メイ首相のギャンブル

メイ首相は、ギャンブラーではない。6年間すごした内相時代でも、失敗を恐れ、決断を先延ばしにし、細かい点を繰り返し質問し、官僚に呆れられるほどだった。典型的な優等生タイプである。それでも内相を6年務めあげ、EU国民投票では、勝てるとは思われなかった離脱側を避け、キャメロン首相の残留側につきながらも、表には出ず、キャメロン首相に「テリーザ(メイ首相のファーストネーム)はいったいどこにいるのだ」と言われるほどだった。内相としてたいした業績はなかったが、ボリス・ジョンソンの自爆的失敗で首相となる。

そのメイ首相が、今やイギリスの将来を賭けたギャンブルにうつつを抜かしている。BBCの欧州部長が欧州筋の希望的観測について述べたことだが、メイ首相は、ブレクシット交渉の最後の最後にどうしようもない状況になって、このままでは離脱後のイギリスが大混乱するという状況にした上で、EU側と最後の長時間交渉を行い、保守党内の反対者に妥協を強いる最後の案を提案し、党派を問わず「良心的な」国会議員が受け入れざるを得ないようにする作戦であるように思われる。

そのため、9月5日の首相への質問の中でも、メイ首相は、第二のEU国民投票を否定し、コービン労働党首にそのような国民投票をしないと約束せよと迫った。メイ首相の作戦には、国民投票も議会の判断もない。イギリスが生き延びるためには、これしかないという心理的・経済的な状態をつくり、そこに下院議員を追い込んでいく作戦ではないか。

その首相への質問の中でもメイ首相がEU離脱省には6400人のスタッフがいると述べたが、そこまでの資源と多くのエネルギー、そしてポリティカルキャピタルを費やしたブレクシットを今さら棚上げにはできない。

このような切羽詰まった事態を招いたこと自体、キング前イングランド銀行総裁が指摘したように「無能さ」を示している。ただし、そのようなことよりも、最後の最後に大逆転を狙うメイ首相のギャンブルに付き合うのが正しいかどうかという質問がもしあれば、それには、否定的にならざるをえないだろう。

通常、最後に立つのは、運の強い、強いギャンブラーだ。メイ首相が強いギャンブラーかどうかという質問には、大勝利間違いなしと思われた2017年の総選挙も自滅的な選挙を行い、それまであった過半数を失った例が示すように、多くの人がメイ首相はギャンブラーではないとするだろう。今や、小心で、本来ギャンブラーとは程遠い人が国を賭けたギャンブルに打って出なければならない状態となっている。