市場」を崩す原因になると見ており、この問題でEUが大きな譲歩をする可能性は極めて小さい。もちろんイギリスが合意なしで離脱するようなことになれば、イギリスがかなりの打撃を受ける一方、EU側も相当大きな影響を受けるため、できるだけそれを防ぎたいが、できることには限りがある。

この中、労働党下院議員8名が労働党を離党、さらに保守党下院議員3名が離党し、「独立グループ」が11名の勢力となった。この離党の大きな原因は、ブレクシットでそれぞれのリーダーシップと考えが異なる上、労働党側は、コービン党首らの支持者がコービン批判を繰り広げる議員に嫌がらせ、さらにそれぞれの選挙区で次期総選挙の候補者から降ろす動きがあることがある。保守党では、反離脱派下院議員への嫌がらせがある上、イギリス独立党(UKIP)支持者やEU離脱支持者たちが離脱を確保しようと多数入党しており、反離脱派下院議員を次期総選挙候補者から降ろす動きが出てきている。これらの議員たちにとっては自分の意思通りに投票したいという考えもあるだろう。保守党にとっては、その下院議員の離党は、過半数のない保守党をさらに手詰まりにさせることとなる。

一方、早晩総選挙が行われるという話が出てきている。メイ内閣の閣僚が選挙区支部に総選挙の準備を進めるよう依頼した、保守党が次期総選挙マニフェストの準備会議を開いた、保守党が総選挙準備のためのオフィスを探しているなどさまざまな話がある。これらの話がすぐに総選挙につながるわけではないが、手詰まりとなったメイ首相が、総選挙に打って出る可能性は否定できないように思われる。世論調査会社YouGovが2017年総選挙でかなり正確に総選挙結果を予測したモデル(筆者は、2017年総選挙時にこのモデルの予測を追っていたが、総選挙の前日、当日になっても最後の予測がアップデートされなかった。そのかわりYouGovはそれまでの通常の世論調査手法を使った結果をYouGovの公式予測として発表した。新しいモデルの結果に自信がなかったのだろう。)を使って行った4万人の調査では、今総選挙を行っても2017年に比べて労働党が12議席減らすものの保守党はわずか4議席しか伸ばせず、過半数は獲得できないとしている。それでも総選挙をするのかという疑問はあるだろう。

ただし、メイ首相は、バックストップの問題で大きな進展がない場合、もし、労働党が第2のEU国民投票に賛成すれば、それが下院で多数を占める可能性を考えておかねばならないだろう。労働党のコービン党首は、第2のEU国民投票をなるべくしたくないと考えているが、他に手がなければ立場を変える可能性がある。

メイ首相は昨年末の保守党下院議員の信任投票で勝ち残り、その結果、1年間は、さらなる保守党内の信任投票を受けないこととなった。そのため、閣外協力を受けている民主統一党(DUP)の支持を維持し、保守党下院議員の中にメイ政権を崩壊させる引き金を引いてもよいという人物が現れなければ、現状のまま事態は推移していくこととなる。しかし、もし第2のEU国民投票が行われるということになれば、その結果は見通せない。それよりは、総選挙を実施して一か八かの賭けをするかもしれないように思われる。このままでは、メイ首相は、歴史上最悪の首相の一人に名を連ねる可能性がある。EU側が、そのような総選挙(もしくは国民投票でもそうだが)を実施するために離脱日の延長に合意するのは間違いないだろう。