ブレクシット白書後続く混迷

下院で過半数を持たないため、10議席を持つ、北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力に頼っているメイ首相の政権運営はただでさえ困難だ。そして率いる保守党内の強硬離脱派とソフト離脱派の対立のため、ほとんど不可能に近い状態になっている。

それでもメイ首相は、政権としてのブレクシット後の立場を首相別邸の会議でまとめ、白書として発表した。この過程で、ブレクシット担当相と外相らが辞任した。その白書へEUがどのように反応するか注目されていたが、EUの交渉責任者のバーニエの反応が出た。

バーニエは、この白書には、前向きな面があるものの、この白書を基には交渉しないとした。もちろんバーニエの立場には難しいものがある。メイ政権がどれほどの期間持ちこたえられるか、メイがどれほど譲歩できるか、それにEU側の残された27ケ国の思惑もある。状況が大きく変化しない限り、来年3月29日にイギリスはEUを離れる。「すべてが合意しなければ何の合意もない」の原則があり、既に合意しているイギリス離脱後の「移行期間」も「すべてが合意しなければ」吹き飛んでしまう。3月29日までに合意ができればよいのではなく、イギリス議会や欧州議会の承認が必要であり、それを考えれば、今秋までには合意ができていなければならない。とにかく時間がなくなってきている。

メイ首相は、首の皮一枚で首相の座にあると言っても過言ではない。首相別邸での合意は、有権者への受けが悪く、保守党は、労働党に世論調査の支持率で5%の差をつけられている。メイ首相への支持率も下がる一方だ。このような中、保守党下院議員の中には、メイに不信任を突きつけると、メイが総選挙に打って出ると恐れる声がある。そのような総選挙へのきっかけを作る動きはしたくないという心理がある。

一方、メイ首相にはこの白書以上の譲歩は難しい。このような白書は、本来、交渉時間がなくなってきてから出すものではなく、交渉初期、もしくは交渉が始まる前に出されておくべきものだ。しかも、この白書自体、強硬離脱派とソフト離脱派の間のわずかな隙間を縫って構築されたものであり、このポジションから動くことが難しい。

それでも、もし合意なしでイギリスがEUを離れることとなれば、イギリスだけではなく、EUへの経済的な悪影響も大きい。イギリスでのEU国民の地位の問題(そしてその逆)もある。その一方、イギリスに有利な離脱条件を認めれば、EU内で他の加盟国の離脱を促進することにもなりかねず、慎重な対応が要求される。

このメイ首相がどの程度の期間、首相の座にあるのかによって、イギリス政府の対応だけではなく、EU側の対応も異なってくるだろう。来週、下院は夏休みに入る。9月4日に再開するが、それまでに保守党党首の不信任案投票を実施するのに必要な、保守党下院議員の15%を満たす、48人の下院議員の要求が集まるという見方がある上、ブレクシット関連法案で防戦一方のメイ政権の頼りとするDUPの一下院議員が数週間、登院禁止処分を受けると見られており、メイ首相がさらに苦しむこととなるだろう。

もし万一メイが保守党党首交代を迫られれば、新しい党首選出には3か月かかるとの見方もあり、EUとの交渉が宙に浮く可能性がある。また、野党の労働党は、急な総選挙が行われ、政権についた場合の対応について検討を始めている。

アイルランドでイギリスの北アイルランドと国境をともにするアイルランド共和国(EUメンバー)は、国境管理に関するスタッフを千人採用することを決めたが、EUが加盟メンバー国や、業界、企業に、「合意なし」の場合の準備を進めるよう警告するのも当然の状況だ。

メイ首相は、下院の夏休みを5日早く始めようとしたほど切羽詰まっている。メイ首相の去就をめぐる動きを中心に、イギリスのブレクシットに関する混迷は、まだ続く。