わかってきたメイのEU離脱交渉基本戦略

イギリスのEU離脱を巡り、12月8日、イギリスとEU側が最初のハードルを越え、貿易を含めた将来の関係の本格的な交渉に入ることとなった。この交渉は2段階に分かれており、本格的な交渉に進むには以下の点で基本的な合意をすることが必要だった。

  • イギリスでのEU市民の権利(EU加盟国でのイギリス市民の権利を含む)
  • EU離脱に伴う、イギリスの支払う清算金(よく「離婚料」と表現される)
  • イギリスとEUとの新しい「国境」となるアイルランド島の北アイルランドとアイルランド共和国との境界の取り扱い

このうち、特に難しいと思われた清算金の支払いで、メイ首相は最終局面で想定額を大きく増やし(具体的な金額を合意したわけではなく、何を払うかについて合意、390億ポンド⦅5.9兆円⦆程度と見られる)、EU側の了解を取ったが、アイルランド国境の問題のために合意が延期されていた。

この交渉過程で、メイのEU離脱交渉の基本戦略が明らかになってきたように思われる。これまでメイ政権は、戦略がない、政府部内での体制が整っていないと攻撃されてきた。しかもハモンド財相が明らかにしたように、イギリスがEUとどのような関係を作るかについて閣議で話し合われたこともなかった。このような「秘密」ぶりが、メイの戦略を見えにくくさせていた。しかし、実際には、メイには戦略があったが、それを隠し、他の人、特に強硬離脱派に誤った印象を与えることで、自らの立場を守ってきたようだ。

昨年2016年6月のEU国民投票で国民がEU離脱を選択し、キャメロン前首相が責任を取って辞任した後、メイが首相に就任した。そして、3人の離脱派、ジョンソン外相、デイビス離脱相、フォックス国際貿易相を任命。そして繰り返し、EU強硬離脱派を喜ばせる発言をすることとなる。また、メイは、ユンケル欧州委員会委員長らを強く攻撃した。しかし、今回の合意前のユンケルらとの最終交渉で示されたように、ユンケルは、メイが交渉相手としてふさわしいと判断するに至ったようだ。

今回の合意の大きな障害となったのは、アイルランド国境問題だった。現在アイルランドと北アイルランドの間には地図上の国境はあるが、検問など物理的な国境はない。アイルランド共和国も北アイルランドの政党もこの現状維持を強く求めていた。そしてEUのメンバーであるアイルランドは、イギリスのEU離脱後もその状態を維持することを保証するよう求めていた。

ところが、メイは既にイギリスはEUの関税同盟も単一市場も離脱すると明言している。このような枠組みがあれば、イギリスの離脱後、EU側とイギリスとの事実上の「国境」となるアイルランドと北アイルランドの国境に検問などを設けずにすませることはできるが、そのような枠組みがなければ、現状維持は困難だ。

そこでメイらが当初選択したのは、他に方法がなければという但し書きがつくが、北アイルランドをEUの規制を必要な限り受け入れる地域とするというものであった。アイルランドとEU側はこれを受け入れたが、イギリスの下院でメイ政権に閣外協力している、北アイルランドの民主統一党(DUP)が反対した。DUPはイギリスとの関係を重んじるユニオニストの強硬派で、北アイルランドがイギリスの他の地域と異なって扱われるのは受け入れられないとしたのである。北アイルランドは多くの面ですでにイギリスの他の地域と異なる扱いを受けているが、メイらの妥協案は、政治的に受け入れられないものだった。DUPも受け入れた最終合意では、北アイルランドをその意思に反して他の地域と異なるようにさせないとし、国境問題の解決策はさらに検討を重ねることで妥協した。

ここで注目されるのは以下の2点である。

まず、メイはこれまでEU側に対して無謀とも思えるような強硬な発言をしてきた。例えば、昨年の10月の保守党大会で、イギリスがEUの単一市場と関税同盟から離脱すると明言し、また、今年1月のいわゆる「ランカスター・ハウス演説」で「悪い合意より合意のない方がよい」と主張した。また、今年5月には、ユンケルらを強く非難した。

一方、メイはEU離脱後、これまでと同様EU市場へのアクセスができるとも発言した。これらの立場が、どこでつなげられるのか?多くは、メイが交渉を全く分かっていないと見ていた。

しかし、今回わかってきたのは以下のようなことである。

確かにメイがEUとの交渉を見くびっていたように思われる。それでもメイにはメイなりの戦略があった。すなわち、保守党内の強硬離脱派をなだめながら、実際にはかなりソフトな離脱をするというものである。

今年6月の総選挙まで、保守党は十数議席他の政党の合計議数を上回っていたが、もし強硬離脱派がメイに反旗を翻すと政権運営が極めて苦しくなる状況だった。そのため、強硬離脱派をなだめるための継続的な発言が要求されたのである。

その一方、離脱後もEU市場に対して同じ便益が得られるという発言は、12月4日のアイルランド国境を巡る草稿で明らかになったように、単一市場、関税同盟と「名前」は異なるが、同じような効果を持つことを想定したものである。すなわち、イギリスは、単一市場、関税同盟から離脱するが、少なくとも北アイルランドで同じような効果を持つことを狙っているということである。

ここで今回のアイルランド国境に関する問題が絡んでくる。メイ政権を閣外協力で支えるDUPの立場は、はっきりしていた。国境は現状維持を求めるが、イギリスの他の地域と異なる扱いは拒否するというものである。DUPらのユニオニスト側は、アイルランド島全体が他のイギリスの地域と関係なしに大きく動き始めると、アイルランド統一の機運が高まるとともに、北アイルランドとイギリスとの距離が広がっていくのではないかと強い懸念を持っている。

メイは、この要求を十分理解していたが、アイルランド国境の問題を解決するために北アイルランドを一定の範囲内で単一市場、関税同盟に残すというのは、将来のEUとの関係交渉で実質上そのような仕組みを作れば、北アイルランドだけが他の地域と異なるという事態を避けられるのではないかという判断があったのではないかと思われる。

ここで問題となるのが、イギリスのEU離脱の目的である。イギリスが「名前」だけEUから離脱するのでは不十分だ。イギリスがEUのメンバーであることで、イギリスの手が縛られているような状況、例えば、イギリスが単独で他の国と貿易交渉ができない、イギリスの主権が「侵害」されているなどの問題をEUから離脱することで解決するという狙いがあった。もしイギリスが単一市場、関税同盟に残れば、もしくはそれに近い状態で関係を維持すれば、イギリスの手が縛られる状態は変わらないこととなる。

メイは、6月の総選挙で保守党の議席を大きく増やし、自分の立場を強化した上で、自分の裁量の余地を増やそうとした。メイが求めたのは、EUから離脱したような、離脱していないような曖昧な状態だが、独自の判断で動ける、そのような立場にイギリスを置くことを狙いとしていたのではないか。

この意味でメイの戦略は一貫してきた。

第二段階の交渉はそう簡単なものではない。強硬離脱派が、メイの戦略をある程度読んだ上でメイの足を引っ張る攻撃を仕掛けてくるだろう。ただし、どのような交渉でも、交渉相手との信頼関係を作ることができれば、交渉は既に半分済んだものと言える。保守党内の強硬離脱派らが反撃に出てくる可能性はあるが、メイがユンケルとの信頼関係を構築し、また交渉の方向性が定まったと言えるため、強硬離脱派のできることには限りがあろう。風前の灯火と見られたメイ政権だが、かなり続く可能性がでてきた。

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